萌え体験談

萌え体験談、エッチな体験、投稿体験談を配信しています。

乱交

お尻でイク

夫とアナルセックスするようになって半年
27歳人妻です

きっかけは夫と観ていたアダルト動画
2人の男性と1人の女性との3Pでした

私たちは結婚前からよくアダルト動画を一緒に観て興奮しエッチしていました
いつものように夫のをフェラしながら観ていると、アソコとお尻の2穴に同時に挿入され乱れる映像でした
夫も私も今までそういった趣味もなかったので見たのは初めてでした

「お尻の穴って気持ちいいのかな?」と自然に口にした私
「試してみる?」と夫
「え~~~!」と言う私の心の中は好奇心でいっぱいでした

夫はフェラしていた私を抱きかかえベッドに寝かすと両足を持って広げました
もともと濡れやすい私のアソコからは沢山の愛液が垂れ流れていてお尻の穴にまで滴ってました
夫はそのまま愛液で濡れた私のお尻の穴にいきり立ったものをあてがうとゆっくりと挿入してきました
それは思ったより簡単に入ってしまいました
とくに痛くもなくすんなりと受け入れてしまった私に夫も少し驚いていました

ゆっくり動かされると少し痛みを感じで「いたっ!」と言うと夫は動きを止め、少しすると動かすといった感じで初アナルセックスをしました
その日はお互いイクこともなく、一緒にお風呂に入って綺麗にしてから普通にセックスしました

そんな日々が何日か続くようになって、1週間も経たないうちに夫は私のお尻の穴で射精するようになりました
私もお尻の中が熱くなる感じで、たまに鳥肌が立つような不思議な感覚に襲われる時がありました
お尻の中に出された精液を私はトイレに走って出しました
ピチャピチャと精液が出て変な気持ちでした

夫はお尻の穴が気に入ったようでした
痛いほど締めつける感じが癖になったようでした
そのうち、アソコとお尻とほぼ半々程度でセックスするようになりました
私はお尻ではイクことができずに、夫がいった後は指やバイブでいかせれていました

私のお尻の穴が慣れた頃に夫のはお尻、アソコにはバイブといった感じで2穴を同時に攻められるようになり、私もいくようになりました
それは前に観たアダルト動画のように私も今までに無いくらいの感覚に襲われ乱れて大きな声を出して喘ぎました
アソコにバイブを入れられ最強で動かされながら、お尻には夫のモノが挿入された状態でイってしまうと下半身が痙攣しピクピクと小刻みに震え、私は両手を握り締め何かに襲われるのを堪えていました
その感覚は本当に今までにない感覚で最高でした
たまに、そんなになっている私にお構いなしで突いてくる夫に今までに見せたこともない聞かせたこともない淫らな乱れ方と喘ぎ声で気が狂ってしまうようにすぐに2回目の絶頂に達して気を失いかけたことが何度もありました

そしてアナルセックスを始めて半年、アソコにはバイブを入れられなくてもお尻の穴だけでイってしまうような変態女になりました
今では私はアナルセックスの虜です
いつかバイブじゃなくて本物で2穴を同時に犯されたいと思うようになってしまっています
アソコとお尻の中にいっぱい精液を流し込んで欲しいと思ってしまいます

お義父さんは十番目

 私はエリといいます。
 淫乱な人妻です。
 実は私は同居している夫の父、私にとっては義父と肉体関係を遂に持ちました。
 夫は長男の為、両親と同居しています。義父はすでに60歳を過ぎて定年退職、後妻の義母は50代後半なので会社で働いています。その為に結婚して専業主婦をしている私は必然的に、夫よりも義父と過ごす時間が多くなり、ましてや、義父は夫に似て私の好みのタイプでありました。
 私は好みのタイプであれば、基本的に年齢や血縁関係などは特に問いません。事実、10歳で初恋と初キスの相手は8歳だった年少の頃の夫。16歳で処女を捧げた相手は11歳の実弟であったし、18歳のときに家庭教師をしていた12歳の生徒がモロ好みだったため、肉体関係を結び、その生徒に似ていた36歳の父親と65歳の祖父ともしました。この生徒とは今でもたまに会ってセックスをしており、生徒の友達を数人紹介してもらった。この事実を知った実弟からは底無しのバカといわれましたが。20歳の時には私の大学の下見に来て、偶然再会した18歳の夫も迷わず食らい付いて、モノにしましたし、大学の卒業旅行では旅先で35歳の男性とその14歳の息子、旅館で出会った2人の12歳の男の子、混浴温泉であった14歳と12歳の兄弟を食いました。結婚してからは家庭教師をしていた生徒の弟とその友達と、兄の息子で11歳の甥を筆おろししてあげました。最近では甥の友達二人を誕生日のお祝いにセックスをしてあげました。みんな私のタイプの男性です。特に甥は昔の弟にそっくりで、美少年の上、オチンチンの相性が私のマンコととてもいいのです。
 まあ、それはともかく、義父は笑顔が素敵で性格も穏やかな人でした。夫は女の子のように可愛い顔で義父同様に穏やかな性格でしたが、いつも寂しそうな感じが義父と違います。その笑顔に惹かれました。
 私は絶世の美人とはいいませんがバストはFカップ、タレントにスカウトされた事や、兄の友人達から交際を何度も申し込まれたので容姿はそれなりにいいです。そんな若い女性と昼間の間だけとはいえ、(夕方は甥の世話でいない。もちろん、行く度にきっちとセックスをしています)ずっと一緒にいて、好意を持って接しているのです。義父も気にはしているはずです。それに義父と私は家事は協力し合っていますし、買い物も一緒に行っています。仲のいい親子というより、時折、歳の離れた夫婦と見られることもあります。
「やあ、ずいぶん若い奥さんをお持ちですね。うらやましいですよ」
「いえ、違いますよ。息子の嫁です」
「はい、義父です」
 遠くに買い物などに出かけたときなどこんな会話をお店の人とすることもあります。
 冗談めかしていますが、私も義父もまんざらではありません。
 私はそんな義父の腕を取り、胸を押し付け、義父も肩に手を回して優しく抱きしめてくれたりします。
 そんな私と義父が一線を越えたのは、車で出かけて、豪雨に見舞われ時でした。車の中なので濡れる心配はありませんでしたが、視界が確保できないので、小さな公園の駐車場に車を止めていました。
「すごい雨ですね。お義父さん」
「まったくだ、雷も凄いし、近くに落ちなければいいか」
 そんな会話をしていた時です。
 急に空に稲光が走り、すぐさま、轟音が響きました。私はびっくりして義父に抱きつき、義父も私を抱きしめました。しばらく私と義父は抱き合い、互いの心音が判るほどでした。それが雷に驚いた心音から別の心音に変わるを自覚するのにさほど時間は掛かりませんでした。私は顔を上げ、義父の顔を見ました。義父も私を見てくれています。私が眼を瞑り、唇を差し出すと義父はその唇を奪ってくれました。
 最初は唇を交わすだけでしたは、すぐに義父の舌が私の口の中に入り込み、私もすぐに舌を絡めました。雨音にかき消されしまいますが、私の耳には震動と感触でびちゃびちゃという舌が絡み合うディープキスの音が響きました。
 口付けを交わしながら義父の右手はFカップの胸を揉み、左手はスカートをまくり上げ、パンティの中に入れてきました。さすが年の功というべきか、パンティの中に入れた手は親指でクリトリスをこねくり回しながら、人差し指と中指で私のオマンコをかき回します。
 それが強弱を持ってやられるものだから、私はあまりの気持ちよさに義父との口付けを止めて、空気を求めて喘ぎました。
「あ、ああ」
「気持ちいいかい、もっと気持ちよくして挙げるから脱いでくれないか」
 義父の言葉に私は頷きました。私は上の服を脱ぎ、ブラジャーを外し、バストがぶるんと露わになり、スカートはそのままでパンティも脱ぎました。義父も急いで、自分の着ている服を全部脱いで全裸になります。60歳とは思えない体、いきり立つオチンチン。私の股間は興奮でさらにビショビショになりました。義父のオチンチンは夫や弟や甥の様におへそまで反り返り、ぶるぶると震えるような若さあふるれる感じではありませんが、長年使い込んできた色と艶、修練を経た木刀の様な年季の入った逸品を思わせてくれるような代物です。
