その日から俺の退屈な高校生活は、楽しい日々へと一変した。

「先輩。いいこと教えてあげましょうか? 何と美咲ちゃんって、先輩のことが好きみたいですよ!」
「え? 片山さん、美咲ちゃんって、もしかして青木さんのこと?」
「もっちろんです! あ、一応言っておきますけど、先輩を騙そうなんてしてませんよ? 絶対に100パーセント、間違いありませんって!」
日中でも吐く息が白くなり始めてきた、とある日の昼休み。
いきなり俺の所に押しかけて来た後輩、片山理沙さん(仮名)の言葉を、すぐには信じることが出来なかった。

片山さんが俺に言った美咲ちゃんとは、同じく部活の後輩の女子、青木美咲さん(仮名)のことだ。
ちょっと控えめで、笑顔が可愛くて真面目で誰にでもやさしい女の子、青木さん。
実は何を隠そう俺は、青木さんに密かな恋心を抱いていたのだった。
部活の男達の中には、青木さんを地味で面白みがない女と言う奴もいたが、正直俺は見る目がないなと思っていた。
俺の頭に、眼鏡の奥の瞳をニコッとさせて微笑む青木さんの顔が浮かんだ。
片山さんがウソをつくような女の子ではないことを、俺は今までの経験からよく知っていた。
そんな片山さんが、わざわざ時間を割いて俺に知らせに来てくれたと言う事は、おそらく……。

控えめな青木さんが自分から告白してくる姿は、全く想像できなかった。
しかしチャンスの神様がすぐに逃げてしまう事くらいは、今までの人生の中で十分すぎるほど分かっている。
ここは勇気を振り絞って、俺の方から告白してチャンスをモノにするしかない。
そう俺は心に決め、多少の緊張を覚えながら片山さんに頼み込んだ。
「片山さん。悪いんだけど、放課後、青木さんに体育館の裏に来てって言っておいてくれない?」
俺の依頼を聞くと片山さんはにっこり笑い、長い髪を揺らしながらうなずいた。
「わっかりました、私に任せてください! 美咲ちゃんは必ず、私が責任を持って連れてきます! だから頑張ってくださいね、先輩!」
ガッツポーズを作りながらエールを送ってくれる片山さんを、心底頼もしく思う俺だった。

「……ところで片山さんは、どうして青木さんが俺のことを好きだってわかったの?」
至極当然であろう俺の疑問に対して、片山さんは悪戯っぽい、心底楽しそうな表情を浮かべながら答えた。
「トイレに駆け込もうとした所を、くすぐって吐かせました」
「うわあ……」
悪びれた様子もなく恐ろしい事を言う片山さんに、俺は若干引いてしまった。
これからの学校生活で、片山さんを敵に回すのは絶対に避けようと、心に誓う俺。
そして俺は片山さんと別れた後、脳の中で切羽詰まった青木さんの痴態を何度も妄想してしまい、それをかき消すのに酷い苦労をするはめになった。

「ごめん。青木さん待った? 寒くなかった?」
「いいえ、大丈夫ですよ先輩。私も今来たばっかりですから」
放課後、辺りがオレンジ色の光で包まれ始めた時刻。
俺が体育館裏に行くと、セーラー服に身を包んだ青木さんは、すでにその場で待っていた。
「あの……。理沙から言われたんですけど、私に何かとても大切なお話があるとか?」
青木さんの表情や言葉にも緊張感が窺えるのは、多分俺の気のせいではなかっただろう。
「うん……そうなんだ」
青木さんの言葉に相槌を打つ俺だったが、次の言葉がなかなか口から出てこない。
「……えっと……あのね……」
いろいろと青木さんに言う台詞を考えて来たはずなのに、頭が真っ白になってしまって、二の句が全くつなげられない。

冷静に考えれば、それは当然のことだったのだろう。
いくら目の前にいる青木さんが俺を好きだと言う情報を掴んでいるとしても、俺にとっては女の子に対しての人生初めての告白だ。
大した人生経験を積んでいない俺に、最大限に緊張した状態で、すらすらと言葉をつなげられるわけがない。
心臓が激しく震え、バックンバックンと激しい音を立てているのがよく分かった。

「あの……先輩? どうしたんですか? 顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」
パニックになっている俺に耳に、青木さんの心配そうな声が届いた。
はっと我に返ると、目の前の青木さんが、不安そうな様子でじっと俺を見つめている。
そうだ、このままずっと黙り続けていても、時間がただ過ぎて行くだけだ。
俺は暴れる心臓をどうにか押さえつけ、眼鏡の奥の青木さんの瞳を見据えると、台本関係なしの直球をぶつけた。

「青木さん! お願いです! 俺とつきあってください!」
「え!?」

俺の叫ぶような告白を聞いた青木さんは、体を電撃にでも撃たれたようにびくりと硬直させ、眼鏡の奥の瞳をまん丸く見開いた。
どうにか告白といえる言葉を吐きだして、全身から一気に力が抜け、心臓の高なりが急速に収まっていくのを感じる俺。
そして、俺の告白を受けた青木さんはというと。
「……う……ぐすっ……ひっく……」
青木さんが、まん丸くした瞳から大粒の涙を流し始めたのだった。
そんな青木さんの様子を見て、だめだったか……と、一気に心が落胆の気持ちに支配されていく俺。
ところが次の瞬間、涙で顔を濡らした青木さんがニコッと、天使のような頬笑みを浮かべた。
そして――。

