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母親

「思い出は降る雪のごとく遠く切なく・・・」 序章

     
はじめに
    
 もう50年以上も昔の話になりましたが、今でも当時のことは鮮明に記憶しています。
何しろ私の女性遍歴の中では初めての女性であり印象が鮮烈で今でも、ありありとおぼえているのです。当時、私は福井県の越前大野の町に住んでいました。そこは九頭竜川に沿って開けた越前松平氏と土井氏が治めた小さな城下町です。昔から絹織物が盛んで、私の生家はそこで代々、大きな機屋を営み、昔は大野藩の藩士の身分だったということです。 
私が生まれましたのは大正14年で昭和に切り替わる前年のことです。これからお話しするのは私が小学校から中学へ入るころのことで、ちょうど昭和の始め頃、日華事変が始まり世間がそろそろきな臭くなってくる頃のことです。とは言いましても田舎のことですから全くのんびりしたもので、私もまだまだ田舎の大きな機屋の倅として何不自由なく豊かに暮らしていたのでございます。
 当時、父親はすでになく、家業及び家屋敷一切を母親が仕切っておりました。もともと女系家族で父は婿養子で母が気丈にすべてを仕切っていたという訳です。
そんな中で、私は女兄弟の中で唯一の男子として生まれ、それは大切に育てられたのです。とは言っても、母は大きな家と家業一切を仕切るのに忙しく子供を育てるのはもっぱら乳母と女中の仕事でした。私も大切に育てられたとは言ってもやはり母の手ではなく、すべて乳母と女中の手で育てられたのです。ですから母はあまり親しみは感じず、気丈で男勝りに下女や女工を追い使う怖い存在でした。
    
 私はそこで中学を卒業するまで暮らし、高等学校と大学は京都の同志社に進みました。大学の途中で一時、戦争に取られて舞鶴の海軍予備士官学校へ行きました。幸い戦争は程なく終わり、私は無事大学を卒業して再び越前大野に戻って、家業の機屋を継いで生活しています。まあ、田舎ですが、それなりの資産がある生活で戦争の被害も無く、暮らしに困ることも無くまあまあ豊かに暮らしてまいりました。田舎ですが一応、名士のはしくれでもあり家業の関係で出入りの女性も多く、私も普通の男子として、いやそれ以上でしょうか、世間並みに女性関係もそれなりに経験しています。そんな私にとって、忘れられない初めての女性がこれからお話しする、福田久との関係です。
    
 久は家の女中をしていており私の身の回りの世話をしてくれた女性でした。そして私の初体験の相手でも有り、半ば夫婦のように過ごした相手です。それは何と私がまだ小学6年生から中学を卒業するまでの年齢で言えば十二歳から17歳までの多感で性に目覚める頃の5年間の事です。久は確か私より二周りも年上で母と同じ位の年齢だったと思います。そんな女性と夫婦として暮らしたのですから、今から思えばやはり異常な経験です。しかし当時の私にとっては全く自然で楽しい生活でした。今ではもう久もこの世になく、当時のことを知る人も少なくなって、まあ、時効と申しますか洗いざらいを語っても良い頃だと思って筆を取った次第です。
   
    
 (以下 『 「思い出は降る雪のごとく遠く切なく・・・」1 』 へと続く) 
     
   
 北村幸作 著 
「思い出は降る雪のごとく遠く切なく・・・」 抄録
    
       

   

「思い出は降る雪のごとく遠く切なく・・・」 3

     
六 手淫の誘い 
「若さあ、起きんがいね。」
次の朝、私は久の声で目覚めた。
まだ寒さが残る、しかしよく晴れた明るい早春の朝だった。
昨夜のことが一瞬に蘇った。
あれから久は自分の寝床に戻り私もまた力尽きてすっと眠りに落ちてしまったのである。下腹に手をやるとかすかに何かの気配が残っている。
しかし、それだけで普段の朝と少しも違わなかった。
久はすぐに朝餉の支度をして、私たちは昨夜と同様に六畳のちゃぶ台で向かい合って差し向かいの朝食を摂った。
    
 お互いに昨夜のことは一切口に出さなかった。
確かに自分は久の体を抱き、乳房を吸い、下腹をまさぐったはずだった。
しかし、それは本当だったのか?と思うほど久は全く何事も無かったそぶりだった。
ただ、一つだけ何となく違っていたのは、久と自分の間のぎこちない空気がなくなっている事だった。昨日はまだ一緒の部屋に二人きりでいるぎこちない空気があったが、それがすっかり無くなっている。言葉では言えないが、何か微妙な親密さが生まれているのだった。別に久は馴れ馴れしくするわけではなかったし、私も普通の下女を相手にするのと変わりなかった。しかし、何かが二人の間の空気に親密なものを生じさせていた。
子供なりにそれは感じていた。
   
 その日から私は近くに住む中学教師の家に勉強を見てもらうために通い始めた。
昼は家に戻って久の準備した昼食を食べた。
夕方、戻ると、久はずっと家の中で家事をしていた様子で、嬉しそうに
「若さあ、お帰りなさいませ。」
とまるで妻のように玄関で三つ指をついて迎えてくれたのだった。
    
私は心底満足だった。
離れで独立した生活を始めていっぱしの大人になった気分だった。
小なりとも言えども、一家の主だった。
そして何よりも大きかったのは、久の存在だった。
確かに久は「妻」のようだった。
自分だけのためにこうして家事をして待っていてくれる。
そうして、夜はまた一緒に風呂に入り、一つ布団で抱き合うのだ。
そう思うと、もう勉強どころではなかった。
中学教師の家でも頭の中は久のことがいつも溢れて勉強に身が入らなかった。
    
 その夜も当然のように私たちは一緒に風呂に入った。
そして同じように私は久の背中を流した。
違っていたのはそこからだった。
私は久を立たせて裸の久の体を正面から抱き寄せたのである。
久は抗わなかった。
二人は暗い洗い場で裸の姿でしっかりと抱き合った。
そして私は昨夜布団の中でしたように久の下腹を手でまさぐった。
久も当然のように硬直した私の性器を握り締めた。
二人はお互いの性器をまさぐりながら長い時間そこで抱き合っていた。
痺れを切らしたのは私のほうだった。
久の性器の中を指先でいじりまわし、久がそれに応えて硬直をしっかりと握り返すのを楽しんだ。
そして・・・・
私は精液を久の手の中に放った。
    
 風呂場は後始末には好都合だった。
久は嬉しそうに微笑んで、
「若さあは、悪いお人じゃがねし・・」
そう言って丁寧に洗い清めてくれたのだった。
風呂から上がって布団に潜り込むと私は久を待った。
そうして「おやすみなさいませ」
と挨拶する久の手を握って布団に抱きいれた。
もう久は拒まなかった。
逆にそれを待っていたかのように、すっと自ら体を布団の中に滑り込ませてきたのだった。
   
 昨夜とは全く違っていた。
私はすでに一回放ち終えてすっきりしており、落ち着いて久の体を抱いた。
逆に久のほうは風呂場での行為の続きになったから、酷く敏感になっている様子が分かった。
最初から私は久の寝巻きを肌だけさせて乳房を吸い下腹をまさぐった。
久もまた私の硬直を握り締めた。
私は落ち着いて久の反応を伺いながら久の性器をいじった。
そして久が酷く敏感に反応する部分が有ることを理解した。
偶然そこに触れたときだった、久は体をビクッと震わせて私の性器をぎゅっときつく握り返したのである。
私は夢中になってその秘密の箇所を探った。そしてここらしいと言う場所を探し当てていた。案の定、そこを攻めると久は立て続けに体を震わせて私の体にしがみつくのだった。そうして、思ってもいなっかたのだが、久の性器は熱く熱を帯びべっとりと濡れているのだった。おしっこ、だと思っていた私は、興奮して大人の女はおしっこを漏らすのだと思った。しかし、ぬるっとしているから、普通のおしっことは違う気もした。
多分、自分が漏らしたように何かの汁が久の性器からも漏れ出しているのだと思った。
でも自分のは子種の汁だと教えられたから、女の汁は一体なんだろう?
久の体を抱きながら、そんな事を考えるゆとりさえ有った。
   