「私の上に乗ってください」
 義父は頷くと、助手席の私の方へと移動し、その上に乗ると椅子を倒しました。先程と違い体が密着し、互いの体温をはっきり感じ取れます。私は足を大きく開くと義父はその中に下半身を落とします。私は義父の首に腕を巻きつけて、唇を重ねてむさぼる様に吸い上げていると、義父はいきり立つオチンチンを私のオマンコにあてがい、少し上下に動かします。
「お義父さん、遊びは無しです。雨がカーテンになってくれる時間はあまり長くないと思うから、そのまま入れてください」
「分かったよ、エリちゃん」
 私は義父のテクニックに感じ、そのまま、前戯を続けてもらいたかったですが、外の状況は気になりましたし、何よりもオチンチンが早く欲しくたまらなかったから口を離し、そういうと義父のオチンチンが私のオマンコに侵入してきました。
「ああ、あ~」
 義父のオチンチンの感触と快感で私はのけぞり、声を上げてしまいました。義父は私のオマンコの感触を確かめるように入れたオチンチンを中でぐりぐりかき回しています。
「いいよ、エリちゃんの中は最高だ」
「お義父さん、もう我慢ができません。お願いです。動いてください、私のオマンコを貫いてください」
「ああ、いくよ」
 そういって義父は腰を振り始めました。
 義父はリズミカルに腰を振り、オチンチンが私のオマンコの蹂躙をします。
 私は義父の首に腕を回し、足を腰に巻きつけ、体を密着させ、快感を貪ろうと必死でした。そんな私とは対照的に義父は慌てる様子も無く、腰を動かします。おそらく経験と歳の差で無理な体制をしなくともオチンチンから私のオマンコを感じる事がきるのでしょう。
 あっ、あっ、と私は声を漏らすだけです。
「どうだいエリ、私の物は」
「い、いいです。お義父さん」
「そうだろう、そうだろう。今まで経験した中で何番目だい。一番いいだろう」
 義父はいつの間にか私を呼び捨てにして、ストロークを変えながら、私のマンコを貫きます。もうメロメロでうが、義父のオチンチンが最高かという質問には長い髪が振り乱してNOと答えました。
「うん、ううん、一番は裕君。一番最高なのは裕君よ。お義父さんは十番目くらいにいいの」
「なに、エリ。お前、実の弟とセックスしているのか」
「そうよ、してるわ。私の初めての人だもん。それだけじゃないわ。甥っ子ともしているし、甥っ子との友達ともしてるもん。その子達とのセックスほうがずっといいわ。オチンチン硬いし、みんな私のことを激しく愛してくれるわ。お義父さんはずっと下、激しく愛してくれないから」
 私はトンでない事を口走り、義父を罵りました。
「お義母さんもいってました。息子のほうがお義父さんよりも固くて素敵だと、お義父さんはふにゃふにゃだって」
「あいつ、とんでもない事をいいおって。息子との関係を見逃してやっているのに」
 お義父さんは怒りを露わにしておりました。実はお義父さんと再婚したお義母さんと夫は肉体関係を持っておりました。大学で夫と再会した時、私との付き合いをためらった事があります。それはお義母さんとお義母さんの友人数人と肉体関係を持っており、実の母を失い自分を慰めてくれたお義母さんを愛していたからです。私はそれでもかまわない。自分も多く男性と関係を持っていたからです。でも、結婚相手は夫しかないと詰め寄り、何とか結婚しました。私が弟や甥と関係を持っているように夫も未だにお義母さんと関係を持っていたのです。
「じゃあ、お義父さん。もっと私を激しく愛してください。最高にたくましいところを見せて」
「おう、見せてやる。私が最高の男という事を」
 そういうとお義父さんは打って変わって、オチンチンをずんずんと突いて来ます。
「どうだ、淫乱嫁め。ほらほら」
 激しく腰を振る義父に私は激しく抱きつき、義父と唇を重ね、舌を差し入れました。義父もそれに激しく舌を絡め、上の口と下の口で激しいセックスをしているような快感に襲われました。
「あ、あー」
 私は義父から口を離し、思わず声を上げてしまいました。そして、ぎゅっと膣内が絞り上げられると同時にイッてしまい、義父もわずかに声を漏らし、私を腰を抱き上げると同時に膣内にドクドクと射精をしました。その間私の意識は吹き飛び、子宮と膣がオチンチンから精液を搾り取るためにカクンカクン動いていました。
 意識が戻ると義父も私の上でぐったりしており、義父の顔に自分の顔を近づけて軽いキスを交わしました。
「お義父さん、最高です」
「そうだろう」
 お義父さんは満足そうに笑っていました。自分を罵った息子の嫁をイカすことができたのですから。
 でも、私は心の中でごめんなさいと謝りました。お義父さんの事は好きですし、セックスできたことは嬉しいですが、私にとって最高のオチンチンはやはり結婚前日まで毎日というか、結婚した後もオマンコをしっかりとかき回し、膣内射精をしてくれた実弟と、今は実弟の代わりに毎日、突きまくってくれている甥です。ちなみに夫は三番目でお義父さんはやっぱり十番目です。すいません。
 雨もいつの間にかやんでおり、私達は急いで後始末と身繕いをすませると変える準備に入りました。
「なあ、エリちゃん」
「はい」
「エリちゃんは知っていたのか。息子と妻ができているのを」
「はい、知ってました。それを承知で結婚を申し込んだのですから」
「でも、なせそこまで」
「実のお母さんがなくなったとき、抜け殻だったの子供の頃の夫に、口でキスしたり、生おっぱいを揉ませたり、吸わせたり、大好きだよといって裸で抱きしめたりして、立ち直らせたのは私ですから、たとえ夫がだれと関係を持っていても、私が関係を持とうとも夫と結婚する権利は私しかありませんから」
 その答えを聞いてお義父さんは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、エリちゃん。君は息子の嫁だ。ただ、たまには私の相手もしてくれないかな」
「喜んで、私はお義父さんも大好きですから」
 そういうと私はお義父さんと軽くキスを交わし、お義父さんは車を走らせました。
 書くのが大変なので、この日の後のことを掻い摘んで。
 帰ってから甥のところに行きました。そこには甥と甥の友達の少年三人とと、私がいない時に甥の面倒を見てくれている奥様とお友達二人がいました。少年の一人が今日、11歳の誕生日なので前からの約束で、私はこの子のセックスの相手をしたのです。キスから童貞まで全部いただきました。ちなみに他の少年はすでに11歳の誕生日を迎えており、もちろん私が彼らの初めてを全部もらいました。その後、八人で乱交。人妻と少年のセックスというシュチュエーション、それに乱交というと思いっきり、燃えました。少年三人は途中で力尽きましたが、甥は私達四人を一人で圧倒し、イカせられました。甥にいつもイカせまくられている奥様は、ともかく友達の二人はこんなの初めてと甥のセフレになりました。誕生パーティーから帰った後、家に帰ると義父は麻雀に出かけており、なぜか、義母と義叔母と夫と義従弟(義叔母の息子)がセックスしておりました。私もそれに加わりました。さらに弟も呼びました。この日、二回目の乱交ですが実際は実弟と義従弟のセックス勝負になりました。弟は義母を、義従弟は義叔母とセックスして、射精するまでに何回イカせられるかというもので結果は弟が勝ちました。よく知りませんが弟の戦績は二十一勝十敗ということです。みんなで弟の勝利を称え、後はみんな仲良くセックスをしました。久しぶりに一日中セックスをして分かった事あります。年上の男性ではお義父さんでは最高ですけど。私は年下の男性が好きみたいです。だって、今思い返していると童貞狩りはいつもしているし、愛する夫も大好きな弟も甥も年下だもんね。テクニックはともかくあの太くて固いオチンチンでズンズンやられる。イキまくっちゃうです。だから、どう考えてもお義父さんはやはり十番目でした。

