殴られ1日20時間労働、目前で殺人、鎖つなぎ食事抜き…エビ好き日本人の胃袋支える輸出国「タイ」の養殖業界、驚愕“奴隷労働”実態

2014.7.2112:00(1/5ページ)[岡田敏一のエンタメよもやま話]

暴行、殺人が横行するタイの水産業での“奴隷労働”の実態を伝える英紙ガーディアンのネット版の記事。こうした“奴隷労働”で供給されたえさで飼育したタイ産養殖エビが、大手業者を通じて欧米に供給されていた…

 さて、今週ご紹介するエンターテインメントは久々となる「食」のお話ですが“あれが美味い、これが美味い”といったお気楽なグルメのお話ではありません。われわれ日本人の食卓にも欠かせないある食材を供給するため、海外で多くの人々の命が暴力や虐待によって失われているという、とんでもないお話です。

 東南アジアのタイといえば、日本とは約600年にわたる長いお付き合いで、伝統的に友好関係を築いてきたことで知られます。世界最大のエビ輸出国でもあり、エビ好きの日本人はタイ産のエビに大いにお世話になっているはずです。

 ところが、そんなタイのエビ産業を支える養殖エビの業界は、近隣のミャンマー(旧ビルマ)などの出稼ぎ労働者を奴隷のような過酷な労働環境で働かせる“奴隷労働”で成り立っており、これらのエビを扱うタイ最大の食品メーカーは、こうした“奴隷労働”が支える養殖エビを欧米の複数の大手スーパーマーケットチェーンに卸しているという事実が明らかになったのです。

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 これを受け、欧米では“奴隷労働”で飼育した養殖エビの購入を消費者は拒否すべきであるといった大きな非難の声がわき上がっています。

 このお話、先に取り上げなくてはならなかったお話が多くてかなり後回しになってしまいましたが、今回、詳しくご紹介いたします。

 そもそもこの衝撃の事実は、6月10日付英紙ガーディアン(電子版)が、約半年間にわたる調査報道を経て報じたスクープで、欧米主要メディアが一斉に後追い報道を展開しました。

 「死ぬと思った。奴らは私を鎖につなぎ、食事も与えなかった。そしてわれわれを動物のように売り払った。でもわれわれは動物でなく人間なんだ」

 トロール船の船長から船長へと人身売買され、奴隷のようにコキ使われていたカンボジア出身の元僧侶はガーディアンの取材にこう怒りました。

 また、別の人身売買の被害者は同紙に、目の前で20人の“奴隷”が手足を縛られ、船から海に放り投げられ、殺される現場を目撃したと話し「一生懸命働いても殴られた。数え切れないほどのミャンマー人が“奴隷”として売られた」と明かしました。

 こうした“奴隷”たちは無給のうえ、トロール船で1日20時間労働を強いられ、休まず働くことができるようにと覚醒剤まで打たれていたというから驚きです。

 彼らはもともと工場や工事現場の作業員で、悪徳ブローカーによって1人250ポンド(約4万3000円)以下でトロール船の船長に売り飛ばされていたのです…。

 さて、人身売買で売られてきた彼らのような近隣国からの出稼ぎ労働者をトロール船で奴隷のようにコキ使うことと、養殖エビがどう結び付くのでしょうか?。

 実は、こうしたトロール船が捕獲した魚のうち、小さかったり食用に適さなかったりする魚が魚粉に加工され、その魚粉が養殖エビのえさになっていたのです。

 そして、そのえさで飼育された養殖エビを世界中に輸出していたのがタイ最大の食品会社「チャルーンポーカパン(CP)フーズ」だったのです。

養殖エビで築いた年商3.3兆円

 「CPフーズ」はタイ最大のコングロマリット(複合企業体)「CPグループ」の食品部門で、年商330億ドル(約3兆3300億円)を誇る巨大企業です。ちなみに社のキャッチフレーズは「世界の台所」だそうです。

 1978年、家畜用飼料の製造業者として設立され。その後、冷凍や調理済みの養殖エビの販売をはじめ、“奴隷労働”が元になっている養殖エビのえさを自社ブランドの商品として他のエビ養殖業者に販売するようにもなりました。

 そんなCPフーズは、年間総売上高73億ドル(約7400億円)、総輸出量50万トンといわれるタイ産エビの約10%を担い、米のウォルマートやコストコ、フランスのカルフール、英のテスコといった世界の4大スーパーチェーンなどに自社の養殖エビを卸しているほか、日本の大手もCPフーズの養殖エビを扱っているとみられます。

