姉は蕎麦アレルギー。
けっこう重症で、多めに摂取すると命にかかわるので
本人も家族も十二分に注意して生活してる。
蕎麦アレルギーっていうと「蕎麦だけが駄目なんでしょ?」と誤解されがちだが
けっこう駄目なものが多い。
まず蕎麦を出す店には一歩も入れないし(店内に蕎麦粉が舞ってると駄目)
そばまんじゅうを始め、ある種のお菓子、パン、もち、お茶、蜂蜜等に蕎麦成分が入ってることがある。
化粧品やビタミン剤に入ってることもある。あともちろん旅館の蕎麦ガラ枕も駄目。

今は成分表示してくれる食品が大部分になってくれて助かったけど
卵・蕎麦アレルギーの父と、蕎麦アレルギーの姉を持つ我が家は
昔からとても食生活に気を使っていた。

そんな姉に彼氏ができた。
私も一度会わせてもらったが彼氏は優しくて男前で、姉のアレルギーにも理解がある人だった。
姉と彼氏はトントン拍子に結婚の話が進み
「親に紹介したいから」とGWに彼氏実家に2人で行くことになった。
事前に彼氏から「うちの母親は料理自慢だ」と聞かされていたそうで
姉も楽しみにしていた。
着いたところは結構な農村地帯。

もう展開に予想がつくだろうけど、着いて、挨拶を済ませて早々に
「今、蕎麦打ちに凝ってるの!姉子ちゃんも是非食べていってね?!」と彼母。
姉、慌てて
「お気持ちは嬉しいんですが、アレルギーで…」と断る。

すると彼母、急にオロオロし出して
「そんな!お蕎麦以外のものは用意してないのよ。
第一私、毒を盛るような意地悪姑じゃないわ。信じてもらえないなんて悲しい」
と目をうるうるさせ始める。

「ええ?…」と思って姉がまわりを見渡すと、
彼父、彼弟が
「母さんの蕎麦はうまいんだよ。素人だと思って、食わず嫌いは良くない」
「なに警戒してるの?何かされると思ってる?メロドラマの見すぎじゃない?」
などとしらーっとして言い放つ。

姉、彼氏に目でヘルプを要請する。
彼氏は父と弟を「まあまあ」と取り成したものの、
小声で姉に、
「ごめん、今だけ我慢してくれない?お母さん、一度言いだすと聞かないから」
「お母さんの機嫌をそこねるのは、今後のきみのためにもならないから、ね?」
と囁いてきた。
なぜか「アレルギーで蕎麦が食べられない」ことが
「彼の母親に悪意があって料理を拒んでいる」ことにすり替えられ
いつの間にか「食わず嫌いのわがまま女」扱いになっていることに気付く姉。

というか食べる前に、蕎麦打ちを始められたらそこでアウト。
空気中に舞う蕎麦粉で姉にはすでに命取り。
姉が「私、帰ります」と言うと、彼母がワーっと泣きだす。
「ひどい、私は姉子さんと仲良くやっていきたいと思って、今日のために準備したのに」。

彼、彼父、彼弟が姉を睨む。
でも彼母、ヒーッ、ヒーッと泣いてはいるけど全く涙が出てなかったらしい。
こんなところで死にたくないと、姉、バッグを掴んで逃走。
「このお話はなかったことに!」
と言いながら靴もはかずに逃げた。

彼氏はなぜか追ってこなかった。
姉に「こんなところじゃタクシーもつかまらないぞ!」と怒鳴っただけ。
なぜか代わりに追ってきたのは彼弟。
でも見るからにピザな彼弟、最初の勢いだけは良かったがすぐに失速し、
死にものぐるいで走る姉には追いつけずに200mほどで地面にへたりこんだ。
姉はそのままランナーズハイ状態で明りが見えるまで走り続け
セーブオン(知ってる人いるかな)に止まっていたタクシーをつかまえて
やっと家に帰ることができた。

タクシーの中で姉は号泣し、心配したタクシーの運転手さんが玄関前まで姉に付き添ってきてくれた。
裸足で、髪ぐちゃぐちゃ、号泣して顔はドロドロ、どこを走ったのか草だらけの姉を観て
「何をされた!!」
とうちの家族、激怒。

泣きながら顛末を語る姉に、家族はさらに激怒。
知らずに食べさせようとしたならまだしも、これはもう殺人未遂だろうと。
姉に携帯にはたんまり彼氏からのメールと着信が溜まっていた。
携帯が鳴ったので父がとった。
彼氏が何かガーっと言っているようだが、父、無言。

しばらくしてぽつりと、「きみは、うちの娘を殺すつもりだったようだな」
彼氏、ようやく電話してる相手が姉じゃないと気付く。
音漏れしてた携帯がシーーーンとなる。

父「うちの娘の命より、ママの機嫌の方が大事か」
母に代わる。
母「二度とうちの娘に近づくな、人殺し」
また父に代わる。
父「いいか、これは警告じゃないぞ」
また母に代わる。
母「うちの娘に今後一度でも近づいたら、ただじゃおかない。わかったか」
母、フンッと鼻息を吹いて
「切れたじゃないの!ふざけんな!」と叫んでかけ返す。
彼氏は観念して電話に出たらしい。そこからみっちり両親の説教タイム。
その間に、私はフラフラだった姉を着替えさせ、顔と手足を拭いてベッドに寝かせた。

その後彼氏は悲劇のヒーローと化し、姉に復縁をせまったが
姉はもう彼の存在そのものがトラウマになっていて無理。

彼氏は同僚や仲間にいきさつを愚痴って姉を悪者にしようとした。
でももちろん誰も彼氏の味方をする人はなく、みんなドンビキ。

同じく蕎麦アレルギーの幼い娘さんを持つ上司の耳にも噂が入って、彼氏はコテンコテンに説教食らった。
でも彼氏、そこで反省するどころか、逆ギレして辞表を叩きつける。
誰にも引きとめてもらえず辞表は受理され、彼氏、無職になり田舎へ帰る。

一度だけ彼母から実家に「私が無知だったばかりに…息子を許して…」と
ヨヨヨと泣き崩れた電話があったそうだが、母が
「女の泣き真似は、同じ女には通用しませんよ」と言ったら
瞬時にガチャ切りだったらしい。

今は平和です。