萌え体験談

萌え体験談、エッチな体験、投稿体験談を配信しています。

先生・生徒・禁断

初オナニーは小6・私の変態オナニー報告

京子といいます。私のオナニーは異常でしょうか?
初めてオナニーをしたのは小学校6年生くらいで、
初潮を迎えたのは5年生だったと思います。
女の子はオマセさんなので性に対して興味がわく年齢でしょうか。

ちょうど6年生の夏ごろだったと思います。
私には2コ年上の姉がいるのですが、姉に洋服を借りようと
勝手に部屋に入り、クローゼットのタンスを開けると
欲に言うエロ本があって、数ページめくってみると
男女のセックスの写真がいっぱい載っていたんです。
その時妙に体が熱くなり、エロ本に載っていた裸の女性が
アソコに手をあてて、触っていたんです。
モザイクがかかってましたが、どこを触っているのかくらいは
女なのでわかります。

でもこんなことして気持ちいいのかな、と思ったのですが、
家には誰もいなかったので、自分の部屋に戻ってカーテンを閉め、
ジャージを下げて、下半身全裸になって、アソコを触っていると
なんかだんだんと濡れてきて、クリトリスが硬くなってきて、
撫でると気持ちいいんです。そして思わず声が出ちゃって、
でもその時はアソコを触るくらいで終わったんですが、
翌日学校に行って仲のいい友達にそのことを聞いてみると
それはオナニーと言って、女性のアソコはクリトリスのところよ。
と教えてくれたんです。

でも友達にオナニーしたことがばれて、いやらしいと言われて、
恥ずかしい思いをしたのですが、帰ってこっそりとエロ本を見て、
もう一度女性のいろいろなことを見てみたんですが、そしたら、
また体が熱くなっちゃって、クリトリスを触りながら、オナニーを
したんです。頭はボーっとなって、真っ白になっていくのが
わかりました。それ以上の知識がなくて、でもそれだけでした。

それからは私の性の勉強が始まりました。
ちょうど友達の両親が古本屋をやっていて、オナニー大全集という
本を持ってきてくれて、中を見ると、きれいなお姉さんやOLや
看護婦、女子高生などいろいろな女性がいやらしいかっこをして、
アソコを触ったり、おっぱいを揉んだりしてるんです。

その時、男の人のマスターベーションを覚えたんです。
男の人はペニスをシコシコしながら女の人の裸を見て、
射精するんだ、と。それがものすごく気持ちよくて、
快感を感じるらしいんです。そして女性もすごく快感を
感じることができることやさまざまなエッチな体験談が
載っていて、気がつくと朝方まで熱心に読んでいて、
でもその時はオナニーはしませんでした。
だから授業中も若い先生の股間に目が行き、ちょうど教育実習で
若い先生もいたのですが、たぶん夜に私と同じように、
オナニーするんだろうな?、とずっと思っていました。

そのオナニーが本格的に気持ちいいと感じてきたのは、
中学生のなってからで、帰ってきてすぐにセーラー服のままで、
スカートをまくりあげ、パンティを脱いで、両足を開いて、
クリトリスをやさしく触りながら、指を膣の中に入れたり出したりすると
これまでにない快感が体中を駆け巡ったんです。
ちょうど電気が体を走り回る感じです。オナニーってこんなに
気持ちいいものなのかと感じ、たまにお姉ちゃんの部屋から夜中に
変な声が聞こえてくるんです。たぶんオナニーをしていたのでしょう。
ようやくなぞが解明された感じでした。

中学生になると男子生徒の誰が好きとか、つき合うとか、
女生徒はいろいろな話をするようになります。そして当然、
キスをしたとか、男性のペニスのこととかを気になりだし、
女の子の中にはオナニーのことを話す子もいて、私も友達が
話していることがよくわかり、どこが気持ちいいのかとか、
いろいろなことを聞いたのですが、私は自分がオナニーを
していることは言わず、真面目な生徒という感じでいましたが、
今思うと、だいぶ年齢がいって思うことですが、真面目な女性ほど
いやらしいことや激しいオナニーをしているのだと思います。

私のオナニーはだんだんと過激さを増していき、エロ本やエッチな体験談を
読んでは、新たな体位でオナニーをするようになったんですが、
最初にした体位は、四つん這いになって、お尻を突き上げ、
手をおまんこに持っていき、後ろから攻められてることを想像して、
指を少し膣の中に入れて、かる?くクリクリとやってみたんですが、
愛液がたくさん出てきて、心臓はドキドキして、エロ本のとおりに
やっていると、おまんこがヌルヌルになって収拾がつかない状態に
なってしまったんです。愛液を指にいっぱい濡らし、クリトリスを
思いっきりクリクリしたり、つまんだりすると、快感の度合いが
どんどんと増していくんです。

そして自然と目を閉じ、今度は仰向けになっておっぱいを
揉みながら、乳首もクリクリすると、クリトリスと乳首の
同時刺激で、頭が真っ白になって、体中に電流が走り、
天にのぼっていく感じで、突然、ツ?ンと衝撃が走ったんです。
おそらくこの快感が絶頂を迎えることだと、その後わかりました。

体は振るえ、快感がどんどんと強くなり、止めようにも指が
クリトリスから離れず、体が宙に浮いた感じなんです。

この時以来、私のオナニーは週に2回くらいから毎日に
変わっていきました。おサルさんみたいに毎日のようにオナニーをして
いやらしい小説や雑誌をもらってきては、オナニーに浸っていました。

満子

私のレイプ体験記を書くのは、正直心苦しいですが、同じような被害者を出さないためにも書いておこうと思います。
私は、ホー法華経会という宗教団体のトップに3度犯されたことがあります。
トップの名前は金満子。信者からは「満子先生」と呼ばれています。
金は、海外の政府のトップと幾多にも渡って会談し、国内外の学術機関から多くの学位をもらい、
ゆくゆくはノーベル平和賞の受賞も確実な人物である。
・・・・・・というのが、教団が盛んに喧伝していることですが、実際は巨大な金を使って名もなきところから栄誉をもらっているだけで、
彼の若いころのコンプレックスをあらわしている最たるものと言えます。
前置きが長くなりましたが、これはすべて金が史上最悪の人物であることを表すもので、私のレイプもその中にあるのです。
以下は、時間を追って、私がレイプされた事件を記します。

1973年 ○月×日
私は、北海道にある教団の施設に金が避暑に来るということで、彼の身の回りの世話役を命じられました。
その施設の3階に、金の部屋があり、そこは私と金以外、教団の大幹部でも立ち入りは許されていませんでした。
金がやってきて3日目のことです。
午後9時ごろ、私は彼の部屋に入り、布団を整える準備をしました。
彼は寝室の隣の執務室にいて、私は邪魔にならないよう、そっとふすまを閉めようとしました。
すると金は、「そのままでいいよ」といってきたのです。
私は、彼に背を向ける姿勢で、布団のシーツを整えていました。
するといきなり、金が背後から襲いかかってきたのです。

「何するの」と思い反射的に顔を向けると、彼はきつい口臭を吹きかけてディープキスをし、私を押し倒しました。
その後、まず私のブラウスとスリップを引きちぎり、次にスカートをびりびりに破り、うつぶせに組み伏せました。
下着一枚となった私になすすべはなく、金は毛むくじゃらの手を下着に突っ込み、秘所を触ってきました。
「や・・め・・・」と、声にならない声を出す私に対し、金は「はぁ、はぁ」と荒息を吹きかけてきます。
そして、金はいよいよ私の下着も引き破り、ステテコから物を取り出して、ぐっと突いてきました。
突然来た衝撃に、私は声を上げることができず、次第に目の前が真っ暗になっていきました。後は金のきつい体臭と小刻みに来る衝撃だけ。
しばらく失神していたようですが、気がつくと布団に全裸のまま仰向けに寝かされていました。
「ここから逃げよう」と、ドアの方向へ這っていくと、金は
「んもー。大人しくしてなきゃダメじゃないか」と、しつこく私に襲い掛かろうとしました。

それでも私は、全身の力を振り絞り、ドアに頭をぶつけながらも2階のトイレに逃げ込みました。
殺されるという思いで、心臓が異常に激しく動き、トイレのドアを閉めたときは、ものすごく脱力しました。
と同時に、ものすごい吐き気に見舞われて、何度もはきました。
しばらくして落ち着いた後、備え付けてあったトイレットペーパーで、下腹部についていた金の精液をふき取りました。
精液はふき取れましたが、あの忌まわしいことを思い出すたびに、涙がぽろぽろと出てきました。
私は、少々のことではぬぐえないと思い、皮膚が赤くなるまで何度も下腹部を拭きました。
初めて味わったレイプの痛み。その痛みは長く続き、私はトイレの中で嗚咽をあげていました。
私の記憶する限り、4時間は嗚咽していたと思います。

1983年 △月○日
私は、その日も北海道の教団施設で仕事をしていました。そして、・・・金も泊まりにきていました。
早朝、施設内にある喫茶店で入り口付近を掃除していたところ、人の気配に気づきました。
もやで分からなかったため、はじめは何であったかわからなかったのですが、急に私のおなかをがしっとつかむ感触がありました。
見るとそれは、誰かの毛むくじゃらの腕でした。そして再び後ろを振り返ると、そこには金の顔が。
金は顔を一瞬にやっとさせたかと思うと、脚をかけて私を押し倒してきました。
倒れる際に、私は左脇をテーブルにぶつけ、その時の跡が今も残っています。
金は私が抵抗できないように、全体重をかけてきました。
現在の金を見ると分かると思いますが、彼は醜く太っています。実は、当時もそうだったのです。

金は腕に力をこめて、私のブラウスを引きちぎってきました。そしてスカートと靴下を力任せに脱がすと、
「二号さんの顔を見に来たんだよ」といって、力任せに私の胸をまさぐってきました。
その忌まわしい手は、私の胸からおなかへ移動し、やがて秘所に到達しました。
ここでも私は声にならないけれども叫びを上げようとします。しかし、金は私の口を自身のきついにおい漂う口でふさぐのです。
やがて、金はトレーナのズボンと下着を脱ぎ、毛むくじゃらの股間を私の股間に当ててきました。
また、ここでも忌まわしい衝撃ときつい体臭が襲い掛かります。体中を手でまさぐられながら、私はまた失神しました。
何分発ったか分かりません。気がつくと、私は仰向けに寝かされ、下腹部に金の精液がついているのがわかりました。
「あんたは名器だな。俺はすぐにいきそうだったよ」と、ズボンを上げながら、邪悪な笑みを浮かべて去っていきました。
私は、仰向けの姿勢のまま2時間ほど2度目の痛みを味わって、嗚咽しました。

1991年 ○月○日
早朝の深い霧の中、私は食糧の補充のために敷地内を歩いていました。あの男のために。
敷地の路上を歩いていたとき、左後方から何かがものすごい勢いでくるのがわかりました。
私は一瞬、イノシシが来たのかと思いました。その後、あっという間に体を羽交い絞めにされる感覚を覚えました。
これはイノシシではないと思い、とっさに振り払おうとしましたが、相手が悪すぎました。金です。
「3回目も黙って犯されるなんて、淫乱な女だな」と、金はののしってきました。脂ぎった顔が忘れられません。
金が押し倒そうとするのを私はあらゆる力を振り絞って防ごうとしましたが、金は力任せに私に張り手を食らわせました。
その衝撃で私は地面に倒れこみ、金が上にのしかかってきました。地面なので、つかまるところはありません。
いよいよ、彼は私のブラウスとスカートを力任せに引きちぎり、あっという間に私を全裸にしました。

60を過ぎているにもかかわらず、金の性欲は人一倍あったようです。今度は直接物を挿入してきました。
ずんと突き上げるような痛みが来て、今度は逆に逃げなきゃという意識が先に来ました。
とにかく、噛み付いたり引っかいたりして、金の力が緩んだときに、ようやく体を引き離し、逃げることができました。
金は、「抵抗しても無駄だ。また襲ってやるからな」と不敵な笑みを浮かべ、霧の中を去りました。
3度目の痛みを味わったはずですが、今度は不思議と涙は出ず、1時間ほどその場で呆然としていたと思います。

この後、私は教団を抜け、夫とも相談した結果、ホー法華経会と金満子を訴えることにしました。
教団信者からの妨害も受け、精神的に悩んだこともありましたが、少なからぬ支援者の応援で、何とか平静を保って闘いました。
しかし、結果は敗訴。理由は「時効」です。

現在ホー法華経会は、政官業(とメディア)に渡って浸透し、私たちは教団と金満子の批判すら満足にできません。
しかし、私のような例はたくさんあり、一連の事件の顛末を告白しておかなければ、今後も起こるだろうと思います。
私たちの苦悩を少しでも多くの方に分かってもらえれば幸いです。

因縁つけて痴漢するつもりだったとしか見えませんでした

古い修羅場聞いて下さいな。
二十年前高校生でバス通学していた、定期テスト期間中で午前中で終り
普段自転車通学だった友達が、帰りに寄り道するからと一緒に駅前からバスに乗った。
バスは中途半端な時間のせいで、がらがらで乗客は友達と二人きり。
次のバス停でお爺さんと中年のおばさんが乗って来た。
友達が両替のために立ち上がり学生鞄を座っていた座席に残して運転席隣の
両替機に向かったら、お爺さんが友達のカバンの上にどずんと座った。

びっくりして「すみません。そこ友達が来ます。鞄もあります。」と私が恐る恐る言ったら
「なんだとーお前老人に席を譲らずに座ろうっていうつもりか!!!!」と怒鳴り
「お前は○○高校だな!何年何組の誰だ!私は○校の教頭とも親しいから
お前なんか退学にしてやる!生徒手帳を見せろ!!!」と私の胸ポケットに入っている
生徒手帳をとろうとしたのか、私の胸をがっ!と掴んだ。
説明下手ですが、校則で胸ポケットに生徒手帳をいれておかないといけなかったのです。
もう理性もくそもふっとび「きゃー痴漢。痴漢。痴漢。痴漢。痴漢。」と痴漢を何度連呼した
ことか。バスが急に停まり運転手が飛んできた。「このじじい痴漢です。胸を掴まれました!」と
私が叫ぶと友達も「じじいが因縁つけて、この子の胸掴みました。変態です。」と言ってくれました。
爺さんはバスから降りて逃げようとしたので、運転手が拘束して乗り合わせたおばさんが
110番してくれました。その間も私はずっと泣いてました。その頃は胸を掴まれて
大大ショックだったんです。純情でしたねぇ。

爺さんは「そんなつもりじゃなかった。席を譲らないふととぎものに説教するつもりだった。」とか
もごもご言ってましたが、おばさんが「因縁つけて痴漢するつもりだったとしか見えませんでした。」
と警察で証言してくれて、警察で被害届を出すかどうか、親を呼んでゆっくり考えなさいと
親も担任も教頭も来て大騒ぎになりました。
教頭が来てびっくり、そのじじいは教頭の元上司で知り合いだった!どうやら教頭に私の事を
いいつけて退学にするつもりだったらしい。教頭に「○○先生」絶句され呼ばれてきた
息子夫婦(息子と嫁さんも教員だった。)に「お父さん情けない。」と詰られて大変だったらしい。
後から親に聞きました。結局教員だった息子夫婦に土下座されて親も二度と娘に近づかないと
一札を入れるならと被害届を出さないで終わりました。親が聞いたにはじじいはその後息子夫婦に
老人ホームに入れられたそうです。教員だったことを鼻にかけてそこらへんでおとなしい学生を
ターゲットにして退学にさせると脅かして謝らせていたことが分かったからだそうです。

定期テストの次の日からあまりのショックで熱をだし、再試を受けることになったのも修羅場でした。
再試になった時点で評価がさがるので狙っていた推薦が取れなくなったのです。

その場合も再試で推薦枠から外れるのか…
犯罪に会った被害者まで落ちこぼれ扱いとか学校酷くない?

