その電話があったのは、1年ほど前のある日曜日、朝のまだ休日にしては早い時間でした。

誰かからの電話を受けている妻の横で、なにげなくその会話を聞いていると、「え?・・・」という声の後、声色が変わり、ぼそぼそと声を潜めて話しています。

どうやら深刻な感じの通話内容のようです。
ふと、妻の顔を見ると、顔色は青ざめ、頬はひきつり、その綺麗な顔が歪んで見えるほどでした。

「どうしたの?何かあった?」
妻「うん、それが・・・敬子がいなくなったらしいの?」

「え?敬子さんってお前の親友の北川敬子さん(仮名)?」
「今の、彼女の旦那さんからの電話だったの、もう1日半も帰ってないらしくて、何か心当たりはないかって?警察に届けるべきだろうか、もう少し待つべきなんでしょうか?って」

妻のずっと、ずっと昔からの大親友、北川敬子さん(仮名)はそのあだ名の通りに某元総理の孫のタレントと結婚した例の女優と瓜二つな超美形の女性です。

旦那さんは若くしてIT企業の社長、大金持ちのイケメン、まさに人も羨むような素敵なカップルです。

妻の机の上には彼女の結婚式の写真が飾ってあります。
超美形の純白のウエディングドレス姿はまるで結婚式場のパンフレットのモデルさんのようです。

2次会で撮られた写真ではミニのドレスでその美脚が露わに、まあ、男なら誰もがよからぬ想像をしたくなるほどの「いい女」なんです。

「帰って来ないって?どういう事?」
妻「金曜日の昼間に、今日は帰って来たらご飯でも食べに行こうね、って彼女からLINEがあって、でも家に帰ってもいなくて、電話もメールも何も通じなくて、いつまで待っても帰って来ないらしいの」

「金曜からずっと連絡も取れないの?」
妻「旦那さんが言うには、結婚してから、いや結婚前、知り合ってから1度もそんな事はなかったって」

「それは何かあったのかも?すぐ警察に行った方がいいと思う、私も一緒に行くから」
妻「ありがとう、助かるわ、すぐに連絡するわ」

妻「あっ、IT旦那さん(仮名)ですか、うちの主人がすぐに警察に届けた方がいいって、私たちも一緒に行きます、届けるなら、ご自宅の近くのあそこの警察署ですよね?」
IT旦那さん(仮名)「はい、そうです、ありがとうございます、心強いです、警察署の前で10時にお願いします」

その都心の警察署で落ち合うことにして、私と妻は用意をして車で出発しました。

出かける前に私は学生時代の友人で、警視庁に勤務する友達に電話して一応の概略を話すと、「あ?っ、そこの署に同期が行ってるから、すぐ話をしとくよ」、と言ってくれました。

「ねぇ、あそこの夫婦はうまくいってたの?お前になら彼女も本当の事を言ってるでしょ」
妻「間違いなくうまくいってると思う、ホントに仲が良かったし、でも・・・」

「でも?」
妻「IT旦那さん(仮名)の会社って今、凄い勢いなの」

「知ってるよ、経済新聞とかにもよく出てるよね、確か上場したんだよね?」
妻「うん、その上場する時期で大変な多忙だったらしくて、たまに愚痴っぽく「寂しいな?ハートW」みたいなことを軽く言ってたくらいのことはあったけど・・・」

そんな会話を妻と交わしているうちに警察署に到着です。

IT旦那さん(仮名)の住んでいる地区は、都心の中の都心、国の機関、大使館などの重要施設を多く抱える地域ですので、そこを管轄するのはレベルの高い人材の揃った大規模警察署です。

警察署でIT旦那さん(仮名)と合流して警察に事情を話すことになるんですが、私の友人から話が通っていたのと、IT旦那さん(仮名)の会社の名声と社長の肩書の威光があったのでしょう、相談の席には、担当の刑事課の刑事と驚くことに副署長が同席です。

相談内容を聞くと、「事件の可能性もあるので早期に着手します」と警察は異例のスピードで失踪事件として捜査を始めてくれることになりました。

将来の天下り先になり得るほどの勢いのある会社の社長婦人の失踪です、警察組織というものは、機を見るに敏なのでしょうか、その対応は迅速、誠実なものでした。

数日後、警察からIT旦那さん(仮名)と私たちが呼び出されたんです。
刑事の顔が険しく尖っているのを見て、「なにか?」があった事を3人とも感じていました。

「言いにくいことなんですが・・」、そこまで言って刑事が沈黙です。
「なにがあったんですか?」その沈黙を破るようにIT旦那さん(仮名)が口を開きました。

刑事「まず奥様の携帯の通話記録を調べたんですが・・・大変に言いにくい事なんですが」
そこでまた沈黙です。

IT旦那さん(仮名)「かまいませんので、おっしゃってください」
刑事「好まざる人物との通話が頻繁にありました」

IT旦那さん(仮名)「好まざる人物?どういう意味ですか?」
刑事「渋谷の覚せい剤の売人で広域暴力団の男です」

「え?まさか・・・」

その場の空気がが凍りついたように感じられました。
誰も、なにも言葉が出ず、3人とも絶句したままで、ただ刑事の顔を見つめていました。

若さと美貌、大富豪で容姿抜群の夫、セレブな結婚生活、考えうる世の中の幸せをすべて持っていた、妻の大親友、北川敬子(仮名)が失踪しました。

そして、この後、1年にも渡る彼女の数奇な体験の話が続きます。