 今度は痺れを切らしたのは久の方だった。
繰り返し敏感なところを攻める私に久は焦れたように、
「若さあ、ね、あんましそこをいじったら嫌・・」
と拗ねたような鼻声を漏らした。
それは今まで一度も経験したことの無い女の甘えた物言いだった。
清が時々ふざけて甘えた声を出したがそれは全く子供の声に過ぎず、女の言葉ではなった。私は面白がってかえってそこを集中して責め続けた。
「いや、いや、イヤッ・・・」
久が勘に耐えたように小声で恥ずかしそうに呟いた。
しかし久は決して離れようとはせずにますますきつく私に抱きついてくるのだった。
久は、お返しにきつく私の性器をしごきにかかった。
そしてあっけなく、私は久の攻めに陥落した。
    
 久は昨夜と同じように丁寧に私の汚れた性器を拭き清め、寝床から離れようとした。
「あかん、久、もう少し一緒に居てくれんがねし。」
久の体を抱き寄せて引きとめた。
「あんだ、若さあ、まんだするがいね?」
「ううん、違う。たんだ一緒にいるだけでええがねし。」
「はい、若さあの気の済むまで一緒にいますがねし。」
久は従順に頷いて私の体を抱き返してくれた。
黙って二人は抱き合っていた。
お互いの体の温もりで次第に眠気が襲ってきた。
深い満足と幸せに中で私は幸福な眠りに落ちていった。
    
   
七 性の手ほどき 
   
 春休みはあっと言う間に過ぎていった。
やがて越前大野にも遅い春がやってきて城址公園には満開の桜が彩を放った。
私と久との離れでの生活は全く何の不自由も無く満点の生活だった。
それは十二歳の子供と三十七歳になる女との奇妙な「夫婦」生活だった。
 六年生の新学期が始まり私は離れから学校に通うようになった。
学校から帰ると週に二回、中学教師の家に勉強を見てもらうために通うのだった。
もともとあまり外で活発に遊びまわる子供ではなかったから、放課後はすぐに家に帰っていたし教師の家に行かない日は大抵六畳の部屋で本を読んだり趣味の模型を作って時間を過ごすことが多かった。離れで暮らすようになって、そうした子供らしい生活が少し変化していた。
 離れには常に久が一緒に居り、二人きりになるのだった。無論、久は下女として繕いやら夕餉の支度やら風呂の支度やら家事で忙しそうに立ち働いていたが、私は久の事が頭から離れず、少しでも一緒にいようと口実を作っては久を部屋に呼びつけた。そうしてふざけて久の体にちょっかいを出したり抱きついたりするのだった。久は決して嫌な顔をせず家事の手を休めて相手をしてくれるのだった。
 久は口数が少なく、大人しい女だった。そして他の下女とは違って、背が高く、すっとした見栄えで、子供の目から見ても、凛とした雰囲気を持ったいかにも士族の出だと思わせる女だった。しかしそうした大人の女の近寄りがたさや冷たさは感じさせず、優しく柔らかでふくよかな温かみを感じさせる女でもあった。
私は久が本当に好きになっていた。
それは所謂大人の恋愛感情ではなかったが、自分ではそれに近い、ときめきの対象としてとらえていた。そんな大人の女が自分の下女として一緒に暮らすことに、私は嬉しく毎日がそれだけで楽しかった。
   
 私たちは毎夜、一緒に風呂に入りそして布団を並べて一緒に寝た。無論、私は久を自分の布団に誘い久は私が寝付くまでの間必ず一緒に寝てくれた。そうしてお互いの体を抱き合い、手でお互いの性器をまさぐり合い、私は久の掌に精を漏らして寝につくのだった。それは私にとっては最も大切な毎夜の行事になっていた。
   
 久は毎夜の寝床の中で少しずつ、私に性の手ほどきをしてくれた。
後に久から聞いたことだが、実は母が久に私への性の手ほどきを頼んでいたらしかった。私は離れで暮らすまで清に世話を見てもらっていたが、一緒に風呂へ入ったり、一つ布団に寝たりして、そろそろ性的に目覚める年頃の私を心配したらしかった。もし若い下女の清と間違いが有って、赤ん坊でも出来ればやはり困ったことになる。そして、母は私が父親譲りの女好きの性癖を持っていることを見抜いていたらしかった。
 清を遠ざけるのは良いが、放って置けば私は他の下女に手を出していただろう。実際、下女の入浴を盗み見たり、厠を覗いたり女中部屋に忍び込んで着替えを盗み見たりしており、母はそんな私を心配していたのである。そして、思い切ってきちんと「嫁」を持たせて大きな間違いが起きないように監視させ、かつ性の手ほどきをさせてしまおうと考えたようだった。
 久は従順で性格も良く士族の出で育ちも悪くない。それに二度も離縁された身を拾われた恩も有ったから無理を頼みやすかったのだろう。もっと大切なことは、久が夫婦生活の経験のある年増の女であり、なおかつ子を産めない体だったことだと思う。要はまかり間違って何か有っても子は出来ず、大切な嫡男の性の手ほどきをさせるにはまたとない存在だったのだろう。今、振り返ってみれば、その母親の作戦は見事に成功したと言ってよかった。
   
 私は初めて接する大人の女に夢中になった。そして母の狙い通り、私は女というものを学んだのだった。ただし、他の女に手を出して問題を起こさせないと言う点に関しては残念ながらあてが外れたと言って良かった。かえって私は自信をつけて他の女にも手を出すようになったのである。だから、中学でも勉強は下から数えたほうが早いほどの成績で、当時入学試験が簡単だった同志社の予科にもぐりこんだのだった。しかし私は今でも久に感謝しているのは性のあれこれの知識を実地に教えてもらったことだった。もとより性教育など有り得ようも無い時代で、普通なら若集宿で知ることも私は無縁で、正しい性の知識を得る機会は全く無かった。男子にとって女子を良く知ることは大切なことであり、それも年上の経験のある女性から手ほどきを受けるのが最良の方法だと私は思っているが、まさに私はそれを受けたのである。久を通して私は女というものを学び、その後の人生で女を相手にするのに本当に役に立ったと思っている。
    
