小学五年生だった。なんとか忘却のかなたに追いやっていた思い出なのに、昨日の夜の出来事のせいで鮮やかによみがえってしまった。
 3時間目が終わった中休み、Y美が僕のところに来て、「今から身体検査があるみたいだから、保健室まで行くよ」と言った。身体検査の日に僕は家の事情で学校を休んだのだった。身体検査の日に休んだ人は、保健委員の指示に従って別の日に身体検査を受けることになっていた。僕は椅子から立ち上がり、Y美と一緒に保健室に行こうとした。すると、「保健室には服を脱いで、すぐ身体検査が受けられるようにして行くんだよ」
「脱ぐって、今、ここで?保健室で脱げばいいんじゃないの?」
「駄目だよ。ここに書いてあるでしょ」と、Y美は「身体検査の心得」とプリントされた紙を僕に見せた。そこには、
「身体検査の日に休んで身体検査を受けられなかった人はなるべく早めに受けましょう。身体検査は小学1年生が受けるのと同じです。」と書いてあった。
「小学1年生は教室でパンツ一枚になってから保健室に行くことになってるの」とY美が補足した。そういうものか、と僕は考え、少しためらいを覚えたが、休み時間の賑わいの中、靴下を脱ぎ、シャツのボタンを外し、ズボンを脱いだ。パンツ一枚になった僕の姿をちらちら見て、「身体検査の日は絶対休まないようにしないとね。恥かしいよね」と隣りの席の女の子たちが顔を赤らめながら、小声で話をしていた。他の女子たちも寄って来て、パンツ一枚の僕を興味深そうに見つめるのだった。
「どうしたの、この子、なんで裸になってんの」
「今から保健室まで身体検査を受けに行くの。全員が受ける日に受けないと、ここで脱いでから行かないといけないから、みんな気をつけてね」とY美が冷ややかな笑いを浮かべて、みんなに説明した。女子たちは、どっと笑った。
「でもさ、パンツ一枚ってことは、上履きも履いちゃいけないんじゃないの」と女子たちが呟くと、「それもそうだよね」とY美が答えて、僕に上履きも脱ぐように命じた。それから僕はY美の後について廊下に出た。
 素足に廊下が冷たかった。Y美はゆっくり歩いた。あまりゆっくりなのでY美の前に出ようとしたらY美に手首をつかまれ、「検査を受ける人は保健委員の前に出てはいけないんだよ」と後ろに戻るように言われた。まだ4月の下旬だったからパンツ一枚の裸では寒く、Y美にもう少し速く歩いたらどうかと訊ねたが、「廊下はゆっくり歩かないと事故になるから」と言って取り合ってくれなかった。しかも悪いことに途中で友だちに合うと、Y美は立ち話を始めるのだった。その間、僕も立ち止まって、話が終わるのを待たなければならない。その友だちが僕のほうを顎でしゃくってY美に何かを聞いていた。
 まだ休み時間で、廊下には多くの生徒がいた。パンツ一枚の僕を指さして笑う人がいたり、ちらちら見ながら通り過ぎる人がいたり、なんで裸でいるのかと聞きに来る人がいたりして、僕の姿を見た人は、必ずその格好に対して何らかのリアクションを示すのだった。僕は恥かしくてたまらなくなってきた。ようやくY美の立ち話が終わって、階段を下りるところまで来ると、Y美が手を振る。また新しいお友だちで、新たに立ち話が始まり、僕は恥かしさと寒さに耐えながら、肩から腕のあたりを両腕でさすって、じっと待っていた。
 四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴って、僕はほっとした。四階から一階まで降りて、長い廊下を進み、ようやく保健室の前まで来た。Y美が引き戸をあけようとすると、鍵がかかっていた。
「おかしいな。身体検査を受けてない人は今日じゅうに受けることになってるんだけどな」とY美はつぶやき、僕のパンツのあたりに視線を向けながら、「職員室に行って先生を呼んでくるから、ここで待ってて」と言うのだった。
 僕はパンツ一枚の格好で保健室の前に取り残されることになった。寒くてぶるぶる震えながら遠ざかるY美の背中を見ていた。