つつき

翌朝、9時半近くに副社長室に呼び出された。
昨夜途中で帰ったことを怒られるものと、半ば諦めの境地でドアをノックした。
しかし、副社長は、すこぶる御機嫌が良かった。

「○○君、昨日はご苦労だったね。」

「いえ、私は先に帰ってしまいまして・・・」

「ああ、聞いているよ。君の気持ちは、私にはよく分かる。うん、よく分かる。
 さっき多賀谷から詳しい話を聞いただけで、”これ”だよ。」

そう言って、副社長は股間の膨らみを私に見せつけた。

「あの気取った女が、年下の部下達に
 肛門を差し出す姿は、さぞや扇情的だったことだろうね。 
 私がその場に居ても君と同様に、早く帰って、ヌキたくなっただろう。」

私はなんと返事をして良いものかと思案顔をしていたのだと思う。

「なんだ、その顔は?私なら若い奴らに混ざって一緒に小倉君を楽しんだとでも言いたそうだな?」

「いえ、そんなことは御座いません。それよりも"差し出す"というのは?どういう意味でしょうか?」
副社長のセリフが少し気になったので質問してみた。

「ああ、君が帰った後だったのかな。」
そう言うと副社長は、にたぁっと嫌らしく笑った。
「後ろの穴は処女だったらしい(笑)」

「え?それでは、小倉さんは・・」

「彼らは最近の若い奴らにしては、なかなかどうして、見どころがある。」

副社長は、私に話したくて仕方がないという様子で、嫌らしい笑みを浮かべた。

昨晩、私が帰った後
多賀谷達は上のホテルに部屋を取り、逆らうことのできない由紀を朝まで弄んだ。
それだけだったら、想像の範疇であり、副社長も大絶賛はしないだろう。
多賀谷達が酷すぎるのは、上司へのゴマすりに由紀を使ったことだ。
彼らは自分達の点数稼ぎのために、
日頃から由紀と言い争うことが多かったエリアマネージャの田代までホテルに呼んだのだ。

田代は、建設会社から転職してきた中年男で、担当店に無茶なノルマを課すことで有名だった。
私も店長時代は何度も煮え湯を飲まされたものだ。
どうやっても達成不可能なノルマを課せられ、たまらず不平を言っても
学生時代アメフトで鳴らした大柄な体を揺らして、
"要領が悪いんだ!"、"工夫しろ!"と怒鳴られると、たいていの店長は黙ってしまう。
しかし、由紀は違った。
田代がエリア会議で、独自の精神論を店長達に押し付けると、
由紀は敢然と立ち向かい反論していた。
その度に、私は気心の知れた店長達と、よくぞ言った、と応援したものだった。

その田代を、由紀はホテルの部屋で三つ指を突いて、出迎えさせられたのだ。

「さっき田代君からも連絡が来てね。
 あの生意気な女が、自分から股を開いたって。とても喜んでいたよ。」

我が物顔で、由紀を抱く田代の蛙を潰したような顔が目に浮かんだ。
あの田代にまで、由紀は嬲り者にされたのか。
無茶な上司に反論する由紀の毅然とした姿が思い出されて、なんとも言えない気持ちになった。

「副社長!あまり社内の人間に小倉さんを抱かせるのは、良くないのではないでしょうか?
 小倉さんの忍耐も限界に近いように思いますし、噂が広まっても副社長の名声に傷がつきます」

「○○君は、心配性だな。君も知っての通り、小倉君のリストラを強く提案してきたのは田代君だからね。
 彼を仲間外れにするのは可哀想というものだろ。
 40過ぎの独身男だ、溜まっているものもあるだろう。しばらく好きにさせてやろうじゃないか」

副社長にこうまで言われては、それ以上反論するわけにもいかなかった。
私は由紀のことが心配だった。
昨夜、多賀谷を一本背負いで投げ、首を絞めたことからも
由紀の限界が近いことは容易に想像できた。

