萌え体験談

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上司

バツ2男の寝取られ人生悲話

この世には、寝取る人間もいれば寝取られる人間もいる。俺は、どちらかと言えば後者かもしれない。
24歳で最初の結婚をするまで、数名の女性と付き合った。女子高校生だった1名を除いて、結果的に寝取っていた。
俺にはちょっと変わった性癖があり、女性を赤や青のロープで拘束し辱めるのがたまらなく好きなのだ。ロープは、赤か青以外は遣わないし、同時に2色も使わない。今まで付き合ってきた女性は、拘束されて秘所を晒し辱めを受けながら抱かれることに次第に酔うようになった。ある程度エスカレートすると、女性の方がノーマルな相手を見つけ俺から去って言った。俺には寝取るつもりはなかった。第一、相手の女性に恋人や亭主がいるとを知らなかった。きっと、彼女等にとって俺は、最初は単なる浮気相手だったのだろう。

最初の結婚相手は愛美という中学の同級生だった。
大学2年の終わりに再会し、社会人1年目の終わりに結婚した。後で知ったが、再会した時、例に漏れず愛美には彼氏がいたらしい。俺がその彼氏から愛美を寝取ったことになっていた。愛美は大学時代に既に拘束ハメ撮りまでする仲になっていた。愛美はこれまでのどの女性より変態的SEXにのめりこんだ。野外露出も楽しんだ。ロープで縛り上げた上にTシャツを着てデートすると、赤いロープの亀甲が透けて見える。更にローターを入れたまま歩かせれば膝をガクガクさせ、ミニスカートから伸びる脚の内側を愛液が伝った。観覧車に乗り、Tシャツとスカートを脱がせれば愛美は下着など着けていないから亀甲縛りの全裸。後続の観覧車に向けて開脚してみせる。その様子は全てHi8に録画した。後で二人で観て交わるのだ。卒業する頃は愛美はアナルも感じる女になっていた。
愛美は証券会社に就職し、俺は地元自治体の職員になった。当時愛美の年収は600万円弱、俺の年収は400万円弱だった。俺達は婚約した頃がド変態のピークだった。

結婚して1年半後、25歳の愛美は、あってはならない血液型の赤ちゃんを生んだ。愛美は泣いて謝っていた。子供の父親は愛美の上司だった。その上司は40歳のバツイチだった。俺達は離婚した。愛美と相手の上司はありったけの金を集めて慰謝料だと言って俺に渡した。俺の年収の3倍だった。悔しかった。時は1990年、バブルの頃だ。

俺はその後、バイトの女の子数人に手を出していたがお互い遊びだった。彼女等は皆高収入の彼氏持ちで軽いノリだったが、俺の変態SEXがお気に召したらしく彼氏に内緒で関係していた。そのうち次々と結婚が決まり、俺の元を去って行った。
いつの間にか、女の子のバイトの目的が結婚相手を見つけることになっていた。バブルが弾けたのだ。俺は気付かず相変わらずバイトの女の子に手を出していたが、俺が30歳のとき、初めてバイトの女の子から誘われた。20歳で忍という色白で若干ムチッとした丸顔の娘だ。洒落っ気がなく目立たず、田舎の娘さんと言う感じで、若い男達から全くチヤホヤされていなかった。
俺は手を出す関係上、全てのバイトの女の子を差別することなく接するようにしていたので、忍は俺にやたら懐いていた。誘われたから二人で飲みに行った。飲ませたら面白い娘だった。大好きと言われて忍を抱いた。もしかしてと思ったが忍は初めてだった。忍とは変態なしで付き合った。
2年付き合い1997年に結婚した。1年後、忍が妊娠した。今度こそは俺の子供だった。

そんな幸せな俺を不吉な女が訪ねてきた。愛美だった。その後上司と再婚し、もう一人子供を産んで退職し子育てに専念していたらしい。
しかし、昨年の晩秋、夫の勤務先の証券会社は自主廃業した。愛美の夫は47歳、再就職はしたものの収入は半減、家のローンや先妻が親権を持つ高校生の息子の養育費だけで給料の殆どがなくなると言う。
愛美は、7年前の慰謝料を半分でもいいから返して欲しいと言った。俺は、借りた覚えはないから返せないと言った。そして、家を売り払い安いアパートで暮らせと言ったが、今土地家屋を売却しても借金が消えないようだ。資産価値が取得時の半分になっていた。
愛美はやつれていた。不倫の子を産み不倫相手と再婚した愛美は、親兄弟、親戚からも見放され、もう、頼る人間が俺しかいなかった。あの時慰謝料は8割方残っているので、半分の500万円を貸してやった。必ず返すと土下座して愛美は帰って行った。

俺は38歳でバツ2になった。浮気されて別れた先妻の愛美に500万円を貸したことが忍に明るみになり、忍は激怒した。私とどっちが大事かと錯乱状態になった。忍は27歳の春に子供をつれて家出した。

1年後、忍から離婚届と500万円の小切手が送られてきた。忍は家出後、ある店でパートをしながら子育てをしていた。そこの当時42歳の経営者と結婚するため慰謝料として500万円を渡すから離婚して欲しいとのことだった。また、寝取られた。

あれから11年、愛美は貸した500万円を返しには来なかった。今は、どこにいるかも知らない。忍の居場所も知らない。
俺は44歳のオヤジになった。相変わらず適当にセフレを作って遊んでいたが、高卒の新人に若い頃の愛美に似た清純派の娘が入ってきた。年甲斐もなくときめいたその娘は名を梓と言った。親子程の年の差の娘に心奪われたが、何かと世話を焼くうち仲良くなった。真面目で物静かないい子で、従順な様子から俺の性癖が何年かぶりに蘇った。
俺はウブな梓を簡単に落とした。19歳の梓の初めてを頂いた。
「イタイ、イタイヨ」
と泣いていたがそれがまたそそった。少しずつ性の悦びを感じさせ、逝くことを覚えさせた。俺たちの関係は、当然職場には秘密にしていた。
あるとき人事課で梓の記録を閲覧した。母の名前が愛美といって俺と同じ年齢だった。間違いない、梓はあの時の不倫の子だ。
俺の梓を見る目が変わった。俺は梓を調教した。久しぶりに赤いロープを出してきた。梓を縛り上げて秘所を晒した。梓は恥ずかしがりながらもびしょ濡れだった。小振りのコケシを挿入し、そのコケシを電気アンマで徹底的に振動させた。梓は
「イやだー止めてー」
と言いつつヨダレを流しながら何度も失神した。今は昔と違ってデジカメと言うお手軽なツールがある。梓の痴態は小さなカードに何百枚と収まった。