むしろ教頭が融通利かせるべきだと思うけどなー

今は知らないけど、当時は体調管理も成績の内って言われて
法定伝染病以外認められなかった。これで三年間トータルの評定が4.0切れちゃって
推薦して貰えなくて、一般入試でチャレンジして滑り、滑り止め大学に進学しました。

クソ爺のせいで人生変わっちゃったのか…

一回の定期試験でしょ?
昔でもそこまで試験一点主義はありえないから
あなたの学校が特殊だと思う

犯罪に会って担任も教頭も来る騒ぎでその対応はないわ
多分被害を訴えてエリート教員一家に恥をかかせた報復だと思う
お前が言い出さなければ○○先生の犯罪が表に出なかったって

近親との恋愛なんて普通は成立しない

まずはスペック。

俺、当時は高校1年から2年。
DQN、ボッチ。
身長は170ちょい。
結構モテたからブサメンでは無かったと思いたい。。。

姉、身長160無いくらい。
黒髪のストレート。結構髪が長かった。
年齢は俺の一つ上。
Dカップ。これは下着見たから間違いない。

妹、身長150ちょい。ちっちゃい子。
俺の一つ下。父親の連れ子。
俺と姉は母の子。つまり血縁関係はない。
再婚は小学3年の時。ついでに言うと現在は離婚してる。俺の高校卒業と同時に。
妹は、姉より胸でかい。たぶん。

俺と姉の関係なんだけど。
まず、俺の母親はスナックのママさんをやってる。親父と離婚してかららしいが、実の父親の顔は俺も姉も知らない。
ある程度俺と姉が歳をとってから親が再婚してるから、両親の、その。エロいシーンとかは幾度となく目撃したりしてる。

幼い頃の俺と姉はそう言うのに興味を持ったりした。
当時の姉はもう知識があったかもしれないが、少なくとも俺にはなかったな。

その両親のやっていた事は、これまたマニアックなのだが、緊縛だった。
俺はカクレンジャー世代なので、忍者ゴッコがすきだった。

それで、姉に「なわぬけー!」とか言われ、縛られ。エッチな事をされた事もある。
これが後々影響してるのかは分からんのだけどw

妹が俺の家に来たのは小学3年の時。
俺は自分より年下の兄弟とかいなかったから純粋に嬉しかった。
しかし姉は違ったようで、当初は妹を凄く毛嫌いしていた。
今思うとその気持ちは分からなくもないなって思う。俺は本来末っ子だからな。姉の嫉妬心とか、深いところは分からないけど。

名前を考えよう。
最近、というかシュタゲと言うアニメが好きなので、そこから名前をとらせてもらう。
残念ながら、キャラも性格も全員違うのだけどw

俺、倫太郎!
姉、クリス!
妹、まゆり!

そんな感じで行こうと思う。

姉は妹を嫌っていると書いたが、それは最初のうちだけで、姉が中学に上がる頃にはむしろ妹にぞっこんな感じになってた。
元々姉は正義感の強い方なので、そう言う、言い方は悪いが。遇われな感じを持った妹は放っておけなかったのだと思う。

まあ、当時の俺等はいたって普通な家族だったと思う。姉とちょっとエロいことはあったが、今思うとやっぱり遊びの延長だったしな。

妹も俺になついていたし。普段クールで、人の前に立ちたがる姉も妹には色々と適わない、そんな、バランスのとれた家族だったと思う。

そんで俺、高校に入学。
結論から言うと、俺も妹も、姉と同じ高校に入学した。
理由は自宅から近い!!!

俺と姉は誰に似たのか分からんが、なぜか運動は得意だった。
姉は剣道で全国大会出場。俺は空手で全国大会出場(型だけだから喧嘩とか強くない)
まあそんな自慢はいいのだけど。
俺は高校に入って、中学に引き続き空手部に入った。入部してすぐに辞めてしまったけど。
この辺は普通に高校生活を過ごしていただけだから飛ばす。
何月だろう。生徒会の入れ替えみたいな時期。
姉、クリスは生徒会長に立候補しやがった。

その、生徒会とか決める式?って。なぜかその演説の助手みたいなのをつけるんだよな。
それで俺は姉直々にその役をやらさせられるわけだ。
なんで実の弟が姉のPRをしなきゃいけないんだよ!って、当時はブルーな気持ちになったのを覚えてる。

とりあえず、姉は生徒会長だった。
そんで、今の学生とかは流行ってるか分からないけど。俺が高校生の頃は、適当なアドレスにメールを送って、そのままメル友になる。みたいなのが流行ってたんだ。
それでメールをやり取りしてた女の子がいる。
名前。。。ルカちゃんとしよう。

その事の出会い、出会ってないのだけど。なんか「どうも、適当にメール送ってみました」みたいな感じだったと思う。
ルカとは結局メールのやり取りしかしてないな。
当時高校1年だったし。特にエロい話とかも無かったけど。学校ではあまり女子と話さないというか、人と話せなかったからルカとの話は楽しかった。
ルカ「部活とかしてないんですか?」
俺「してないなー」
ルカ「また空手やればいいのに」
そんな、他愛のない会話だった。

そんなこんなで高校2年に上がるちょっとまえ。冬の事だったかな。
靴箱の中に手紙が入ってた。
差出人の名前は無かったのだけど、同じ学校の人らしかった。

その人の手紙は少し特殊で「もしお返事を頂けるようでしたら、○○著の○○という作品の○○ページ目に挟んでおいてください」みたいな感じだった。
だから俺自身も、その人に返事を求めるときは図書室にある本の間を指定したりした。
ちなみに内容は、スポーツ大会の話題だったり。定期テストの話題だったりと当たり障りの無い内容だった。

この人は、名前どうしよ。。。
えなちゃん。としよう。
登場人物多くてほんとすまん。

高校1年の時は、こんな感じだった。ほんと、普通w

そんで、妹が同じ高校に入学してくる事になる。
姉が高3、俺が高2、妹が高1。

姉は意外と貞操感の薄い人間で、結構彼氏を家に連れてきたりしてた。
だから俺も高校生になったらそう言うエッチな感じもあるんだなと思ってた。

姉は結構目立つ気質だったからか、妹も結構目を付けられるのは早かった。
そこで困るのは、妹は姉よりも精神年齢が高いっていうか。
そういう性的な事に関して寛容だったんだ。

いわゆる、ビッチと言う奴になったのだ。
性格はわりとおっとりしてるから露骨なビッチではなかったけど、誘われたら乗る。みたいな。
なんと言うか。いろんな事に無関心だった気はする。
簡単に言うとメンヘラビッチなのかな。。。

家で、良く姉に相談事とかをされるようになる。
その内容は妹についてが多かった。
姉「まゆりの男癖、どう思う?」
俺「どうって、本人がそれで言いならいいと思うけど」
姉「でもまだ1年生だよ!?」
俺「少なくともおねえの影響もあるだろ。おねえだって男連れ込んだりしてるじゃん」
姉「分かってるけど。。。」
なんとも歯切れの悪い言い方。

妹の男癖の悪さは学校でも評判だった。
本当かどうかはしらないけど、援助交際をしてるとか、そう言う噂もたった。

俺の同学年の奴とかも「お前の妹、いくらだったらやらせてくれんの?」とか聞いてきたり。

俺は姉に言われて、その辺、妹の事を咎めることにした。
俺「まゆり、お前なんなの?発情期?」
妹「え?wお兄ちゃん何言ってるの?w」
俺「いや、援交とか噂聞くからさ。本当なの?」
妹「えー、そんな事してないよ。ただ告白されて、付き合って。エッチして。ふられるだけー」
俺「エッチっておい。。。それヤリ逃げされてんじゃん」
妹「まあ、別にいいよ。身体だけでも、好きになってくれるなら」
こういう、ちょっと病んじゃってる妹だった。

俺は妹との会話を姉に話したが、姉は「ふーん」と言うだけだった。

その頃から妹はやたらと俺になついてくるようになった。
それは家でだけの話じゃなくて、学校でも。
妹「辞書わすれちゃったから貸して」とか。

正直この頃、妹の話を聞いてから妹を同情するようになってた。
血が繋がってないっていうマイナス部分を埋められてなかったのかなって。
俺も露骨だったと思うけど、妹に優しくするようになってた。
それで妹に良く思われるのが心地よくて、そう言う感覚に酔っていたのだと思う。

ある日、校内放送で妹が職員室に呼び出された。
まあ、そんなに気に留める事でもないのだけど「あ、まゆりがよびだされてる」くらいに思ってた。

その日、家でまゆりはとんでもなく不機嫌だった。
てか、明らかに姉を敵視してる感じ。

食事の後、俺は姉に問いつめた。
俺「おねえ、まゆりに何した?」
姉「別に。先生にまゆりは停学だって言われて、同意を求められたから承認しただけ」
俺「は?なんでまゆりが停学?」
姉「まゆりの首にキスマークあったでしょ?それで」
俺「キスマーク?それだけで停学になるもんなのか!?」
姉「なるわよ!ちゃんと隠しなさいよ、あの馬鹿。。。」
俺「かばわなかったのかよ」
姉「かばえるわけないじゃない!」
俺「なんでだよ!ねーちゃんだろ!」

この時俺は馬鹿だったと思う!酷い事言ってしまった。。。

それから俺は姉に対してもの凄くイライラしてた。
いまいち登場頻度が少ないけど、ルカとか、えなにもそういう愚痴っぽい事をこぼしていた。

やっぱり兄って言う立場だからなのか分からないけど、姉より妹を重要視しちゃう自分がいるんだ。

ルカも、えなもいい人で「確かに、それは酷いよね。でも、お姉ちゃんも辛いんだと思うよ」みたいなことを言ってた。

妹はずっと部屋にふさぎ込んでた。ちょっと話をしたりもしたけど。
妹「悪い事なんてしてない。愛されて何が悪い」の一点張りだった。

その翌日、俺は姉とガチ喧嘩をする事になる。。。
思い出すだけで寒気がする。。

そんなイケナイことを振り払う為に、俺はえなとの手紙のやり取りに精を出した。

他の人に見られたら困るから、結構マニアックな、誰も借りないような小説の間に手紙を挟んでやりとりしてた。

そんな、姉をちょっと意識しつつ。えなとやりとりをしていた訳なのだが。気がつくとえなが俺に対して敬語を使わなくなった。
やっと俺になれてくれたー。とか思って嬉しかったのを覚えてる。

学校では俺の妹の噂でもちきりだった。

謹慎をくらった理由は淫行と言う事になっていた。
ちなみに妹はそう言う行為をした相手の名前を言わなかった。だから謹慎をくらったのは妹のみ。

とにかく学校では嫌でもその話が耳に入ってくる。
その度俺はイライラしていた。
なんで俺が苛つくんだよって思われるかもだが。もう俺も姉を完璧に敵視してた。
思い込みって怖い。。。
そんで俺は昼休みに生徒会室に特攻する事になる。もちろんひとりぼっちで!
空手で全国まで行ってたし、正直全く怖くなかった。

俺は生徒会室に入る。姉は役員に囲まれている。
そんで俺は酷いが、姉を掴み投げ飛ばす。
俺「まゆりが今、どう噂されてるか知ってるかよ?」
姉「。。。。。」
俺「答えろよこの馬鹿女!」
とかタンカ切って殴り掛かってたと思う。
もちろん俺のが強い。姉を突き飛ばしたり、本当酷かったと思う。
しかし、姉が用具入れからほうきを取り出したあたりから形勢逆転。

むり!
棒って振り回すイメージだけど。コテ、篭手?痛すぎ。。。
もう手とか出せない!
手狙わないで頭ねらってよ!!!って思うくらい手が痛い。。。

そんな感じで見事に返り討ちにあった。
教師きて僕も停学。

俺は両親にこっぴどく叱られた。

その停学の期間、姉と妹のいろんな所をかいま見れた。

妹は単純に俺が生徒会室に乗り込んだ事が嬉しかったらしい。やっぱり妹は俺とか姉に疎外感を感じてたらしい。
だから他人を求めちゃうって。

姉は普段気丈なんだが、ものすごく俺に謝ってた。
姉「手、大丈夫?」とか。
むしろ俺の方が酷い事したのに、流石姉だなって思った。

ちなみに俺はまだ、姉も妹も異性として意識してない。ぶっちゃけ妹は結構意識してたけどw

血縁が無いって言うのは結構精神的に困る。

少し話が変わるのだが、ルカはメールだけの付き合い。どこに住んでるのかとかも全く知らない。
それでも、逆に接点が無いからこそ相談できる事とかもあって。普通に「俺、キスとかしたことなんだよねー」みたいな話もしてた。
なんだか、お姉さんみたいな感じだった。
姉はいるけど、現実の姉には話せない事とかも話せた。

妹の事とかも相談に乗ってくれて、凄くいい人だなって思ったんだ。
まあ、高校生だったし。少し惹かれていたのは事実なのだ。。。

俺は学校ではあまり人と話せない性格だったから、異性との付き合いって言うと姉、妹、ルカ、あとは手紙での交流をしてたえなだけだった。

えなはほとんど敬語で文を書いていたから、後輩なのかな?と睨んでいた。

停学期間中は割と平和だったと思う。
たんに、学校休めてラッキー!みたいな感じだった。

この停学がとけたあたりから、姉の俺に対する接し方が少し変わってきた。
具体的に言うと、恋愛の話とかをやたらとふってくるようになるんだ。

姉「倫太郎って彼女とかできたことあるの?」
俺「あるよ。一週間でふられたけど。告白してきてこれはイジメだよな」
家族なら全然普通だと思うが、俺と姉はあまりこういう話をしなかったから、少しどぎまぎした。

姉「好きな人とかいないの?」
俺「いるよー」
姉「え!?」

ちなみに、顔も知らないのにルカに惚れてた。

姉はこの頃はもう彼氏はいなかった。
妹に比べると姉の方が硬派なのだが、妹のイメージから姉のクリスも軟派なイメージをもたれたりもしてた。

俺はルカにひたすら思いを募らせていた。
俺「家とかどこなの?」
ルカ「その気になれば会いに行ける距離だよー」
もうこれだけで心が躍ってしまうくらい惚れていたw

普通は顔が見えないと惚れたりしなかもしれないけど、当時高校生っていうのもあって純愛に憧れてた。
だから、むしろ顔も知らないのにこんなに好きになれるのは純愛なんだと勘違いしていたな。

ルカは、電話は苦手だからダメだとかたくなに断ってた。
だから、俺はまずメールでルカに告白した。

内容は「顔も知らないのにこんな風に思うのは変かもしれないけど、ルカの事が好きです」
みたいな感じ。うわ、自分で書き返すと寒いな。。。

それで、返事はもらえなかったんだけど。俺の最寄りの駅で会う事になった。
めちゃめちゃ緊張した。

約束の時間に、約束の駅で、約束の場所。
なぜか姉がいた。

俺「なにしてんの?」
姉「。。。。。。」

俺「こらー」
姉「ごめんね、倫太郎。。。」
俺「は?」
姉「ルカって、私。。。」
俺「。。。。。。。。」

本気でキレた!