    
    ・・・・・  続く ・・・・・

「思い出は降る雪のごとく遠く切なく・・・」 2

三 その夜
その夜の夕食はひっそりした離れ屋敷での二人きりの夕餉だった。
久は私から離れて三畳間で後から取ると言うのを私が促して六畳間のちゃぶ台で私と差し向かいで食べるように命じたのだった。
下女が主人の家族と一緒に食事することなど有りえない時代だったから、それは格別の私からの計らいだった。何、私にしてみれば大人の女の久と差し向かいで一緒に食事をしたかっただけなのだが。
「そがいな事、あかんがいね・・・」
と久は躊躇ったが、主人の命令だったから、おずおずとちゃぶ台の前に座り、差し向かいで食事を取った。
十二歳の子供に大人の女を相手に世間話などできようはずも無く二人向かい合って黙々と箸を運ぶだけの食事だったが、それでも私は満足だった。久も嫌なそぶりではなかった。
 夕食を終えると後はもう寝転んで本を読むか(ラジオなど母屋に一台あるきりで夜になれば早々に寝てしまうのが当時の常識だった)ごろ寝するくらいしかないのだった。
久は細々した片付けや繕いや何やかやと忙しく働いていたが、私が風呂に入るときは声をかけるまでも無く洗い場で背中を流してくれた。
洗い場で肌着一枚になりたすき掛けで背中を流してくれる久はまさに大人の女の色気に溢れていた。
 背中を流してもらい再び湯船に浸かると、私は久に一緒に入って温まるように促した。福井の田舎は雪が多く、まだ三月の外は雪が残っており、薪をくべないと湯はすぐに冷えてしまうから、それは当然の流れだったし清にもそうしていたのである。
久は少し躊躇って見せたが、食事のときと同じように私の命令だと知ると、すぐに
「そんじゃあ、おおきにあても使わせていただきますがね。」
と嬉しそうに返して、すぐに肌着を脱いで裸になった。
私は心臓があぶつほどドキドキしてまぶしい久の裸の姿を見つめた。
   
 薄暗い風呂場の中ではあったが久の裸は雪のように白く輝いていた。
清のまだ平坦な少年のように痩せて固い裸は知っていたが、大人の成熟した女の裸を間近でじっくりと見るのは初めてだった。それは何と豊かでふくよかな肉体だったろう。外見はやせて見えたが、流石に三十代半ばを過ぎた成熟した女の体は全身がゆったりと丸みを帯びて肉がつき、羽二重餅のような真っ白な柔らかな肉がたぽたぽと揺れるように全身を包んでいた。特に平坦な清の胸に比べてたっぷりした重みを感じさせる乳房は生唾を飲み込むほどの強烈な印象だった。そして腰周りには驚くほどゆったりとたっぷりの肉がつき、正に成熟した大人の女の艶かしい色気に包まれていた。
地味で粗末な紺の絣に覆われた凛とした気品を感じさせる久の姿からは想像も出来ない女体の艶かしさに、私は完全に我を忘れて見入っていた。
 私は狭い五右衛門風呂の湯船から出ると入れ替わりに湯船に入る久をまじまじと見つめた。
    
「若さあ、そげに見たら恥ずかしいがいね・・・」
久は手ぬぐいで前を隠して恥ずかしそうに俯き体を屈めて湯船に入った。
私はもう完全に我を忘れ体も拭かずに立ち尽くしていた。
「あれ、はよう拭かんと風引くがいね。若さあ・・」
私は言われるままに慌てて体を拭いたが、その場を立ち去れなかった。
「いややがねえ、そんなに見られたら出られんがいね・・」
久はくくくっと、可笑しそうに笑いながらそう言って顔をうつむけた。
「お久はん、良かったらあても体を流してやろうがいね・・」
それは自分でも予期していなかった言葉だった。
「若さあ、あらまあ、これはたまげた。だけどもそげなことしたら罰があたろうがいねし・・・」
「うんや、おかえしだがねし。お清にも、たまに流してやったがいね。」
それは本当だった。清とはいつも一緒に風呂に入っていたし、背中を流し合うのは当然のことだった。但しそれは遊び半分の子供同士のふざけ合いのようなものに過ぎなかった。久を前に私が申し出たのは遊びの気分ではなくひたすら大人の女の体に触れたい、抱きつきたいという本能から出た言葉だった。それは清に対しては全く感じなかった感情だった。
「そがい本当かいねえ。こらあたまげた事。お清さんにもしてやっとたがいねし。そんだら、あても罰は当たらんかも知れんがねし・・・・・」
    
久は少し躊躇う風情だったが、私が再び促すと、今度は、
「そんじゃあ、あてもお清はんと同じように若さあの言葉に甘えるがねし。」
そう言って、ザバっと音を立てて湯船から立ち上がって洗い場に出た。
恥ずかしそうに前を隠して、背中を丸めると、片膝立ちにすのこにしゃがみこんだ。
真っ白く張りの有る女の色気を発散する大きな背中だった。
私は弾かれたようにぬか袋を拾い上げ、手桶に湯を汲んで久の女の背中に湯を流しぬか袋で擦りたてた。
「ひや~、若さあにそげなことをしてもらうなんど、ほんにありがたいことですがいね。」久は気持ちよさそうに目を閉じて黙って私の手にゆだねた。
 私の興奮はすでに十分に限界を超えていた。
今、自分は大人の女の裸に触れている。
柔らかく、真っ白に輝く弾力に富んだ女の肌。
素裸の下腹部はむくむくと変化している。
頭の中がカッとなって私は夢中になってしゃがみこんだ久の背中に覆いかぶさって抱きついていた。全く我知らずの自然な勢いでそうなったのである。
夢中になって両手を前に回して胸をまさぐり、硬直した下腹部をごしごしと久の背中に押し付けた。
「ひやあ、あかんがねし、そげながいたらこと(乱暴な)こと・・・若さあ、なあ、あかんがねし・・・」
拒絶の言葉だったが案に相違して、久は体では強くは拒まなかった。
私は小柄なほうだったし、まだ十二歳の子供で大人の女である久より小さかった。
そんな子供に背後から抱きしめられても、本気で強く振りほどけば逃げ出せたはずだった。しかし久はじっと蹲って私のなすままに任せているのだった。
清ならきっと
「あかんて、若さあ、あほしたらあかんがや。」
と笑いながら、するりと身を翻して逃げてしまうに違いなかった。
しかし久は逃げなかったし、強い抗いの声も上げなかった。
長い時間そうして私は蹲る久の背中に圧し掛かるようにしてしがみついて、きつく抱きしめていた。静寂の中で裸の体を通してお互いの体温が暖かく伝わってきた。
抱きしめた腕の中に大人の女の体のすべてがあった。
女の髪の匂い。
柔らかい体のたぷたぷした弾力。
張りのある真っ白で艶のある肌。
ふにゃふにゃした氷嚢のような乳房のふくらみ。
豊かな腰まわり。
ゆったりした大きな尻。
それらすべてが私の腕の中に在った。
陶酔するような夢のような時間の流れだった・・・・・
    
やがて、
「若さあ、なあ、風引きますんで、もう出やんがいね。」
久の優しい声で私はようやっと我に帰って体を離したのだった。
   
「さあ、若さあ、着んがいね。」
寝巻きを着せ自分も手早く体を拭いて寝巻きを羽織った。
   
私はもう完全に理性を失っていた。
所詮十二歳の子供だった。
初めて触れた大人の女の体の感触に頭に血が上っていたのである。
寝巻きを着終えた久の体を私は夢中になって抱きしめていた。
久は今度も抗わなかった。
きつく抱きしめるといつの間にか久も両手を回して抱き返してきた。
押し黙ったまま、洗い場で暫く二人で抱き合っていた。
やがて、
「さあ、冷えるがいね・・・」
と促されて部屋に戻った。
    
   
四 同衾への誘い
   
 興奮冷めやらぬままに風呂から上がった私は後はもう寝るばかりだった。
しかし、寝るどころの騒ぎではなかった。
心はもう久との同衾のことしかなかった。
久が布団を敷くのを待って早速に中に潜り込み私は息を凝らして待った。。
暫くして戸締りをして明かりを消した後、久が枕元にやってきて、
「お休みなさいませ。」
と両手を突いて丁寧に休む挨拶をした。
「なあ、寝床で温くうして・・」
私は子供が甘えるような振りを装って言った。
それは清にいつもねだっていた同じ言葉だった。
幼い時から母親代わりだった清は無論躊躇無く私の寝床に入って体を温め私が寝付くまで一緒に居てくれたのだった。
私は暗い中で久が頷いたのかどうか見もしなかった。
そして起き上がるとがむしゃらに久の体にしがみついていった。
    