梓は20歳になり完全にMになった。縛り上げて辱める。散々気絶させた後抱いてやれば
「はあーん。お願いします。お嫁さんにしてクダサイ。」
もう完全に俺の性奴隷である。普段の可愛い梓とは別人である。
ハイビジョン映像も撮った。2方向から全体と結合部を撮った。2人で編集して楽しんだ。やがて梓は、家を出て俺の部屋で暮らして毎日逝かされたいと言出だした。俺は、ちゃんと両親に挨拶をして許しを得なければだめだと言った。梓は俺を両親に紹介した。梓の両親は固まっていた。俺も固まったフリをした。梓の母親、つまり愛美は、
「この人だけはダメよ。絶対ダメ。」
泣きながら梓に言い聞かせていた。俺も、
「梓、俺達は結婚はできない。俺はコイツをお義母さんとは絶対に呼べない。」
そういい残し梓の家を後にした。

次の日、梓が俺の部屋を訪ねてきた。理由は聞いてきたらしい。梓は、自分の母親のしたことが許せないと泣いた。自分の生まれてきた経緯を汚いと言った。俺は梓に、愛美が13年前に書いた500万円の借用書を見せた。
「このことは聞いているか。」
「何これ?」
「俺は13年前、梓の母親に500万円貸しているんだ。返してもらえなかったがな。あいつ、結局踏み倒した。そのせいで俺は2回目の離婚をするハメになったんだ。」
「そんな、ヒドイこと。」
「そう、そんなヒドイ女の娘とは結婚どころか付き合う気になれないよ。梓のせいではないけど、俺の気持ちも分かってくれ。もう、終わりにしよう。」
梓は泣き崩れた。

梓は退職した。そしてAV女優としてデビューした。
「元○○市役所市民課窓口のアイドル、遂に登場。」
すごい人気だった。もともと純朴な可愛さがあった梓は、それを更に引き立てるメイクで純情可憐なAVアイドルになった。あの喘ぎ方、乱れ方は俺だけのものでなくなった。俺宛に手紙が来た。800万円の小切手が入っていた。梓からだった。
「母の借金と利子です。」
短い手紙だった。俺は愛美を呼び出して、愛美の書いた借用書は梓宛に送ることを告げた。梓に債権を譲ったことを認識してもらわないと身体を張った梓が可哀相だ。
愛美はやつれ果てて廃人のようだった。上司と結婚した後に出来た梓の妹は、姉のAVデビューがきっかけで彼氏に振られ、会社にも居づらくなり、今は風俗で働いているそうだ。愛美は、全て自分のせいだと今頃反省していた。

46歳になったバツ2の俺は、この春に30歳のバツイチ女性と再婚した。知り合って半年で結婚した。俺は6歳の娘の父親になった。新しい妻は髪の長い上品な淑女で、教養も豊かだった。
昔の安月給男も景気に左右されない職業なので今や妻を専業主婦にしておけるだけの収入がある。妻の別れた旦那は老舗の跡取りで親の都合で決めた結婚だった。愛情がないから彼女とは子作りSEXだけだったそうだ。ロリコン旦那は外で浮気三昧、18歳の少女を妊娠させて3年前に離婚した。
俺と妻は慰謝料成金だ。妻は離婚の時慰謝料の他子供の養育費も一括でもらっていた。その後別れた旦那が再婚した18歳の少女は、遊びほうけてその老舗も人手に渡った。妻はSEXを楽しむという概念がない。
34歳の二児の母にして性の悦びを知らない。今、俺がそれを教えているところだ。最近やっと、淑女が喘ぎ始めたところだ。もう、絶対に誰にも寝取られないように愛情を注いでいる。明日あたりが妻の排卵日だから、愛情と共に精液も注ごう。

バスト90センチの人妻社員です

私は38歳の会社事務員です。
10年前に主人と結婚して子宝に
恵まれ専業主婦として育児に
専念して来ました。二人の子供が小学生になり送り迎えの手間が掛からなくなり、家計を支える為にパートで働く事を考え出した5月中旬に独身時代に勤めていた会社から「正社員として
復帰しないか?」と連絡がありました。事務員の空きが出て
当時、私の上司だった課長が
人事部長になっていて私を推薦してくれたみたいでした。
私にとっては渡りに船でした。
職場復帰して暫くしてその部長から食事に誘われましたが
子供二人の世話がありお断りをしましが、その後何度か誘われました。私を推薦してくれて
正社員として職場復帰出来た
恩があるので一度くらいは
お礼を兼ねて誘いに応じなくてはと思い母に子供の面倒を頼み
部長と食事に行きました。
部長は一緒に仕事をしていた
課長時代に下ネタを聞いた事はなく私の中では誠実な紳士の
イメージでしたので、その日も
昔の上司と部下の同僚としての
食事の感覚でした。
一応どんな店でも対応出来る様にスーツを着て行きました。
某ホテルの高層階にあるフレンチに連れて行かれました。
子供が産まれてからお洒落な
場所に無縁だった私はそれだけでトキメキを覚えました。
昔話に花を咲かせながらフレンチを堪能しました。部長は私を
「綺麗だ!素敵だ!」と誉めて
来ました。勿論お世辞と理解してました。実際に私は美人で
ない事を自覚しています。
私の唯一の武器は90センチの
巨乳でした。若い頃はおっぱいをからかわれ嫌な思いを何度もしました。私の主人もおっぱい星人でした。他のおっぱい星人と違ったのは「尚子(私)さんの
胸を見れるなら一生一緒にいたい!」と言われ、何故か主人の
ストレートな気持ちに根負け
してお付き合いを始めました。
付き合い始めの頃は私の巨乳に
夢中でした。新婚時代も
私の胸・命!でした。苦笑
でも子供が産まれてから子供
中心の生活になり、主人が求めて来ても私が育児で疲れてたり
私が元気の時に主人が仕事で
疲れてたりとエッチの回数が
段々と減って来ました。
主人は私のおっぱいに飽きたのかな?と思い始めました。私も
38歳になり少しずつですが女性としての衰えを自覚してきたので、部長の私への誉め言葉は
お世辞と分かっていてもやはり
女として嬉しいものでした。
同じホテル内にあるバーで
カクテルをかなり飲みました。
育児で遅い時間にこんなに飲む機会が暫くなかったのとお洒落な雰囲気に酔ってしまったのか
気がついたらホテルの部屋の
ベッドに横たわっていました。
頭がぼ~っとしていて体に力が入りませんでしたがホテルの部屋だと直ぐに理解出来ました。
酔い潰れた私を休ませる為に
やさしい部長が部屋を用意してくれたんだ・・と思った瞬間に私はスーツ、ブラウス、タイトスカートを脱いでいて
ブラジャー、ストッキング、
パンティの下着姿になっているのに気がつきました!
「な・・なんで?」
酔った私が自分で脱いだ?
それより部長に下着姿を見られた恥ずかしさで慌てて側に
あったスーツで隠しました。
「部長・・私・・酔って・・
脱いだんですか・・?」
「いいや!俺が脱がした!」
「えっ?」
「尚子さんの衣服の中を見たかったから・・」
部長は私に近ずきスーツを奪い
再び下着姿を晒す事になりました。
「部長・・落ち着いて下さい
・・」
「尚子さんが独身時代から君の裸を見たかった・・君の胸を
俺のモノにしたかった!」
部長の胸への視線を感じで両手でブラジャー越しの膨らみを
隠しました。
部長は私にキスをしてきました。唇が触れてしまいました。
「ダメ!」
私は顔を左右に降り舌の侵入を防ぎました。
部長の舌は私の耳たぶと首筋を執拗に攻めて来ました。
「部長・・ダメ・・」
力が入らない。
私のブラジャーが少しずつ
部長の手で外されて行きました。
「やっと見れる・・尚子さんの
巨乳・・10年以上待たされたよ・・」
えっ?そんなに長い間私の胸を
待ち望んでたの?
38歳になり衰えを自覚していた
私は男性に求められる嬉しさが不覚にも心の中に芽生えました。
私の右側の乳房が完全に露出されました。
「やった!やっと見れた!
尚子さんの巨乳!こんなおっぱいだったんだ・・乳首の色も
やっと知れたよ・・」
二人の子供を母乳で育てた
乳首です。若い頃と比べて
お世辞にも綺麗だと言えません。
「恥ずかしい!」
私は乳首を隠しましたが
「尚子さんの乳首綺麗な色だよ・・」
と易しい言葉と目にやられました。気がついたら私は
ブラジャー、ストッキング、
パンティを脱がされ全てを
部長に見られ何度もイッてしまいました。
不倫は悪!と言われる今日この頃なので部長とのエッチは
それ以来ありません。
部長は何度か誘って来ますが
歯止めを掛けないと止まらなくなる自分が恐くて・・
この前、久しぶりに主人と
エッチをしたとき
「やっぱり尚子のおっぱいは
最高だ!尚子の巨乳は俺だけのモノだ!」と言ってくれた時は
主人以外に胸を見られ触られ
体を捧げた事に心が痛みました。悪い女の話でした。