姉「本当にごめんね。。。最初はちょっとしたいたずらだったんだけど。。。」
俺「  」
姉「その、何て言うか。だんだん、本気になっちゃって」
俺「  」
姉「だめ、だよね。。。?」
俺「死ね!」

この日から俺はしばらく姉を無視するようになる。
当然だ!俺の純情な心をもてあそびやがって。。。

この日から俺はルカではなく、えなとの文通?を心の支えに生きて行く事になる。

えなはいい子なんだ。うん。俺を敬ってくれるし!

とか言いながら、実際けっこう姉を意識してた。
クリスとしての姉ならどうでもよかったんだが、ルカとしての姉にガチで恋をしてしまったがゆえの後遺症なのだ。と、思いたい。。。

そもそも姉の方が俺を意識してるから、それに釣られてしまうんだ。
やべえ。ねえちゃんかわいい。とか本気で思ってしまうこともしばしば。

でもね、ぶっちゃけるとえなも姉だったんだよ!

まず、俺はえなが姉だと言う事はしらなかったんだ。
この頃、敬語でなくなって、言葉使いも結構砕けた感じになってお互いなれてきた感じはあった。
純粋に嬉しかったんだぜ。。。

でも、やっぱり姉を意識してる自分もいた。
むしろ姉の方が歯止めが効かなくなってる感じはあったんだが。
普通に男女として交際したい。とか。
姉「ルカみたいな女の人がいいなら、私、変わるから。。。」
そういうの、真剣に言われるとこっちも結構考えちゃんだ。

つーか。ルカ好きだったし。。。

それで、俺は姉を好きになる。でもやっぱり、姉が装ってたルカを好きだって言うのが事実なんだが。。。

だから俺は姉の好意を受け入れた。つまり姉弟であって、恋人である関係になるわけだ。
いろいろ、つーかめっちゃ問題は豊富なんだが。高校生の頃の俺等にとって一番問題だったのは、姉弟でやることと、恋人どうしでやることに上手く区切りが付けられなかったんだ。

例えばデートで遊園地に行くとか。そんなもん結構してるし。
その辺俺たちは結構悩んだ。
その結果、たどり着いた結論はエロいことだったのだ。

ちゃんと交際を始める時。自分がえなでもあるって言う事を姉はカミングアウトした。
この時はおこらなかったなー。
それも恋人っぽいから続けようかってノリだったし。

もちろんこの事は誰にも言えなかった。
家では普通に姉弟をしてたし。

で、性行為とかするのだが。これはみんなの同意は得られないかもしれないのだけど。その行為の時、一番気になるのは匂いなんだ。
自分と同じ匂いがするのが凄く気持ち悪い。何て言うか、生理的に嫌なんだよな。。。何て言えばいいんだろ。。。
最初は全くそう言うの分からなかったから、姉貴普通に吐いてたしw
それからはお互い匂いには気をつけるようにしたり。

後は、立たない事もしばしばあった。
これはどうでもいいな。

えなとしての手紙のやり取りはこのころも続けてた。
姉としてじゃない自分が出せるからと言う理由。姉の言い出した事だ。

ただ、その手紙の内容にリアルで触れるのは暗黙の了解でタブーになってたな。
まだ現実に持ち出せるほどお互いが近親っていうのを理解してた訳でもなかったし。

でも、俺は幸せだった。ちゃんと姉を異性として見れてたし。ちゃんと好きだった。
姉も姉で、お姉ちゃんぶらない姉自身に酔っていたと思うし。お互い、普通に恋愛をしていたと思う。

でも、こんな風にはまとまらんのです。

俺も姉も、イケナイ事をしているという自覚はあったから。他人にバレないように細心の注意は払ってたつもりだった。
でも甘かったらしい。俺等は学校の教師に呼び出された!

教師「なんで呼び出されたかわかるかな?」
姉「いえ、身に覚えがありませんが」
さすが生徒会長。凛とした風に答えてくれます。
教師「倫太郎はどうなんだ?」
俺「ないっすねー。テストの点、悪かったですか?」
文章みて分かると思うが、俺は頭が悪い!
教師「君たち、男女交際をしてるよね?」
姉「。。。。」
俺「は?」
教師「姉弟としてではなくて、男女として交際してるよね?ってこと」
俺「意味が分かりません」

何でバレた!?って感じだった。
バレる要素が全く見当たらないんだもの。。。

教師「これ、クリスさんが書いたものですよね?」
そう言ってルカとしてやり取りしてる手紙を出される。
俺も姉も、その手紙は全部保管してあるはずだし。ここにあるのはおかしい。そもそも一番気をつけていたものも手紙だったし。
姉「誰かが私のフリをして書いたものではないのですか?」
そうは言うものの、やっぱりそれは姉の筆跡だった。
教師「ではご両親に確認してみてもいいですか?」
そう言われて黙る俺等。。。
それを白状したものだと教師は捉えたらしい。
結局両親も学校に呼ばれた。

怒られるなんてものじゃなかったな。母親とか、もう絶望してる感じだったし。
結局俺は再び謹慎。今回は姉も一緒に。
もちろん学校中その噂。。。最悪だった。
そもそもバレる要素がなかったんだ。。。

家に帰って手紙を確認してみても、自分が把握してる分は全部持っていた。

俺と姉は所持してる手紙をお互いに確認した。
姉「え?なにこれ!?私こんなの書いたことない!!」
俺「は?どういう事?」
姉「だから!私こんな手紙出した事無いっていってるの!!」
そう言って姉が見ているのは丁度えなの敬語がなくなった頃の手紙。
姉が言うには、その頃の手紙から微妙に文が変わってるらしい。

俺「じゃあおねえが書いたのはどこ行ったんだよ!?」
姉「知らないよぅ。。。」
そう言って、打ち拉がれる姉。

この時はパニックでどういう事かさっぱり分からなかった。
でも、謹慎の期間中冷静に考えればそんな事ができるのは一人しかいないのだ。

いもうとおおお!!!!

気がついてから姉と一緒に妹を問いつめる。
姉「まゆり。私の手紙、どうしたの?」
妹「ん?ちゃんと取っておいてあるよw」
姉「途中から、ずっと私のフリしてたの?」
妹「うん。まさかそんな関係になるとは思わなかった」
妹は最初、姉の部屋で手紙を見つけて、それから姉のフリをしたらしい。
単に俺と姉の道化ぶりを見て楽しんでるだけのつもりらしいが、俺と姉がそういう関係になってしまったのが面白くなかったらしい。
妹「実の姉弟で、その上恋愛感情まで持っちゃうなんて。うらやましいねー。どうせ私は他人ですよ」
俺も姉も、まゆりを他人と思った事なんて無かったが。本人はそう思ってしまっていたらしい。。。

結局、姉は高校卒業と同時に家を勘当された。
とは言っても、生活費とかは親が出してたから勘当とは違うか。

親は離婚したのだけど。妹はそのまま俺の母親の方についた。だからまだ俺の妹だ。

姉とは今は普通に会ったりもするけど、その頃の話はタブーになってる。今はそれなりに生活力もあるし。昔のようにはならないだろうけど、そもそももう姉には恋愛感情なんて抱けないしな。

姉や妹と肉体関係を持つのはあるかもしれんが、恋愛として成就させるのはとんでもない苦労がいるのだろうなと思う。
つーか無理!障害多すぎ!!

チノパン叩きが示す意味とは?

第61回 チノパンを叩く人々の心理から「コミュニティ」と「自分」を考える
チノパンが死亡事故…!この不幸な事件に、ネット住民はチノパンを叩きまくり。その行動が示す意味とは?渕上博士が鋭く切り込む!

【登場人物紹介】
渕上(ふちがみ)賢太郎博士
『モテモテアカデミー』及び『夢を叶えるアカデミー』主宰。数学、生命科学、行動経済学の博士号を持ち、人の心の動きをに解明する。金儲けやセレブな生活には興味がない。
山田君
博士を慕う冴えない32歳。小さなIT企業に勤務する。博士の教えにより、彼女いない歴=年齢だったモテない人生に終止符を打った。金持ちに嫉妬心を覚えてしまう。

山田君 特権階級が許せません。

博士 急に、どうした?

山田君 いやいや、1月2日に男性を死亡させる事故を起こした千野志麻(ちのしお)アナのことですよ。1月10日のガジェット通信には、同様の事故を起こした一般人と比較して、扱いの差が大き過ぎると非難の声が上がっているとあります。

たとえば、「相模原市のコンビニエンスストアの駐車場で無職の女性が軽自動車に轢(ひ)かれ、搬送先の病院で死亡。運転していた女性(65)を自動車運転過失傷害の疑いで現行犯逮捕」とありますし、「昨年10月にはマンション敷地で車に跳ねられ、女子大生(20)が死亡するという事故が起きていた。車を運転していた同区泥亀の大学生(21)を現行犯逮捕した」とあります。「このように接触事故で死亡させた場合は自動車運転過失傷害容疑となり逮捕となる前例まである。そんな前例がありながらも横手(旧姓:千野)被疑者は拘束されず、報道では「横手さん」の呼称である」と、まるで扱いが違うと記事に書かれています。

博士 そうか。

山田君 そんな警察の対応の違いに、ネットでは

平等なんて最初からないんだ
特権階級、うらやましい
だいたいテレビの放送が千野を擁護とかおかしいだろ
しかし一般人は問答無用で逮捕とか警察めちゃくちゃだな
と反応していると、同記事に書かれています。
僕も、これを読んでいて、チノパンを許せなくなってきました。

博士 山田君が千野志麻を許せないのは、ある意味自然かもしれない。
彼女は傍目でみれば、セレブで恵まれた半生を送っている。Wikipediaによると、千野志麻の父親は市議会議員で、彼女は不二聖心女子学院中学校・高等学校を経て聖心女子大学に入学。卒業後フジテレビにアナウンサーとして入社し、5年後に福田康夫元首相の甥でゴールドマンサックス勤務の男性と結婚を機に退社。現在は3人の子供に恵まれフリーアナウンサーとして活躍中とある。
1月9日発売の『週刊新潮』によると、旦那さんの年収は最低でも5000万円は下らないそうだ。見た目も、家柄も、才能も、結婚も、子供にも恵まれた女性が、事故を起こして転落するかと思えばそうでもない。

山田君 セレブめ〜。どんどん憎たらしくなってきました。

博士 Amazonにおける千野志麻著『30代からのしあわせ子育てノート』のレビューを見ると、やはり評価が著しく低い。37件中27件が★1つ。★5つを付けた4人のうち2人は★の数とは裏腹に、千野志麻に対する痛烈な批判を書いている。以前も述べたが、このような場合、その本の内容の善し悪しというよりは、著者を毛嫌いする人たちがいるということを示唆している。

でも、よく考えると少し不思議だ。千野志麻は、事故で人を死なせるという過失をおかした。このような過失は、決してしてはならない事だが、その一方で誰にでも起きうることでもある。一部の人が彼女を叩いているのは、事故を起こしたせいではないと思う。彼女を「ズルイ」と感じ、それが許せない。
でもなぜ許せないのだろう?彼女がどんな人生を歩んでいても、ほとんどの人には何の影響もないはずなのに。

山田君 確かにそうですね。なんで僕はチノパンを許せないんでしょう?

博士 今回はそれをある視点で見てみよう。前回僕は「自分など存在しない」と言った。"自分"というのは、この世界の生物が例外なく向かっている方向性、『「子孫繁栄」、そしてそのための「自己の維持」のため』に存在している作られた概念にすぎない。

そして、実は"自分"という存在は、コミュニティを前提として成り立ってもいる。今回は、「自分」という作られた概念がなぜあるのかの別の側面の話だ。

山田君 よろしくお願いします。

博士 人は1人で生きていけないように作られている。

山田君 確かに。金八先生が言ってました。「君たちぃ、いいですか〜!人という字は?人と人がぁ、互いに支え合って人となる?」って。

博士 山田君、君は確か32歳だったよな?たとえが著しく古いが、武田鉄也のその主張はあながち間違っていない。

山田君 と言いますと?

博士 昨年1月22日から始まったNHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか』の4回シリーズと、そこから産まれた同名の書籍には、興味深いいくつかの話が取り上げられていた。

笑顔は世界の共通言語
1つは、2003年4月イラクでの話。当時イラクは戦場で、そのイラクの宗教指導者と和平交渉をするためにアメリカ軍がナジャフ(イラク中南部の都市)を訪れた時、宗教指導者を捕まえに来たと勘違いした住民に行く手を阻まれ、周りを取り囲まれる。言葉は通じない。一瞬触発のその時、アメリカ軍の司令官が意外なことを言った。「みんな笑うんだ!」と。

山田君 笑う?

博士 そうだ。住民はその笑顔にアメリカ軍に敵意がないことを悟り、場が収まる。後にその司令官は次のように語っている。「私は世界の89ヵ国に行っていますが、言葉の壁、文化の壁、民族や宗教の壁があっても、笑顔の力が働かないのを見たことはありません。この世界で、笑顔は1つの意味しかありません。ですから暴力があり、不安がり、怒りがあり、混乱がある状況だったとしても、あなたがその人に笑顔を見せたら、少なくとも対話がはじまります」と。

人に笑顔があるのは、我々がコミュニティを築き、協力し合うのが進化的に刻まれていることを示唆している。

山田君 なるほど。

博士 同書籍において、人類学者リチャート・リー博士は次のように言っている。「人間の乳児の最初の行動の1つはモノを拾って口の中に入れることです。次の行動は拾ったものをほかの人にあげることです」と。

以前も話したが、人間に「良心」が備わっているのも我々がコミュニティを基本にして生きていることを示唆している。良心があるから、人は、自己を犠牲にして、他人を助けようとか、親切にしようという気持ちになる。良心があることで人間はコミュニティをつくり、助け合い、何十万年も生き延びて来られた。

人のさまざまな性質や形質は、人がコミュニティを作ることを前提に出来ていることを示唆している。

山田君 確かにそうかもしれません。

博士 コミュニティは、我々の子孫繁栄に大きな貢献をする。たとえば、昨年12月2日から3回に渡ってNHKスペシャル『中国文明の謎』が放送された。山田君、四大文明を知っているか?