「あれまあ、若さあ、子供みてえな事を・・・・・」
久は冗談でふざけていると受け取った様子で、くくくっと笑いながら、逃げる様子を見せた。私は体をかわした久の腰にしがみついて抱きついた。
「あかん、あかん、若さあ~、そがいな事~」
逃れようとする久としがみつく私は暫く布団の上で揉みあう形になった。
十二歳の私はまだまだ小柄で、大人の久の体より小さく、久がどうしても逃れたかったら容易に私の体を跳ね除けられたはずだった。
しかし久はそうしなかった。
だから、私も諦めなかったのである。
   
「なあ、いっつもお清は寝床に入いっとたがねし。」
実際、清は一緒に布団に入って抱き合うのを拒まなかった。
それは、寒い北陸の内陸部の夜寒に母親が我が子の寝床に入るのと同じだった。
「そんでも、若さあ、もう子供ではないがねし。」
「いんや、子供じゃあ、なあ、温くうなるまで一時だけ寝床に入ってえなあ」
私は子供であることを強調した。
「あかん、あかん、さっきよう分かったがねし。若さあ、もう立派な男子じゃ。」
先ほどの風呂場での事を指しているのだった。
私はドキンとした。
久の裸に背後から抱きつきながら、硬直した下腹部をその背中に押し付けたのである。
それは大人の印に違いなかった。
   
「なあ、ちょっとだけや、なあ、頼むがいね・・・」
私はひるまず、久の体を抱きしめたまま強引に布団の中に引き入れようとした。
「ひやあ、あかんがいね、そげなこと・・・若さあ、なあ、あかんがいね・・・」
久は拒んで逃れようとした。
しかし声は決して怒ってはおらず、どこか冗談ごとのように、可笑しそうに、
くくくと、ひそみ笑いを漏らしながらの抵抗だった。
今思えば、大人の女である久は、まだほんの子供である私の性的な要求を、半ば驚きながらも、からかい半分、本気半分で、軽くいなしながら楽しんでいたのだと思う。
   
しかし、私は本気だった。
私はもう頭に血が上って絶対に引き下がるつもりは無かった。
すでにたぎり立つものに押されていたのである。
最後は主(あるじ)として命令してでも久を寝床に引きずり込むつもりだった。
ほんの十二歳の子供に過ぎなかったが、私は自分が主であり、久はたとえ大人でも自分の命令に従うべき下女だと思っていた。実際、清は全く私の言いつけにすべてしたがっていたから、それが下女の当然の決まりなのだと思っていた。
久は半ばふざけながら、半ば本気で押し返し、逃れようとする。
しかし洗い場の時と同様に抗いは強くは無かった。
私は渾身の力で久に抱きつき離すまいとする。
久は逃れようとする。
二人は布団の上で揉みあい、抱きあ合った姿で転げまわった。
「あかんがね、あかんがね・・」
「な、なあ、何もせんて、一緒に寝床で温まるだけや。」
同じ言葉を繰り返して二人は揉みあった。
それは、半ばふざけ合いの様な遊びごとに近かった。
    
 暫くすると二人とも息が荒くなり、汗ばむほどになっていた。
決して久が本気で嫌がっているのでは無いことは明白だった。
半ば楽しんでいる。
子供の私にもそれは伝わってきた。
だから諦めなかった。
「あ、あかんがいね、若さあ、そげんことはいかんがいね・・・」
荒い息を憑きながら久が口走る。
口ではそう言ってはいても抗いは強くは無かった。
子供心にも久がもう受け入れる気持ちであることを知っていた。
「なあ、お清はいっつもこうして一緒に寝ていたがね。なんでそれがいかんのや・・」
私は泣き出しそうな必死の思いで哀願するように言った。
久は流石にもう潮時と思った様子で応えた。
「そんでも、若さあ、お清はんとは寝ても何もせなんだでしょう?」
「ああ、そうや。たんだ一緒に寝床で温まるだけや。」
何もせなんだ、と言う言葉に内心どきりしていた。
図星を指されたのである。
確かにそのとおりだった。
清との事は同衾ではなかった。
夜寒を一緒に布団に入り温まるのが目的で抱きついてもそれだけだった。
いたずら半分で胸や股座を触ったことは幾度も有ったがそれは単なるいたずらで、性的な欲求とは違ったものだった。
しかし今の自分は違っている。
久はそれを言っているのだった。
流石に大人の女だから良く分かっている。
久が男と女の事を言っているのは明白だった。
その下心を見透かされている。
そう思うとたまらなく恥ずかしかった。
しかし、今更引くに引けなかった。
体には滾り立つものが支配している。
    
「当たり前や、何もせんがね、お清とおんなじだがね。」
全く口からでまかせだった。
「あれうまいこと言うて若さあ、ほんまがいね。」
「うん、きっとや、約束するがいね。絶対に何もせんて、温くうなるまでだけじゃ」
「本当やね、若さあ、だまくらかいたらいかんがね。」
「うん、きっとや、ただしな、一個だけ触るのはええやろがね。」
私は抜け目無く言い足した。
「触るてえ、どこをやの。」
「ちょこっと乳とそいから臍ん所じゃ。」
「あれまあ、乳と臍がいね・・」
たまげたと言った様子で久は見つめた。
それは明らかに温まると言う言葉とは関係ないことだった。
「何で?若さあ、あての乳と臍が好きなんかね?」
それはからかうような口調だった。
「何でもじゃあ、ちょこっと触るだけじゃあ・・・」
「ふ~ん、乳を触るのは赤子みてえやがいね?若さあ、赤子がいねし。」
今思えば久はほんの子供の性的な要求に内心ほくそえみながらからかっていたに違いなかった。
「うるさいがいね・・たんださわりたいだけじゃ。」
怒気を含んだ言葉に流石に久は引き下がった。
「ふ~ん、本当にちょこっと乳と臍だけ触るだけじゃねえ?」
「うん、きっとじゃあ。」
久は暫くじっと私の見つめていたがやがて、分かったと言う様に軽く頷いた。
「そんならええです。だけどもがいなら(乱暴)したらいかんよ。なあ、若さあ、がいならしいがねし。」
私はただ一人の男子で我がまま放題で育てられ、奥ではがいならしい(乱暴者)として通っていたのは自分でも心えていたから久の言葉は自然だった。
「うん、がいならはせんよ。約束する。」
続けて久が言った言葉は全く予想外だった。
「ほんだら、あての方も若さあの臍を触ってもええかね?」
私はどうして久がそんなところを触りたいのか全く分からなかったが、断ることは出来なかったから、すぐに承諾した。
    
「なあ、ええですか。若さあだけやよ、こげなことは・・・・・ほんだでね、絶対に他の人には言うたらあかんよ。な、約束やよ。」
久の真剣な声に私も真剣に応えた。
「うん、絶対に誰にも言わん、約束じゃ、違えたら針千本飲んだる。」
それで決まりだった。
    
男と女の間にはそうしたお互いの了解の嘘が必要なのだと私はその時学んだのだった。
私は久が二人の秘密だと仄めかした事がとても嬉しく、興奮を覚えた。
それは大人の女である久と自分だけの密かな秘め事の誘いのように感じられた。
それを許した久は自分を赤子だと言いながらも対等な大人として扱ってくれたような気もしたのである。
   