おわり

お義父さんは十番目

 私はエリといいます。
 淫乱嫁です。
 実は私は同居している夫の父、私にとっては義父と肉体関係を遂に持ちました。
 夫は長男の為、両親と同居しています。義父はすでに60歳を過ぎて定年退職、後妻の義母は50代後半なので会社で働いています。その為に結婚して専業主婦をしている私は必然的に、夫よりも義父と過ごす時間が多くなり、ましてや、義父は夫に似て私の好みのタイプでありました。
 私は好みのタイプであれば、基本的に年齢や血縁関係などは特に問いません。事実、10歳で初恋と初キスの相手は8歳だった年少の頃の夫。16歳で処女を捧げた相手は11歳の実弟であったし、18歳のときに家庭教師をしていた12歳の生徒がモロ好みだったため、肉体関係を結び、その生徒に似ていた36歳の父親と65歳の祖父ともしました。この生徒とは今でもたまに会ってセックスをしており、生徒の友達を数人紹介してもらった。この事実を知った実弟からは底無しのバカといわれましたが。20歳の時には私の大学の下見に来て、偶然再会した18歳の夫も迷わず食らい付いて、モノにしましたし、大学の卒業旅行では旅先で35歳の男性とその14歳の息子、旅館で出会った2人の12歳の男の子、混浴温泉であった14歳と12歳の兄弟を食いました。結婚してからは家庭教師をしていた生徒の弟とその友達と、兄の息子で11歳の甥を筆おろししてあげました。最近では甥の友達二人を誕生日のお祝いにセックスをしてあげました。みんな私のタイプの男性です。特に甥は昔の弟にそっくりで、美少年の上、オチンチンの相性が私のマンコととてもいいのです。
 まあ、それはともかく、義父は笑顔が素敵で性格も穏やかな人でした。夫は女の子のように可愛い顔で義父同様に穏やかな性格でしたが、いつも寂しそうな感じが義父と違います。その笑顔に惹かれました。
 私は絶世の美人とはいいませんがバストはFカップ、タレントにスカウトされた事や、兄の友人達から交際を何度も申し込まれたので容姿はそれなりにいいです。そんな若い女性と昼間の間だけとはいえ、(夕方は甥の世話でいない。もちろん、行く度にきっちとセックスをしています)ずっと一緒にいて、好意を持って接しているのです。義父も気にはしているはずです。それに義父と私は家事は協力し合っていますし、買い物も一緒に行っています。仲のいい親子というより、時折、歳の離れた夫婦と見られることもあります。
「やあ、ずいぶん若い奥さんをお持ちですね。うらやましいですよ」
「いえ、違いますよ。息子の嫁です」
「はい、義父です」
 遠くに買い物などに出かけたときなどこんな会話をお店の人とすることもあります。
 冗談めかしていますが、私も義父もまんざらではありません。
 私はそんな義父の腕を取り、胸を押し付け、義父も肩に手を回して優しく抱きしめてくれたりします。
 そんな私と義父が一線を越えたのは、車で出かけて、豪雨に見舞われ時でした。車の中なので濡れる心配はありませんでしたが、視界が確保できないので、小さな公園の駐車場に車を止めていました。
「すごい雨ですね。お義父さん」
「まったくだ、雷も凄いし、近くに落ちなければいいか」
 そんな会話をしていた時です。
 急に空に稲光が走り、すぐさま、轟音が響きました。私はびっくりして義父に抱きつき、義父も私を抱きしめました。しばらく私と義父は抱き合い、互いの心音が判るほどでした。それが雷に驚いた心音から別の心音に変わるを自覚するのにさほど時間は掛かりませんでした。私は顔を上げ、義父の顔を見ました。義父も私を見てくれています。私が眼を瞑り、唇を差し出すと義父はその唇を奪ってくれました。
 最初は唇を交わすだけでしたは、すぐに義父の舌が私の口の中に入り込み、私もすぐに舌を絡めました。雨音にかき消されしまいますが、私の耳には震動と感触でびちゃびちゃという舌が絡み合うディープキスの音が響きました。
 口付けを交わしながら義父の右手はFカップの胸を揉み、左手はスカートをまくり上げ、パンティの中に入れてきました。さすが年の功というべきか、パンティの中に入れた手は親指でクリトリスをこねくり回しながら、人差し指と中指で私のオマンコをかき回します。
 それが強弱を持ってやられるものだから、私はあまりの気持ちよさに義父との口付けを止めて、空気を求めて喘ぎました。
「あ、ああ」
「気持ちいいかい、もっと気持ちよくして挙げるから脱いでくれないか」
 義父の言葉に私は頷きました。私は上の服を脱ぎ、ブラジャーを外し、バストがぶるんと露わになり、スカートはそのままでパンティも脱ぎました。義父も急いで、自分の着ている服を全部脱いで全裸になります。60歳とは思えない体、いきり立つオチンチン。私の股間は興奮でさらにビショビショになりました。義父のオチンチンは夫や弟や甥の様におへそまで反り返り、ぶるぶると震えるような若さあふるれる感じではありませんが、長年使い込んできた色と艶、修練を経た木刀の様な年季の入った逸品を思わせてくれるような代物です。
「私の上に乗ってください」
 義父は頷くと、助手席の私の方へと移動し、その上に乗ると椅子を倒しました。先程と違い体が密着し、互いの体温をはっきり感じ取れます。私は足を大きく開くと義父はその中に下半身を落とします。私は義父の首に腕を巻きつけて、唇を重ねてむさぼる様に吸い上げていると、義父はいきり立つオチンチンを私のオマンコにあてがい、少し上下に動かします。
「お義父さん、遊びは無しです。雨がカーテンになってくれる時間はあまり長くないと思うから、そのまま入れてください」
「分かったよ、エリちゃん」
 私は義父のテクニックに感じ、そのまま、前戯を続けてもらいたかったですが、外の状況は気になりましたし、何よりもオチンチンが早く欲しくたまらなかったから口を離し、そういうと義父のオチンチンが私のオマンコに侵入してきました。
「ああ、あ~」
 義父のオチンチンの感触と快感で私はのけぞり、声を上げてしまいました。義父は私のオマンコの感触を確かめるように入れたオチンチンを中でぐりぐりかき回しています。
「いいよ、エリちゃんの中は最高だ」
「お義父さん、もう我慢ができません。お願いです。動いてください、私のオマンコを貫いてください」
「ああ、いくよ」
 そういって義父は腰を振り始めました。
 義父はリズミカルに腰を振り、オチンチンが私のオマンコの蹂躙をします。
 私は義父の首に腕を回し、足を腰に巻きつけ、体を密着させ、快感を貪ろうと必死でした。そんな私とは対照的に義父は慌てる様子も無く、腰を動かします。おそらく経験と歳の差で無理な体制をしなくともオチンチンから私のオマンコを感じる事がきるのでしょう。
 あっ、あっ、と私は声を漏らすだけです。
「どうだいエリ、私の物は」
「い、いいです。お義父さん」
「そうだろう、そうだろう。今まで経験した中で何番目だい。一番いいだろう」
 義父はいつの間にか私を呼び捨てにして、ストロークを変えながら、私のマンコを貫きます。もうメロメロでうが、義父のオチンチンが最高かという質問には長い髪が振り乱してNOと答えました。
「うん、ううん、一番は裕君。一番最高なのは裕君よ。お義父さんは十番目くらいにいいの」
「なに、エリ。お前、実の弟とセックスしているのか」
「そうよ、してるわ。私の初めての人だもん。それだけじゃないわ。甥っ子ともしているし、甥っ子との友達ともしてるもん。その子達とのセックスほうがずっといいわ。オチンチン硬いし、みんな私のことを激しく愛してくれるわ。お義父さんはずっと下、激しく愛してくれないから」
 私はトンでない事を口走り、義父を罵りました。
「お義母さんもいってました。息子のほうがお義父さんよりも固くて素敵だと、お義父さんはふにゃふにゃだって」
「あいつ、とんでもない事をいいおって。息子との関係を見逃してやっているのに」
 お義父さんは怒りを露わにしておりました。実はお義父さんと再婚したお義母さんと夫は肉体関係を持っておりました。大学で夫と再会した時、私との付き合いをためらった事があります。それはお義母さんとお義母さんの友人数人と肉体関係を持っており、実の母を失い自分を慰めてくれたお義母さんを愛していたからです。私はそれでもかまわない。自分も多く男性と関係を持っていたからです。でも、結婚相手は夫しかないと詰め寄り、何とか結婚しました。私が弟や甥と関係を持っているように夫も未だにお義母さんと関係を持っていたのです。
「じゃあ、お義父さん。もっと私を激しく愛してください。最高にたくましいところを見せて」
「おう、見せてやる。私が最高の男という事を」
 そういうとお義父さんは打って変わって、オチンチンをずんずんと突いて来ます。
「どうだ、淫乱嫁め。ほらほら」
 激しく腰を振る義父に私は激しく抱きつき、義父と唇を重ね、舌を差し入れました。義父もそれに激しく舌を絡め、上の口と下の口で激しいセックスをしているような快感に襲われました。
「あ、あー」
 私は義父から口を離し、思わず声を上げてしまいました。そして、ぎゅっと膣内が絞り上げられると同時にイッてしまい、義父もわずかに声を漏らし、私を腰を抱き上げると同時に膣内にドクドクと射精をしました。その間私の意識は吹き飛び、子宮と膣がオチンチンから精液を搾り取るためにカクンカクン動いていました。
 意識が戻ると義父も私の上でぐったりしており、義父の顔に自分の顔を近づけて軽いキスを交わしました。
「お義父さん、最高です」
「そうだろう」
 お義父さんは満足そうに笑っていました。自分を罵った息子の嫁をイカすことができたのですから。
 でも、私は心の中でごめんなさいと謝りました。お義父さんの事は好きですし、セックスできたことは嬉しいですが、私にとって最高のオチンチンはやはり結婚前日まで毎日というか、結婚した後もオマンコをしっかりとかき回し、膣内射精をしてくれた実弟と、今は実弟の代わりに毎日、突きまくってくれている甥です。ちなみに夫は三番目でお義父さんはやっぱり十番目です。すいません。
 雨もいつの間にかやんでおり、私達は急いで後始末と身繕いをすませると変える準備に入りました。
「なあ、エリちゃん」
「はい」
「エリちゃんは知っていたのか。息子と妻ができているのを」
「はい、知ってました。それを承知で結婚を申し込んだのですから」
「でも、なせそこまで」
「実のお母さんがなくなったとき、抜け殻だったの子供の頃の夫に、口でキスしたり、生おっぱいを揉ませたり、吸わせたり、大好きだよといって裸で抱きしめたりして、立ち直らせたのは私ですから、たとえ夫がだれと関係を持っていても、私が関係を持とうとも夫と結婚する権利は私しかありませんから」
 その答えを聞いてお義父さんは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、エリちゃん。君は息子の嫁だ。ただ、たまには私の相手もしてくれないかな」
「喜んで、私はお義父さんも大好きですから」
 そういうと私はお義父さんと軽くキスを交わし、お義父さんは車を走らせました。
 書くのが大変なので、この日の後のことを掻い摘んで。
 帰ってから甥のところに行きました。そこには甥と甥の友達の少年三人とと、私がいない時に甥の面倒を見てくれている奥様とお友達二人がいました。少年の一人が今日、11歳の誕生日なので前からの約束で、私はこの子のセックスの相手をしたのです。キスから童貞まで全部いただきました。ちなみに他の少年はすでに11歳の誕生日を迎えており、もちろん私が彼らの初めてを全部もらいました。その後、八人で乱交。人妻と少年のセックスというシュチュエーション、それに乱交というと思いっきり、燃えました。少年三人は途中で力尽きましたが、甥は私達四人を一人で圧倒し、イカせられました。甥にいつもイカせまくられている奥様は、ともかく友達の二人はこんなの初めてと甥のセフレになりました。誕生パーティーから帰った後、家に帰ると義父は麻雀に出かけており、なぜか、義母と義叔母と夫と義従弟(義叔母の息子)がセックスしておりました。私もそれに加わりました。さらに弟も呼びました。この日、二回目の乱交ですが実際は実弟と義従弟のセックス勝負になりました。弟は義母を、義従弟は義叔母とセックスして、射精するまでに何回イカせられるかというもので結果は弟が勝ちました。よく知りませんが弟の戦績は二十一勝十敗ということです。みんなで弟の勝利を称え、後はみんな仲良くセックスをしました。久しぶりに一日中セックスをして分かった事あります。年上の男性ではお義父さんでは最高ですけど。私は年下の男性が好きみたいです。だって、今思い返していると童貞狩りはいつもしているし、愛する夫も大好きな弟も甥も年下だもんね。テクニックはともかくあの太くて固いオチンチンでズンズンやられる。イキまくっちゃうです。だから、どう考えてもお義父さんはやはり十番目でした。