その日の午後、旦那の面接日時が正式に決まったので、
由紀の支店へ電話を入れてみることにした。
しかし、あいにく由紀は接客中ということで電話に出てもらえなかった。
改めて電話をすることも考えたが、ちょうど仕事が一段落ついたところだったので
思い切って支店に顔を出すことにした。
私は由紀のことが気になって気になって仕方がなかったのだ。
多賀谷だけでなく、支店の部下である中原達や、マネージャの田代にまで辱められて
由紀の精神状態がどのようになっているか非常に不安だった。

当社の支店は、お客様カウンターから全社員が一望できるように座席が配置されている。
私は、お客様と同じように表の入口から○○支店に入っていった。
しかし、店長席に由紀は座っていなかった。

カウンターの中へ入ってキョロキョロしている私に、電話を片手に持ちながら若手社員達が次々と会釈してきた。
丁度電話を切った若い女の子に由紀の所在を尋ねてみた。
つい先程、エリアマネージャが来店して、ミーティングを始めたという。
嫌な胸騒ぎがした。
私はノックもせずにミーティングルームに乗り込んだ。

ドアを開けると、すぐに、由紀と目が合った。
途端に、由紀の抜けるように白い頬が朱に染まった。

「店は店長にとって城と同じ、店に1歩でも入ったら、甘えや手抜きは絶対に許されない」
そう語っていた店長が、
勤務時間中に、スカートを捲り上げ、見事な太股を剥き出しにしていた。

私は、カアッとなって、由紀の脚元で蠢いている巨体に向かって怒鳴った。
「何をやってるんです! 勤務時間中ですよ!」

田代が顔を上げると、慌てて由紀はスカートを降ろした。

「なんだ、お前か。副社長から許可は貰ってるんだがな。」
田代は耳の穴をほじりながら、不機嫌そうに私の方へ顔を向けた。

「ば、場所と時間を考えて下さい。まだ勤務中ですよ。この部屋だって誰が入ってくるか分からないでしょ!」

「休憩中だっつうの。なあ、小倉。」

「そういう問題ではありません。ルールを守りましょうよ!人事として見逃せません!」

「お前に言われたかねえなw。お前は充分楽しんだから、いいんだろうが、人の邪魔すんなよ。」

「私は勤務中に、社のルールを破ってませんよ。」

「場所が駄目だってんなら、ホテル行くか、なあ、小倉。」
そう言いながら、田代は由紀の尻を撫でた。

由紀が怒りで震えているように見えた。
やばい、切れるか、と思った瞬間、由紀の手が田代の手首を掴んだ。
「いい加減にしろ!!」

そう啖呵が聞こえると思った。

しかし、由紀の啖呵より先に田代の品の無い声が聞こえた。

「ルールねえw、ここには副社長を殺すと言った奴も、いるんだしなあ、会社より社会のルールが優先だろな。」

この言葉に由紀がビクッと反応した。

「こいつも、あともう少しの辛抱なんだろ? 旦那の面接決まったんだよなぁ?」

「ええ。来週月曜10時に。私は、それを伝えに来ましたので・・」

「だったら、細かいこと言ってんなよ。お前は、こちら側の人間だろがw
 なあ小倉ぁ、副社長との約束、月曜の10時までだってよ。
 もう少しだってのに、邪魔されたくないよなあ?」

この時、ドアが『トントン』とノックされた。
私は一瞬慌てたが、既に由紀はスカートを降ろしていたし、すぐに問題ないことに気付いた。
「失礼します」中原の声だった。
「おう!入れ?」田代が返事をすると、中原が部屋に入ってきた。

「あれ、○○さん。お疲れさまです。
 田代さん、遅くなりまして、すみません。今戻りましたー。」

そして、中原は由紀を見て、驚いたように田代に質問した。
「あれ?けっこう遅くなったと思ってたのに、まだ、何もしてないのですか?」

田代は私をちらっと見てから「これからだ」と答えた。

「そうですか。店長、ただいま戻りました。」
中原は、そう言いながら、由紀の背後に回って肩に両手を置いた。

「お帰り」

え?私は驚いた。
由紀は中原を払いのけるどころか、お帰りなどと言っている。
だが、驚くのはまだ早かった。

中原は、おもむろに由紀の胸元、シャツの中に手を突っ込んだ。

「な!」

さすがに、これには由紀も驚いたようで、振り払おうと中原の腕を掴んだ。
しかし、中原が由紀の耳元で何かを囁やくと由紀は掴んだ腕をあっさり放してしまった。
中原は胸の感触を楽しむように自由になった手をもぞもぞ動かしてから、
満足したようにシャツから手を抜いて、由紀の耳元でまた何か囁いた。