ハーフ妻は女王様

私は結婚5年、31歳の会社員です。
2歳年上の妻のエレーヌはフランス人とのハーフで、私の大学の先輩で、元ミスキャンパスの可愛らしい美人妻です。
在学中は、あんな綺麗な人と付き合えたらいいいな~くらいに思っていましたが、就職先での指導員が大学の先輩だからとエレーヌが指名され、そのまま色仕掛けにハマッていつしかお持ち帰りされ、マゾ調教されてしまいました。

エレーヌはフランス系の白い肌に日本系の可愛い顔をしていますが、身長が168cmあるので、普段はヒールを履きますから170cmの私より大きいです。
初めてエレーヌにお持ち帰りされた夜は、ペニスを革紐で縛られて、キンタマも縛られて、アナルにローションを塗られて開発されました。
ピンピンに張ったタマ袋をくすぐられながら、8連のアナルボールを7個まで入れられて、
「ほら、ウンチするみたいに1つずつ排泄してごらん。」
と言われて、力んでアナルボールを1個ずつポコッ・・ポコッと卵でも産むように排泄すると、肛門を通過する瞬間、強烈な快感が下半身を走り、
「あ・・・ああ・・・・・」
と声が出てしまいます。
あと2個を残すまで排泄すると、まるで尻尾が生えたようになりますが、エレーヌはそこからもう一回アナルボールにローションを塗りながら、再び私のアナルに1つずつゆっくり入れて行きます。
惨めな姿を晒す事に次第に快感を覚えるようになり、結婚する頃には完全にエレーヌの玩具でした。

皮紐でペニスと玉を縛られて、その紐をお尻側を通してズボンから出してデートするんです。
時々ギュッと引っ張られると、玉が引っ張られてペニスが下に向こうとするから、悶絶するんです。
ピンピンピンと小刻みに引っ張ると、ズボンの中でムクムク大きくなって切なくなると、
「エッチしたいの?」
と耳元で囁やかれて頷くと、ペニス苛めされながら、エレーヌも裸になって、いやらしく脚を開いてピンクのアソコを指で拡げて挑発しといて、でも紐を引っ張ってなかなかさせてもらえないんです。
最後は革紐で強制勃起&射精制限をされたペニスでエレーヌが満足するまで腰を振らされます。

エレーヌが妊娠したとき、エレーヌの上司の奥様がお見えになって、私は性接待させられました。
例によってペニスとキンタマを縛られたのですが、この時は左右のキンタマを1つずつ縛られて、それぞれにヨーヨー水風船をぶら下げられました。
ヨーヨー水風船は、亀頭部のカリにも巻きつけられ、その状態で奥様の目の前で入れられた8連アナルボールの最後の7個目と8個目の間にも巻かれ、計4つのヨーヨー水風船をビヨンビヨンさせながら、上司の奥様の前を歩かされました。
勃起力が落ちるとエレーヌに擦られて起たされ、ついアナルボールをポコポコッと排泄してしまうとタマの水風船を蹴られて振り子のようになってタマ袋がビヨーンと伸びて、上司の奥様を喜ばせます。
最後は、革紐で縛られて苛め抜かれた私のペニスにコンドームが被せられ、エレーヌの上司の奥様がお跨りになって、心ゆくまで部下の夫のペニスを味わうのです。

奥様が堪能された後は、私はエレーヌのために接待して差し上げたご褒美に美味しいディナーを食べるのですが、入浴後、それとは別に妻以外のマンコに挿入した不貞ペニスの汚名を着せられ、恐怖の尿道責めを受けるのです。
扱かれながら尿道にいろいろなものを差し込まれるのです。
先からほんの1~2cmしか入れていないのですが、凄く奥まで入れられているような感覚で、キンタマが縮み上がってしまいますが、上手に扱かれて決して萎えることはないので延々と恐怖と戦うのです。
やがて、先の丸いマドラーのようなものを出し入れされながら扱かれ、中と外からの独特の刺激に精液を噴出させてしまうのです。

今はエレーヌ以外とセックスすることはありません。
平日は仲の良い愛情溢れる夫婦セックスですが、週末は子供を義父母に預けて家に戻り、私の体を玩具にします。
最近では革紐よりもコックリングが多くなり、ペニスも玉も、ギリギリと締め上げられて、ちょっとやそっとじゃ逝かない、腰触れワンワンとエレーヌが満足するまでさせられます。
こんなエレーヌですが、性生活以外ではとても私を可愛がってくれて、共働きなのに家事は一切させずに全てエレーヌがしてくれます。
それは私がエレーヌのペットだからなのです。