おわり

お義父さんは十番目

 私はエリといいます。
 淫乱嫁です。
 実は私は同居している夫の父、私にとっては義父と肉体関係を遂に持ちました。
 夫は長男の為、両親と同居しています。義父はすでに60歳を過ぎて定年退職、後妻の義母は50代後半なので会社で働いています。その為に結婚して専業主婦をしている私は必然的に、夫よりも義父と過ごす時間が多くなり、ましてや、義父は夫に似て私の好みのタイプでありました。
 私は好みのタイプであれば、基本的に年齢や血縁関係などは特に問いません。事実、10歳で初恋と初キスの相手は8歳だった年少の頃の夫。16歳で処女を捧げた相手は11歳の実弟であったし、18歳のときに家庭教師をしていた12歳の生徒がモロ好みだったため、肉体関係を結び、その生徒に似ていた36歳の父親と65歳の祖父ともしました。この生徒とは今でもたまに会ってセックスをしており、生徒の友達を数人紹介してもらった。この事実を知った実弟からは底無しのバカといわれましたが。20歳の時には私の大学の下見に来て、偶然再会した18歳の夫も迷わず食らい付いて、モノにしましたし、大学の卒業旅行では旅先で35歳の男性とその14歳の息子、旅館で出会った2人の12歳の男の子、混浴温泉であった14歳と12歳の兄弟を食いました。結婚してからは家庭教師をしていた生徒の弟とその友達と、兄の息子で11歳の甥を筆おろししてあげました。最近では甥の友達二人を誕生日のお祝いにセックスをしてあげました。みんな私のタイプの男性です。特に甥は昔の弟にそっくりで、美少年の上、オチンチンの相性が私のマンコととてもいいのです。
 まあ、それはともかく、義父は笑顔が素敵で性格も穏やかな人でした。夫は女の子のように可愛い顔で義父同様に穏やかな性格でしたが、いつも寂しそうな感じが義父と違います。その笑顔に惹かれました。
 私は絶世の美人とはいいませんがバストはFカップ、タレントにスカウトされた事や、兄の友人達から交際を何度も申し込まれたので容姿はそれなりにいいです。そんな若い女性と昼間の間だけとはいえ、(夕方は甥の世話でいない。もちろん、行く度にきっちとセックスをしています)ずっと一緒にいて、好意を持って接しているのです。義父も気にはしているはずです。それに義父と私は家事は協力し合っていますし、買い物も一緒に行っています。仲のいい親子というより、時折、歳の離れた夫婦と見られることもあります。
「やあ、ずいぶん若い奥さんをお持ちですね。うらやましいですよ」
「いえ、違いますよ。息子の嫁です」
「はい、義父です」
 遠くに買い物などに出かけたときなどこんな会話をお店の人とすることもあります。
 冗談めかしていますが、私も義父もまんざらではありません。
 私はそんな義父の腕を取り、胸を押し付け、義父も肩に手を回して優しく抱きしめてくれたりします。
 そんな私と義父が一線を越えたのは、車で出かけて、豪雨に見舞われ時でした。車の中なので濡れる心配はありませんでしたが、視界が確保できないので、小さな公園の駐車場に車を止めていました。
「すごい雨ですね。お義父さん」
「まったくだ、雷も凄いし、近くに落ちなければいいか」
 そんな会話をしていた時です。
 急に空に稲光が走り、すぐさま、轟音が響きました。私はびっくりして義父に抱きつき、義父も私を抱きしめました。しばらく私と義父は抱き合い、互いの心音が判るほどでした。それが雷に驚いた心音から別の心音に変わるを自覚するのにさほど時間は掛かりませんでした。私は顔を上げ、義父の顔を見ました。義父も私を見てくれています。私が眼を瞑り、唇を差し出すと義父はその唇を奪ってくれました。
 最初は唇を交わすだけでしたは、すぐに義父の舌が私の口の中に入り込み、私もすぐに舌を絡めました。雨音にかき消されしまいますが、私の耳には震動と感触でびちゃびちゃという舌が絡み合うディープキスの音が響きました。
 口付けを交わしながら義父の右手はFカップの胸を揉み、左手はスカートをまくり上げ、パンティの中に入れてきました。さすが年の功というべきか、パンティの中に入れた手は親指でクリトリスをこねくり回しながら、人差し指と中指で私のオマンコをかき回します。
 それが強弱を持ってやられるものだから、私はあまりの気持ちよさに義父との口付けを止めて、空気を求めて喘ぎました。
「あ、ああ」
「気持ちいいかい、もっと気持ちよくして挙げるから脱いでくれないか」
 義父の言葉に私は頷きました。私は上の服を脱ぎ、ブラジャーを外し、バストがぶるんと露わになり、スカートはそのままでパンティも脱ぎました。義父も急いで、自分の着ている服を全部脱いで全裸になります。60歳とは思えない体、いきり立つオチンチン。私の股間は興奮でさらにビショビショになりました。義父のオチンチンは夫や弟や甥の様におへそまで反り返り、ぶるぶると震えるような若さあふるれる感じではありませんが、長年使い込んできた色と艶、修練を経た木刀の様な年季の入った逸品を思わせてくれるような代物です。
「私の上に乗ってください」
 義父は頷くと、助手席の私の方へと移動し、その上に乗ると椅子を倒しました。先程と違い体が密着し、互いの体温をはっきり感じ取れます。私は足を大きく開くと義父はその中に下半身を落とします。私は義父の首に腕を巻きつけて、唇を重ねてむさぼる様に吸い上げていると、義父はいきり立つオチンチンを私のオマンコにあてがい、少し上下に動かします。
「お義父さん、遊びは無しです。雨がカーテンになってくれる時間はあまり長くないと思うから、そのまま入れてください」
「分かったよ、エリちゃん」
 私は義父のテクニックに感じ、そのまま、前戯を続けてもらいたかったですが、外の状況は気になりましたし、何よりもオチンチンが早く欲しくたまらなかったから口を離し、そういうと義父のオチンチンが私のオマンコに侵入してきました。
「ああ、あ~」
 義父のオチンチンの感触と快感で私はのけぞり、声を上げてしまいました。義父は私のオマンコの感触を確かめるように入れたオチンチンを中でぐりぐりかき回しています。
「いいよ、エリちゃんの中は最高だ」
「お義父さん、もう我慢ができません。お願いです。動いてください、私のオマンコを貫いてください」
「ああ、いくよ」
 そういって義父は腰を振り始めました。
 義父はリズミカルに腰を振り、オチンチンが私のオマンコの蹂躙をします。
 私は義父の首に腕を回し、足を腰に巻きつけ、体を密着させ、快感を貪ろうと必死でした。そんな私とは対照的に義父は慌てる様子も無く、腰を動かします。おそらく経験と歳の差で無理な体制をしなくともオチンチンから私のオマンコを感じる事がきるのでしょう。
 あっ、あっ、と私は声を漏らすだけです。
「どうだいエリ、私の物は」
「い、いいです。お義父さん」
「そうだろう、そうだろう。今まで経験した中で何番目だい。一番いいだろう」
 義父はいつの間にか私を呼び捨てにして、ストロークを変えながら、私のマンコを貫きます。もうメロメロでうが、義父のオチンチンが最高かという質問には長い髪が振り乱してNOと答えました。
「うん、ううん、一番は裕君。一番最高なのは裕君よ。お義父さんは十番目くらいにいいの」
「なに、エリ。お前、実の弟とセックスしているのか」
「そうよ、してるわ。私の初めての人だもん。それだけじゃないわ。甥っ子ともしているし、甥っ子との友達ともしてるもん。その子達とのセックスほうがずっといいわ。オチンチン硬いし、みんな私のことを激しく愛してくれるわ。お義父さんはずっと下、激しく愛してくれないから」
 私はトンでない事を口走り、義父を罵りました。
「お義母さんもいってました。息子のほうがお義父さんよりも固くて素敵だと、お義父さんはふにゃふにゃだって」
「あいつ、とんでもない事をいいおって。息子との関係を見逃してやっているのに」
 お義父さんは怒りを露わにしておりました。実はお義父さんと再婚したお義母さんと夫は肉体関係を持っておりました。大学で夫と再会した時、私との付き合いをためらった事があります。それはお義母さんとお義母さんの友人数人と肉体関係を持っており、実の母を失い自分を慰めてくれたお義母さんを愛していたからです。私はそれでもかまわない。自分も多く男性と関係を持っていたからです。でも、結婚相手は夫しかないと詰め寄り、何とか結婚しました。私が弟や甥と関係を持っているように夫も未だにお義母さんと関係を持っていたのです。
「じゃあ、お義父さん。もっと私を激しく愛してください。最高にたくましいところを見せて」
「おう、見せてやる。私が最高の男という事を」
 そういうとお義父さんは打って変わって、オチンチンをずんずんと突いて来ます。
「どうだ、淫乱嫁め。ほらほら」
 激しく腰を振る義父に私は激しく抱きつき、義父と唇を重ね、舌を差し入れました。義父もそれに激しく舌を絡め、上の口と下の口で激しいセックスをしているような快感に襲われました。
「あ、あー」
 私は義父から口を離し、思わず声を上げてしまいました。そして、ぎゅっと膣内が絞り上げられると同時にイッてしまい、義父もわずかに声を漏らし、私を腰を抱き上げると同時に膣内にドクドクと射精をしました。その間私の意識は吹き飛び、子宮と膣がオチンチンから精液を搾り取るためにカクンカクン動いていました。
 意識が戻ると義父も私の上でぐったりしており、義父の顔に自分の顔を近づけて軽いキスを交わしました。
「お義父さん、最高です」
「そうだろう」
 お義父さんは満足そうに笑っていました。自分を罵った息子の嫁をイカすことができたのですから。
 でも、私は心の中でごめんなさいと謝りました。お義父さんの事は好きですし、セックスできたことは嬉しいですが、私にとって最高のオチンチンはやはり結婚前日まで毎日というか、結婚した後もオマンコをしっかりとかき回し、膣内射精をしてくれた実弟と、今は実弟の代わりに毎日、突きまくってくれている甥です。ちなみに夫は三番目でお義父さんはやっぱり十番目です。すいません。
 雨もいつの間にかやんでおり、私達は急いで後始末と身繕いをすませると変える準備に入りました。
「なあ、エリちゃん」
「はい」
「エリちゃんは知っていたのか。息子と妻ができているのを」
「はい、知ってました。それを承知で結婚を申し込んだのですから」
「でも、なせそこまで」
「実のお母さんがなくなったとき、抜け殻だったの子供の頃の夫に、口でキスしたり、生おっぱいを揉ませたり、吸わせたり、大好きだよといって裸で抱きしめたりして、立ち直らせたのは私ですから、たとえ夫がだれと関係を持っていても、私が関係を持とうとも夫と結婚する権利は私しかありませんから」
 その答えを聞いてお義父さんは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、エリちゃん。君は息子の嫁だ。ただ、たまには私の相手もしてくれないかな」
「喜んで、私はお義父さんも大好きですから」
 そういうと私はお義父さんと軽くキスを交わし、お義父さんは車を走らせました。
 書くのが大変なので、この日の後のことを掻い摘んで。
 帰ってから甥のところに行きました。そこには甥と甥の友達の少年三人とと、私がいない時に甥の面倒を見てくれている奥様とお友達二人がいました。少年の一人が今日、11歳の誕生日なので前からの約束で、私はこの子のセックスの相手をしたのです。キスから童貞まで全部いただきました。ちなみに他の少年はすでに11歳の誕生日を迎えており、もちろん私が彼らの初めてを全部もらいました。その後、八人で乱交。人妻と少年のセックスというシュチュエーション、それに乱交というと思いっきり、燃えました。少年三人は途中で力尽きましたが、甥は私達四人を一人で圧倒し、イカせられました。甥にいつもイカせまくられている奥様は、ともかく友達の二人はこんなの初めてと甥のセフレになりました。誕生パーティーから帰った後、家に帰ると義父は麻雀に出かけており、なぜか、義母と義叔母と夫と義従弟(義叔母の息子)がセックスしておりました。私もそれに加わりました。さらに弟も呼びました。この日、二回目の乱交ですが実際は実弟と義従弟のセックス勝負になりました。弟は義母を、義従弟は義叔母とセックスして、射精するまでに何回イカせられるかというもので結果は弟が勝ちました。よく知りませんが弟の戦績は二十一勝十敗ということです。みんなで弟の勝利を称え、後はみんな仲良くセックスをしました。久しぶりに一日中セックスをして分かった事あります。年上の男性ではお義父さんでは最高ですけど。私は年下の男性が好きみたいです。だって、今思い返していると童貞狩りはいつもしているし、愛する夫も大好きな弟も甥も年下だもんね。テクニックはともかくあの太くて固いオチンチンでズンズンやられる。イキまくっちゃうです。だから、どう考えてもお義父さんはやはり十番目でした。