五 初めての精通
    
 私は久の体を抱きしめながら布団の中に引きずり込んだ。
薄手の綿の寝巻きに包まれた久の体を横向きになってしっかりと抱き寄せた。
久も横向きになって私の小柄な体に手を回して抱き返した。
小さな布団の中で十二歳の子供と三十半ばを過ぎた大人の女がしっかりと抱き合う形になったのである。
それは傍から見れば単なる母子の添い寝のような感じだったが、私の気持ちは全くちがっていた。妻を抱く夫の気持ちのようなものだった。
    
真っ暗な部屋の中で私たちは完全に二人だけの世界に住んでいるようだった。
私は初めて自分のものとして抱いた大人の女の体に陶酔していた。
その温もり。
柔らかい体。
ふくよかでたっぷりした腰と丸く弾力の有る大きな尻。
そして久の吐く息。
大人の女の匂い。
その圧倒的な女としての存在感・・・
     
それらはすべてが清とは全く異なる本当の女だった。
私は夢中になって久の寝巻きを肌けてたっぷりした乳房に頬刷りし手で揉みしだいた。
「若さあ、な、きつうしたらいかんよ、なあ、がいたら(乱暴に)いかんよ・・」
夢中になっていた私は氷嚢のようにちゃぷちゃぷとした乳房を、繰り返し力任せに、ぎゅっと手で握り締めていた。
「うん・・」
片手で握りながらもう一方の乳房を頬すりし口を押しつけた。
「ああ、若さあ、そいだら事したらまるきし赤ちゃんやがね・・」
久は可笑しそうに言いながらも私の体を抱きしめていた。
私は久のたわわな両の乳房を代わる代わる口に含み頬張りチュウチュウと音立てて吸い続けた。
乳房の先端の大きな干し葡萄のような乳首を吸いたてると私の背中に回した久の手がぎゅっときつくなるのを不思議に感じていた。
大人の女が子供である自分の行為に反応するなどとは全く思っても見なったのである。
顔を離すと
「若さあ、ほんに赤ちゃんやがあ、上手におっぱいを吸うんじゃんねえ・・・清さんにもこんなんにしたんか?」
久が清の名を出したのが少し不愉快だった。
あれは、単なる子供だ・・・全く違っているのに比較になんかなるものか・・・・
    
「ううん、清はぺちゃんこじゃから、嫌いだがねし。」
それは本当だった。
いつも寝床の中で清の胸をまさぐったがまだ十七にしかならない少年のように青い体は全く堅く平板で色気の対象には程遠かった。
「ふうん、お清さんはぺちゃんこがいね・・」
久はくくくと、含み笑いを噛み殺すように言った。
「なあ、若さあ、そいたらあてのは、ええがねし?」
そう言うと、乳を揉む私の手に手を重ねてぎゅっと押し付けた。
もっと触ってくれと言っているようで驚いた。
手の中でふにゃふにゃと膨らみ揺れる大人の女の乳房は少しも飽きなかった。
久もそれを心地よく感じている様子だった。
    
 乳房を散々弄んだ後はもう残る場所は一箇所しかなかった。
再び乳房を口に含みながら手を久の柔らかな腹に沿わせた。
そこも清とは全く違った大人の女の感触だった。
すべすべとしてなおかつ、たぷんたぷんとした柔らかさ。
私の興奮は最高潮に達しておりすぐに手を下に這わせた。
    
「あっ、あかん、そこ・・・・・」
久の手が押しとどめる。
しかしもう堰を切った興奮は止めようも無かった。
一気に手を下腹に這わせる。
「若さあ、そこはあかん、あかんがねし・・・」
私は全く聞いては居なかった。
柔らかなたっぷりした下腹の感触、ゆるくたるんだ下腹の肉は手の中で掴み取れるたっぷりした豊かさだった。
そこを手でぎゅっと握り更に進めると、意外にも、じょりっとした違和感の有る手触りが返ってきた。
それは風呂場で垣間見た真っ黒な三角の茂みに相違なかった。
それこそが大人の女の印だった。
清はかすかに僅かな毛がしょぼしょぼと生えていただけだった。
濃くて真っ黒な大きな三角の茂み。
母屋の風呂場で、他の下女のものも何度か盗み見た事があったがあれこそが大人の女の圧倒的な象徴だった。大人の女は皆例外なく下腹にべっとりと真っ黒な三角の茂みを生やしている。それが風呂場で下女を覗き見したときの強烈な印象だった。
それに今、自分は触れているのだった。
    
 私はそれを確かめるために茂みを指先に何度も絡めては確かめた。
「若さあ、あかん、もうあかんて、な、もう堪忍して・・・」
久は今までとは違った、本気の様子で躊躇いを見せていた。
しかし私は辞められるはずは無かった。
「あかん、あかん、な、若さあ、やめて・・・」
無論聞く耳は無かった。
「若さあ、そんならあてもお返しに若さのここを触ったるから・・」
久は約束どおり、向き合った私の寝巻きをまくって下腹に手を伸ばしたのである。
あっと思ったがすぐに越中ふんどしの中に手を潜り込ませて来た。
痛いほどに堅く硬直した性器が柔らかな暖かい手に包まれた。
瞬間、ぞくっとする心地よさが全身を貫いた。
「ああっ・・」
私は思わず声を上げていた。
恥ずかしい硬直を久に知られて握り締められた狼狽で私は反射的に逃げようともがいた。しかし今度は久が逃がさなかった。
「若さあ、あかん、お返しやからねし・・」
体は抱きしめられているし、その上に硬直した性器をしっかりと握り締められ私は酷く狼狽した。
「さあ、若さあ、触ってもええよ、お互い様やからねし。」
そう言われたらもう狼狽などしていられなかった、背中を押される気分で焦って手を這わせた。
十二歳の子供はやはり大人の女の前では、仏の手のひらの上で良いように遊ばれている孫悟空同様だった。
結局私は急所を握られて久の下腹を探る許可を得たのだった。
    
 私は再び手に触れている久の下腹に意識を奪われた。
そしてとうとう、茂みの奥の最後のところに手を潜り込ませていったのである。
清のもので知ってはいたが、やはり大人の女の急所は全く別物のような気がして、初めて触れる未知の神秘な世界そのものに思えた。
太ももに挟まれて窮屈な手の先に柔らかく「くちゃっ」とした肉片の重なりが有った。
清には無かった、柔らかな「くしゃっ」と重なり合う感触・・・・
どうなっているのだろう?
清のを思い出しながらいじったが、どこがどうなっているのか、良くは分からなかった。くしゃっと重なり合った肉片を指先でつまみいじる。
指先を重なり合った中心に探りを入れる。
すると暖かい濡れた感触があり、指先が更に中に入り込みそうになった。
「あぁ・・、あかん、あかん、なあ若さあ、きつうせんといて・・」
・・・
「若さあ、そこは、おなごの一番大切なところやさけえな、がいたらあかんよ絶対にな」私は恐る恐る見知らぬ地を探検するような手探りの慎重な行為だったから、久の言葉に戸惑いを覚えた。がいたら(乱暴に)しているつもりは全く無いのだった。
しかし、おなごの一番大切なところ、と言う言葉には酷く興奮を覚えた。
そうなのだ、自分は今、正に大人の女のもっとも大切な部分をまさぐっているのだ。
   