「え?」私は思わず声を漏らしてしまった。
「ほぉう」田代も感心したように声を漏らした。
「よく調教されてるでしょ」中原は得意げだった。

なんということか、由紀は、まるで自由に触ってくださいと言うように
自分から両手をあげてバンザイしていた。

中原は無防備な由紀の胸を当然のように鷲掴みにした。

田代は私に向かって「別に、やるわけじゃないし、ちょっとくらい良いだろ?」と言ってから
スカートを捲り上げた。
一瞬、由紀と目が合った、が、由紀はすぐに私から目を逸らした。

私は、もう止める気も失せてしまい、黙って彼らに背を向けた。

部屋を出る直前、最後に1度だけ振り返った。
身体を揉みくちゃにされる由紀の伏せた長い睫毛が、頬に影を落としていた。

由紀の血の滲むような努力と忍耐によって、なんとか渡辺聡(由紀の夫)は当社に入社することができた。
由紀自身もリストラ候補から完全に外され、○森駅前店へ店長として移動になり、
夫婦そろって同じ場所で新たなスタートを切ることができた。

しかし、二人が配属されたのは、あの多賀谷の居る支店だ。
私は由紀がどんな目に遭っているのか、非常に気になっていた。
○○支店時代の中原や田代とのことも記憶に新しい。
田代に言ったことと矛盾するかもしれないが、
あの後、田代と中原に身体を自由にさせている由紀を想像して、私は何度も自慰に耽った。

副社長との約束を果たし、無事に配属された今、由紀が奴らの自由になることはありえない。
しかし、それでも私は
真昼間の支店で、すらりとした美脚を広げさせられている由紀を想像しては、股間を熱くさせていた。

由紀の夫である渡辺聡が働き出して2週間程経った頃、私の元に衝撃的な報告が届いた。
なんと!渡辺聡が辞表と手紙を置いて姿をくらましたというのだ。
上司であり、妻でもある由紀は、それから休暇を取って夫の行方を探しているという。

私はすぐに、社員マスタを検索し、由紀の住所を調べた。
同時に、ワークフローを開いて外出申請を提出した。
すぐにでも由紀の家へ行きたい気分だったが、片づけなければならない仕事があったため
実際に外出できたのは1時間後になってしまった。

調べてみると、由紀の休暇日数は既に3日になっていた。
家には居ないかもしれないな、と思いながら自宅を訪ねた。
予想通り留守だった。
どうしたものかと思ったが、家の前をウロウロしているわけにも行かなかったため
近くに喫茶店でもないかと探すことにした。

閑静な住宅街を当てもなく歩いた。
小さな公園があった。
その隅の方にある古びた木のベンチに、ぼんやりと俯く女の影があった。
店長・・・。
私は由紀の方に向かって公園を歩き始めた。
足音に気付いたのだろうか、由紀はふいに顔を上げた。

