目が腫れて、口の内側が切れていて痛い。あそこも少し傷がある。
風俗の仕事を始めてから一番ショックな日だった。身体も何ヶ所も痣になってしまっている。
 
ラストのご案内でボーイさんから紹介された時に、なんだか嫌な気はした。
すごく若いんだけど1m80以上はあるガッシリした人。でも目が何だか泳いでいる感じがする。
って言っても、これはお仕事だし、今までも、初めて会った時にそんな感じでも、
お上がりの時にはニコニコさんになってもらえる事も、特に最近は多くなってきていたので、自惚れもあったかもしれない。
 
「あれ?」って思ったのは、服を脱ぐのを御手伝いしてから、湯船にご案内した時だった。
「お客さん、なんてお呼びすればいいですか?」ってハート付きで話し掛けた答えは「お前みたいなバイタに呼ばれたくねーよ」だった。
びっくりした。「すいません、ご気分なおしてくださいね」の答えは、「しゃべるんじゃねーよ」だった。
しかたないので頷いて、椅子にタオルを掛けて、すこしシャワーで暖かくした。
湯船から上がる気配がしたので振り向こうとすると、いきなり口をタオルで抑えられた。
「ヤバイ」って思って、講習で習った護身術を使おうとしたんだけどまったく役に立たなくて、
足はお客さんの足で抑えられてしまい、両手は片手でまとめてねじ上げられ、タオルはすばやく後ろで結ばれた。
 
上向きにされて、平手でタオルの上から殴られた。二度三度四度。そして最後に拳で一度。
血の味が広がって、口の中が切れたのが判る。気が少し遠くなる。
そのまま、足を掴まれたまま上げられて、いきなり挿入されてしまった。もちろんゴムなんてつけていない。
 
逃げようとするんだけど、力が及ばない。でもその時頭に浮かんでいたのは、事件になっちゃったら、
お家のみんなに知られてしまう。お友達にも知られてしまう。学校にだってばれてしまう。そんな事ばかりだった。
ベットとマットの間の床で、私はまた少しもがいた。みぞおちにショックを受けて、息が詰まって、ちょっとそれから記憶がない。
 
そんなに時間は経っていないと思うけど、液が流れ出す嫌な感覚で意識が戻る。
生まれて初めて、私の内側は体液の感覚を知る。
ノロノロと起き上がろうとすると、今度は足の甲で腹を蹴り上げられて、私は壁に飛んだ。
 
すごい音がして、スチーマーの横へ倒れたとこには、フロントへのブザーがある。
こんな時のための。指を伸ばそうとした時に、店長とボーイさん二人がドアを開けて入ってきてくれて、
即座にお客さんを抑えてくれた。お客さんは、もうニコニコ笑っていて、抵抗もしなかった。
 
「気付かなかった、スマン」店長は車の中で何度も謝ってくれた。
「あんまり無理しちゃだめよ」って、祖母の声に、「楽したいんで、バイトの先輩の家に泊めてもらうんだもん、
大丈夫だよん。心配しないでね」で電話を切る。しゃべるのが辛い。一応CTも撮った。
レントゲンの結果は骨折もヒビも無かったし、口の中も縫うほどでは無かったので、
ゼリー状の止血剤と全身にある打撲の治療だけで終わって私達は店に帰った。
一応診断書は取った。私の本当の名前じゃないけど。
深夜の病院廊下は、ぼぅっと暗くて、父が死んだ日の病院の風景に似ているなぁって思った。
出口の処にあった鏡に映った私は、瞼が腫れて、すこし目の周りにも痣が出来ている。
 
警察は呼んでいなくて、私はホッとする。
お客さんは、事務室の椅子に座っていて、おじいさんとおばさんがその横に座っていて、
地域責任者の「部長」と呼ばれるお店の偉い人と話をしている。
 
「このコですよ。見てやってください。」私は迷わず、全部服を脱いだ。
背中にはまだ赤いままの痣があるし、両足の股から足首まで、指の跡が何箇所もくっきりついている。
そしてみぞおちには拳と四角形の痣が重なっている。
突然お客さんが、笑いながら拍手をする。「どうします?」部長がゆっくり言葉をつなぐ。
 
「すいません、すいません、出来るだけの事はしますから、許してください」
おじいさんとおばぁさんは私に手を合わせて拝む。「この子は不憫な子で・・・・・」
 
その「不憫な話」を私は少しだけ全裸のままで聞いていた。
この人達の頭には、私が全裸であることも、痣があることも、生きていることも目には入っていやしない。
あるのは「不憫なお孫さん」のことだけで、この騒ぎから、救い出すことしか絶対に無いって思った。
 
「それは判りましたから、どうしますか?」もう一度、部長が言葉をつなぐ。
「おいくらくらい差し上げれば・・・・」値踏みするように、私を見ながら、おじいさんの方が口を開く。
 
「このコは売れっ子です。一日**万円収入があって、店は**万円の利益があります。2週間は仕事が出来ないでしょう。
そして、こんな有り様の身体になって、精神的苦痛もあったはずです。どうしますか?」「とってもそんなお金は・・・」
 
「警察呼んで」部長は短く店長に命令する。店長は受話器を持つ。
「判りました。明日用意します。」「明日用意するんですね。明日は土曜日です。明日用意できるお金なら、
今日この場で用意できるはずです。コンビニにも銀行のディスペンザーがありますから、今は」
 
お金はその場で用意され、配分は接客の時とまったく同じだった。慰謝料分は全額私が貰った。
 
「辞めるなよ」駅前のシティーホテルの支払も済ませてた部長と店長は鍵を渡す時に、そう言った。
「少しゆっくり休め。でも辞めるな。あんな客ばかりではない事はお前が一番知ってるだろ。」
 
辞めるもんか。早く治してまた私は店に出る。そうしてお金を払って、そして貯めて、みんなで父の大好きだった家で暮らすんだ。
大学にも行きたい。妹と弟も大学へ行かせたい。母にもホントに元気になってほしい。
 
指名してもいない私を、ちょっとだけ許してください、常連さんたち。痣さえ薄くなれば、仕事は出来る。それまで。