「若さあ、な、そっとさすってや、そっとやよ・・」
うんと、こっくりして私は指先に触れている「クシャ」とした柔らかな肉の重なりをそっとさすった。
ゆるりとさすると、そこはぬるっと何か濡れているらしかった。
おしっこ?
子供の私にはそれくらいしか思いつかなかった。
清はそうではなかった、と思う。
大人なのにおしっこを漏らしたのだろうか?
しかし汚いとは少しも感じなった。
かえって大人の女がその秘密の場所をおしっこで濡らしていると思うと、隠された秘密を知ったような卑猥な興奮を覚えた。
そこをさすっていると、ぬるぬるした感じが一層強くなってくるようだった。
そして「くちゃとした」中心部の奥に指先がするっと潜り込む深みを感じた。
少し周りを確かめて薄い肉片のようなものを摘み確かめる。
それから、思い切って肉片に囲まれた中心部にひとさし指を入れてみる。
ぬるっとした感触があり指は吸い付くような感触の中に嵌まり込んだ。
途端に、
「ああ、若さ、あかん、あかん・・」
久が小さな声を上げ、硬直した性器を包んでいた手にぎゅっと力が入った。
私は自分の行為が久にその反応を与えたのだと、幼いながらも直感して興奮を覚えた。
    
 指先をぐっと奥まで進める。
ねばっとしたまとわり憑くような感触が人差し指を包み込む。
中を捏ねるようにゆっくりとまさぐる。
「はあ、・・」
それに反応してか、久が小さな嗚咽を漏らして性器を握った手にぎゅっと力が入る。
私はゆっくりと指を引き抜き再び奥まで突き入れる。
久はその都度、反応してぎゅっと手で握り返してきた。
今や自分の指の動きが久に何らかの痛み?か何かを与えて反応を引き起こしているのは間違いなかった。
私は夢中になって指を使った。
そして硬直した性器は都度、久の柔らかな手でぎゅっ、ぎゅっとしごかれて、興奮は一気に高まっていた。
「はあ~~」
久が感極まったように熱い息を漏らして私の体をきつく抱きしめ、手を激しくしごいたときだった。何かがぴかっと光って背筋から脳天にかけて、さ~~っと歓喜の電流が一気に突き抜けた。
何が起こったのかわからなかった。
ドクドクと私は生まれて初めての精液を久の暖かく柔らかな掌の中に放ち終えていた。
暫くの間、呆然として声も出せずただただ、必死に久にしがみついていた。
久は放ち終えた私の汚れた性器を自分の寝巻きの裾で包み込み掌の中でしっかりと握ってくれていた。
何が起こったのだろう?
何がチン○の先から漏れ出したのだろう?
あれは一体なんだったのだろう?
早熟で性的好奇心が旺盛な子供だったが、もとより性の知識が有るわけも無く、友達は晩生で何も教えてはくれなかったから精通についての知識は全く無かった。
    
 私は呆然としていたが気だるい気分の中にも深い充足感と幸福感を覚えていた。
ただ、おしっこのようなものを久の手に漏らしてしまった、決まりの悪さは有ったがそれでも、久は少しも嫌な様子ではなく優しくしっかりと握り締めていてくれるのが嬉しかった。そう、久が確かに自分に起こった衝撃の一瞬をしっかりと受け止めてくれたのである。久を相手に男としての何事かを行ったのだと思った。それがあの男と女の間の性行為なのかはよく分からなかったが、それでも満足だった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、久は私に優しく頬擦りししっかりと抱きしめてくれていた。私は久をこの上なく好もしく、親しく、今まで誰にも覚えなかった、いとおしいものに思えた。今や久は誰とも違った、清でさえ遠い存在に思えるほど親しい特別な存在に思えた。
   
 どれほどそうしていたのだろう、やがて久が声をかけてきた。
「若さあ、やっぱし立派な大人の男子やがね・・・」
そう言って、優しく頬刷りをしてくれた。
硬直した性器の先端から何かの汁を放ったのが、大人の印らしかった。
「若さあ、知っとるがいね?大人の男子はねし、こがいにして、チン○の先から子種の汁を出しておなごを孕ませるんやよ。」
頬擦りしながら耳元で囁いた。
「子種の汁?」
「うん、子種の汁じゃがいねし。」
「これで赤ん坊が出来るんか?」
「はい、それをおなごのお腹の中に漏らすんだがいね。」
「どうやっておなごのお腹に漏らすんや?」
久は少し躊躇って、
「若さあ、お清はんは何にも言わんかったんがいね?」
「うん」
「そうかあ、ほしたらなあ、今度からあ、あてが先生になってあげます。ええですか、若さあ?」
「うん」
私は、もう単なる十二歳の幼い子供に戻っていた。
主(あるじ)だとか元服とかいっぱしになって気取っていた外の鎧は完全に脱げ落ちていた。今や久の手のひらの中で自分の急所はしっかりと握られており、完全に逸った気持ちは抜け落ち、十二歳の子供と三十七歳の大人の関係に戻っていた。
久は自分より経験豊富な大人であり性について先生になるのは当然のことだと素直に思った。従順に自分の言いつけに従うだけの幼い清とは全く違っていた。
久は下女では有ったが、それ以上に、私にとっては「妻」であり、その前に大人の女であり、そして自分の先導者だと素直に認めたのである。
「なあ、お久はん、どうやっておなごのお腹の中にその汁を漏らすんや?」
重要な疑問がまだ残っていた。しかし、久は
「それは、若さあ、また今度のお楽しみや・・・」
とくっくっくっと含み笑いをしてごまかしてしまった。
    
 やがて、久は、つと寝床を出ると再び戻ってきて丁寧に汚れた下腹を手拭で拭き清めてくれたのだった。
それが50年の月日を経てもなお昨日のように鮮明に覚えている、私と久の「初夜」の一部始終の出来事だった。
   
    ・・・・・  続く ・・・・・
    

「思い出は降る雪のごとく遠く切なく・・・」 1

 
一 馴れ初め
 今思えば私と福田久との関係は単なる女中と主家の息子という関係ではなく、ありていに言ってしまえば要するに「夫婦」の関係だったと言っても良かった。
まだ小学6年の十二歳の子供と三十七歳になる女が夫婦と言うのは全く常識を外れた事だが、やはりあれは夫婦としか表現しようの無い関係だった。
無論、表向きは私は主家の大切に育てられた嫡男で、福田久は単なる使用人の女中にすぎなかったし、当時の私にとって久と「夫婦」だと言う意識は露ほども無かった。
  
 私は中学受験を控えた小学6年に上がると、母から昔ならもう元服の年なのだから、一人で寝起きするように言われ、母屋から離れた奥のこじんまりした離れ屋敷で一人で生活するように命じられた。それに、中学受験のために静かな離れ屋敷での生活が必要なのだとも言わた。それまでは大勢の家人や住み込みの下女や女工の暮らす騒然とした母屋の中で落ち着いて勉強が出来なかったのは確かだった。
昔からの広い藩士の屋敷の中に母屋や機工場などが立ち並び、その中にこじんまりした離れ屋敷が有った。以前は年老いた祖母が生活していたが今は空き家になっている小さな一軒家で母屋から切り離されたひっそりした家で、勉強にはもってこいの場所だった。
  