何を話していいか迷っていると由紀から話し出してくれた。

「笑っちゃうでしょ。全部、無駄になっちゃった。
 あの人、私と居るとダメなんだって。私と居ると甘えちゃうんだってさ。」

そう言うと
由紀は寂しげに笑いながら、ジャケットの胸元に手を突っ込んだ。

「え!、それって・・」

緑の文字の例の紙、離婚届だった。
なんということだ・・なんて酷い話なんだ。
言葉が全く出てこなかった。

「もう、お終い。さすがに疲れたよ。」

私には由紀が今にも死んでしまいそうに思えた。

気づいた時には、泣きながら由紀を抱き締めていた。
「まだ、終わってません。探しましょう!私も一緒に探します。諦めては駄目です。だから・・」

「勝手なこと言わないでよ! あなたがそれを言う? この蛆虫が」

「違うんです。本当に、」私は動揺していた。

そして、我を忘れて叫んでいた。
「好きなんです。小倉さん、いえ、店長のことがずっと好きだったんです!」

「ふんっ」店長はゴキブリでも見るような冷たい目で私を見た。

「抱きたいんでしょ? どうせ、またヤリタイだけなんでしょ?
 いいよ。やらせてあげるよ。好きなだけやりなよ。」

「すみませんでした。ほんとにすみませんでした。」
私は由紀の脚元に土下座していた。

「なんでもします。どんなことでもして償います。だから・・」

「聞いてられないね。抱きたくないなら、帰ってよ!!私の前から消えな!」

「すみません。すみません。本当にすみませんでした。殺して下さい。私を殺して下さい。」
そう言って、私は地面に何度も頭を叩き付けた。

「下らない。そんなことで私の気は収まらないよ。」

地面に頭を打ち付ける私を無視して、由紀は公園を去っていった。

私は由紀の小さな背中を見つめながら、覚悟を決めた。

平日の昼間だというのに、平田とはすぐに会うことができた。

「例の動画、全部渡して貰えませんかね」

平田は一瞬、え!という顔をしたが、
血の滲んだ私の額をちらっと見てから、すぐに了承してくれた。

「うん。何事もやりすぎるのは駄目だよね?
 分かった。渡すよ?
 それから、渡したのは多賀谷だけだから?
 副社長にも、後々渡すつもりだったけど、あの人は、まだ生身の由紀ちゃんで楽しんでたからね?」

平田から動画を回収してから、すぐに多賀谷に連絡した。
夜9時に多賀谷のマンションを訪ねることになった。

「例の動画、全部渡せ」

「何を言ってるんですかぁ。○○さん、冗談キツイなぁ」

「いいから渡せよ!」

私は、既に覚悟を決めていた。
だから、何の躊躇いもなく、しのばせていたサバイバルナイフを横に払った。
駄目駄目と手を振っていた多賀谷の指先、、中指と人差指、薬指の先がパックリ切れた。

「死にたいか?」
そう言うと、多賀谷はたいへん素直になってくれた。
幸いにも多賀谷は、動画を誰にも渡していなかった。
あとは副社長か。

翌朝、出社してすぐに、副社長室を訪ねた。
私は副社長の顔を見た瞬間、顔面を思い切りぶん殴った。
手の骨が痛くなるほど、がむしゃらに副社長を殴りつけた。
「小倉由紀に二度と手を出すな!」
そう言いながら、何度も何度も殴った。
副社長は「分かった。分かったよ。分かったから、もう止めてくれ」と泣きながら叫んでた。

当然のことだが、私は会社を解雇された。
なぜだか、副社長も多賀谷も私を法的に訴えたりはしなかった。

私は再就職先を探すこともなく、
一日中、ぼうっと、萌えコピ見ながら、由紀のことを考えていた。
そんな荒んだ生活が10日ほど続いた時、どうやって調べたのか
小倉由紀が訪ねてきた。

由紀は私の顔を見ると、「無茶して・・」と言った。泣き顔のような笑顔のような珍妙な顔だった。
土下座しようとする私を制して、由紀は正式に渡辺由紀ではなくなったこと。
会社も辞めたことを話してくれた。

私のせいだ。なぜだかそう思った。
私は急いで机に向かって走った。
そして、サバイバルナイフを掴んで、自分の腹を刺した。
なんとなく由紀の悲鳴が遠くの方で聞こえたような気がした。

気づいた時は、綾○循環器病院のベッドで寝てた。
そして、驚くことに、ベッドの傍には由紀が居た。
驚いて起き上がろうとしたら、由紀に叱られた。
嬉しかった。傷の痛みじゃなくて、嬉しくて涙が出た。

傷が浅かったためか、2週間も経たずに退院できた。

そして、今、由紀が俺のために飯を作ってくれている。
(完)