山田君 完全に忘れました。

4大文明の中で黄河文明だけが残った
博士 あっさり言うなあ。エジプト、メソポタミア、インダス、黄河だ。この特集では黄河文明ではなく、中国文明となっていたが。その中で、中国文明だけが、唯一数千年にわたってほぼ同じ地域で同じ文明を維持してきたと、その特集では言っていた。そして、その理由は始皇帝が生み出し、その後現在の中華人民共和国にまで継承された「中華」という世界観にあると説明している。あとでもう一度触れるが、中国は、完成されたコミュニティ思想を持つ。それ故に4000年、1つの文明を維持出来たと考えられる。

また、さまざまな賞に輝いた2009年上映の『100000年後の安全』というドキュメンタリー映画も興味深い。

山田君 10万年後ですか?

博士 そうだ。核廃棄物プルトニウムは、無害になるまでに10万年以上かかる。このドキュメンタリーは、10万年後の人類のことまでも考えて作られた核廃棄物の最終処分施設「オンカロ」を扱っている。オンカロにとっての最大の脅威は我々の未来の子孫らしい。10万年後、我々の文明はなくなり、我々のことを全く知らない子孫達が、オンカロを掘り起こす。そんなことを考慮して施設は作られている。

山田君 すごいですね。SFの世界です。

博士 確かにそうだな。多分、10万年後の子孫は、今我々が使っているどの言語も使っていないだろうということから、記号や絵で「ここに近づいても、危険しかありません」と表現していたり、トゲトゲしい殺伐とした壁画を描き、それを掘り起こそうとしている人に、何か危険がありそうだと思わせるなど、さまざまなアイデアが出されていた。

興味深いと思ったのは、人が10万年後の子孫のことを気にしていることだ。中華という思想もそうだが、我々は自分が所属するコミュニティをずっと存続させたいと思っている。人のコミュニティに対する考え方は、子孫繁栄に大きく貢献しているに違いない。

山田君 確かに。長嶋茂雄さんも選手を引退する時、「わが巨人軍は永久に不滅です」って言ってましたもんね。

博士 たとえが古いが、その通りだ。

山田君 コミュニティって概念が、子孫繁栄に役立ってるってのはなんとなく分かりました。でもそれとチノパンとの関係はなんでしょう?

博士 僕が思うに、コミュニティに属している我々にとって重要な事が2つある。それは、
1)どのコミュニティに自分が所属しているのか?
2)自分が所属するコミュニティにおいて、自分に不当な不利益はないか?
の2つだ。

一部の人間が千野志麻を許せないのは、自分たちが日本人で、同じコミュニティに属する千野志麻が、不当に利益を得て、その結果、自分たちに不利益があると感じるからだと考える。

たとえば、メキシコで誰かが巨額の脱税をしたと聞いても、何とも思わないだろう。それは属しているコミュニティが違うからだ。メキシコで誰かが脱税や不正を働いても、日本人である我々には何の影響もない気がするのだと思う。

一方、坂東英二が脱税したことを叩く人たちは、自分が所属している日本で脱税をしている人間がいたら、ちゃんと税金を納めている自分たちが困る。そういうズルをするやつがいたら私たちが不当な不利益を得ると感じて怒る。河本準一の生活保護を不正に受給していた問題では、安い給料で我慢して正直に暮らしている私たちが不利益を得る、公平でないと感じて怒るわけだ。

山田君 1月17日のシネマトゥデイによれば、河本さん、Twitterを止めたそうですね。「個人的に楽しくなくなっちゃった」そうです。今でも一部のネット民から攻撃されていますもんね。あと、大阪府の公務員が世間の厳しい目にさらされているのも、税金を使ってのほほんと生きている公務員がいる一方で、弱肉強食の民間企業で給料をカットされ、苦しんでいる自分たちがいるからですよね。

博士 その通りだと思う。それに関して更に言えば、自分たちが所属するコミュニティのあるグループが著しく不当に不利益を与え続ければ、それは、自分が所属するコミュニティとは思えなくなる。それは敵の混じった不純な集団だ。大阪府では、来年度から、公立学校で全国初の教師の人事評価制度が導入されるそうだな。1月15日のクローズアップ現代『生徒がつける"先生の通信簿"』において、橋下大阪府知事(当時)の発言が出ていた。「普通の保護者からすると、みんな会社勤務してみんな人事評価で苦しんでいる中で仕事している」と。公立高校の先生だけが、(民間企業と違って)のほほんと評価を受けることなく過ごすなんてあり得ないということだろう。だから橋下徹は支持されていた。

2011年7月頃から始まったウォール街を選挙した抗議デモは、最も裕福な1パーセントのアメリカ人が合衆国の全ての資産の34.6パーセントを所有していること(2007年当時)が原因だ。多くのアメリカ人が貧困で喘(あえ)いでいるのに、1%の人間が巨万の富を得ている。しかも、富豪達はロビー活動をして、法律をどんどん自分たちに有利に変えている。貧困層の人間は、ウォール街に住む大金持ちと、とても同じコミュニティに属しているとは思えない。そうして敵になったのだと思う。

山田君 公平で、自分に利益を与えるコミュニティに人々は属して、それを守ろうとするってことですね?

博士 そうだ。山田君、時々賢いぞ!そう考えていくと、人が自分が所属するコミュニティにある感覚を持っていることに気づく。それは、「我々は、所属しているコミュニティを自分自身と思い込む」ということだ。私は日本人、私は○○の社員。山田という名字も実はその家族に所属していることを意味している。そしてそれが、自分自身のアイデンティティそのものになる。

自分が所属しているコミュニティを自分自身と感じて守ろうとし、同時に、所属するコミュニティに対してあたかも自分自身のように優越感や劣等感を持ったりするんだ。

ある女性は"田園調布に住む私"と優越感に浸り、ある男性は東京に住んでいない自分を恥ずかしいと思うかもしれない。何故ならそれが自分のアイデンティティの一部だからだ。中華が4000年続いた理由は、中華が世界の中心にあり、世界で一番優れていて、それ以外の民族を2流、3流におとしめたからだ、NHKスペシャルではそのように言っていた。

そして、この性質は自然にナショナリズムを生む。ここ最近、韓国や中国を毛嫌いする声が一部で大きくなっているのは、領土問題や、相手国の一部の人たちが日本に不利益を与える発言や行動をしていることが影響しているだろう。興味深いのは、日本人が優れている、韓国人が優れている、中国人が優れているというのを、それぞれの国民がいつも比べていることだ。まるで自分という概念が国民全体にまで広がったようだ。ナショナリズムというのは、自国が不況の時、つまり不利益を被っていると感じているときにこそ強くなると僕は感じる。

山田君 そういえば、小雪が韓国で出産していたのに対して、一部のネットユーザーが批判していましたね。

博士 今、韓国や中国に関わる芸能活動をするのは、一部の人間に非難されるのを覚悟した方が良いかもしれない。このナショナリズムを作りだす心が、同時に10万年後の子孫を守ろうする心、ある文明を4000年絶えずに続ける心を作っていると思う。

山田君 そのコミュニティにおいて、僕たちはどのように振る舞うのが理想なんでしょう?

博士 そこだよ、山田君。我々は同時に、そのコミュニティで何をすべきかを明確にするのにも"自分"という概念を使っていると思う。例えば"私は父親"、"私は部長"、"私は軍人"と言った具合だ。そのコミュニティにおいて、自分が何をすべきかというのが、名前となって現れている。

山田君 なるほど。

博士 子供は最初、自分の事を「あやみちゃん」「たかしくん」なんて他の人が呼ぶ名前で呼んでいるが、やがて、「私」「僕」と自分を呼ぶようになる。そして私が家族の中、学校の中、会社の中、世間の中で何をすれば良いかを考えるようになる。母親としての私、社員としての私、ミュージシャンとしての私などだ。山田君の質問に答えるなら、その名前のついた役割を全うするのが、1つの理想だろう。

山田君 そうか。すべきことが名前になってるんだ。

博士 そもそも、人は他人の役に立つ行動をとるように作られている。「誰にも思いつかないことを思いつきたい」とか「沢山の人にチヤホヤされたい」とか「ここだけの話をあちこちでする」とかだ。
生き甲斐を探し求めている人が最後にたどり着く生き甲斐の場所の代表は、自分が周りから必要とされている場所だ。いくら好きなことをしていても、誰の役にもたっていない、誰にも価値を見いだされていないというのはきついはずだ。
ミュージシャンなどが、活動を休止し、一般人になろうとしても、どうしても以前役立つことの出来たミュージシャンに戻ろうとしてしまう。

山田君 トモちゃんですね?

博士 1月13日のスポニチによると、華原朋美は、今年のキーワードを「執念」とし、目標の1つを「10年ぶりのNHK紅白歌合戦復帰」としている。かつて、華原朋美は、仕事のドタキャンなどが続き、2007年6月に所属事務所から解雇。睡眠薬など薬物依存により心身のバランスが崩れ、私生活が乱れていた。そして、2010年11月から1年間、父親がしているボランティアの仕事を手伝っていた。
その後心が安定し、再び多くの人の前で歌いたいと思ったのは、自分が多くの人の役に立つことが快感で、それが歌で成し遂げられると彼女が信じたからかもしれない。

山田君 トモちゃんにとっての自分ってのは"歌手"ってことですね。歌手で役立てたらトモちゃんも快感だし、世間も嬉しいってことですね。

博士 そうだと思う。コミュニティの中で人が何をすべきかの続きを更に言えば、お金持ちは、自分のコミュニティに所属する貧乏な人たちに富を分配するべきだ。東北大地震の時、100億円と引退までの報酬を全額寄付をすると発表した孫正義は正しい。SMAPもプライベートで4億円を寄付し、久米宏、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、神田うのなども多額の寄付をしている。念のために言っておくと、チェ・ジウやペ・ヨンジュン、イ・ビョンホンなどの韓流スターも寄付をしているのは忘れない方が良い。無記名で寄付している人もいるだろう。

山田君 たしかに、ありがたいと思いますし、我々日本人を助けてくれる人を同じ仲間だと感じます。まとめると、人のために尽くせ、無性の愛を捧げろってことですね?

博士 全く違う。ハーバード白熱教室というNHKの番組で、「全ての人間を同じように助ける人間には友達がいないだろう」というようなことを政治学者マイケル・サンデルは言っていた。生物学的に自然な行動は、自分が所属するコミュニティ、たとえば、会社、パートナー、家族を助け、役立ち、尽くすということだ。

江戸時代に武士の生き方の規範として出版された『葉隠(はがくれ)』、や、新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)の『武士道』は、コミュニティで人がどう振る舞うのが最善かが書かれている。また、儒教というのは、僕の解釈では「完成されたコミュニティを作る方法と、そのコミュニティに属する人が、最も幸せになるためにはどうなるかの指針」だ。

それらを学ぶのは、コミュニティで自分がどう振る舞うかの参考になるはずだ。

山田君 今回の話、難しいから、4行で言ってください。

博士 コミュニティは、子孫繁栄に超便利で、
人はコミュニティを作るように出来ている。
人は、自分の属するコミュニティを意識し、それをあたかも自分のように感じ、
そこですべき役割も自分そのものと感じている。

山田君 しかし、自分、自分って、前回と今回はしつこいくらい「自分」って言葉が出てきましたね。まるで西部警察の大門刑事みたいです。「自分がやりました」ってね。

博士 だから、君は何歳なんだよ!

【今週の勝手アドバイス】
コミュニティで「役立つこと」が我々の生活と心を安定させる

切欠なんかどうでも良い

俺の兄貴は地元では知らない者が居ないくらいのワルだった。
喧嘩が異常に強く、中学になると大勢の仲間とつるんで高校生相手に喧嘩ばかりしていた。
3つ年下の俺が中学生になる頃には、兄貴の仲間は物凄い人数になっていた。
信じられないことだが、その中には現役の右翼の構成員(この人には可愛がってもらった)までいて、
地元近隣では誰も兄貴達に逆らう者は居なかった。

そんな兄貴の勇名(悪名)のおかげで
俺は喧嘩が強いわけでも頭が良いわけでもなかったが、中学では常に一目置かれる存在だった。
といっても、俺は引っ込み思案で大人しい性格だったので特別偉そうにしたりはしなかった。
あの時までは・・・・

転機が訪れたのは中学2年の時だった。
クラス替えの緊張冷めやらない教室で
自己紹介のために立ち上がった、ある女子の姿を見た瞬間
心臓を鷲掴みにされる程の衝撃を覚えた。
すごく綺麗だと思った。可愛いではなく美しいと思った。
気づいた時には、ただ見蕩れていた。

イメージが付きやすいように彼女を芸能人で表現すると
キリッとした美少女
『告白』という湊かなえ原作の映画で話題になった
橋本愛という子にそっくり、個人の好みの違いはあると思うが物凄い美少女
俺は彼女に完全にやられた。

ある時、休み時間に、ぼ?っと彼女に見蕩れていると
目が合った。びくっとする俺を彼女はキッと睨みつけた。
そうだった。
同じクラスになる以前にも、彼女のことは噂では聞いていた。
学校内で有数の美少女としても評判だったが
それ以上に、勝気な性格でも有名だった。
1年の時から彼女は他人と衝突することが多かったようだが、
1年の時は親友が同じクラスに居て、うまく緩衝材になっていたそうだ。
ところが2年のクラス替えでその親友と彼女は離れ離れになってしまった。

自分から他人と交わろうとしない彼女は、徐々にクラスで浮いていった。
そして、クラスの中心的な女子(カワイイお嬢様タイプの子)と揉めたことを切欠に
クラス全員から無視されるようになった。

彼女はプライドが物凄く高かった。
だから、元々、誰かとつるんでいたわけではなかったのに、
班分け等で、皆に『要らない』と言われる度に、よく悔しそうに顔を歪めていた。
はじめは、その程度のイジメとは、言えない程度のものだった。
しかし、その当時の彼女は14歳の少女だ。
ただの一人も仲間が居ない状況が何ヶ月も続くと
強気だった性格が徐々に弱気になって行き、
キッと他人を見据える大きな目も、次第に伏し目がちになっていった。

こうなると、虐めっ子達にとって、美少女の彼女はかっこうの餌食だったに違いない。

ある時、休み時間の終わり頃、
一緒に話していた友人が突然、黙り込んで生唾を飲み込んだ。
なんだろうと思って、彼の視線の先を追うと、彼女だった。
彼女はずぶ濡れだった。
濡れたブラウスが肌に張り付いて、ブラジャーが透けて見えていた。
男子連中が皆、無言で彼女に注目しているのを見て
女子たちはニヤニヤ笑ってた。恐らく水を掛けられたのだろう。