 母の命令は絶対だったし、私は多くの女中や女工さんの出入りする喧騒な母屋が好きではなったし、何よりも恐ろしい母の目から離れられるから、その家で一人で生活することは、寂しいと思うどころか、却って自由で放縦な生活を送れると言う期待も手伝って願っても無いことだった。
 それまで私には清という若い娘が私専任の下女として付いており、当然、離れには清が付いてくると思っていたが、嫁入りの話があり、代わりに福田久が選ばれたのだった。この点だけは私は酷く落胆し、悲しかった。清は若い娘だった(確か私より5歳ほど年上だったと記憶している)が、私が物心着く前からずっと私のお守りで、全く母の愛情に接していなかった私にとっては唯一気が許せる家族で私は心底なついていたから別れる事は身を切られるような辛さだった。
 代わりに私の専任の下女となる福田久は、母方の遠縁の血筋で、当時三十半ばを過ぎた年かさの女中の一人だった。奥だけで何人も女中がいたし、私には清が仕えていたから、他の女中の事はほとんど知らず、久についても顔を知っているくらいであまり接する機会も無く良くは知らなかった。同じ家の中で暮らしていたとは言っても、まだ小学生の子供にとって大人の世界で働く女中たちは全く無縁の存在だったから、それは当然のことだった。
 久も越前大野の生まれでそこそこの藩士の家柄だったらしいが、二度嫁入りの経験があり、そのいずれも、子が出来ずに離縁されて出戻っていたのだった。母がそんな遠縁の久を不憫に思ったのか下女として引き取ったらしい。久は住み込みの下女でたくさん居た機織の女工さんの世話係だったと言っていた。その久が離れで私の面倒を見るために一緒に生活するようになったのである。母屋からは独立した生活だから、当然、食事も洗濯も風呂も別で、久がそれら一切の家事を行い私だけの下女として離れで寝起きを共にすることになったのである。
 母から久の事を告げられたとき、私は清と別れた寂しさが急に薄らぎ、代わりに心の中に何かもやっとした、ときめくような浮き立つ気分を覚えたのだった。顔は見知っていたがほとんど話をした記憶も無い下女だった。それでも久は武家の育ちで立ち居振る舞いが凛とした、色の白いどことなく気品の有る存在で、下女には珍しいと大人たちが話すのを何度も耳に挟んだことがあり少なからぬ興味を持っていたのである。だから私は久の名前が出たときは少しも否やは無く、逆に密かなときめきを覚えたのだった。
 久は三十半ばを過ぎ、まだ十七の娘である清とは全く違った完全な大人の女だった。清にはなついていたが、年も離れておらずまだ幼さの残る清は、母親というよりもどちらかと言えば、優しい姉のような存在で時として同年代の仲間のような、自分と同じ世界の人間に過ぎなかった。その点、久は全く一人の大人の女だった。私にとっては母親やその他の、機工場や母屋で働く大人の世界の住人だった。
清は有体に言えば自分と同じ子供で一緒に風呂に入っても一つ布団で寝ても、ときめきは無かったし、女を意識することも無く過ごしていたのである。十二歳と言う子供から少年に移り変わる微妙な年齢に差し掛かっていた私は、ちょうど性に目覚め始めたばかりで、同じ子供ではなく本当の大人の女に興味を持ち始めていたのだった。そんなおりだったから、その大人の女が離れの屋敷で自分と一緒に寝起きすると言われて密かなトキメキを覚えたのも自然な成り行きだった。私は清を失った悲しさよりも新たに手にした、一人の大人の女を、自分だけの下女として一緒に過ごすことに酷く興奮を覚えていた。正に心ときめく新たな生活の始まりを予感させるものだったのである。
  
  
二 新居での生活
 久との二人だけの離れでの生活は春休みの最中の三月のお終いの頃に始まった。
離れの屋敷は母屋と機工場に隔てられた、小さな生垣と大きな欅の木が影を作るこじんまりとした平屋の建物で完全に母屋からは独立した一軒家だった。玄関を入るとすぐに土間になっていて勝手場が有りその奥に厠と風呂場が有った。部屋は玄関の上がり框に続いて、三畳と六畳の畳の部屋が有るだけの広さで、まさに小体な隠居所そのものだった。しかし私と久だけの二人の生活には十分すぎる広さだった。
 夜具や勉強道具や身の回りのものを運び、引越しを終えて新しい我が家に収まり、六畳の机の前に座った私は、完全に独立した家屋に主として生活するのだと言う気構えが沸き起こり、何か急に一人前になったような気がして、子供なりに嬉しく、しっかりするんだと自分に言い聞かせて身を引き締めた。
   
 私は奥の六畳に座り机を置き、そこで日中は勉強をし、夜は寝床を敷いて寝ることにした。また、翌年の春に控えた中学受験のために、近所の中学の教師に勉強を見てもらうべく毎夜通うことになっていた。
 久も同じようにその日から母屋の女中部屋から越してきてそこで生活を始める準備を終えていた。一応、三畳の部屋が久の部屋という形になって小さな柳行李と化粧台が持ち込まれた。それが酷く大人の女を意識させるもので私は小さな姫鏡台に艶かしいものを感じた。離れはもともと祖母と女中が暮らしており、小ぶりな箪笥やちゃぶ台など一通りの所帯道具は揃っていたから生活するのには何も不自由は無かった。
そこでいよいよ、十二歳の私と三十七歳の福田久の新居での生活がスタートしたのだった。
 荷物を片付け終えた昼過ぎの一時、私は引越しを終えてわくわくするような気持ちで、机に座ってぼんやりしていた。そこに襖を開けて久が茶を出してくれた。
小さなちゃぶ台に湯飲みを置くと、久は深々と頭を下げて、
「ふつつかなけども、どうか叱って追い使ってやって下さいませ。」
と丁寧に両手を突いて正座して挨拶をした。
自分より二周りも年上の、母親同様の年齢の大人の女性だったが、そこは下女と主家の嫡男の関係で、久はきちんと使用人としての態度で接してくれたのである。
私は、慌てて正座をすると
「ああ、久はんがいね。あてこそ、よろしうお頼みもうすがいね。」
と、いっぱしの大人びた態度で応じていた。
一家の主としてしっかりしなくては、と心に誓ったばかりの子供には、まさに最初の気構えを示す絶好のお披露目の場になった訳である。
地味な紺色の麻半纏と絣の着物の女中の姿だったが、それが却って清楚な気品を感じさせるようだった。久は間近で見ると抜けるように色が白く肌理の細かい肌をしており、細面で整った顔立ちは雛人形を見るような、ろうたけた美しさだった。その時が久と直接対面する始めての場だった。私は顔を上げた久をまじまじとは見られず、盗み見るようにして見ただけだった。とにかく必死に主人としての体面を取り繕うつもりの子供にとっては、初めて二人きりで交わす挨拶は酷くドギマギしたぎこちない見合いの場のような感じだった。無論私はそう意識したわけではなかったが、どれは確かに夫婦として暮らすことになる女性との初めての見合いの場だったのである。
    
    ・・・・・  続く ・・・・・
   

「何でもする」と言った彼女に母親と3Pさせろと言った

"

昔酔った勢いで彼女を振ったら、「何でもするから」って言うんで「母親と濃厚な3Pさせろ」って言ったらそれが本当に成功しちゃった…。当時彼女18歳、母親38歳だった。

 元彼女になるが、当時は某有名エリート女子高へ通っていた。ある日、彼女のバイト先で一目惚れして連絡先を渡したらデートする事になって順調に交際に発展。彼女は処女では無く、見た目清純だがかなり淫乱タイプ。後で知るが、心に病を抱えているタイプだった。何でも言う事聞くどM娘でした。

 彼女を迎えに行く母親と顔を合わせてるうちに仲良くなっていった。母親の仕事は婦警で、子供に激甘な典型的なお母さん。若くして産んだだけあり、見た目や雰囲気は鈴木砂羽な感じ。とても明るく、街でたまたま会えば無理矢理お茶に付き合わされたりしてたな。

 娘は勉強で挫折し、知らぬ間に登校拒否をしてたらしいが、夜しか会わない俺は知らなかった。毎晩毎晩やりまくり、アナルまで完璧に仕込んで楽しんでたある日、母親から呼び出されて内情を聞かされた。登校拒否をしてる事実、精神を病んで病院へ通っていて、俺と遊ぶ以外は引きこもりな状態である事。ただ、俺はまだ結婚はしたく無いし、いくら迫られても厳しい旨をやんわりと伝えていた。