おわり

お義父さんは十番目

 私はエリといいます。
 淫乱な人妻です。
 実は私は同居している夫の父、私にとっては義父と肉体関係を遂に持ちました。
 夫は長男の為、両親と同居しています。義父はすでに60歳を過ぎて定年退職、後妻の義母は50代後半なので会社で働いています。その為に結婚して専業主婦をしている私は必然的に、夫よりも義父と過ごす時間が多くなり、ましてや、義父は夫に似て私の好みのタイプでありました。
 私は好みのタイプであれば、基本的に年齢や血縁関係などは特に問いません。事実、10歳で初恋と初キスの相手は8歳だった年少の頃の夫。16歳で処女を捧げた相手は11歳の実弟であったし、18歳のときに家庭教師をしていた12歳の生徒がモロ好みだったため、肉体関係を結び、その生徒に似ていた36歳の父親と65歳の祖父ともしました。この生徒とは今でもたまに会ってセックスをしており、生徒の友達を数人紹介してもらった。この事実を知った実弟からは底無しのバカといわれましたが。20歳の時には私の大学の下見に来て、偶然再会した18歳の夫も迷わず食らい付いて、モノにしましたし、大学の卒業旅行では旅先で35歳の男性とその14歳の息子、旅館で出会った2人の12歳の男の子、混浴温泉であった14歳と12歳の兄弟を食いました。結婚してからは家庭教師をしていた生徒の弟とその友達と、兄の息子で11歳の甥を筆おろししてあげました。最近では甥の友達二人を誕生日のお祝いにセックスをしてあげました。みんな私のタイプの男性です。特に甥は昔の弟にそっくりで、美少年の上、オチンチンの相性が私のマンコととてもいいのです。
 まあ、それはともかく、義父は笑顔が素敵で性格も穏やかな人でした。夫は女の子のように可愛い顔で義父同様に穏やかな性格でしたが、いつも寂しそうな感じが義父と違います。その笑顔に惹かれました。
 私は絶世の美人とはいいませんがバストはFカップ、タレントにスカウトされた事や、兄の友人達から交際を何度も申し込まれたので容姿はそれなりにいいです。そんな若い女性と昼間の間だけとはいえ、(夕方は甥の世話でいない。もちろん、行く度にきっちとセックスをしています)ずっと一緒にいて、好意を持って接しているのです。義父も気にはしているはずです。それに義父と私は家事は協力し合っていますし、買い物も一緒に行っています。仲のいい親子というより、時折、歳の離れた夫婦と見られることもあります。
「やあ、ずいぶん若い奥さんをお持ちですね。うらやましいですよ」
「いえ、違いますよ。息子の嫁です」
「はい、義父です」
 遠くに買い物などに出かけたときなどこんな会話をお店の人とすることもあります。
 冗談めかしていますが、私も義父もまんざらではありません。
 私はそんな義父の腕を取り、胸を押し付け、義父も肩に手を回して優しく抱きしめてくれたりします。
 そんな私と義父が一線を越えたのは、車で出かけて、豪雨に見舞われ時でした。車の中なので濡れる心配はありませんでしたが、視界が確保できないので、小さな公園の駐車場に車を止めていました。
「すごい雨ですね。お義父さん」
「まったくだ、雷も凄いし、近くに落ちなければいいか」
 そんな会話をしていた時です。
 急に空に稲光が走り、すぐさま、轟音が響きました。私はびっくりして義父に抱きつき、義父も私を抱きしめました。しばらく私と義父は抱き合い、互いの心音が判るほどでした。それが雷に驚いた心音から別の心音に変わるを自覚するのにさほど時間は掛かりませんでした。私は顔を上げ、義父の顔を見ました。義父も私を見てくれています。私が眼を瞑り、唇を差し出すと義父はその唇を奪ってくれました。
 最初は唇を交わすだけでしたは、すぐに義父の舌が私の口の中に入り込み、私もすぐに舌を絡めました。雨音にかき消されしまいますが、私の耳には震動と感触でびちゃびちゃという舌が絡み合うディープキスの音が響きました。
 口付けを交わしながら義父の右手はFカップの胸を揉み、左手はスカートをまくり上げ、パンティの中に入れてきました。さすが年の功というべきか、パンティの中に入れた手は親指でクリトリスをこねくり回しながら、人差し指と中指で私のオマンコをかき回します。
 それが強弱を持ってやられるものだから、私はあまりの気持ちよさに義父との口付けを止めて、空気を求めて喘ぎました。
「あ、ああ」
「気持ちいいかい、もっと気持ちよくして挙げるから脱いでくれないか」
 義父の言葉に私は頷きました。私は上の服を脱ぎ、ブラジャーを外し、バストがぶるんと露わになり、スカートはそのままでパンティも脱ぎました。義父も急いで、自分の着ている服を全部脱いで全裸になります。60歳とは思えない体、いきり立つオチンチン。私の股間は興奮でさらにビショビショになりました。義父のオチンチンは夫や弟や甥の様におへそまで反り返り、ぶるぶると震えるような若さあふるれる感じではありませんが、長年使い込んできた色と艶、修練を経た木刀の様な年季の入った逸品を思わせてくれるような代物です。
「私の上に乗ってください」
 義父は頷くと、助手席の私の方へと移動し、その上に乗ると椅子を倒しました。先程と違い体が密着し、互いの体温をはっきり感じ取れます。私は足を大きく開くと義父はその中に下半身を落とします。私は義父の首に腕を巻きつけて、唇を重ねてむさぼる様に吸い上げていると、義父はいきり立つオチンチンを私のオマンコにあてがい、少し上下に動かします。
「お義父さん、遊びは無しです。雨がカーテンになってくれる時間はあまり長くないと思うから、そのまま入れてください」
「分かったよ、エリちゃん」
 私は義父のテクニックに感じ、そのまま、前戯を続けてもらいたかったですが、外の状況は気になりましたし、何よりもオチンチンが早く欲しくたまらなかったから口を離し、そういうと義父のオチンチンが私のオマンコに侵入してきました。
「ああ、あ~」
 義父のオチンチンの感触と快感で私はのけぞり、声を上げてしまいました。義父は私のオマンコの感触を確かめるように入れたオチンチンを中でぐりぐりかき回しています。
「いいよ、エリちゃんの中は最高だ」
「お義父さん、もう我慢ができません。お願いです。動いてください、私のオマンコを貫いてください」
「ああ、いくよ」
 そういって義父は腰を振り始めました。
 義父はリズミカルに腰を振り、オチンチンが私のオマンコの蹂躙をします。
 私は義父の首に腕を回し、足を腰に巻きつけ、体を密着させ、快感を貪ろうと必死でした。そんな私とは対照的に義父は慌てる様子も無く、腰を動かします。おそらく経験と歳の差で無理な体制をしなくともオチンチンから私のオマンコを感じる事がきるのでしょう。
 あっ、あっ、と私は声を漏らすだけです。
「どうだいエリ、私の物は」
「い、いいです。お義父さん」
「そうだろう、そうだろう。今まで経験した中で何番目だい。一番いいだろう」
 義父はいつの間にか私を呼び捨てにして、ストロークを変えながら、私のマンコを貫きます。もうメロメロでうが、義父のオチンチンが最高かという質問には長い髪が振り乱してNOと答えました。
「うん、ううん、一番は裕君。一番最高なのは裕君よ。お義父さんは十番目くらいにいいの」
「なに、エリ。お前、実の弟とセックスしているのか」
「そうよ、してるわ。私の初めての人だもん。それだけじゃないわ。甥っ子ともしているし、甥っ子との友達ともしてるもん。その子達とのセックスほうがずっといいわ。オチンチン硬いし、みんな私のことを激しく愛してくれるわ。お義父さんはずっと下、激しく愛してくれないから」
 私はトンでない事を口走り、義父を罵りました。
「お義母さんもいってました。息子のほうがお義父さんよりも固くて素敵だと、お義父さんはふにゃふにゃだって」
「あいつ、とんでもない事をいいおって。息子との関係を見逃してやっているのに」
 お義父さんは怒りを露わにしておりました。実はお義父さんと再婚したお義母さんと夫は肉体関係を持っておりました。大学で夫と再会した時、私との付き合いをためらった事があります。それはお義母さんとお義母さんの友人数人と肉体関係を持っており、実の母を失い自分を慰めてくれたお義母さんを愛していたからです。私はそれでもかまわない。自分も多く男性と関係を持っていたからです。でも、結婚相手は夫しかないと詰め寄り、何とか結婚しました。私が弟や甥と関係を持っているように夫も未だにお義母さんと関係を持っていたのです。
「じゃあ、お義父さん。もっと私を激しく愛してください。最高にたくましいところを見せて」
「おう、見せてやる。私が最高の男という事を」
 そういうとお義父さんは打って変わって、オチンチンをずんずんと突いて来ます。
「どうだ、淫乱嫁め。ほらほら」
 激しく腰を振る義父に私は激しく抱きつき、義父と唇を重ね、舌を差し入れました。義父もそれに激しく舌を絡め、上の口と下の口で激しいセックスをしているような快感に襲われました。
「あ、あー」
 私は義父から口を離し、思わず声を上げてしまいました。そして、ぎゅっと膣内が絞り上げられると同時にイッてしまい、義父もわずかに声を漏らし、私を腰を抱き上げると同時に膣内にドクドクと射精をしました。その間私の意識は吹き飛び、子宮と膣がオチンチンから精液を搾り取るためにカクンカクン動いていました。
 意識が戻ると義父も私の上でぐったりしており、義父の顔に自分の顔を近づけて軽いキスを交わしました。
「お義父さん、最高です」
「そうだろう」
 お義父さんは満足そうに笑っていました。自分を罵った息子の嫁をイカすことができたのですから。
 でも、私は心の中でごめんなさいと謝りました。お義父さんの事は好きですし、セックスできたことは嬉しいですが、私にとって最高のオチンチンはやはり結婚前日まで毎日というか、結婚した後もオマンコをしっかりとかき回し、膣内射精をしてくれた実弟と、今は実弟の代わりに毎日、突きまくってくれている甥です。ちなみに夫は三番目でお義父さんはやっぱり十番目です。すいません。
 雨もいつの間にかやんでおり、私達は急いで後始末と身繕いをすませると変える準備に入りました。
「なあ、エリちゃん」
「はい」
「エリちゃんは知っていたのか。息子と妻ができているのを」
「はい、知ってました。それを承知で結婚を申し込んだのですから」
「でも、なせそこまで」
「実のお母さんがなくなったとき、抜け殻だったの子供の頃の夫に、口でキスしたり、生おっぱいを揉ませたり、吸わせたり、大好きだよといって裸で抱きしめたりして、立ち直らせたのは私ですから、たとえ夫がだれと関係を持っていても、私が関係を持とうとも夫と結婚する権利は私しかありませんから」
 その答えを聞いてお義父さんは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、エリちゃん。君は息子の嫁だ。ただ、たまには私の相手もしてくれないかな」
「喜んで、私はお義父さんも大好きですから」
 そういうと私はお義父さんと軽くキスを交わし、お義父さんは車を走らせました。
 書くのが大変なので、この日の後のことを掻い摘んで。
 帰ってから甥のところに行きました。そこには甥と甥の友達の少年三人とと、私がいない時に甥の面倒を見てくれている奥様とお友達二人がいました。少年の一人が今日、11歳の誕生日なので前からの約束で、私はこの子のセックスの相手をしたのです。キスから童貞まで全部いただきました。ちなみに他の少年はすでに11歳の誕生日を迎えており、もちろん私が彼らの初めてを全部もらいました。その後、八人で乱交。人妻と少年のセックスというシュチュエーション、それに乱交というと思いっきり、燃えました。少年三人は途中で力尽きましたが、甥は私達四人を一人で圧倒し、イカせられました。甥にいつもイカせまくられている奥様は、ともかく友達の二人はこんなの初めてと甥のセフレになりました。誕生パーティーから帰った後、家に帰ると義父は麻雀に出かけており、なぜか、義母と義叔母と夫と義従弟(義叔母の息子)がセックスしておりました。私もそれに加わりました。さらに弟も呼びました。この日、二回目の乱交ですが実際は実弟と義従弟のセックス勝負になりました。弟は義母を、義従弟は義叔母とセックスして、射精するまでに何回イカせられるかというもので結果は弟が勝ちました。よく知りませんが弟の戦績は二十一勝十敗ということです。みんなで弟の勝利を称え、後はみんな仲良くセックスをしました。久しぶりに一日中セックスをして分かった事あります。どう考えてもお義父さんはやはり十番目でした。