 平たくいえば、世界中の多くの人が、殺人まで起きる“奴隷労働”に荷担していると言っていいでしょう。

 実際、奴隷制度反対を訴える国際団体反奴隷制インターナショナルの責任者エイダン・マクウェイド氏はガーディアンに「タイ産のエビを購入することは“奴隷労働”で生産した商品を購入することだ」と強く非難しました。

 一方、当のCPフーズの担当者も同紙に、こうした“奴隷労働”の事実を認め「金儲けのために行われてきたことは明らかなので、解決したい」と明言。タイ政府も同紙に「人身売買との戦いは国家の優先事項である」と述べ、問題解決に本腰を入れて取り組む姿勢を示しました。

4大スーパーも遺憾を表明

 当然ながら、ウォルマートなど4大スーパーも遺憾の意を表明しました。ウォルマートは「タイのシーフード輸出産業から“奴隷労働”を根絶するための重要な役割を果たしたい」と述べ、テスコは「“奴隷労働”は絶対容認しない。われわれはCPフーズのサプライチェーン(供給網)が“奴隷労働”と無縁であることを証明するため彼らと取り引きしていたが、今後、“奴隷労働”を無くすため、国際労働機関(ILO)や、世界の労働者の労働条件の改善や企業側に対する倫理規範の周知徹底などを訴える英のNGO(非営利団体)「エシカル・トレーディング・イニシアチブ(ETI)」と協力し、タイの水産業全体でこうした問題の解消に務めたい」と訴えました。

 またCPフーズの養殖エビを扱っていた英のスーパーチェーン、モリソンズも「わが社では商品供給元に対して強制労働を禁じており、この問題に関し、緊急に対策を講じたい」と強い懸念を示し、コストコは「タイ産のエビの供給元に対し、捜査当局の協力を仰ぐよう求めた」と述べました。

 カルフールは「CPフーズの工場を含むタイ産エビの全供給元について社会監査を実施していたが、(供給元の)末端まではチェックしていなかった」と弁明しました。

 言うまでもなく、奴隷制度はタイを含む世界各国で違法なのですが、ILOによると、全世界では現在、約2100万人が“奴隷労働”に従事させられているといい、タイでは、その数何と約50万人。このうち約30万人がトロール船など水産業でコキ使われており、90%は人身売買の犠牲となった近隣国からの出稼ぎ移民とみられています。

 そんなわけで、タイでの人身売買は世界最悪水準で、国際移住機関(PDE)の2011年のリポートによると、タイの漁船でかつて“奴隷労働”に従事した人々の59%が同僚の殺害場面を目撃していたといいます。

外国人を奴隷に…米国「タイは北朝鮮と同レベル」

 実際、6月20日付ロイター通信が報じていますが、米国務省がこの日、発表した世界の人身売買に関する年次報告書(TIP)の最新版によると、タイとマレーシア、ベネズエラの3カ国は、人身売買を無くすための取り組みが不十分だったことから、最低ランクの「第3階層」に格下げされていました。ちなみに「第3階層」の代表国は北朝鮮と中東のシリアです。

 さらにこの報告書は、タイの“奴隷労働”の現状について昨年12月のロイター通信の調査報道を引用し、タイの入国管理局の当局者と海軍関係者、そして人身売買を牛耳るマフィアがグルになり、ここ1年でタイの難民キャンプに逃れてきたミャンマーの難民(先住民族のロヒンギャ族)約1万人を人身売買の餌食(えじき)にし、タイで“奴隷労働”に従事させていると指摘しています。

 タイの“奴隷労働”について、世界からあがる非難の声は日々、大きくなっていますが、残念ながら、この問題が解決に向かう日はまだまだ遠いようです。

 ガーディアンによると、人権団体は長年、欧米での安価なエビの需要増に伴い、タイの水産業では安価な労働力の大幅な不足に直面していると指摘しており、ある人権活動家は「タイの海産物輸出産業は“奴隷労働”に頼らないと崩壊してしまうだろう」と厳しい現実に目を向けています。

 日本では“食い物ネタ”のテレビ番組があふれ、過剰ともいえるグルメブームを煽(あお)っていますが、世界を見渡せば、難民として隣国に逃れてきたにも関わらず、先進国に食材を安定供給するため、日常的に暴力や暴行を受け、挙げ句の果てに両手足を縛られて海に放り投げられて殺される人々が存在することを、われわれは忘れるべきではないでしょう。

(岡田敏一)