彼女は、それまでも女子の間では嫌がらせを受けていたのかもしれないが、
この時から、公然(?)と本格的にイジメを受けるようになった。

彼女は様々なイジメを受けても学校を1日も休まなかった。
先生や親にも何も話していないようだった。

しかし、彼女にも俺達にも、決定的なことが起こった。
ある時、先生が教室から出て行くと、すぐに
渋る彼女を女子達が力づくで立ち上がらせた。
「全員ちゅーもーく♪」
太った女子の弾んだ声が教室中に響き渡った。
皆が彼女の方へ顔を向けると、
突然、靴で踏みつけられた跡やチョークで汚れた彼女のスカートが、
大きく捲り上げられた。

「オ、オオオオォォォォォォ!!!」

男連中は大いに湧き上がった。
そりゃそうだ。虐められてるとはいえ、学校一とまで言われた美少女がパンツ丸出しにさせられたのだから。
抵抗する彼女を四方から女子達が押さえつけて、白いパンツを完全に晒させた。
俺達が涎を垂らさんばかりに興奮してるのを見て気を良くした女子達は、
白いパンツにまで手を伸ばした。
彼女は「やめてよ!」と暴れていたが、女子たちに押さえつけられてどうにもならない様子だった。

「ウオオォォォォ!まじかよーー!」

凄い盛り上がりだった。
あの高飛車で、どこか孤高な雰囲気だった彼女が下半身を剥かれようとしている。
俺も興奮した。

太った女子が彼女のパンツのゴムを両手で掴んだ。

「いけーー下ろせーー!」

太った女子はニヤ?と笑うと
臀部からゆっくりと剥いていった。

白いお尻がプルンと丸出しにされると、男連中は無言になって身を乗り出した。
「可愛いいお尻?♪」後ろ側に居た女子が叫ぶと女子達は一斉に笑った。

女子たちの笑い声に合わせるように、前側も下げられていった。
薄いアンダーヘアが徐々に顔を出し、パンツが膝まで下げられると
教室内は女子も含めて完全に静かになった。
俺も食い入るように彼女の恥部に見入っていた。

突然、彼女を押さえている女子の一人が急に我に返ったように、
降りてきた彼女のスカートを捲り直した。
アンダーヘアの上、お腹の辺りまで白い肌がむき出しにされた。
この動作で、俺も我に返り、
彼女の下半身から、視線を上げていった。
彼女は目をきつく閉じて、涙をポロポロ流しながら泣いていた。
その顔を見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。

「いいかげんにしろ!!」

言った後で自分の声だと気づいた。
俺は女子達の間に分け入って彼女を助けた。
そして、なぜだか、そのまま学校には居られないような気がして
彼女の手を引いて学校を抜け出した。

制服のまま街を歩いていると、顔見知りの怖そうな兄ちゃん達が声を掛けてきた。
「○○ちゃん、久しぶり」
「○○ちゃん、学校サボり?珍しいね」
「可愛い彼女連れてるね。映画見に行くかい?券あげるよ」
「そこのゲーセンだったら、メダルたくさん持ってるからあげるよ」

中学生にとっては、かなり怖そうなお兄さん達だったので、
彼女は、かなりびっくりしている様だったが
お兄さん達とかなり離れてから
「あの人達と知り合いなの?」と呟いた。

「うん。兄貴の友達だよ」
「あ・・!。○○君のお兄さんって・・有名だもんね」
「それって悪い噂かな。俺には優しい兄貴なんだけどね・・・」

そこで会話が途切れてしまった。
なんとなく、彼女は何かを言いたそうな気がした。
だから、もしかしたら、という期待をしながら
公園へ誘ってみた。

昼間の公園なのに人が少なかった。
それでも、人目のない場所を選んで
俺は思い切って言ってみた。かなり唐突だとは思うが。

「ずっと好きだった。付き合いたい。」

え?という困った表情の彼女を見て、俺は捲し立てた。

「俺の彼女だったら、誰も手を出す奴いないよ。それに、あんな酷い目にあって・・・
 復讐とかしたくない? 」

彼女の表情が変わったのを見逃さなかった。

すぐに邪な感情が芽生えてきた。
いや、もともと邪な気持ちでこの公園まで来たのだ。
教室での彼女の痴態を思い出し、股間は破裂しそうなくらい膨らみ
形の良い唇が目にとまった。
俺は恥知らずにも突然暴挙に出た。
彼女を抱きすくめ唇を奪おうとしたのだ。
抵抗されると思った。物凄い抵抗されると思った。
しかし、彼女は最初だけ手で俺を押しのけるようにしただけで、
抵抗らしい抵抗は、ほとんどしなかった。
「い、いいの?」
彼女を見つめて聞いてみた。
『うん』彼女は黙って頷いた。

その後は、もう夢のような時間だった。
初めてのキス、そして初めてのオッパイ。
吸いまくり、揉みまくった。

しばらく色々して、落ち着いた頃、彼女が思いつめた表情で話してくれた。
話を聞いて驚いた。そして怒りで震えた。
彼女は女子達に酷いことをされていた。教室でされたよりももっと酷いことを。
そして写真まで撮られていた。
死んでしまいたいくらいの屈辱だった、それでも、あんな写真を残しては、恥ずかしくて死ねない。
そう泣き崩れる彼女に俺は誓った。

「写真はコピーも含めて必ず回収するし、やつらには骨の髄まで思い知らせてやる」
自分でも信じられないくらいの凶暴な気持ちが芽生えていた。

嫌な人が少なければ
次回、ラブラブ&復讐編へつづく

園児は見た

幼い頃、近所の寺が経営する保育所に通っていた。

境内の一角に園舎があって、運動場の隣は墓地。園長先生は寺の住職だ。
毎朝登園すると、本堂で園長の後ろに並んで正座させられ「朝のお勤め」。
霊験あらたかな環境で育ったせいか、俺たちは人並外れた霊力を身につけ
…るわけないが、オッサンになった今も正座はそれほど苦痛じゃない。

園長は当時40代半ばくらいだった。いかつい面構えにがっちりした体格。
赤銅色の腕は丸太のようにゴツく、僧兵にしたらかなりの戦力になったと思う。
普段は穏やかで優しいが、たまに地鳴りのような声でどやし上げられると、
それだけで餓鬼どもが泣き出すほどの迫力だった。

俺は小さい頃から明るい子だったが、「落ち着きがない」とも言われてた。
今なら何らかの発達障害に分類されてたはずだ。
朝のお勤め中もじっと座ってるのが苦痛で仕方なかったが、
園長に怒られるのが怖くておとなしくしていた。

保母さんたちも、餓鬼どもがいつまでも騒いでると
「ちゃんとしないと園長先生の部屋に連れてくよ!」と叱りつけたものだ。
今から思うとその叱り方って教育的にどうよ、という気もするが、
実際に絶大な効果があった。そのせいか「園長先生の部屋」は
「恐怖の館」にも等しいオドロオドロしい場所として俺たちに刷り込まれていた。

 === ===

俺が年長組の時だったと思う。
うちの保育所では給食の後に「お昼寝の時間」があったんだが、
ある日、お昼寝中に目が覚めた俺は、無性に「探検」したい衝動に駆られた。

なぜ探検?と思われそうだが、自分でも当時の発想はよく分からない。
ともあれ、いったん思い立つとじっとしていられない俺は布団を抜け出し、
保母さんが近くいないのを確認すると、そっと非常口から外に出た。

普段使わない非常階段を降りるだけでワクワクしたが、
どうせだからと同じ境内でも園児が立ち入らないエリアに足を伸ばしてみる。
夢中で歩き回ってたら、園舎の端にある部屋の窓が視界に飛び込んできた。

「園長先生の部屋だ…」

いつもなら近くにいるというだけで怖くなって逃げ出すところだが、
その日は非日常の体験で興奮状態だったんだろう。
「中を覗いてみたい」という抗しきれない欲求が頭をもたげてきた。

窓は高い所にあったが、窓下にあるゴミ箱に上れば子供の背でも届きそうだ。
問題は高さ1メートルほどのゴミ箱にどうやってよじ登るかだが、
チンパンジー並みの知能を発揮した俺は、近くにある大きな植木鉢を動かし、
それを足場にゴミ箱を制覇するという画期的方法を見出した。

こわごわ覗いた「恐怖の館」は、生首も血の池もない普通の部屋だった。
園長はいつもの作務衣姿で椅子に腰掛け、本だか資料だかを読んでる。

拍子抜けしたが、よく見ると園長の足元で何やら白っぽいものが動いてる。
角度を変えると、裸の女がうずくまって頭を動かしてるらしいと分かった。
しかも園長は下半身に何も身につけてないようだ。

「なんでオチンチンを食べてるんだ…??」

思い描いていた恐怖の館とは異質の衝撃だった。
あんなモノ、おいしいのか?という疑問が小さな頭脳いっぱいに広がった。
不思議な行為に強い興味を覚えたが、自分で検証してみようという気を起こさず、
その後の人生を踏み外さずに済んだのは幸いだったと思う。

園長が本から顔を上げ何やら声をかけると、女が顔を離して立ち上がる。
どこかで見た顔…と思ったら、同じ年長組のカスミちゃんのママだった。
この近所では珍しく洗練された都会的雰囲気の美人だが、
オッパイは俺の母親の方が大きかった。

女は園長に指示され、大きな事務机に手をつくと尻を向けて両脚を開いた。
園長はゴツい手で女の尻をつかみ、自分の下腹部をあてがうと腰を突き出す。
カスミママの「あああぁぁっっ!!」という声が窓越しに聞こえた。

これは幸いだったと思うが、両親の夫婦生活の現場を目撃したことはない。
さすがに尻にウンチが出る穴がある、くらいの知識は当時の俺にもあったと思うが、
そこにオチンチンを入れてどうなる、というのが率直な感想だった。
もちろん園長が正確にどこへ突っ込んでいたか、今となっては知る術もない。

しばらく腰を振った後、再び園長が何やら指示し、女は向き合う姿勢になる。
2人が体を離した時、女の下半身からズルリと抜けた股間のモノが目に入った。
子供の前腕くらい…というのは、さすがに記憶に補正がかかってると思うが、
とにかく禍々しくて太く長く黒ずんだ棒がそそり立っていた。
俺の下腹部にぶら下がってる小指ほどの突起と同じものとは信じられない。

園長は女の脚を抱え上げるように広げると、再び下腹部に股間をズブリと突き刺す。
そのまま太い腕で女を持ち上げ、白く丸い尻をつかんで激しく揺さぶり始めた。

「ああっ、ああっ、すごいっ、すごいっ??!!」

ちょっと気取った普段の口調からは想像もつかない絶叫を漏らすカスミママ。
苦しいのかと思ったら、園長の頭を抱えて愛おしそうにチューなんかしてる。
大人の行動は理解不能なことが多いが、とりわけこれは訳が分からない。

気が付くと俺の股間も硬く張り…なんてことは保育園児に起きないわけだが、
何だかとんでもないものを見てしまったという自覚はあった。

体位はもちろん、本来の意味での「駅弁」という言葉すら当時は知らなかったが、
園長はその体勢から女の体を事務机の上に横たえ、さらに激しく腰を振り始めた。
カスミママは両脚を大きく広げ、気がふれたような表情でヨガッてる。
園長が腰を振るたび小さめのオッパイがプルプル揺れるのが、なぜか面白かった。

やがて園長が「ふんんんっ!!」と大きく唸り、一段と強く腰を押し付けた。
次の瞬間、女が「イグイグイグゥゥゥ??」という声と共に大きくのけぞり
ビクンビクンと全身を震わせたと思ったら、ぐったりと動かなくなった。

爆発こそしないが、正義の戦隊に必殺技を食らった怪人のような反応。
まさか死んだのか? あの太い棒は必殺技か? 急に恐ろしくなった俺は、
音を立てないよう最大限の注意を払いながらゴミ箱から降りると、
全速力で非常階段を駆け上がって部屋に戻り、布団に潜り込んだ。

その日の夕方、いつものように他のママたちよりちょっとお洒落な服装で
娘を迎えに来たカスミママを見て、「生きてた?」と心底安心する一方、
しばらくの間「あいつは偽物かもしれない」という疑いを拭えなかった。

その日を境に、園長先生の部屋は「恐怖の館」から強い興味の対象へと転じる。
お昼寝の時間になると保母さんの目を盗んで部屋を抜け出し、
非常階段を降りて園長先生の部屋を覗くのが俺の日課となった。

もちろん誰もいない日もあれば、園長が独りで何か書き物してるだけの日もある。
睡魔に勝てず布団から抜け出せないこともしょっちゅうだったし、
移動中に保母さんに見つかって部屋へ連れ戻されたこともあった。
それでも週1?2回は、あの不思議な合体シーンを目撃する機会に恵まれた。

ケンタ君のママは、うちの母親より大きなオッパイを揺らして悶えてた。
ヨシミちゃんのママは、椅子に腰掛けた園長に向かい合って抱きつきながら
狂ったように腰を上下に動かしてた。名前を忘れたが年少組の子のママは、
1回終わったらまたオチンチンを食べ始め、2回目をおねだりしてた。
そのせいでお昼寝の時間が終わり、危うく保母さんに見つかるところだった。

どのママも、日ごろ絶対に見せない恍惚の表情で園長の巨砲を受け入れてた。
うちは母親がフルタイム勤務で、園への送り迎えは祖母が担当してたが、
幸いにというか、あの部屋で祖母の姿を目撃したことはない。

あの日、俺が無邪気にも「きょう保育園でこんなもの見ちゃった」と
両親に報告してたら…、と考えないわけじゃない。
そうしなかったのは、お昼寝の途中に抜け出して園内を探索するという悪事が
親にバレるのが単純に怖かったためだ。

 === ===

園長には息子が2人いた。どちらも俺の在園当時は中学生。
学校があるので園児と顔を合わせる機会は少ないが、
試験期間中とか学校が早く終わった日は、たまに園舎に来て遊んでくれる。
イガグリ頭の優しくて面白いお兄ちゃんたちで、園児にも人気だった。

その年の夏、園の運動場の一角に小さなプールが完成した。
今見たら水たまりと大差ないが、当時の餓鬼には画期的アミューズメント設備だ。
落成法要を兼ねたプール開きには、園長や保母さんたちのほか
園長の息子2人と園児の母親も何人か来て、餓鬼どもの遊び相手をしてくれた。

今の俺からすれば、若いママの水着姿なんて目の保養以外の何物でもないが、
そのありがたさを理解するには幼すぎた俺は、全力で水遊びに熱中してた。

ところが夏の初めで水温が低かったせいか、間もなく俺の小さな体を異変が襲う。
さし込むような痛みと共に腹のあたりがゴロゴロ言い始めた。
こんなことで至福の時間を中断してたまるか、と意地になって遊び続けたが、
痛みは強まるばかり。プール脇にいた保母さんが異常に気付き声を掛けた。