おわり

お義父さんは10番目

 私はエリといいます。
 淫乱な人妻です。
 実は私は同居している夫の父、私にとっては義父と肉体関係を遂に持ちました。
 夫は長男の為、両親と同居しています。義父はすでに60歳を過ぎて定年退職、後妻の義母は50代後半なので会社で働いています。その為に結婚して専業主婦をしている私は必然的に、夫よりも義父と過ごす時間が多くなり、ましてや、義父は夫に似て私の好みのタイプでありました。
 私は好みのタイプであれば、基本的に年齢や血縁関係などは特に問いません。事実、10歳で初恋と初キスの相手は8歳だった年少の頃の夫。16歳で処女を捧げた相手は11歳の実弟であったし、18歳のときに家庭教師をしていた12歳の生徒がモロ好みだったため、肉体関係を結び、その生徒に似ていた36歳の父親と65歳の祖父ともしました。この生徒とは今でもたまに会ってセックスをしており、生徒の友達を数人紹介してもらった。この事実を知った実弟からは底無しのバカといわれましたが。20歳の時には私の大学の下見に来て、偶然再会した18歳の夫も迷わず食らい付いて、モノにしましたし、大学の卒業旅行では旅先で35歳の男性とその14歳の息子、旅館で出会った2人の12歳の男の子、混浴温泉であった14歳と12歳の兄弟を食いました。結婚してからは家庭教師をしていた生徒の弟とその友達と、兄の息子で11歳の甥を筆おろししてあげました。最近では甥の友達二人を誕生日のお祝いにセックスをしてあげました。みんな私のタイプの男性です。特に甥は昔の弟にそっくりで、美少年の上、オチンチンの相性が私のマンコととてもいいのです。
 まあ、それはともかく、義父は笑顔が素敵で性格も穏やかな人でした。夫は女の子のように可愛い顔で義父同様に穏やかな性格でしたが、いつも寂しそうな感じが義父と違います。その笑顔に惹かれました。
 私は絶世の美人とはいいませんがバストはFカップ、タレントにスカウトされた事や、兄の友人達から交際を何度も申し込まれたので容姿はそれなりにいいです。そんな若い女性と昼間の間だけとはいえ、(夕方は甥の世話でいない。もちろん、行く度にきっちとセックスをしています)ずっと一緒にいて、好意を持って接しているのです。義父も気にはしているはずです。それに義父と私は家事は協力し合っていますし、買い物も一緒に行っています。仲のいい親子というより、時折、歳の離れた夫婦と見られることもあります。
「やあ、ずいぶん若い奥さんをお持ちですね。うらやましいですよ」
「いえ、違いますよ。息子の嫁です」
「はい、義父です」
 遠くに買い物などに出かけたときなどこんな会話をお店の人とすることもあります。
 冗談めかしていますが、私も義父もまんざらではありません。
 私はそんな義父の腕を取り、胸を押し付け、義父も肩に手を回して優しく抱きしめてくれたりします。
 そんな私と義父が一線を越えたのは、車で出かけて、豪雨に見舞われ時でした。車の中なので濡れる心配はありませんでしたが、視界が確保できないので、小さな公園の駐車場に車を止めていました。
「すごい雨ですね。お義父さん」
「まったくだ、雷も凄いし、近くに落ちなければいいか」
 そんな会話をしていた時です。
 急に空に稲光が走り、すぐさま、轟音が響きました。私はびっくりして義父に抱きつき、義父も私を抱きしめました。しばらく私と義父は抱き合い、互いの心音が判るほどでした。それが雷に驚いた心音から別の心音に変わるを自覚するのにさほど時間は掛かりませんでした。私は顔を上げ、義父の顔を見ました。義父も私を見てくれています。私が眼を瞑り、唇を差し出すと義父はその唇を奪ってくれました。
 最初は唇を交わすだけでしたは、すぐに義父の舌が私の口の中に入り込み、私もすぐに舌を絡めました。雨音にかき消されしまいますが、私の耳には震動と感触でびちゃびちゃという舌が絡み合うディープキスの音が響きました。
 口付けを交わしながら義父の右手はFカップの胸を揉み、左手はスカートをまくり上げ、パンティの中に入れてきました。さすが年の功というべきか、パンティの中に入れた手は親指でクリトリスをこねくり回しながら、人差し指と中指で私のオマンコをかき回します。
 それが強弱を持ってやられるものだから、私はあまりの気持ちよさに義父との口付けを止めて、空気を求めて喘ぎました。
「あ、ああ」
「気持ちいいかい、もっと気持ちよくして挙げるから脱いでくれないか」
 義父の言葉に私は頷きました。私は上の服を脱ぎ、ブラジャーを外し、バストがぶるんと露わになり、スカートはそのままでパンティも脱ぎました。義父も急いで、自分の着ている服を全部脱いで全裸になります。60歳とは思えない体、いきり立つオチンチン。私の股間は興奮でさらにビショビショになりました。義父のオチンチンは夫や弟や甥の様におへそまで反り返り、ぶるぶると震えるような若さあふるれる感じではありませんが、長年使い込んできた色と艶、修練を経た木刀の様な年季の入った逸品を思わせてくれるような代物です。
「私の上に乗ってください」
 義父は頷くと、助手席の私の方へと移動し、その上に乗ると椅子を倒しました。先程と違い体が密着し、互いの体温をはっきり感じ取れます。私は足を大きく開くと義父はその中に下半身を落とします。私は義父の首に腕を巻きつけて、唇を重ねてむさぼる様に吸い上げていると、義父はいきり立つオチンチンを私のオマンコにあてがい、少し上下に動かします。
「お義父さん、遊びは無しです。雨がカーテンになってくれる時間はあまり長くないと思うから、そのまま入れてください」
「分かったよ、エリちゃん」
 私は義父のテクニックに感じ、そのまま、前戯を続けてもらいたかったですが、外の状況は気になりましたし、何よりもオチンチンが早く欲しくたまらなかったから口を離し、そういうと義父のオチンチンが私のオマンコに侵入してきました。
「ああ、あ~」
 義父のオチンチンの感触と快感で私はのけぞり、声を上げてしまいました。義父は私のオマンコの感触を確かめるように入れたオチンチンを中でぐりぐりかき回しています。
「いいよ、エリちゃんの中は最高だ」
「お義父さん、もう我慢ができません。お願いです。動いてください、私のオマンコを貫いてください」
「ああ、いくよ」
 そういって義父は腰を振り始めました。
 義父はリズミカルに腰を振り、オチンチンが私のオマンコの蹂躙をします。
 私は義父の首に腕を回し、足を腰に巻きつけ、体を密着させ、快感を貪ろうと必死でした。そんな私とは対照的に義父は慌てる様子も無く、腰を動かします。おそらく経験と歳の差で無理な体制をしなくともオチンチンから私のオマンコを感じる事がきるのでしょう。
 あっ、あっ、と私は声を漏らすだけです。
「どうだいエリ、私の物は」
「い、いいです。お義父さん」
「そうだろう、そうだろう。今まで経験した中で何番目だい。一番いいだろう」
 義父はいつの間にか私を呼び捨てにして、ストロークを変えながら、私のマンコを貫きます。もうメロメロでうが、義父のオチンチンが最高かという質問には長い髪が振り乱してNOと答えました。
「うん、ううん、一番は裕君。一番最高なのは裕君よ。お義父さんは十番目くらいにいいの」
「なに、エリ。お前、実の弟とセックスしているのか」
「そうよ、してるわ。私の初めての人だもん。それだけじゃないわ。甥っ子ともしているし、甥っ子との友達ともしてるもん。その子達とのセックスほうがずっといいわ。オチンチン硬いし、みんな私のことを激しく愛してくれるわ。お義父さんはずっと下、激しく愛してくれないから」
 私はトンでない事を口走り、義父を罵りました。
「お義母さんもいってました。息子のほうがお義父さんよりも固くて素敵だと、お義父さんはふにゃふにゃだって」
「あいつ、とんでもない事をいいおって。息子との関係を見逃してやっているのに」
 お義父さんは怒りを露わにしておりました。実はお義父さんと再婚したお義母さんと夫は肉体関係を持っておりました。大学で夫と再会した時、私との付き合いをためらった事があります。それはお義母さんとお義母さんの友人数人と肉体関係を持っており、実の母を失い自分を慰めてくれたお義母さんを愛していたからです。私はそれでもかまわない。自分も多く男性と関係を持っていたからです。でも、結婚相手は夫しかないと詰め寄り、何とか結婚しました。私が弟や甥と関係を持っているように夫も未だにお義母さんと関係を持っていたのです。
「じゃあ、お義父さん。もっと私を激しく愛してください。最高にたくましいところを見せて」
「おう、見せてやる。私が最高の男という事を」
 そういうとお義父さんは打って変わって、オチンチンをずんずんと突いて来ます。
「どうだ、淫乱嫁め。ほらほら」
 激しく腰を振る義父に私は激しく抱きつき、義父と唇を重ね、舌を差し入れました。義父もそれに激しく舌を絡め、上の口と下の口で激しいセックスをしているような快感に襲われました。
「あ、あー」
 私は義父から口を離し、思わず声を上げてしまいました。そして、ぎゅっと膣内が絞り上げられると同時にイッてしまい、義父もわずかに声を漏らし、私を腰を抱き上げると同時に膣内にドクドクと射精をしました。その間私の意識は吹き飛び、子宮と膣がオチンチンから精液を搾り取るためにカクンカクン動いていました。
 意識が戻ると義父も私の上でぐったりしており、義父の顔に自分の顔を近づけて軽いキスを交わしました。
「お義父さん、最高です」
「そうだろう」
 お義父さんは満足そうに笑っていました。自分を罵った息子の嫁をイカすことができたのですから。
 でも、私は心の中でごめんなさいと謝りました。お義父さんの事は好きですし、セックスできたことは嬉しいですが、私にとって最高のオチンチンはやはり結婚前日まで毎日というか、結婚した後もオマンコをしっかりとかき回し、膣内射精をしてくれた実弟と、今は実弟の代わりに毎日、突きまくってくれている甥です。ちなみに夫は三番目でお義父さんはやっぱり十番目です。すいません。
 雨もいつの間にかやんでおり、私達は急いで後始末と身繕いをすませると変える準備に入りました。
「なあ、エリちゃん」
「はい」
「エリちゃんは知っていたのか。息子と妻ができているのを」
「はい、知ってました。それを承知で結婚を申し込んだのですから」
「でも、なせそこまで」
「実のお母さんがなくなったとき、抜け殻だったの子供の頃の夫に、口でキスしたり、生おっぱいを揉ませたり、吸わせたり、大好きだよといって裸で抱きしめたりして、立ち直らせたのは私ですから、たとえ夫がだれと関係を持っていても、私が関係を持とうとも夫と結婚する権利は私しかありませんから」
 その答えを聞いてお義父さんは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、エリちゃん。君は息子の嫁だ。ただ、たまには私の相手もしてくれないかな」
「喜んで、私はお義父さんも大好きですから」
 そういうと私はお義父さんと軽くキスを交わし、お義父さんは車を走らせました。
 書くのが大変なので、この日の後のことを掻い摘んで。
 帰ってから甥のところに行きました。そこには甥と甥の友達の少年三人とと、私がいない時に甥の面倒を見てくれている奥様とお友達二人がいました。少年の一人が今日、11歳の誕生日なので前からの約束で、私はこの子のセックスの相手をしたのです。キスから童貞まで全部いただきました。ちなみに他の少年はすでに11歳の誕生日を迎えており、もちろん私が彼らの初めてを全部もらいました。その後、八人で乱交。人妻と少年のセックスというシュチュエーション、それに乱交というと思いっきり、燃えました。少年三人は途中で力尽きましたが、甥は私達四人を一人で圧倒し、イカせられました。甥にいつもイカせまくられている奥様は、ともかく友達の二人はこんなの初めてと甥のセフレになりました。誕生パーティーから帰った後、家に帰ると義父は麻雀に出かけており、なぜか、義母と義叔母と夫と義従弟(義叔母の息子)がセックスしておりました。私もそれに加わりました。さらに弟も呼びました。この日、二回目の乱交ですが実際は実弟と義従弟のセックス勝負になりました。弟は義母を、義従弟は義叔母とセックスして、射精するまでに何回イカせられるかというもので結果は弟が勝ちました。よく知りませんが弟の戦績は二十一勝十敗ということです。みんなで弟の勝利を称え、後はみんな仲良くセックスをしました。久しぶりに一日中セックスをして分かった事あります。年上の男性ではお義父さんでは最高ですけど。私は年下の男性が好きみたいです。だって、今思い返していると童貞狩りはいつもしているし、愛する夫も大好きな弟も甥も年下だもんね。テクニックはともかくあの太くて固いオチンチンでズンズンやられる。イキまくっちゃうです。だから、どう考えてもお義父さんはやはり十番目でした。