パート先の上司と・・・

38歳のばつ一女性です。
25歳で結婚しましたが8か月で夫が浮気をして離婚。

その後29歳で再婚しましたが、やはり夫が彼女を作り帰ってこなくなりました。
これには私が子供が出来ない身体であることも夫婦の溝を作ったのも事実です。

実家に帰ることも出来ず、1ルームマンションを借りて一人暮らしをしています。
そんな時、パートに行っている先の直接の上司であり、単身赴任をしているKさんはいつも優しくて、
私の知っている男性にはない素敵な人です。

次第に口を聞くことも増え、一度彼の借りているマンションの掃除と食事を作ってあげましょうということになり、
休みの前日仕事が終わって、買い物をしてその足で彼のマンションに行き、夕食の準備をしながら掃除をして
あげました。

何品かお料理を作り、一緒にいただきました。
彼はお酒が好きで毎晩一人ゆっくりとくつろぎながら飲んでいるとのこと。

私にもお酒を勧められ、久しぶりにお酒を口にしました。
一人暮らしの不便さや、寂しさなど仕事をしている彼から想像つかないことをいろいろ聞きました。

しぜんと口が軽くなり、私の2度も離婚話もしました。
一息ついたころ、お風呂に入ってくると言ってバスに行きました。

食べ終わったものを台所でかたずけ、居間に戻ると彼は全裸のまま立っていました。
突然私を抱きしめ
「好きだったんだ。私には妻子がいるから一緒になることは出来ないけど、これからずっと付き合ってほしい」
と言っていきなりキスをして来ました。

そのあと私を仰向けに寝かせて、顔の前に彼のおおきなものを突き出して来ました。
そっと手で握るとピクピク動いていました。
もう離婚して何年間もセックスしたことはありませんでした。

彼は私の口にペニスを持って来ました。
眼を閉じてそれを口に含みました。
彼は腰を前後に動かしました。

少しすると「あっ、出る・・・」というや何度も口の奥に射精しました。
終わると
「シャワーを浴びて来たら・・」と。
身体を洗っている間、これから起こることに対していいのだろうか、と未だ見ぬ彼の妻子のことが
頭をよぎりました。

バスから出てくると彼は私をベットに誘い、私を全裸にさせて69の体位で私の恥ずかしいことろに顔をうずめ、
私の顔の前には彼のすでに大きく回復した赤黒いペニスがありました。

お互い舐めたり吸ったりした後、バックでしたいと言って私をよつんばにさせて後ろから挿入して来ました。
以来週に一度彼のマンションに行き、泊って帰ります。
その晩はいつもお互い全裸で愛し合っています。

彼はすごくやきもち焼きで私が仕事をしているとき男性と話をしているのを見たらそのことをしつこく
聞いて来ます。

彼からもうなんまいもパンテイーをプレゼントされ、それを穿いてほしいと言われ、その下着は彼のマンションにおいています。
先日泊まりに行った時、一緒にお風呂に入ろうと言われ、それに従ったら、彼から
「浮気をするとは思っていないけど、やきもち焼きの私の心を安心させるために、陰毛を剃らせてくれ」
と哀願されました。

彼は入念にいっぱいソープを塗ってT字剃刀で剃りあげました。
終わるともうツルツルで卑猥というより子供っぽくてへんな感じです。

パート先の上司

38歳のばつ一女性です。
25歳で結婚しましたが8か月で夫が浮気をして離婚。

その後29歳で再婚しましたが、やはり夫が彼女を作り帰ってこなくなりました。
これには私が子供が出来ない身体であることも夫婦の溝を作ったのも事実です。

実家に帰ることも出来ず、1ルームマンションを借りて一人暮らしをしています。
そんな時、パートに行っている先の直接の上司であり、単身赴任をしているKさんはいつも優しくて、
私の知っている男性にはない素敵な人です。

次第に口を聞くことも増え、一度彼の借りているマンションの掃除と食事を作ってあげましょうということになり、
休みの前日仕事が終わって、買い物をしてその足で彼のマンションに行き、夕食の準備をしながら掃除をして
あげました。

何品かお料理を作り、一緒にいただきました。
彼はお酒が好きで毎晩一人ゆっくりとくつろぎながら飲んでいるとのこと。

私にもお酒を勧められ、久しぶりにお酒を口にしました。
一人暮らしの不便さや、寂しさなど仕事をしている彼から想像つかないことをいろいろ聞きました。

しぜんと口が軽くなり、私の2度も離婚話もしました。
一息ついたころ、お風呂に入ってくると言ってバスに行きました。

食べ終わったものを台所でかたずけ、居間に戻ると彼は全裸のまま立っていました。
突然私を抱きしめ
「好きだったんだ。私には妻子がいるから一緒になることは出来ないけど、これからずっと付き合ってほしい」
と言っていきなりキスをして来ました。

そのあと私を仰向けに寝かせて、顔の前に彼のおおきなものを突き出して来ました。
そっと手で握るとピクピク動いていました。
もう離婚して何年間もセックスしたことはありませんでした。

彼は私の口にペニスを持って来ました。
眼を閉じてそれを口に含みました。
彼は腰を前後に動かしました。

少しすると「あっ、出る・・・」というや何度も口の奥に射精しました。
終わると
「シャワーを浴びて来たら・・」と。
身体を洗っている間、これから起こることに対していいのだろうか、と未だ見ぬ彼の妻子のことが
頭をよぎりました。

バスから出てくると彼は私をベットに誘い、私を全裸にさせて69の体位で私の恥ずかしいことろに顔をうずめ、
私の顔の前には彼のすでに大きく回復した赤黒いペニスがありました。

お互い舐めたり吸ったりした後、バックでしたいと言って私をよつんばにさせて後ろから挿入して来ました。
以来週に一度彼のマンションに行き、泊って帰ります。
その晩はいつもお互い全裸で愛し合っています。

彼はすごくやきもち焼きで私が仕事をしているとき男性と話をしているのを見たらそのことをしつこく
聞いて来ます。

彼からもうなんまいもパンテイーをプレゼントされ、それを穿いてほしいと言われ、その下着は彼のマンションにおいています。
先日泊まりに行った時、一緒にお風呂に入ろうと言われ、それに従ったら、彼から
「浮気をするとは思っていないけど、やきもち焼きの私の心を安心させるために、陰毛を剃らせてくれ」
と哀願されました。

彼は入念にいっぱいソープを塗ってT字剃刀で剃りあげました。
終わるともうツルツルで卑猥というより子供っぽくてへんな感じです。

パートの美雪

自分の勤める会社は、比較的有名な会社で支店には200名ぐらいの社員が居ます。

私が勤める部署は社員五人とアルバイトの女性一人です。

会社の重要な書類などを扱う部署で、セキュリティーにはかなり厳しいのだが、先日事件がおこった…

書類が入ってる倉庫があるのだが、その倉庫の管理はバイトの美雪さんに任せてあります。

その美雪さんが、先日倉庫の鍵を帰り際に閉め忘れてしまった事により、翌日会社に行くと書類が盗まれていました。 
幸い個人情報などは泣く、無くなっても大丈夫な書類だったのだが、何故か部長は、もの凄い剣幕で美雪さんを怒鳴りつけ泣かせてしまいました…

そこまで怒らなくてもとは思ったが、その日の夜に理由は分かりました…

部長に社員だけ呼ばれ、『今夜暇か?やるぞ!』と言い出し、私以外の社員はニヤニヤ顔…
お前、美雪さんの裸見たくない??
見たいなら今夜残れと…

確かに、美雪さんは36歳にしては若く、顔立ちも身体もかなり綺麗だ!
胸はBかCぐらいだが、全体にバランスが良く裸を見たいかと聞かれたら、見たいに決まってます!