「カズヤ君、どうしたの?」
「…ウンチ出そう」

次の瞬間、保母さんは全盛期の朝青龍の立会いを思わせる勢いでプールに駆け込み、
俺を抱え上げて水から飛び出すと、そのまま敷地の端にあるトイレへと猛ダッシュ。
半泣きの幼児の手を引いて一緒に走ってたら、間に合わなかっただろう。
水着を下ろすと同時に、ビリビリビリと湿った音を伴った臭気が個室に立ちこめる。
完成したばかりのプールが汚物にまみれる惨劇は、こうして寸での所で回避された。

あの時の保母さんのとっさの判断力と行動力がなければ、
俺は「ウンコマン」とか「ウンチッチ」という安易にして屈辱的な称号を背負い、
卒園までの数カ月間、地獄のような日々を送らねばならなかっただろう。
「タチバナ先生」という一見男みたいな怖い保母さんだったが、お元気だろうか。
連絡先が分かればお歳暮を贈りたい気分だ。

とはいえ、すっきりしてトイレから出た俺にタチバナ先生が
「今日はプール入っちゃダメだよ」と無慈悲にも通告したのは言うまでもない。

1人だけ早々と着替えさせられ、プール脇で膝を抱えて座ったまま、
楽しそうに水遊びに興じるユカちゃんやケンタ君を眺めるのは、
遊びをこよなく愛する落ち着きのない俺にとって拷問にも等しい責め苦だ。
すぐに我慢の限界を超えた俺は、保母さんたちの目を盗んでプールを抜け出し、
未知なる刺激を求め園舎へと向かった。

園舎内には運動場に面して「お遊戯室」と呼ばれる小さな講堂があった。
普段は遊び場だが、園児にとって年間最大のイベントである「お遊戯会」や、
地元警察音楽隊のおじさんたちによるミニコンサートが催される場所だ。

水遊びを理不尽な形で中断されフテ気味だった俺は、お遊戯室を探検場所に選んだ。
というのも、お遊戯室にはちゃちい舞台があったんだが、
舞台袖の幕に隠された空間に何があるのか、前から気になって仕方なかったのだ。

果たして幕の奥には小さな部屋があった。よく見たら運動場とも直接行き来できる。
日ごろは道具置き場、コンサートの時は出演者の控え室として使われていたらしい。
何も行事がないその日は、催し物で使う長椅子がうず高く積まれてるだけだった。

部屋のカーテンは閉じられ、運動場側の棚にはバッグや衣類が置いてある。
どうやらこの日は保護者や保母さんが更衣室として使っていたようだ。

あいにく保母さんたちの着替えや脱いだ下着類に俺が興味を持つようになるには、
あと約10年の歳月が必要だった。俺は舞台袖の空間が「ここに通じてたんだ!」と
小さな感動を覚えながらも、長年の謎を解明してしまうと早々と興味を失い、
立ち去ろうとした。その時だった。

「あ…ん…」

長椅子の山の向こう側から声が聞こえた。誰かいる!
再び好奇心の塊になった俺は、身を低くして声がした方へと匍匐前進。
忍者かスパイになった気分で、長椅子に隠れたエリアをそっと覗き込んでみた。

水着姿の男女2組が俺の視界に入った。男は園長の息子2人。
女はショウ君のママとノゾミちゃんのママ。どっちもプール開きに来てた保護者だ。

ショウ君のママは床に座った園長の長男の脚に跨り、股間に顔を埋めていた。
長男の水着は膝くらいまで下ろされ、そそり立った肉棒が女の口に出入りしてる。
園長室の覗きで「女は男のオチンチンを食べる習性がある」と学んでいたが、
いつものように見下ろすのではなくほぼ水平だったから、なんか不思議な感じだ。

股間のモノは園長より色が淡く、心もち細い感じだが、女の口に入りきらない長さ。
長男は両手を後ろについて顔を上げ、緩みきった実に気持ち良さげな表情だ。
時おり腕を伸ばし、黒いビキニに包まれた柔らかそうなオッパイを揉んだりしてる。

ショウママは一心不乱に肉棒を頬張っていた。
そういえば園長のオチンチンも、ママたちは棒アイス並みの熱心さで咥えてた。
あの親子のオチンチンは特別おいしいのか、と子供心に思った。

その向こうでは次男がノゾミママと向かい合って身を屈め、胸に顔を埋めてた。
青地に幾何学模様の入った女のワンピース水着は腹のあたりまで下ろされ、
白く豊かなオッパイが二つポロリとこぼれてる。次男はオッパイの一つを片手で揉み、
乳首を指先で転がしながら、もう一方のオッパイにしゃぶりついてる。

「あん…いいわ…」

どうやら声を出したのはノゾミママらしい。
まあ俺自身、ほんの数年前まで母親の乳房にむしゃぶりついてたわけで、
オッパイの魅力を語らせたら人後に落ちない。次男の行動は理解できる気がした。

女は乳房を吸われながら、たまらないという感じで次男の頭を撫でたり、
下腹部に手を伸ばして水着から飛び出したオチンチンに指を絡めたりしてる。
これも園長ほどの禍々しさはないが、長男と比べても遜色ない大きさだった。

見つかるのはマズいと本能的に考えた俺は、息を殺して成り行きを見守った。

やがてショウママが長男の肉棒から口を離し、ビキニの下を脱ぐ。
三角形の陰毛はきれいに整えられていた。女は床に座った長男の腰に跨ると、
唾液に濡れテラテラと光りながら雄々しく天を突く竿に手を添える。
そのまま上体を倒して唇を重ねながら、ゆっくりと腰を下ろした。

「あああぁぁぁ…」という声と共に、太い肉棒が女の体内に消えていった。
園長室を覗いてた時は分からなかったが、まさに「のみ込む」という感じ。
長男はショウママの大きめの尻をつかみ、下からガンガンと突き上げる。
そのたび女は「あんっ、あんっ」と子犬のような声を上げた。

次男はというと、ノゾミママを四つん這いにさせ水着の股の部分を横にずらすと、
下腹部をあてがい一気に突き刺す。女が「はううぅぅっっ!」と声を漏らした。
ノゾミママは結構大柄で、オッパイも立派だがお尻もなかなかのボリューム。
まだ手足の伸びきってない次男は、大きな尻に抱きつくように腰を振り始めた。

長男は繋がったままショウママを押し倒し、座位から正常位へ移行。
ビキニトップも押し上げ、こぼれ出た黒っぽい乳首を吸いながら腰を突き立てる。
女は「すごい、すごいいぃ??」と喘ぎながら長男の首に腕を絡める。
普段「早くなさいっ!」とショウ君を叱る時より可愛らしい声だった。

やがて我慢の限界が来たのか、長男は女を抱き締め一段と深く腰を突き出す。
ショウママが「あ”あ”あ”??」と表記しづらい声を上げ全身をのけぞらせた。
長男は腰をブルルルッと震わせたかと思うと、ガックリと女に重なって倒れ込んだ。

次男は相変わらずノゾミママの大きな尻を抱え、腰をカクンカクンと前後運動。
両腕を伸ばし、四つん這いの体にぶら下がる大きなオッパイを握ってる。
彼らの行為は理解不能だったが、オッパイに対する次男の執着心は俺も共有できた。

「おばさん、出ちゃう…出ちゃうよ」

情けない声を上げたのは次男だった。普段の面白いお兄ちゃんとは別人のようだ。
ノゾミママは「いいわよ…来て…来て…」と息も絶え絶えに促す。
いったい何が出るんだろう。科学者になった気分で観察を続ける俺の視線の先で、
次男は「ああぁ…」と呻きながら体をビクビクっと痙攣させた。
何が出たか、俺の場所からは残念ながら確認できなかった。

その時、運動場の方から「カズヤく?ん」と呼ぶ保母さんの声が聞こえてきた。
チッ!プールを抜け出したことがバレたらしい。大事になっては後で面倒だ。
俺は床に這いつくばったままじりじりと後ろに下がって部屋を出ると、
幕をくぐってお遊戯室に戻り、俺を探す保母さんの方へと駆けて行った。

 === ===

保育所では年1回、年長組の園児を対象に「お泊り会」が開かれた。
何のことはない、みんな一緒に園舎で一晩過ごすだけだが、
ほとんどの餓鬼にとって、親元を離れて眠るのは出生直後を除き初めての経験。
これからの長い人生を展望し自立への第一歩を刻む意味でも、
園児にとっては期待と不安に満ち溢れた大イベントだった。

その日は昼間、みんなで近くの農場へ行って芋掘り体験。
収穫した芋を保育所へ持ち帰り、保母さんや保護者が調理して夕食にする。
小学生以上なら墓地を利用した肝試しなどの企画も考えられたが、
そこは外泊初体験の幼児。おとなしく絵本を読み、風呂に入って寝るだけだ。

この種のイベントにはアクシデントがつき物だ。
昼間は元気に騒いでたくせに、夜になると親が恋しくて泣き出す餓鬼がいる。
緊張と興奮で熱を出したり、夕食後にゲロしたりする面倒な奴もいる。
普段と異なる環境で、卒業したはずの「粗相」を再発する子も絶対いる!

そうした事態に備え、保母さんのほか数人の母親が付き添って園舎に泊り込んだ。
親たちも大変だったんだなと、この年になると少し分かる。

風呂は近所の銭湯。性別を問われない幼児の特権を駆使し堂々と女湯を利用する。
20代中心の保母さんと混浴なんて、今の俺からすれば夢のような経験だが。
当時の俺は愚かにも、そのありがたさを理解できてなかった。
せめて同じ組の幼女たちの裸をじっくり観察しておけばよかった。

幸い俺は泣くことも戻すこともなく床に就いたが、やはり興奮してたんだろう。
深夜、ふと目を覚ましてしまった。とりあえず尿意をもよおしたんでトイレへ。
出すものを出すと、またぞろ「じっとしてられない症候群」が頭をもたげてきた。
俺はトイレから部屋に戻らず、夜の園舎探訪という新たな冒険をスタートさせた。

灯りの消えた寺はかなり気味悪く、お遊戯室も園長先生の部屋も人の気配がない。
ちょっと怖くなって部屋に戻ろうとしたら、毎朝「お勤め」する本堂から
薄ぼんやりと明かりが漏れてくるのに気付いた。何となく興味を引かれた俺は、
細い渡り廊下を伝って本堂へ移り、入口を小さく開けて中を覗いてみた。

本堂には仏像が3体くらいあったと記憶してる。
うち1体は俺たちが「ののさま」と呼んでたご本尊の観音菩薩像のはずだ。
結局どいつが「ののさま」なのか、最後まで知らずに卒園してしまったが。

本尊の周りにある幾つかの燭台では、ロウソクの炎が揺らめいてる。
どうやらこの明かりが外に漏れてたらしい。
俺は太い柱の後ろから、いつも「お勤め」をする畳敷きの中央部を覗きこんだ。

畳には布団が何枚か敷いてある。そのうち一枚の上では園長の長男が
四つん這いになった女を後ろから貫き、激しく腰を振っていた。
女はお泊り会の付き添いで来たイクミちゃんのママ。まだ20代半ばだったはずだ。
猫のようにしなやかな肢体が、揺れる灯りに照らされ怪しく揺れていた。

奥の布団では園長の次男が、座位の姿勢で女を突き上げてる。
女は園長夫人にして長男&次男の実母。正式の保母ではなかったはずだが、
園児や他の保母さんからは「お母さん先生」と呼ばれてた。

まだ30代だったと思うが、なかなか豊満というか肉感的ボディーの持ち主。
包容力ある母親然とした雰囲気のせいか、餓鬼どもの人気は高かった。
俺も間違えて「おかーさん!」と呼び赤面したことが、少なくとも2回ある。
誰にも間違いはあるはずなのに、なんであんなに恥ずかしかったんだろう。

次男は白い肉体に押しつぶされながら、豊かな乳房に顔を埋めている。
プールの時もそうだったが、次男はどうやらかなりのオッパイ好きらしい。
というか、よく考えたらその相手はマズいだろ、と突っ込みを入れるべき場面だが、
既におかしなことに慣れっこになってた俺は、特に違和感を覚えなかった。

本尊の真ん前にある布団では、園長が女を組み敷いて腰を打ちつけながら、
並んで横たわる別の女の股間を愛撫してた。いわゆる3Pというやつだ。
巨大な逸物を受け入れてるのは、プールで俺を救ってくれたタチバナ先生。
どちらもがっちりした体格の似合いのカップルと言えなくもない。

園長が愛撫してたのは、やはり付き添いで来たユウヤ君のママ。
いま一つ地味な感じの人だが、グラマーで今から思えばかなりそそる肉体だ。
よく見ると園長は、手に握った太い棒のような物を女の股間に突っ込んでる。
今なら「ディルドー(張形)」と分かるが、当時の俺には意味不明の物体だった。

本堂にはさらに2人、裸の女がいた。付き添いで来たマサミちゃんのママは、
別の女をバックで攻める長男と濃厚なキスを交わしてる。
保母のイトウ先生は、次男に貫かれた「お母さん先生」とこれまた熱いキス。
女同士のキスを見たのは、約6年間の人生で初めての経験だった。

年の割に濡れ場の目撃経験は豊富な俺だったが、男3人に女6人だと迫力が違う。
特に園長は、組み敷いたタチバナ先生が昇天すると巨砲を引き抜き、
並んで横たわるユウヤママにずぶりと挿入。ガンガン腰を使いながら
持ち替えた張形でタチバナ先生を攻めるという、器用かつ迫力ある攻めを披露してた。

息子たちはさすがに女2人を同時に攻める技量は持ち合わせていないらしいが、
相手の女がイクと、すぐに別の女を抱き寄せて続きを始める。
というか待機してた方が「次は私の番よ」とばかり、前の女を突き飛ばしてた。

ところで、保育所のお遊戯室には1辺30cmほどの積み木遊び用ブロックがあった。
キャラクターシールなんかが貼ってある魅惑的代物で、毎日お遊びの時間になると
限られた数のブロックをめぐり幼児たちの熾烈な争奪戦が繰り広げられたものだ。

前の子が遊び終わると「次はボクの番!」「アタシよ!」と始まるわけだが、
男根をめぐる女同士の争いを見てると、いつまでも成長せずブツ欲にとらわれる
人間の業の深さを痛感する。同時に勃起した肉棒は大人の女どもにとって、
キャラ入り積み木ブロックに匹敵する魅力的なもの、と幼心に深く刻み込まれた。

園長親子は6人の女に次から次へと硬いアレをぶち込んでいった。
長男もためらうことなく園長夫人にズブリと挿入し、気持ち良さそうに腰を振る。
もちろん園長も夫人である「お母さん先生」相手にハッスルしてたが、
この2人の絡みがなぜか一番違和感があった。なんでだろう。今もって謎だ。

「ああぁ??ん」「いいぃぃわあぁぁ??」という罰当たりな声が本堂に響く。
女が集団で発するヨガリ声は、発情期の猫の鳴き声に似てるというのは新発見。
この光景を「阿鼻叫喚」と表現するのはどう考えても誤用だと思うが、
ともかく地獄絵図だか極楽図だか分からない痴態に俺の視線は釘付けだった。