「はい。私なんかでよければ、よろこんで」

青木さんは泣き笑いの表情で、首をゆっくりと縦に振ってくれたのだった。
泣き出されて振られたと勝手に思いこんでいた俺は最初、青木さんの言葉を理解することができなかった。
そして告白が受け入れられたと気づいた時、俺の心はこれまでに感じた事もないような、とてつもなく幸せな感情に支配された。
気づいた時には俺の目からも自然と涙が溢れ出て、止まらなくなっていた。

「ありがとう……本当に」
そして俺は青木さんの手を取って自分の方に引き寄せると、後ろから彼女の体をぎゅっと抱き締めてしまった。
頭の中ではこんなことをするつもりはなかったのに、体が勝手に動いてしまったのだ。
「きゃっ……」
背後から俺の腕に絡めとられた瞬間、青木さんの体はびくんっ、と大きく震えた。
「あ、ごめん。嫌だったよね?」
俺は軽はずみな行動をした自分の体を恥じながら、慌てて青木さんへの縛めを解いて体を離そうとした。
ところが青木さんは、離れようとした俺の手を、もう一度自分から掴んでくれた。
「離れないで……。驚いてごめんなさい。大丈夫ですから、もう少し、このまま抱きしめて……」
そう言って背を向ける青木さんを、俺は深呼吸をした後、もう一度ゆっくりと抱きしめた。
そして俺は青木さんの胸の膨らみを触らないように細心の注意を払い、少しずつ腕に力を込めていく。

青木さんの小さくてあったかい体が、俺の腕の中で時折身じろぎをする。
俺の腕に感じる、青木さんの柔らかい腕の感触。
俺の胸に密着する、青木さんの細い背中の感触。
俺の喉を軽くくすぐる、青木さんの良い匂いのする髪の感触。
俺の脚に当たる、青木さんの弾力のある脚の感触。
そして俺の股間に感じてしまう、青木さんのボリュームたっぷりのお尻の感触。
俺は今日この日から、死ぬまで絶対に、絶対に青木さんを離さない。
青木さんをぎゅっと抱きしめ、心の底から誓う俺だった。

「青木さん。実は俺、片山さんから聞いてたんだ」
「え!?」
夜の闇が辺りを覆い始めた頃、高校から自宅への帰路に就く途中。
俺は青木さんに、事前に片山さんから話があったことを素直に打ち明けた。
「……そうだったんですか。理沙から……聞いてたんですか」
「それでね。実は片山さんから、どうやって聞きだしたのかも、教えてもらっちゃったんだ」
「え」
そ言葉を聞いた瞬間、俺の隣を歩いていた青木さんの足が、ピタッと止まった。
辺りは暗くなっているにもかかわらず、色白の青木さんの顔が一気に赤くなったのが良く分かった。

「あの……理沙から、どこまで聞いたんですか」
「え? いや、トイレに行こうとした所をくすぐったって」
俺は怯えながら尋ねる青木さんの姿がおかしくて、つい全てを包み隠さずに話してしまった。
「っ!」
俺の返答を聞き、ついさっき告白された時と同じように目を見開き、絶句する青木さん。
「やだ……」
そして青木さんは心の底から恥ずかしそうな様子で、体をもじもじとゆすり始めた。
かと思うと。
「先輩、酷いと思いませんか!?」
顔を真っ赤に染めたまま、青木さんはもの凄い勢いで、片山さんへの抗議の言葉を並べ始めた。

「私あの時、授業が終わるまで15分間ずっと我慢してたんですよ!」
「授業が終わって急いでダッシュしたら、理沙が後ろから着いてきて、何かと思ったら!」
「しかも理沙、私がくすぐりに弱いって知ってるんですよ! なのに酷すぎると思いませんか!」
「本当に、もう少しで私の高校生活が終わっちゃうところでした!」
照れ隠しのためなのか、いつもなら考えられないスピードで矢継ぎ早に言葉を並べる青木さん。
そんな青木さんのうろたえる姿に、俺は笑いを堪えられなかった。
「まあまあ青木さん。そんなに怒らないで怒らないで」
「だって理沙ってばこの前も……きゃっ!?」
まだ不服そうな表情で何かを言おうとしていた青木さんが、突如俺の隣で甲高い悲鳴を上げた。
そして青木さんが悲鳴を上げた原因は他でもない、俺にあった。
「ちょ、ちょっと……先輩……くすぐらないでーっ!」

青木さんの話を聞いてるうちに、俺の中の悪戯心も刺激されてしまったのだ。
俺は青木さんの脇腹を両手でつかみ、モミモミっとマッサージをする様な感じでくすぐった。
「きゃはははは、やめてーっ!」
青木さんは脇腹をくすぐっている俺の指から逃れようと、ダンシングドールのようにガクガクと激しく体を震わせ始めた。
クロールするように腕を回したり、脇を締めて身を縮こまらせたりする青木さん。
へっぴリ腰になって笑いながら悶える青木さんの姿に向かって、俺は心の思うままに言った。
「青木さん。そんな可愛い姿を見せられたら、誰でも悪戯したくなるって。しょうがないしょうがない」

「やめてください! きゃははははーっ!」
やがて青木さんはくすぐったさに負けたのか、その場にしゃがみ込んでしまった。
それでも俺はしつこく、青木さんの脇腹をもんだりつついたりしてくすぐる。
「本当にくすぐったいです! やめてーっ!」
体を震わせて、パンツが見えないようにスカートを押さえながら、必死に俺の悪戯に耐えて許しを請う青木さん。

そんな青木さんの脇腹をしつこくくすぐりながら、俺は心の中で確信していた。
こんなに可愛い女の子を彼女にすることができた俺は、世界一幸せな人間なのだ、と。