色々と想像しながら、終業時刻になり、美雪さんが帰ろうとすると部長が、『ちょっと話があるから残りなさい』と…

そのまま、社員五人と美雪さんは小さな会議室に入りました。

部長は、声を荒げて美雪さんに今回の鍵のかけ忘れを叱ってます。
泣きじゃくる美雪さんが可哀想に思えましたが、今回の件を部長が管理部に話をしたら、部長以外の社員四人は解雇だと脅したのです。

慌てる私以外の社員(もちろん芝居)を見て美雪さんが部長に何でもしますからと管理部には黙ってもらうように頼んでます。
その時に私以外の奴らがニヤッとしたのを見逃しません…

部長が、それなら何でもしてもらうけど構わないんだね??
と、言うと美雪さんは必死に何度もハイハイと言いました。

それなら、立って服を脱ぎなさい…

美雪さんは、キッと部長を睨み付けましたが、社員のクビがと思うと覚悟したのか、スーツのベストを脱ぎ、シャツを脱ぐとピンクに黒の水玉のブラがあらわれました。
スカートを脱ぐと、黒のストッキングの下にブラとお揃いのパンティが見えました。

ストッキングを脱ぎ下着だけになり、それでお終いかと思ったら…

下着も取れ!と会議室に怒鳴り声が…

びっくりした美雪さんは、目に涙を浮かべながらブラを外しました。

小さいですが、綺麗なお椀型のおっぱいで、小さなピンクの乳首がツンと上を向いた本当に形の良いおっぱいです。

部長が立ち上がり、突然乳首をつまみ、胸を揉みはじめました。
嫌がる美雪さんですが、乳首が弱いのか、ピンクのパンティのお尻がもぞもぞと動いていて、なんだか吐息も少し聞こえました。

部長が『美雪ちゃんはエッチだなぁ♪乳首がコリコリになっちゃったよ♪エッチな身体を見せる為にテーブルに四つん這いになりなさい!』

さすがに美雪さんは抵抗しましたが、社員に身体を持ち上げられ、テーブルに四つん這いになりました。

社員達は胸やお尻を撫で始め、美雪さんは動けなくなってました。

部長が、お前はアソコ触ってみろと言いながら顔を美雪さんの大切な部分に顔を押し付けました…

汗の匂いがしましたが、それよりも驚いたのは、パンティの大事な部分がビッショリ濡れています。

慌てて顔を離すと、なんとパンティ越しにはっきり分かるようにクリトリスが出っ張っています…

もう理性がなくなった私は、パンティをめくり美雪さんの大切な部分を見ると、大人の女性のマ○コが、そこにはありました。

我慢出来ず、パンティを脱がし指を入れると、もうヌルヌルです。
美雪さんも指を入れられて気持ち良くなってきたみたいで、アンアン言ってます…

部長が、一番って言ったかと思うと、美雪さんのマ○コに固くなった肉棒を入れました。

美雪さんはイキやすい体質なのか、入れた直後から何回も身体をピクピクさせて逝ってます。

それから社員達にまわされ、私の番になりました。
美雪さんに覆い被さると、私を虚ろな目で見つめ、イヤらしい顔をしています。
そのまま、私が肉棒を入れると、
『あ~気持ちいいよ~こわれちゃうよ~もっとして~』と、いやらしい声を出し感じてます。

早漏気味な私はイキそうになっちゃったので、動きをゆっくりにすると、
『いや~イク~!お願いだから逝かせて~』と、美雪さん自ら腰を動かし逝ってしまいました。

元々、肉棒を入れた時から先っぽが子宮口に届いていて気持ち良かったのですが、美雪さんがイク時に子宮口が肉棒の先っぽを包み込んできて、あまりの気持ち良さに中だししちゃいました…

結局、美雪さんは、1人二回の相手をさせられ、最後にはテーブルの上に脚をだらしなく広げ半分気を失ってる状態で寝ていました…

ピンクだった乳首は赤く腫れ上がり、アソコはビラビラがだらしなく広がり、穴からは大量の精子が流れ出てました…

部長が、綺麗な顔してようが、ブスだろうが、結局はみんなスケベなんだよ。
ビデオも撮ったし、またヤラせてもらおうなと、私の形をはじめとする叩き、後片付けよろしく~と言いながら帰ってしまいました。


眠った美雪さんと二人っきりになった私は、それから二時間近く美雪さんの身体を見続けて、スマホで写真を沢山撮りました。

そんな事件の後、美雪さんは退社しましたが、今は私の部屋に一緒に住んでいます…

ネット通販で購入した媚薬を妻で試してみた

私たち夫婦は結婚して早や15年が過ぎました。出会ったときはお互い若かったのですが、今となっては、私(隆文)は46歳、妻(美紀)は38歳になりました。お互い仕事をしていたこともあり、私たちの間に子供はいません。ただ、妻は子供がほしいと昨年の春に、長年勤めた仕事をやめ家に入りました。そして、2人の子作りの行為ができると思いきや、私が同時に課長に昇進し、仕事が忙しくなり、思うようにいっていません。ついこないだまでは、正直、月2回とかの夫婦間の性行為のペースでした。でも、本当は妻とは、毎日でもしたいくらい、愛しています。最近まで仕事をしていた妻は、スタイルも維持しており、正直モデル並みのスタイルです。身長は170センチと高く、ウエストはくびれており、なんといってもバストが95センチのHカップ。そのくせヒップは86センチと、いうことありません。おそらく、子供がほしいというのは表向きの理由で、本当は、私とたんまりとSEXがしたくて仕事をやめたのではと私は推測しています。その証拠に、ここ数ヶ月は、自分でネットなどで探して、スケベ下着を買い集めているようで、夜のアピールが半端ないのです。
そして、わたしもそれの応えようと策を練りました。そして、ネットで見つけた媚薬と、男性の性器を固く勃起させる薬を手配しました。そう、どうせなら、AVのように狂ったように犯しまくってみたい、という気持ちがわいてしまったのです。そして、この時期ちょうどまとまって休める年末休みに入ったのです。年始は、毎年お互いの実家に行くことになっており、チャンスは年末の3日間となります。もちろん妻も予定を逆算していたようで、この日は、赤のレースのキャミソールに、お揃いの赤のショーツはTバックになっていて、前のほうも透けていました。私のほうも準備万全で、先に薬を服用し、すでに若干下半身が熱く、そして硬くなってきていました。私は、妻に一年間のお礼にマッサージをするといって、うつぶせに寝かしました。最初は手のひらを使い、全身くまなく、マッサージを施し、わざと大事な部分ははずし、丁寧に進めて行きます。妻は気持ちいいといって、満足そうに体を私にゆだねています。仰向けにさせて、さらにマッサージを進め、全体をほぐしていきました。そこで、おもむろに媚薬の混ざった、ローションを用意しました。妻には、肌のつやを出すためのものだと偽り、下半身から順に塗っていきました。今度は、大事な部分も丁寧に塗っていきました。一通りが終わるころには、妻の息遣いが普段と違った、荒いそれに変わっていました。妻は、身体が妙に熱いと訴えてきました。私は構わず、固くなった下半身を取り出し、妻の下半身に擦り付けて行きました。ここまでくればやることは決まっています。私の下半身は、妻の中へと滑り込み、妻はいつもと違う、私の硬さに驚きながらも、自ら腰を揺さぶり、気持ちよくなっていきました。
結局朝まで、3度も行為を繰り返し、私たち2人は、疲れ果てて、昼過ぎまで、熟睡状態でした。特にネタばらしは今のところしていません。ただ、そのときのことがすごくよかったようで、次はいつ、そういうことになるのか何度も聞いてきます。当分は、2人の性行為は楽しくできそうです。