おわり

オトコはみんなそうじゃない!?

        
       
      
オトコはみんなそうじゃない!? Hなビデオ5つのウソ 


女性は男性に比べてHなビデオを見る機会はずっと少ないかもしれませんが、それでもビデオが作る「オトコのイメージ」が頭の中にできているかもしれません。そこで今回は「本当はそんなことないって! 誤解しないで!」という男性の言い分を覗いてみましょう。



ウソ:オトコは女性の顔にかけるのが好き!?

   



確かにたま~にそんなプレイもいいかもしれませんが、実際には「自分の彼女にそんなこと、申し訳なくてできない……」なんて優しい男性の方が多いようです。その後洗面台に走って行って、自分のものを必死で洗い流している姿を見ると「俺のそんなに嫌なんだ……なんだか悲しくなる……」なんてこともあるんだとか。
   


オトコは乱交が好き!?



Hなビデオの中でよくある“女性4人に男性1人”なんてシチュエーション。男性はたくさんの美女をいっぺんにはべらせたい! なんて思ってるんでしょ! と思いがちですが、「そんなにたくさん女性がいても、自分1人でなにすればいいかわからない……」というのが本音のよう。実際には「俺の力じゃ一度に複数の女性を満足させられない」という謙虚な男性が多いのかもしれません。



オトコは看護婦さんや婦人警官の制服を見ると無条件に欲情する!?



たしかに、コスプレの時には「セクシーだな~」なんて思うことはあるようですが、実際に病気やケガで病院に行ったときにはそんなことを考える余裕はないようです。「そんなセクシーでなくていいから、プロのケアを受けたい……」というのが彼らの本音。相当なフェチでない限り、いつでも鼻の下が伸びてしまうわけではないんですね。         
               


      
オトコの体はみんなつるつる!?  



  
Hなビデオや下着モデルなんかは、みんなマッチョで胸板もつるつる。やっぱりオトコはそうでなきゃ! なんていうのはやっぱり女性の夢の中だけの話。男性はみんな変なとこに毛が生えていたり(!?)ジムに行っているような人でも映画スターのような腹筋は持っていません。テレビに出ているような人を想像して、高望みしないで! という悲痛な叫びかも!?     
    


       
オトコはいつでもどこでも発情しちゃう!?                 
           



            
ビデオの世界ではピザをオーダーしたら……とか、先生を誘惑して……なんて“いつでもどこでも誘えばすぐに乗ってくるクレイジーで発情した生き物”のような描かれ方をすることが多いようですが、実際には男性は24時間Hできる相手を捜しているわけではありません。男性としては、いつでも臨戦態勢なビデオの中の彼らをちょっと羨ましく思ってしまうことすらあるようですが、もし本当にそうなら……疲れちゃいますよね。  
             
                     

エリとヤリコン帰り

昨夜はある女子大とのヤリコンだった。何とか本学の男を夫にと必死の様子だった。

でも女らしさも美貌も恵まれていないと感じた。座が乱交になっても勃起しなかった。

エリが昼間しっかり精液を抜いてくれていたからだ。彼女に勝てる女はいなかった。

自分用に持参したコニャックを部屋の隅でちびちび飲みながら皆の痴態を眺めていた。

すると比較的美人が近づいてきて「私もこんな雰囲気付いて行けないの」としらけた。

彼女にも自分のカミュを少し分けて2人でみんなの痴態を見ながら雑談をした。

「こんなことをしてセフレになってもね」「俺には凄いフィアンセがいるからね」

「私ではかなわない?」「うん普通の女性では無理。今日は彼女に抜いて貰っている」

「私も普通の男には興味が無いの」などと話した。彼女の希望でメアド交換をした。

会がお開きになったら早速彼女からメールが来た。「今度手料理をごちそうしたい」

その晩は特に何も感じなかったが今朝はエリの体がが欲しくてたまらなくなった。

今日は朝からエリが地方公務員採用試験の受験勉強とセックスをしに来てくれた。

昨夜はどの女ともセックスしなかったことを告げると大変に喜んで服を脱ぎ始めた。

「それでは見ているだけで欲求不満だったでしょう。まず私を抱いてすっきりして」と

言った。甘い香りの美乳に甘え淫臭に誘われクンニをしてあふれる愛液をすすった。

上半身を起こした正常位からペニスをエリの膣にさすとまたミミズ千匹に襲われた。

エリはガッチリだいしゅきホールドで俺を捕まえるとどんどん射精をさせていった。

ペニスを抜かず1時間交わってからエリの勉強を見た。僅かな点をを注意するだけで

満点だった。彼女は区役所で働くよりも良い大学を狙わせた方が良いと感じた。

でも区役所は腰かけですぐに就職した俺と結婚したい意向なので内心複雑だ。

俺が良い就職をしなければと思った。専業主婦になって俺の子供を育てて欲しい。

勉強は長時間だらだらするより短時間集中して休憩をとりまた勉強に戻った方が良い。

休憩時間にセックスすると疲れてしまうので紅茶を飲んで色々なお話をした。

このエロ馬鹿投稿をアップしたらエリと勉強を続けよう。広い知識が要求される。

ところでメアドを貰った彼女だがエリと培ったセックスで女の本性を暴きたくなった。

今度洋菓子とコニャックとコンドームを持参して凌辱しに彼女の部屋に行きたい。

「あなたのお料理を御馳走になりたいです。」とエリに内緒で返事を打った。

アマゾン川に住んでいたアマゾネス

 アマゾン川に住んでいたアマゾネス
     
1530年頃、約60名のスペインの探検隊がカヌーで川を下っていると、かなり大きな村にたどりついた。
現地のインディオを捕らえて尋問すると、ここはアマゾネスが統治する村だった。
やがてスペイン軍とインディオとの戦闘が行われた。
このときインディオを率いていたのが12人のアマゾネスで、彼女たち1人のアマゾネスはインディオ10人分の活躍をし、戦いから逃亡しようとするインディオを殴り殺すほどの気性の荒さを示した。
最新の武器を持っていたスペイン軍はかろうじてその場を脱することができたが惨敗であった。
このアマゾネスはギリシア軍に敗れてこの地移住した子孫であると考えられている。
     