今の俺なら最低4回分のオカズになっていたはず。
勃起すらさせず観察するのは、二次性徴を迎えていないお子様ならではだが、
悲しいかな、お子様は興味が冷めるのも早かった。

いくら合体したところで巨大化するでもなし、背中から翼が生えるでもなし、
男女9人が延々と織りなすピストン運動に、幼い俺は早々と飽きてしまった。
それ以前にどうしようもない睡魔が襲ってきた。

ここで寝込むのはさすがにマズいという自覚はあったんだろう。
俺は死力を振り絞って本堂から抜け出すと、仲間たちが眠る部屋に戻り、
暖かな布団に潜り込んだ。やはり俺にはここが天国だ。

翌朝、本堂で朝のお勤めを聞きながら、俺が正座してるこのあたりで
園長が腰を振ってたんだな、と思うとちょっと妙な気分になった。

園長はいつもと変わらず、境内の隅々まで響き渡る朗々とした声で読経してる。
餓鬼どもはといえば、眠い目をこすりながら園長の後ろで一列になって正座し、
この意味不明の呪文がいつ終わるのかとばかり考えていた。

本堂の隅でお勤めを見てた付き添いのママや保母さんたちが、
やたら生き生きして色艶良く見えたのは、俺の記憶違いかもしれない。

 === ===

霊験あらたかな保育所で園長たちが繰り広げていた不思議で不埒な行為について、
それなりに正確なところを俺が知るのは、それからずっと後のこと。
その頃にはかなり記憶が曖昧になってたし、深く追求もしなかった。

日ごろ送り迎えしないとはいえ、俺の母親も実は仲間だったんじゃないかとか、
一番若くて俺がほのかな恋心を抱いてたサイトウ先生は大丈夫だったのかとか、
考え始めると頭がおかしくなりそうだから、無意識のうちに記憶を封じ込めていた
…と書くと何だか心理学者っぽいな。

いずれにせよ上の描写には、あまり正確じゃない部分も相当あると思う。
例えば、今から思うと園長や息子たちは避妊してなかった気もするが、
それは単にゴムを被せる光景が記憶に残ってないだけかもしれない。

あの保育所に通うと在園中に弟や妹ができる、という噂も聞いたことはない。
当時の同級生で4?5歳下の弟や妹がいる奴もいないわけじゃないが、
それとこれとを結びつけるのは短絡というものだろう。

そして時が流れ、今度は俺の長男があの保育所に通うことになった。

先日、嫁と長男を連れて約30年ぶりに訪れた寺は、本堂こそ昔のままだが、
古臭い木造だった園舎は小ぎれいな鉄筋コンクリート造に生まれ変わっていた。
講堂は少し広くなって、電動式のせり上がり舞台も整備されてた。
プールは昔のままだが、こんなショボい水溜りによく感動できたもんだと、
あの頃の自分の感受性の豊かさにむしろ感動した。

それ以上に、あの頃の俺にとって無限の謎に満ちた魅惑の空間だった境内が、
実は大して広くもないという事実が、何だか寂しかった。

園長職は長男が継いでいた。もっとも、あのいかつい住職はまだ元気らしい。
40代の現園長は父親似だが、僧兵のような親父さんより柔和な感じがする。
「私も昔、遊んでもらったんですよ」と言うと、もちろん覚えてるわけないが、
「おお、そうですか」と目を細めていた。

保母さんも当時とは全員入れ替わってたが、じっとしていられない餓鬼どもを
猛獣使いのようにまとめ上げる激務は、今も昔も変わらない。
若い保母さんのジャージに包まれたお尻に思わず目が行ってしまうのは、
俺がオッサンになったせいだろう。

「お母さん先生」は残念ながら数年前、鬼籍に入られたという。
あの優しい笑顔がまぶたに浮かぶ。今ごろ地獄を彷徨っておられることだろう。

園内を一巡して新しい「園長先生の部屋」でお茶をご馳走になっていると、
ドアが開き、園長に似たイガグリ頭の少年が顔を覗かせた。

「うちの長男です。来年中学に上がるんですよ」

園長に促され、少年がペコリと頭を下げる。さすが躾はしっかりしてるようだ。
少年は顔を上げると、俺の隣に座る嫁のグラマーな肢体に舐めるような視線を向け、
心の底から嬉しそうにニコリと微笑んだ。

同年代の男のが水着を着ていたのに私は全裸

女の私が、ちょうど中学1年になった4月の終わりごろに、田舎の温泉に両親と一緒に遊びに行った時、水着着用の温泉でとても恥かしい思いをしました。
ちょっと長いけどメチャクチャ恥ずかしかったので、思い切って書きます。
すみません。

そこは川一帯が温泉のようになっていて、水着着用のところでしたが、水着を着ないと入れないのではなく、水着の親たちに混じって子供たち(園児や小学校3、4年生くらいの子など数人いたのですが)は全裸で、河原などで遊んでいました。

自分も早く温泉で遊びたかったので、さっそく近くの貸水着屋のところで水着を借りに入ったのですが、大人用のしかなく、子供用などはありませんでした。

この温泉は、どうやら子供は裸で入るのが当然だったらしく、しかも当時の自分は体が小さく、心も幼稚だったので、見た感じ、やや大きな小学校4、5年生の女の子くらいに見えてもおかしくなく、お母さんも「どうせここまで来たから入ろう。子供はみんな裸だよ。」と説得され、結局、自分もハダカになるのはほとんど抵抗無かった(精神的にもかなり幼かった)ので、まーいいや、って感じで服を脱いですっぽんぽんになり、水着のお父さんとお母さんと、すっぽんぽんの自分の3人で脱衣する所から河原に下りていきました。

そのとき少しでも自分が ”小学校4、5年の子供” に見られるように、わざとお母さんとお父さんの間に入り、両手をつないでもらい河原を歩きました。
(時間的にも次の場所へ移動するのに余裕があったので、幼い私がダダをこねて1時間ここで遊んでからほかの所に行くことに決めていました。)

その時、とんでもない事が起こりました!。
やや離れた別の脱衣する大きな小屋みたいな所から中学生と思われる男女の集団が出てきたのです。

とーぜん全員水着着用!!

どうやら地元の学校の子たちで、授業か、レクリエーションか何かで、先生同伴でこの温泉に入りに来ているらしいのです(多分)。
この子たちの水着には゛○○中学1年゛という文字が書いてあるのが見え、中学1年生の子たちだと分かりました。

彼らは、男女2列に並んで、向こうから私たちの方へ歩きはじめました。
自分も両親に手をつないでもらい歩いている途中でした。

その時、心の中で”どーしようか・・・”と非常にあせりました。
なにせ同学年の水着を着た中学生の子たちと、同じ中学1年の ”すっぽんぽんの自分(しかも女の子なのに・・・)” が同じ場所にいたからです(さらにお父さんとお母さんとの間で手をつないで・・・涙)。

もう逃げるに逃げられなくなり、結局、恥ずかしい態度でいたり、下を手で隠したりすると余計変な目で見られると思い、一切隠さず、丸出しの状態で ”自分は全然恥ずかしくありません、まだ見た目は小学校4、5年くらいだし、全然恥ずかしくないよー”っていう感じで(大ウソ!)お母さんたちと歩き、温泉に入りました。

自分が恥ずかしいのを、お母さんたちにも絶対に気づかれたくなかったので、平然を装っていました(涙)。

とにかく恥ずかしい態度を示したら、収拾がつかなくなると思い、お母さんたちも私が“楽しんでいる”と思わせるため、河原で遊んでいた裸の小学校3、4年生たちに近づいて、その子たちとボールで遊んだり、追いかけっこなどをして、゛自分はこの子達の姉妹の一人で、まだ小学生で、はずかしさなど全く感じてない゛と、近くにいた中学生たちに思わせようと゛楽しいフリ゛をしていました(本当は心臓がバクバクいってましたが・・・)。

もう必死で、”楽しいフリ、全然恥ずかしくないよ”っていう態度でいました(涙)。
少しでも体を手で隠したり、またウジウジした態度で入ると゛あの子、恥かしがっているのでは゛と思われてしまうので、裸の小さな子達と同じく、手で体を隠さないように、そしてややおヘソを突き出したような、゛まさに幼稚な子供゛っていう姿勢で、同学年の中学生の子たちに私の胸や下が゛丸見え゛になっても、゛全然はずかしくないよ、だって子供だもん゛ってう態度でいました(帰るまでの約1時間くらいこんな格好で遊んでました・・・涙)。

この1時間はとても長かったです(フーッ・・・)。
このときの体験は、今でも非常に心に残っています(いろんな意味で・・涙)。

今でもこの体験を思い出すと、非常に恥ずかしくなります。
ただ、唯一の希望は、、その時いた中学生の子達がすっぽんぽんの自分を見て、「あの子は小学校4,5年の子、だからハダカでいるんだ。」って思っててくれていたと心から祈ります。
そうですよね、そうじゃないととても・・・(涙)

強引でかなりドキドキした思い出

多分3年くらい前の話です。細かいところがちょっとあやふやですけど。
当時私、大学受験の為に個人塾に通ってたんですね。予備校に行こうかとも
思ったんですが、知人からの紹介でしたし、人数が少なめなのもどっちかと
言うと予備校よりもいいかと思いました。
同じ受験生クラスの人が確か全部で9人で、私の元々の友人も一人いました。
大学で言うとゼミみたいな、仲のいい雰囲気で楽しかったですね。

で、その中に、浪人生で私よりも一つ上の人がいました。名前出すとまずいかな、
皆に宮さんとかみゃーちゃんって呼ばれてた人なんですけど。
顔はかっこいい感じなんだけど、県でもトップの男子校に6年間通ってて、あんまり
遊んだことないなこの人、というのは良く分かりましたw 
私とも、仲良くなってからもかなり長い間さん付け&丁寧語で話していましたし。
でも話は面白いし趣味も合うし、当時地元で良く演奏していたインディーズバンド
(今から思うと、ゆずみたいなギターデュオ+女性ボーカル、という感じの変なバンド
でしたけど)のファンという共通の趣味もありまして、段々仲良くなっていきました。

何しろ成績は凄いんで勉強教えてもらったり、勉強の気晴らしに遊園地に行ったり、
一緒に模試に行ったりとか。でもキスもえちもまだ、とゆー、付き合ってるんだか
付き合ってないんだかという状態がしばらく続いてました。後から聞いたら、この
時期私に彼氏がいるんじゃないかと思っていたとか。いや、同時進行なんて面倒なこと
する程器用じゃないですから私w その人にとっては、女の子で仲良くなったのは中学
以来私が初めてだったらしく、何をどうすればいいか分からん、ということもあった
らしいんですね。周りからはとっくに付き合ってると思われてたろうな。手も私から
握ったくらいなんですがw

ちなみに、このクラスで出来たカップルはもう二組ありまして、一組は今でも続いて
いるそうです。
で、3月になって、皆の受験も終わりました。幸いその年のクラスは、全員が第一志望と
はいかないまでもどこかしらに受かっていまして、彼も私も志望校に合格していました。
国公立の結果が出た後に、先生公認で打ち上げ。私が持ち帰られたのはこの打ち上げの
時です。一応親には、「友達のうちでお祝いだから、泊まりになるかも」とは言って
おきました。

皆で飲んでいたんだけど、彼がやたらと私に飲ませたがるので、割とすぐピンと
きました。あ、酔わせてどっか連れ込もうとしてるなこの人ってw しかも私に頼んで
くれるカクテルが、どこで覚えたんだか飲みやすいのばっかり。確かミモザがあった
のは覚えてます。私も受かったばかりで嬉しかったし、まあみゃーさんとなら何か
あってもいいかと思って、薦められるままに。ただ飲まされるのは悔しいので、しっ
かり彼にも飲ませましたけど。

今でもなんですが、私多少お酒飲んでも悪酔いはしないんですけど、すぐ眠く
なっちゃう方なんですね。泥酔って程じゃないんですけど。この時も、途中で意識が
途切れ勝ちになりまして。なんか私、眠くなるとむずがるそうです。周りからの意識
として、途中からみゃあさんに任せっきりになったとか。
帰り際の、「めぐちゃんお願いねーー」という友達の声は記憶に残ってますが、
気が付くと、彼におぶさって二人だけで夜の街のど真ん中状態でした。
「なあなあ、恵美」「・・・・・・(半分マジ寝)」
「・・・ホテル行ったら怒る?」
この状態で女の子に聞くな、そーゆーことをw まあ、ある意味可愛いですが。この
時ばかりは年上って感じがしなかったw 結構真剣な一言だったんだろうなと今では。

結局ホテルにテイクアウトされまして、その時も彼は「パネルのボタンを押す」という
形式が良く分からずに右往左往していました。
結局部屋はとれて、エレベーターで上に行く途中・・・みゃーさんの前、すっごい
ふくらんでるしw この時は、まだ結構ふらふらしていて彼にすがりついてたので、
胸の感触でもあったのかも知れない。あんまりないですけどw
「・・・みゃーちゃん、初めて?」「・・・うん。嫌?」「ん・・・嫌じゃない」

そんな会話の後、部屋に。何かここ、壁が薄い。今でもかなりはっきり覚えてるん
ですが、隣の部屋の人の声、凄かったんです。なんていうか、絶叫って程じゃ
ないとは思うんですけど、かなり通る声の人で、喘ぎ声とか全部聞こえてきちゃう。
正直、私、これで結構眠気覚めましたw シャワーも浴びないで、壁際で盗み聞き
しちゃったりして。
『あふ、あ・・・あぁぁぁっ・・・気持ちいいっ・・・』
ごめんなさい、聞いてる内にエロスイッチ入っちゃいましたw お酒が入ってるせいもあってか、
自制力低かったです、何か。おなかの真ん中がじわっとしてくる感じ。
そこで彼が後ろに寄って来たんですけど・・・なんか、気のせいかもうトランクス一枚
なんですけどこの人w 女の子脱がす前に自分が脱ぐかーー普通。でも元々陸上をやっ
てたらしいみゃーさんは結構いい体で、トランクス内で元気になっているものも結構
大きい。一瞬まじまじと観察しちゃいましたw

スカートの中に手が入ってくる感触。彼がストッキングを広げて、触ってきました。
「ちょ、ちょっと、まだシャワーも浴びてないってば・・・」
「だってめぐ、もう染みてんじゃん」
・・・そーゆー恥ずかしい指摘をしないw 下着越しにくちゅくちゅされながら、結構
必死に声を我慢します。でもお尻や足は流石にぴくぴく反応しちゃう。
そんなことをしてたら、ベッドに押し倒されました。もう下は完全に着乱れ状態だった
んですけど、上も(何着てたか忘れましたが)手際よく剥かれる・・・ブラが出てきた
ところで手が止まりましたw 一応私も、この時はもう勝手がわかってたので、後ろ手
に外してあげます。乳首、出てきた時にもう立ってる状態だったのが恥ずかしかったw
ストッキングも、完全に脱がされるまで結構時間がかかりましたけど。