ヌードモデルで初体験

これは、数年前、私が美大の学生だった頃のことです。
絵画を勉強していた私は、授業以外にもデッサンのサークルに入っていました。
男女合わせて30人程の部員がいました。
毎週2回、サークルの部室兼アトリエに集まり人物デッサン行います。
モデルを呼ぶお金も無いので、部員たちが交代でモデルになりました。
デッサンの対象はヌードデッサンです。
モデルをやる人は、衣服を脱いで下着まで全て下ろして、全裸にならなければなりません。
大抵は1年生か2年生の女子がモデルをさせられました。

4人いた1年生の中では、たまたま私が最初に順番が回ってきて、初めてヌードモデルを経験しました。
当時、処女だった私は、人前で自分の裸を曝すのはこのときが生まれて初めてでした。
部員皆が見ている前で、ブラウスを脱ぎ、スカートを下ろして、ブラとショーツになりました。

この日、私は白いレース模様のブラとショーツを付けていました。
女子だけならまだしも、当然、男子部員たちにも下着姿を見られています。
私は恥ずかしさで顔が紅潮していました。

次にブラを外しました。私のピンク色の乳首があらわになりました。
そして、私は意を決して、ついに最後の1枚、ショーツのふちに手をかけてゆっくりと下ろしました。

ショーツの布が私のお尻をするりと抜けていくとき、空気が直に下半身に触れる感触に、私の恥ずかしさは頂点に達しました。
私はショーツを足元から抜き取ると直立しました。
私の黒々とした濃い目の陰毛やお尻の割れ目が皆の前にさらけだされました。
私は、みんなの視線、特に男子達の視線を痛いほど感じました。

ここで、4年生の女子の先輩がポーズを指示しました。
ポーズは、サークルで購入していた市販のポーズファイルとかヌードポーズ集などを参考に先輩が決めます。
ポーズ集には色々なポーズが載っていて、中には、仰向けで両脚をV字型に開いて高く持ち上げたポーズや四つん這いでお尻を突き出したポーズなどかなり過激なポーズもありました。
ポーズ集の写真のモデルはもちろん全裸ですが、秘部が見えるようなポーズでは、その部分はぼかして修正されていました。
男女2人で裸で組むようなポーズが載っている本もありました。
この本では、女性は全裸ですが、男性は確かブリーフをはいていたと思います。

私が最初にとったポーズは、両手を後ろに組んで直立したオーソドックスなポーズでした。
その後、体育座りのように両膝を組んで座るポーズ、ベッドの上で頭の上で手を組んで仰向けになったポーズと続きました。
部室兼アトリエにはモデル用のベッドが置いてあり、ベッドの上でポーズを取ることもあります。
両膝を組んで座るポーズをとったときには、組んだ両脚の付け根の部分の奥に私の大陰唇の割れ目がはっきりと見える格好になりました。
私の股間に注がれる男子の視線を感じました。

ところが、その次に先輩が指示したポーズはなんと、四つん這いになることでした。
私は恥ずかしさに真っ赤になりながらベッドの上で四つん這いの格好になりました。
最初は両脚を閉じていましたが、先輩が、両膝をもっと開き頭を下げるように言いました。
そうすると、必然的にお尻が思い切り突き出されたような格好になります。
今度は、私の性器、大陰唇の割れ目ばかりかお尻の穴まで、皆の前に完全に露出される格好になりました。
私の真後ろに座っている男子からは、きっと私の肛門の皴の数まで見られていたと思います。

四つん這いのポーズのデッサンが終わると、次に男女ペアのポーズをやるのでそのままの格好でいるように言われました。
すると、4年生の男子の先輩が服を脱ぎ始めました。
全裸になると先輩のペニスは既に天井を向くほど勃起していました。
さっきまで、私の裸や性器まで存分に眺めていたから無理もないと思いました。

今度のポーズは、写真集にも載っていた、四つん這いになった女性の後ろから女性の腰に手を添えて男性が覆いかぶさるようなポーズでした。
先輩は四つん這いになった私の後ろに立つと、剥き出しになった私のお尻を掴みました。そして、腰を私のお尻に密着させてきました。
先輩の勃起したペニスが私の性器から肛門の辺りに押し付けられました。
皆がデッサンをしている間、私たちは、その状態のまましばらくじっとしていました。
私の大陰唇には、彼氏でもない男性のペニスがぴったりと密着していました。
私は秘部に温かいペニスの感触を感じていました。

次に指示されたポーズは、仰向けになった女性がM字型に股を開き、男性が女性の両脚を抱え覆いかぶさり、2人の体全体を密着させるポーズでした。
これは、まさにセックスのときの屈曲位の体位そのものでした。
私は仰向けになり、蛙のような恥ずかしい格好で両脚を大きく拡げなければなりませんでした。
私の股の間の秘密の部分が皆の目の前に全て曝け出されました。
私は「これは芸術のためだから」と、自分を納得させ、耐え切れないほどの恥ずかしさを必死に抑えていました。

そして、大股開きの私の両脚を、男子の先輩が下から抱えて更に持ち上げるようにして覆いかぶさってきました。
私と先輩の上半身はぴったりと密着し、私の顔の横に先輩の顔がありました。
二人の呼吸まではっきりと聞こえました。