     
 ガビオン族
     
アマゾン奥地に住むという少数民族のカビオン族。
彼らは、稀に村に近寄った白人男性を誘拐して村に連れ帰る。
誘拐された男の元には村の女たちがこぞっておしかけ、交わるという。
     
ただし、それ以外は充分な食料を与えられ、仕事をする必要もない。
このため、被害者は逃げ出そうとしないらしい。
    
男を誘拐する理由は、民族間の子孫づくりだけだと、どうしても近親相姦になり、子供に奇形などの障害がでるため、外部の血を入れるためとされる。
また誘拐であるにのかかわらず社会問題にならないのは、誘拐された本人が被害を訴えないからだという。
     
基本的には白人が誘拐されるが、アジア人も対象となるようである。
アマゾンにはこのようにして近親相姦を防ぐ民族が他にもあると考えられている。
     
     
 ワツンバ族
     
こちらもアマゾン奥地で暮らす女性だけの民族である。
しかも他の民族が攻撃しても勝ち目がないほど強いらしい。
     
女だけの民族であるワツンバは種族を残すための儀式を毎年9月に行う。
     
他種族の逞しい男を招いて1ヶ月間乱交にはげむ。
参加するのは思春期を過ぎたすべての女たち。
     
この1ヶ月間に妊娠できなかったものは呪われた存在として、罰を受けたあと、村を追放される。
そのため昼夜を問わず男を必死で求める女の姿が見られるという。
     
やがて村では5月~6月の間に出産ラッシュを迎える。
生まれた子供が女なら育て、男なら他の部族に譲り渡す。
     
1年に1回出産する事が村に住める条件であるため、出産年齢を過ぎた女はいない。
そのため「ワツンバ族は美人ぞろい」という噂となっているという。
     
     
     

     

SEX調査員がセックスの歴史を語るぞ <2>

  <鎌倉・室町時代のセックス>

1192作ろう鎌倉幕府で有名な鎌倉時代と鎌倉幕府が滅んで再び天皇政権になった室町時代のセックスを語っていきますね。
政権を取られたので後醍醐天皇(ごだいごてんのう)はなんとかして幕府をつぶしてやろうと計画を根っていたそうで、幕府を潰す計画を知られないためにカモフラージュとして乱交パーティーを開いたそうです。

 変態すぎる天皇と将軍

毎日乱交パーティーに明け暮れてながらひそかに家臣と倒幕計画を立てていたそうですが、結局バレてしまって計画が失敗に終わったとの逸話があります。昔の天皇はやりたい放題だなと羨ましく思いますが、まさにハーレム状態を自由に築きあげることのできる最高の地位なのです。乱交パーティーとか体験してみたいですし、それを毎日とか精子がいくらあっても足りませんよね。
しかし、そんな天皇をもしのぐ権力者がいて、第3代将軍の足利義満は天皇の愛人を2人も強奪しセックス三昧だったそうです。天皇の愛人を強奪するなんて考えられない話ですが、足利義満はそれほどの権力を持っていたとのことです。
さらにこの足利義満は変態度が異常で、妻の妹とその子供を側室に迎え入れてセックスしまくりだったとのことですから、こういう三角関係のシチュエーションが好きな人にはたまらないことまでしちゃっています。

 売春婦で溢れた時代

この頃は京都に売春婦が続出していたそうで、街が遊女で溢れていたそうです。
京の街には選り取り見取りの遊女たちを求めて男が大量に押しかけていったそうですよ。選び放題だったら男だったら行かないわけないですよね。
女人禁制のお坊さんでさえ売春宿に通っていたというわけですから、それはもう魅力的な女で溢れている光景だったのでしょう。この時代にはある性病が流行ったのも有名ですね。その性病の名前は「梅毒」であり、皆さんも一度はきいたことがあるのではないでしょうか。
この性病が流行ったきかっけは、外国帰りの男が実は梅毒にかかっていて、そのまま遊女とセックスしたことから一気に流行ったと言われています。梅毒は皮膚がボロボロになって死に至るので絶対にかかりたくない性病ですね。
さて、この時代には変な宗教も出始めたりしています。セックスをすることによって魂が救われるなどの怪しい宗教にありがちなものがでてきたりしています。これが大流行したそうで、宗教の主は大勢の女とセックスすることができたそうです。めちゃくちゃ羨ましいですよね。
この宗教が江戸時代まで続くっていうんですから、何人の女が餌食となったか想像ができません。宗教主のセックスしまくりな人生はさぞかし至福の時だったんだろうなと思います。
それでは鎌倉・室町時代のセックスはここまでとして、次は戦国時代のセックスについて語っていきます。戦国時代は女性にとっては最悪な時代となってますね。


  <戦国時代のセックス>

戦国時代が好きな男性は多いですよね。
大河ドラマやゲームなどにも取り上げられているのでその人気ぶりは言わずとも分かっていると思います。
有名どころは織田信長や豊臣秀吉や徳川家康や他にもたくさんいますが、この時代のセックス事情は特殊なものが多いです。

 男色が大流行

その1つとして有名なものが男色ですね。小姓(こしょう)と呼ばれる色気のある男を大名(だいみょう)につけて男同士でセックスを堪能していたようです。
もちろんセックスですから肛門にチンコを入れるわけで、このころからホモ文化が始まったといってもいいのかもしれませんね。でも、なぜ男とセックスをするようになったかは理由があって、戦争前に女とセックスを行うことは縁起が悪いと言われていたからだそうです。
そうだとしても普通は男とはやらないだろと思いますよね。この戦国時代の中でセックス指南書を書いた男が存在していたことはご存知なかったはずです。このセックス指南書を書いた男は松永久秀という名前なんですが、結構有名な男なので知っている人も多いと思います。この松永久秀が自身のセックス体験を文献として残していて、かなり細かいところまで書いていたそうです。ぜひとも見てみたいですが、一般人は見ることはできないので残念ですね。

 女は性欲処理専用

さて、戦国時代は女性にとって最悪な時代と言われてまして、お姫様など身分の高い女にも権限がなく政略結婚の駒としか考えられていなかったそうで、自分の意思なんて全く考えられていなかったそうです。ましてや嫁ぎ先の同盟国と決裂された日には問答無用で処刑されたりしていたそうです。
身分の低い女はもっと悲惨で、合戦が始まると休憩タイムに本陣周辺の農民の妻や娘を強奪して、集団レイプしていたそうです。抵抗すると切り捨てたりして残酷だったそうですよ。これでは農民たちによる一揆が起こってもしかたがないですよね。そのため、戦国時代後半に差し掛かると御陣女郎(ごじんじょろう)と呼ばれる今でいう慰安婦が設置されるようになって、性処理はそこで補っていたそうです。
この時代の女はセックス用の物として扱われていたことがわかったと思いますが、戦国時代には女の武将も存在しているので、全ての女性ではなく、腕力がない女性などが対象だったというわけなんです。でも女武将ももしかしたらレイプとかされてたりしてるかもしれませんね。よっぽどゴリラみたいな女性じゃない限りはその可能性は高いです。
戦国時代のセックスについてはここまでとして、次は皆大好き江戸時代のセックスについて語っていこうと思います。江戸時代にはハーレム集団である大奥や超有名な風俗街である吉原がでてきますよ。


  <江戸時代のセックス>

江戸時代は徳川幕府で有名ですが、関ヶ原の合戦など色々と熱いことが起きてますね。
なんと江戸時代にも男色文化は健在であり、3代将軍の徳川家光がホモだったといわれています。
男でしかチンコが勃たないのでめちゃくちゃ問題視されていたようで、跡継ぎが生まれなくなるため無理やり女と混じらわせて女体に興味を持ってもらったそうです。

 まさにハーレム!大奥の誕生

女体に興味をもった家光に対し、子孫を残すことを目的として大奥を構築するんですが、この大奥がいわゆるハーレムシステムで大奥に所属している女達を選び放題だったそうです。
好みの女がいたら指名してセックス三昧だったようで子供ができるまで中出しし放題という羨ましいかぎりです。
この大奥には色々事件があって、目安箱で有名な8代将軍徳川吉宗が幕府の貧乏さに懸念を感じて、節約のために人件費や服の代金に莫大な金がかかっている大奥に目を付けて、大奥の中にいる美女50人を首にしたそうです。
なんで美女を首にしたのかというと美女なら城からでても男に恵まれるけどブスはそうもいかんからだそうです。なんかかっこいいですよね。大奥システムは13代将軍まであったので色んな美人が日本中から集まっていたでしょう。

 その名は吉原

では、続いて吉原について語っていきましょう。
風俗のイメージが強い吉原は現代も風俗街として存在しており、江戸時代から数えると400年近くの歴史があります。
最初に開業したときは昼のみの営業だったそうで、大名や豪商が遊女の元にセックスしにきていたそうです。
吉原にも独自のシステムがあって、遊女にはランク付けされていました。一番高いランクが「太夫(だゆう)」といわれ容姿・教養・諸芸に秀でた人しかなれなかったそうです。当時吉原で働く遊女約3000人の中で1人しかなれないため、大名などの位の高い人しかセックスができず、一般男性はセックスをすることができなかったそうです。
このころには臭いにも敏感になっており、香袋が遊女の中で流行っていたそうで、妖艶な匂いにやられる男があとを絶たなかったそうです。
また、江戸時代には春画(しゅんが)と呼ばれる今でゆうエロ本が出始めたころでもあり、女に縁のない人達はこぞって春画を買ってオナニー三昧だったようです。妻に隠れて春画を見る人も続出したようでちょっとした社会現象になったようですね。
春画をみていた男達に今のエロ本をみせたらどういう反応を見せるか見てみたいです。恐らく興奮しすぎて失神するのではと予想します。今のエロ本のクオリティは凄いですからね。
それでは江戸時代のセックスについてはここまでとしましょう。


   
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