で、下着を下ろしてまっ裸にされた思ったら、彼がいじってきたんですが・・・意外
にっていうか、何故か、上手い。
入り口の辺りをなぞってきたりとか、手のひらで全体的にいじりながらお尻の方まで
動かしてきたりとか、指で中をいじりながら外側もいじめてきたりとか。初めてだと
焦るものだと思ってたんですけど、なんか凄い丁寧なんですね。後から聞いたら、
「いや、入れたら絶対すぐいっちゃうと思ったから」だそうですがw 
私、入れるか入れないかってところでなぞられるのがかなりの弱点でして、この時は
割とやられたって感じでしたw 「反応が結構わかり易かった」とも言われたな。
(やば・・・隣、聞こえちゃう・・・)
と思いながらも、段々声が我慢出来なくなってきます。意識してのことじゃない
と思うんですけど、指動かされる度に、なんか音が聞こえるのが恥ずかしい。結構
この時は必死で、右手で口抑えて耐えた覚えがあります。

いじりながら彼が、「めぐ、していい?」
だーかーらこーゆー状況で女の子に許可を求めるなーw 私の方は、もうすっかり感じ
ちゃってはしたないことになってはいたんですがw
「ん・・・あっ、ん、・・・ゴム、つけない、の?」
「・・・え、外に出したらダメ?」←本気で意外そうな声。
何か彼は、いく直前に外に出して、自分で顔とかお腹とか、お尻に出すのが通常だと
思っていたらしいです。いやあなた、それはえちいビデオか何かの見すぎかとw 
顔に出すなんて今でもされたことないぞ。

で、彼なんですが、ゴムつけようとする間に小さくなっちゃったみたいですw お酒
入ってたってこともあるんでしょうけど。
「ご、ごめん、なんか・・・緊張しちゃって」
仕方ないなーと思いまして、よいしょって。起きて、彼の前に四つんばいになります。
フェラ、今でもあんまり好きじゃないというか得意じゃないんですけど、取り敢えず
ぺろぺろ・・・始めたら、なんか一瞬で凄いことになってるんですけど。本当、口の中で
大きくなるのが分かりました。あれ、私こんなにフェラ上手かったっけ?と思ってたら、
これも後の話。
「舐めてる時にお尻が揺れるのがすげーエロくて興奮した」とか。あ、そうですか。
勘違いしてすいません。
っつか彼は結構お尻フェチだったらしくて、この後もことある毎に下着を下ろして
お尻を観察されましたw お尻のさわり心地が凄いいい、とか微妙な誉められ方
されたりしたし。喜んでいいんですかそれ。

で、ゴムをつけてあげたら「・・・結構慣れてるんだ」いや、それ程でもないん
ですけど。一応初めてじゃなかったけどさw
押し倒されて、胸をなめられながら中に・・・あんまりスムーズじゃありませんでした
けど、入ってきました。この入った瞬間の表情がえちくて結構ぐっときましたw
この、胸をなめながらっていうのが初めての筈なのに妙に上手かったんですよね。
ブラの外し方も知らなかったくせにw なんか、乳首からは微妙に外れたところを
ぺろぺろなめてたかと思うと(この辺も性感帯なんですけど)、いきなり乳首にぺろっ
て来たりとか。乳首の周りをくるくる舌で回したりとか。乳首に舌をくっつけたまま、
首だけ左右に振ったりとか。この時は流石に声が出っ放しになっちゃいました(汗 
その間ずっと下の方は、入ったまま動いてなかったもので、私の気分としては完全に
焦らされてる感じです。これも、なんかすぐいっちゃうのを警戒してのことだった
らしいんですけど。

「ん、ねえ、下ぁ・・・」
足もぞもぞさせながら、おねだり。結構悔しかったですが。
「え?何?下?」←言葉いじめでも何でもなく、きっぱりと素。
「もーー・・・ん、動かして・・・」
「えー・・・俺今、動かしたら結構やばいかも・・・」
「いいからーーっ。ゴムもつけてるからだいじょぶっ」←力説。
「ん・・・分かった・・・」
説得成功とゆーかなんというか。 胸にくっついてたみゃーさんの
顔が離れたのがちょっと残念でしたけどw 両手をついてちょっと
体起こして、動かされ始めました。 その時私は、足を左右に
開かれてる感じ。確か途中から、みゃあさんの腕に足をのっけ
られて、ひっくり返ったみたいな姿勢になってましたけど。
恥ずかしかった(汗

動かされ始めたら、むしろ私の方が先にやばくなりましたw なんか、陸上の影響も
あるのかも知れないですけど、勢いがもう凄くって。しかも大きいし。角度も良かった
のか、感じるところに凄い当たるんですね。途中からこっち、我慢無理でしたw
「ん、んーーーーーっ」て。これ絶対隣に聞こえちゃってるよなーって思いながら、
先に。自分では覚えてないんですけど、足とかお尻とか、体中びくんびくんしてた
らしいです。く、悔しい。
で、彼は、「それまでは意外に平気だったんだけど、イくとこ見たら一気にキた」と
いうことらしく。いきなり抱きつかれたと思ったら、同じくびくびく。ゴム越しなのに
出てるのが分かってすっごい。後から聞いたら、
「この日もしかしたらいけるかなーって思って、溜めといた」 ・・・・・可愛いw

で、抜く時に、ゴムまで抜けちゃって私の中に残されちゃったのが最後の彼の失敗
だったのですがw ちょっと中に出てなかったかなあの時。
その日はシャワー浴びたり、体位を変えてもう一度したりで、そのまま朝帰りでした。
勿論友人宅からの帰りということで。
その後私、みゃーさん共に大学に入った訳なんですが、彼とは一時期色々あって、今
では普通の友達です。たまにご飯食べたりもしますが、今でも「めぐのお尻、触り心地
良かったなー」とか誉められるのが微妙中の微妙ですw
以上でした。皆さん、支援してくださってありがとうございます。

寝取られの王道


数年前の話になりますが
私には自慢の妻がいました。
切れ長の大きな瞳とキリッとした表情が
のだめ等に出ている上原美佐という若手女優に似ているので
本稿では美佐と呼ばせて頂きます。

妻の美佐と初めて出会ったのは中学生の時でした。
当時から評判の美少女で、恥ずかしながら、私の初めての自慰のネタは美佐でした。
明るい性格で頭も良い美佐は誰からも好かれ、生徒会の役員などもやっており
当然のように男にモテまくっていました。

美佐に言い寄っている男達の中には、地元の名士の跡取りである生徒会長までいました。
この男はロンブーの淳に似ているので田村と呼ぶことにします。
田村は、滅多にいないような美少女で、どこか気品のようなものがある美佐に、かなり惚れ込んでいました。
しかし、肝心な美佐の方は、田村のことを毛嫌いしているようでした。

田村の家は代々の資産家で、田村は甘やかされて育ったのでしょう。
プライドが高く強引で我侭な性格だったため、
かなりしつこく美佐に言い寄っていました。
その度に、同じく生徒会の役員であった私が、さりげなく助け舟を出して守っておりました。

そして、生徒会などで一緒に居る時間が多かったためか、
私と美佐は自然に交際するようになりました。
中学を卒業し、高校時代を共に過ごし、そして高校を卒業すると同時に、親の反対を押し切って駆け落ち同然で入籍しました。
入籍して4年程が過ぎた時、義父(美佐の父)が癌に掛かったことを契機に、私たちは、ようやく許され、
二人して美佐の家の工場を手伝うようになりました。
それから、さらに1年程度経って、義父が他界し、私が工場を継ぎました。
しかし、私が社長になってから、1年も経たない内に会社はどんどん傾いていきました。
私の経営センスの問題もありましたが、何よりも長引く不況が大きな原因でした。
業務効率を上げてコストダウンを図ろうと高額な機械を借金して購入したことや、
大きな売掛金がある大口があっけなく倒産してしまうなど、
どうしょうもない状態が続いたうえに、信用金庫からの貸しはがしまで重なりました。

専務だった義母と一緒に金作に駆けずり回りましたが、どうにもならず、諦めかけた時に、
美佐から電話がきました。なぜか私宛ではなく、義母の携帯に電話を掛けてよこしたのです。
『1件だけ当てがある』
美佐は義母にそう言ってから、出掛けていきました。
この時、義母から電話を奪い取って、美佐を止めるべきでした。
私には美佐の行き先に検討がついていたのです。
しかし、年老いた従業員達や、『工場を頼む』と言い残して亡くなった義父の顔が思い浮かび、どうしても止めることができませんでした。

夏の暑い日だったことを今も覚えています。
その日、美佐は夜遅くなって憔悴しきった様子で帰ってきました。
私はそそくさと浴室に向かう美佐に声を掛けられませんでした。

結局、信金からの追加融資や新規に地元の大手メーカーからの受注が入って
工場は、なんとか持ち直すことができました。

しかし、私たちは大きなものを失ってしまったのです。

それ以降、信金の担当が中学時代の同級生に変わりました。

名前も思い出せないような、その同級生が、
自身の股間を指差しながら薄笑いを浮かべました。

「ご馳走様でした?♪美佐ちゃん良い身体に成長したなぁw 極上の味だったよ。」

信金の理事に就任している田村に、美佐が抱かれたことは、薄々予想はしていました。
しかし、現実は、もっと厳しいものでした。

美佐が藁にもすがる思いで田村に頼みに行ったことは、予想した通りでした。
しかし、私も、そして恐らく美佐も
田村の歪んだ嫉妬心までは予想できなかったのです。

学生の頃思いを寄せていた女、口説いても、どうやっても手に入らなかった女が
自分を頼って助けて欲しいと頭を下げたのです。
切羽詰っていることもすぐに分かったでしょう。
そんな状況では、身体を求めるのも当然と言えば当然かもしれません。
美佐の方も、工場のため、従業員のため、老いた母のため
決死の覚悟で田村に会いに行ったはずです。
自分自身を投げ捨ててでも、父が遺した形見とも言える工場を守りたかったのだと思います。
到底納得はできませんが、私にも理解することはできます。

しかし、美佐は普通に抱かれただけではありませんでした。

田村は、美佐の身体を好き放題に抱いて長年の思いを遂げた後で
自分と同じように美佐に思いを寄せていた同級生達を呼び出しました。

工場のためとはいえ、既に私を裏切って田村に抱かれた後です。
美佐にしてみれば、いまさら絶対に後には引けない状態だったのでしょう。
だから、田村の命令に逆らうことができずに、
人間としてのプライドまで捨てたのです。
美佐は、自分に憧れていた男達の言われるままに奴隷のように奉仕したそうです。

私は話を詳しく聞き出していくうちに、気絶しそうな衝撃を受けました。
驚くべきことに、美佐を弄んだメンバーの中には、
その当時まで家族ぐるみで親しく付き合っていた友人、健太まで居たのです。
健太の名前を聞いた時は、わが耳を疑いました。
私はすぐに健太に連絡して呼び付ける様に会いました。
彼も何のことか察していたようでしたが、特段悪びれる様子もなく普通に出てきました。
私も妻もなぜ、今まで、このような男と友人だと思っていたのかと、悔しくて堪りませんでした。

数年が過ぎた今でも、
私の頭の中には、かつて親友だと思っていた男の下品な言葉が、鮮明にこびりついて離れません。
身を震わせながら問い質す私に、健太は悪びれる様子もなく、楽しそうに語り始めました。

「田村の奴、あの美佐ちゃんとヤリまくったとか言うから、電話が来た時は、マジで驚いたよ。
 そんで、俺にもやらせてくれるって言うから、半信半疑だったけど田村の家へ行ってみたw
 部屋入った瞬間びっくりしたよ。
 あの真面目な美佐ちゃんが高野のチンコ咥えてんだもんw
 ずっとお前一筋で人妻になったから、諦めてたんだけど、
 完全に火が点いちまった。お前に悪いとは思ったけど、十年越しの思いだったからね。」

途中から聞きたくなくなって、両手で耳を塞ぎました。それでも、健太の声は私の耳を通り脳まで達しました。

「俺の顔見た瞬間、美佐ちゃん、かなり嫌がってたな。
 ついこの間、お前の家で飯食ったばっかりだったから当然か。
 他の奴らは、成人式以来会ってないみたいだったからね。
 まあ、それでも、結局、自分から股を開いたけどね
 美佐ちゃん、必死だったな。工場のため、お前のため、まるで奴隷だったよ。
 あの高飛車な美佐ちゃんが高野のチンコ頭に乗せて、チョンマゲ!ポコちんでゴザルだw」

最初にわざわざ報告してくれた名前さえ思い出せなかった憎らしい男の笑い声が頭に浮かびました。
「お前の代わりに、皆で躾けてやったぞ。
 使ったら、ちゃんとお掃除しなさいってw よく掃除サボって美佐ちゃんに怒られたよな。
 美佐ちゃん昔から真面目だったから、金玉からケツの穴まで一生懸命舐めてくれたよw」

長年思い入れた女が晒す屈服ぶりに満足している下品な笑い声でした。
同級生達にとって、真面目でプライドも高かった美佐が見せる無残な敗北の姿は、
とても愉しい眺めだったのでしょう。

「ああ、俺はその時は1回しかやってないからな」

物思いにふけっていたら、健太から聞き逃せない台詞が耳に飛び込んできました。

私は怒りに震えながら、”その時は”とはどういう意味だと尋ねました。

「ローンの契約だとか、なんだとか、普通は支店などでやるんだろうけど、なぜか田村んちでやることになって・・」

私はピンと来ました。
「翌日か!」

「そう翌日。翌日も田村んちに行くって言うから、俺もお邪魔させてもらったw
 だって、田村や高野とやった後の美佐ちゃん、顔は涙でぐちゃぐちゃだったし、
 身体も舐め回されて、酸っぱかったからw
 ちゃんとした奇麗な身体も見てみたかったんだよな。」

「最初は、話が違います!なんて嫌がってたんだけど、まだ契約書作る前だったからね。
 ”じゃあ帰れや!”の一言で簡単に終わっちゃったよw
 美佐ちゃん、きちんと化粧もしてて綺麗だったなぁ
 最後に、髪を結くシュシュってやつ? あれを取らせて髪がサラサラっと落ちて
 完全に、一糸まとわぬ生まれたまんまが完成w
 あとは分かるよな? 契約書チラつかされて、あそこパカパカと自分で開いたよ」

「前日と違って手垢も唾液も付いてない
 綺麗な身体、、頂かせてもらったよ。夢のような時間だったな。」

私は我を忘れて、自分の手の骨が折れる程、健太を殴り、
そして、その足で
ビバホームまで行って、出刃包丁とガスバーナーを買いました。

美佐も工場も
地元大手メーカーの幹部を父親に持つ高野が面倒を見ているので安泰だと
風の便りに聞きました。
新しい跡取りも美佐のお腹の中にいるそうです。

(完) 



アクセスカウンター

    QRコード
    QRコード