もちろん、下半身では、私の大陰唇に先輩の熱く勃起したペニスが押し付けられ、挿入こそされていないものの二人の性器はぴったりと密着しています。

股間に目をやると、私の陰毛と先輩の陰毛が絡み合っていました。
そのままじっとしていると、時折、ペニスが脈打つ感覚が伝わってきました。
私は、「いま、私の性器に男の勃起したペニスが密着している。セックスではこれが私の膣の中に挿入されるんだ。ペニスで膣を貫かれるのはどんな感じなんだろうか」という思いが頭をよぎりました。
私は、いつの間にか濡れていました。

それから、1ヶ月ほど経った頃でした。
私は既に2回ヌードモデルを経験していて、この日が3回目のモデルをやる日でした。
裸になることへの抵抗は少し薄れてきましたが、恥ずかしさだけは変わりませんでした。
この日は、初めから男女ペアのポーズでした。

仰向けになった女性に男性が覆いかぶさる屈曲位のようなポーズを指示されました。
私は、前回のときと同じ様に大股開きで横になり、私の両脚を男子の先輩が抱えました。この時の男子のモデル役はサークルの部長でした。

ところが、このとき、先輩が、「このようなポーズのときに男女の性器が繋がっていないのは、ポーズとして不自然だから、性器を結合させよう」と言いました。

突然のことに、私はどうしていいかわかりませんでした。
性器を結合させるということは、今、この場で性交をするということです。
私は自分が処女だということを皆に知られることに少し躊躇しましたが、思い切って、「わたしはまだ処女なので困ります」といいました。
しかし、先輩たちに、「芸術のためだから」ということで、結局説得される形になってしまいました。

私は仰向けの状態で思い切って股を開きました。
皆が見ている前で、先輩は私の両方の太腿をしっかりと押さえ、硬く勃起したペニスを私の大陰唇にあてがいました。
ペニスが大陰唇の割れ目に触れたとき、私は、「こんな太く大きいペニスが私の小さな割れ目に入るんだろうか。彼氏でもないペニスが私の処女膜を破って膣に入ってくるんだ。私は今から処女を喪失するんだ。」という思いがよぎりました。

先輩はペニスをゆっくりと私の割れ目に押し込んでいきました。
その様子を、サークルの皆が息を飲むように見ていました。
ペニスが徐々に私の股の割れ目に食い込んでいくのを感じながら、私は、人生で初めて自分の性器にペニスが挿入される実感をかみしめていました。

ペニスがメリメリと強引に体の中にめり込んでくるような感じでした。
ペニスの亀頭の部分が完全に膣にめり込んだとき、私は股間が裂けるような痛みを感じました。

しかし、先輩は私の両肩を押さえて、さらに深くペニスをグッと突き入れました。
そしてついに私の膣の奥までペニスが貫通しました。

私は痛みに声を上げました。
自分の股の間に目をやると、先輩の太いペニスが根元まで食い込み、私の先輩の
陰毛が絡み合っているのが見えました。
私は、「ついに性器が結合したんだ。処女喪失したんだ。」と思いました。

私は泣いていました。

先輩が私の髪を撫でてくれました。
そして、皆がデッサンを始めると、先輩はペニスを私の股の奥まで入れたまま、じっと動かずにいました。
私は目を瞑ったまま、股の奥に感じる異物感や痛みと同時に、先輩のペニスが
私の体の中でピクピクと脈打つ感覚を感じていました。

しばらくして、デッサンが終わると、先輩はゆっくりと私の膣からペニスを引き抜き始めました。

ところが、ペニスが私の膣から抜ける直前、先輩は再びズブズブッとペニスを私の膣内に突き入れてきました。

私は、一瞬「えっ」と声をあげましたが、先輩のペニスは私の膣をピストンしてゆっくりと往復を始めました。
そして、先輩は唇を重ねてきました。

先輩のペニスで貫かれながら、私は先輩の背中を両手で強く掴んで夢中でキスをしました。
私は先輩と舌を絡め、股を擦り合わせながら、いつしか興奮していました。
私は泣き声とも喘ぎ声ともわからないような声を上げていました。

後ろから見ると、私たちの結合部分の様子、先輩の勃起した太いペニスが私の股の間の割れ目から出たり入ったりする様子が、皆から丸見えだと思います。

先輩がペニスを抜き差しする度に、私の小陰唇や膣の粘膜が先輩のペニスに絡みついて
捲れ上がっている様子を、皆は息を呑んで見ていました。
結合部分からは愛液が溢れる卑猥な音がして、私はこの上ない恥ずかしさを味わっていました。
私の愛液で先輩のペニスはテカテカと光っていました。

そして、先輩のペニスが私の中で一段と大きくなって、膣がさらに押し広げられるような感じがしたかと思うと、ペニスがズズッーと突然引き抜かれました。
その直後、先輩は射精しました。

先輩のペニスから大量の精子が私の下腹部、陰毛や大陰唇のあたりに注がれました。
私は始めて、男の人のペニスから放出された精子を見ました。
終わった後、女子の先輩たちからは、「よく決心して、がんばってくれたね」と声をかけてくれました。

こうして、私の初体験は終わりました。

それから、部長だったこの先輩から時々呼び出されて、先輩の下宿で二人きりでセックスをするようになりました。
でも、交際しているというわけではありませんでした。

二人のセックスは、先輩の性欲の処理のためだったような気がします。
私も、処女を捧げた男性ということもあって、なんとなくセックスを了承していたように思います。
結局、この先輩とは50回以上のセックスを経験しました。中出しされたことも何度かありました。

その後、私は同じサークルの2年上の他の先輩と交際するようになり、人並みにセックスを楽しむ大学時代を送りました。
彼は、私が処女喪失したときのセックスの様子を見ていましたし、部長との過去の関係にも気づいていました。

それを意識してか、激しく私の肉体を弄ぶセックスをすることが多かったと思います。
私の膣襞に刻まれた過去の男のペニスの記憶を消すかのようなセックスでした。

ニートの僕が結婚できたわけの補足

僕は高3の受験シーズンを前にうつ病に倒れた。そのまま暗黒の闘病ニート世界が2年近く続いた。この時代を支えてくれたのが彼女だった。彼女は主治医に「彼は本当は凄いのです。好きな学問なら実力を発揮するはずです。」と進言した。「昼間の行動は病人にはきついから夜学を目指そうか。」と話が進んだ。僕は再び自分の人生に光が差してきたと嬉しかった。
賢い彼女は僕の才は化学と見抜いて化学科に出願して準備を全部整えてくれた。しかし入学後2年強たって再びうつ病が再燃した。休学を繰り返すも病状を好転せず、主治医に「1度退学して、うつ病を治す方が先決だ。」と判断され再び闘病ニートになった。また彼女が支えてくれた。自分の勉学で多忙なのにお見舞いからセックスまで面倒を見てくれた。僕は彼女のためなら頑張れるとおもった。
ところで彼女は「女医が結婚できるのは学生結婚か晩婚かしかないの。」と遠回しに逆プロポーズしてきた。僕は覚悟を決めると彼女にプロポーズした。両家は猛反対した。彼女の父君には何度挨拶に行っても門前払いをうけた。僕よりも彼女の方が結婚に対する意志が強く式を強行してしまった。彼女のお母様がこっそり僕たちを経済援助してくれた。僕はニートからひもに転落した。
でも、それが僕の中の何かを目覚めさせた。紆余曲折あったがとうとう夜学の最終学年まで進学した。化学、特に有機化学は面白いと思った。有機化学系の授業を重点的にとった。病気は妻のおかげでどんどん軽くなり昼間の時間を何かに使いたいと思った。ハローワークに行くと小さな化学工場の求人を1件見つけた。会社に行くといきなり社長面接になった。
翌日から出勤が始まった。中卒の現場のおじさんたちとは色々あったけれど、仲良くなれたし、工業化学とはどんなものかという現実を、学校では習わないことをたくさん勉強させてもらった。僕が会社から恩恵を受けるのではなく、僕が会社の規模を大きくして会社を肥やして妻に認めて貰おうと思った。
弊社では簡単な反応や再結晶による精製などを請け負っていた。当然利が薄い。利潤を増やすにはどうすれば良いのか。独自合成ルートで安価に医薬品合成中間体を製造するしかないと考え付いたので社長に進言した。「誰がそれを考えて工業化するのかね?」「私がやります」「君は面白い。1か月やるから考えてみろ。」「有難う御座います」現場には散々に言われたが技術部長の目は真剣だった。
昼間学校の図書館にこもって毎日考えたり調べるうちにある抗ウイルス剤の中間体が目に留まった。これなら単価は高いし弊社の反応装置で作れるだけ製薬会社の需要を満たせる。問題は立体選択的な反応だ。詳しくは書けないがある反応に目星をつけた。急いで工場に帰ると技術部の実験装置を使って反応条件さがしを始めた。幸運なことに条件が見つかり工業化試験にも耐えた。
社長は大号令を発し5工程の反応に会社の眼が集まった。結局目的の中間体は計算通り取れて、営業がそれをもって大手製薬会社に交渉に行って売買契約を結んだ。弊社には従来の数十倍の純利が転げ込み弊社の主力商品となった。妻は喜んでくれた。「頼もしいあなた。愛しているわ。」医師は医薬で患者を治療する。医療用医薬品の製造に貢献したことが輝かしく映ったようだ。
多国籍製薬企業が新薬を開発するのは素晴らしい。ジェネリック医薬品を安価に世に出す製薬企業も素晴らしい。でも医薬品の製造は化学技術だ。その技術を下支え出来る中小の工場の働きは大切だ。この文章は「ニートの僕が結婚できたわけ」後半部分の詳細だ。僕は美しい妻に病める時も愛し抜いてくれたことを心から感謝している。最後に他人の文章を悪く解釈すればそれはに自分に返ってくると思う。

ニートの僕が結婚できたわけの補足

僕は高3の受験シーズンを前にうつ病に倒れた。そのまま暗黒の闘病ニート世界が2年近く続いた。この時代を支えてくれたのが彼女だった。彼女は主治医に「彼は本当は凄いのです。好きな学問なら実力を発揮するはずです。」と進言した。「昼間の行動は病人にはきついから夜学を目指そうか。」と話が進んだ。僕は再び自分の人生に光が差してきたと嬉しかった。
賢い彼女は僕の才は化学と見抜いて化学科に出願して準備を全部整えてくれた。しかし入学後2年強たって再びうつ病が再燃した。休学を繰り返すも病状を好転せず、主治医に「1度退学して、うつ病を治す方が先決だ。」と判断され再び闘病ニートになった。また彼女が支えてくれた。自分の勉学で多忙なのにお見舞いからセックスまで面倒を見てくれた。僕は彼女のためなら頑張れるとおもった。
ところで彼女は「女医が結婚できるのは学生結婚か晩婚かしかないの。」と遠回しに逆プロポーズしてきた。僕は覚悟を決めると彼女にプロポーズした。両家は猛反対した。彼女の父君には何度挨拶に行っても門前払いをうけた。僕よりも彼女の方が結婚に対する意志が強く式を強行してしまった。彼女のお母様がこっそり僕たちを経済援助してくれた。僕はニートからひもに転落した。
でも、それが僕の中の何かを目覚めさせた。紆余曲折あったがとうとう夜学の最終学年まで進学した。化学、特に有機化学は面白いと思った。有機化学系の授業を重点的にとった。病気は妻のおかげでどんどん軽くなり昼間の時間を何かに使いたいと思った。ハローワークに行くと小さな化学工場の求人を1件見つけた。会社に行くといきなり社長面接になった。
翌日から出勤が始まった。中卒の現場のおじさんたちとは色々あったけれど、仲良くなれたし、工業化学とはどんなものかという現実を、学校では習わないことをたくさん勉強させてもらった。僕が会社から恩恵を受けるのではなく、僕が会社の規模を大きくして会社を肥やして妻に認めて貰おうと思った。
弊社では簡単な反応や再結晶による精製などを請け負っていた。当然利が薄い。利潤を増やすにはどうすれば良いのか。独自合成ルートで安価に医薬品合成中間体を製造するしかないと考え付いたので社長に進言した。「誰がそれを考えて工業化するのかね?」「私がやります」「君は面白い。1か月やるから考えてみろ。」「有難う御座います」現場には散々に言われたが技術部長の目は真剣だった。
昼間学校の図書館にこもって毎日考えたり調べるうちにある抗ウイルス剤の中間体が目に留まった。これなら単価は高いし弊社の反応装置で作れるだけ製薬会社の需要を満たせる。問題は立体選択的な反応だ。詳しくは書けないがある反応に目星をつけた。急いで工場に帰ると技術部の実験装置を使って反応条件さがしを始めた。幸運なことに条件が見つかり工業化試験にも耐えた。
社長は大号令を発し5工程の反応に会社の眼が集まった。結局目的の中間体は計算通り取れて、営業がそれをもって大手製薬会社に交渉に行って売買契約を結んだ。弊社には従来の数十倍の純利が転げ込み弊社の主力商品となった。妻は喜んでくれた。「頼もしいあなた。愛しているわ。」医師は医薬で患者を治療する。医療用医薬品の製造に貢献したことが輝かしく映ったようだ。
多国籍製薬企業が新薬を開発するのは素晴らしい。ジェネリック医薬品を安価に世に出す製薬企業も素晴らしい。でも医薬品の製造は化学技術だ。その技術を下支え出来る中小の工場の働きは大切だ。この文章は「ニートの僕が結婚できたわけ」後半部分の詳細だ。僕は美しい妻に病める時も愛し抜いてくれたことを心から感謝している。最後に他人の文章を悪く解釈すればそれはに自分に返ってくると思う。



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