 その時、母親が冗談なんだか「娘を貰ってくれるなら何でもします」と言っていたんだが気にも止めず、引き返せなくなる前にと別れを切り出した。「何でもしますと言われても信用出来ないし、実際にやれと言えばそこまでは出来無いと騒ぐだろう」と言ったが、強烈な内容の奴隷契約書+借用書にサインしてと言うとあっさりサインした娘。

「じゃあ明日からソープで働いて貢いで」と言えば次の日に本気で面接を受けてくる始末。これは重すぎると切り出したのが、母親との3Pだった。しかも、「ただヤらせた位じゃ納得しないよ?レズプレイ+タブルフェラ+中出しは絶対な」と言うと、本当にしたら別れないかしつこく聞かれた。

 3日経ったしたある日の朝、彼女からどうしてもプレゼント渡したいから会いたいとせがまれ、渋々家に呼ぶと母親も一緒だった。とりあえず家に上げ、何事かと聞くと母親が「娘が、どうしても満足させられないから女としての嗜みを教えてくれと頼まれた」と軽く震え声交じりに口を開く。「それは?」と聞けば、母親が一緒にアダルトビデオでも見ながら話さないかと言い出した。娘を見ると目配せされたので、半信半疑で「ビデオじゃあれだから実戦で」と笑いながら言うと、母親があっさりと承諾した。

 え?って思ったけどとりあえず、「じゃ、皆でまずはお風呂に!」と言うとさっさと風呂の支度をして三つ指ついて迎えに来た。風呂支度をしてる母親に聞こえない様に、娘に聞いたら何しても絶対大丈夫と言うし、ドキドキしながらも半分開き直って母親を恋人気分で相手した。

 風呂に行くと母親が娘に身体の洗い方をレクチャーし、身体を洗い流し終えたら浴槽に腰掛けて直ぐにフェラが始まった。母親は娘よりも巧みに玉袋からネチネチと責めてからネットリと咥える。娘に咥える心得みたいのを言っていたが、ドキドキし過ぎてよく覚えて無い。

 風呂は狭いからと、部屋に移動すると母親の濃厚なフェラ講義が開始された。母親も娘も、残念ながら制服では無く全裸だが、母親と娘と交互にフェラをしながらはしゃいでる。その時点で既に発射してもおかしくないと皆は思うだろうが、実際は若干萎縮してたたないもんだわ。母親がアナル舐めを開始した辺りから、娘がフェラをして母親がアナルから玉袋を責める。母親がフェラをすると娘がアナルから玉袋を責める。

 しかし、萎縮して半立ちだからかなり長い事しても発射出来ず。母親が娘に舐め方が悪いと言いながら俺の乳首を舐め、娘にも舐めさせたと思ったら娘も寝かせて母親がいきなりクンニを開始した。何となく促されて母親をクンニすると娘がフェラを開始し、奇妙な三角関係が開始される。しばらくすると母親は娘と濃厚なキスを開始し、お互いにクンニをし始めた。若干取り残され気味で意識が遠のいたが、この間にトイレでおしっこをして戻ると母親が土下座しながら挿入させてくれと頼んできた。

 横になると乳首からネチネチ責め、軽いフェラの後に騎乗位で自分からズブズブと挿入してきた。食い入る様に結合部を見つめる娘に腰の振り方を教えていたが、この時点で既にコッソリ射精していた。3分も持たなかったが、とりあえず半立ちだと緊張してる程で押し通してプレイを続けた。

 母親に言われて娘にも挿入しなきゃならない状態になったが、なにせ既に中出ししてるからダブル妊娠が怖くて躊躇してたら母親が耳元で「娘は安全日よ」と囁いてフェラをしてくれた。

 娘が騎乗位で挿入し腰を振り始めると、娘の乳首を責める母親。正直何故こんなにやるのか意味が解らないが、一生に一度だしと母親の目の前で娘を責めまくってイカせてみた。母親はズルいと呟いて股を開き寝て、挿れてくれとせがんできた。

 娘から抜いたばかりのイチモツを、そのままさっき中出ししてグチャグチャの母親にゆっくり挿入した。母親はしっかりと抱きつきながら下から腰を使い始めた。娘は後ろからアナルを舐め始めた。弾力は娘のが柔らかく、しなやかでよく濡れる。母親はしっとりとして弾力やキツさは無いが、強烈な締まりがある。締めてないとガバガバだが、締めたら娘の2倍はキツイ。

 締められた拍子に2度目の発射をしたら、母親が耳元で「出し過ぎ」と呟いてきた。やはり気付かれてたらしい。しかし出してない体(てい)でそのまま抜かずの何とやら。母親がイクのと同時に3度目の中出しを喰らわせた。正直、2人とも妊娠したらどうしようとか無理矢理結婚させられたらどうしようとかドキドキしながら放心していた。

 朝から開始して既に昼過ぎだし、どうしようか悩んでいると、母親が「若いんだから」と娘を抱く様にお願いされた。「いやいや、流石に無理ですよ」と返すも「まだ1回しか出して無いから大丈夫よね?」と笑顔。とりあえず栄養ドリンクを飲んで娘を抱いてみたが、母親の締まりを味わった後だと若いだけで大味。しかも3度も出した後だけに、どうにもならない+萎縮も有って半立ちまでが限界だった。

 やはりAVみたいにはいかないのがリアルの世界だと痛感。ちょいイラついた俺は、娘に蟻のと渡りをさせろと要求して母親と抱き合わせた。上下に好きなように抜き差しを繰り返してみたが、母親の締まりを味わうともう止まらない。母親をバックから思いっきり突きまくり、4回目の中出しをした。

 母親も大きくイッて娘の上に崩れ落ち、娘は母親の中に出され垂れてくる精子にまみれながら放心していた。俺はそのまま眠りに入り、気付くと娘は風呂へ、母親が隣に寝ていた。

 母親に事情を聞くと、母親は娘がリスカを繰り返してたから恐くて断れないし、どうせなら思いっきりやろうと思った、と。中に出されて驚いたけど、どうせならとことんって思ったらしい。そんな母親を抱き寄せてフェラをさせてたら娘が出てきて混ざり始めた。朝までイチャイチャを繰り返し、都合6回母親に中出しした。3Pは流石にその1回だけでした。

 彼女とはその後20歳になるまで続いたけど、彼女の誕生日にあちらから別れを切り出してきて終わりました。3Pの後は、母親は""娘と仲良くして貰えるなら""と、肉弾接待をしばしば受けてました。週1から2週に1回位だったけど、相談したいとメールが来ると必ず中出しOKでした。

「娘には内緒で」と言われてたから、何となく背徳感で興奮出来たのを覚えてる。風の噂で母親が子供を産んだと聞いたけど、俺は認知は迫られては無いです。娘は中退してましたねー。父親は刑事さんでした。

 婦警ならではのプレイは残念ながら無いですが、とにかく締まりが凄いのは普段から取り締まりばかりしてるから‥とかw 鍛えてるからとにかく締まりが良かったです。娘は暫くは普通だったけど、だんだん向こうが冷めてきて終わったよw 母親は婦警が後先かまでは解らないけど、旦那はその時既に刑事だったらしいから多分婦警になってから産んだはず。娘と別れてから1回話し合いで会いましたが、それが最後でした!

 子供は自分のか解らないけど、中出ししかしてないから怪しいのは事実。フェラで思い切り吸われてるより締まる、まさしく名器だったから楽しむ余裕無かったのが残念。

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「キノコの子」と呼ばれた俺の性の自叙伝~中学時代~

 俺の家庭は、バブル崩壊と共に見捨てられた妾母子家庭で、生活費を稼ぐために、俺は10歳から大人に幼い身体を売っていた。最初はオヤジに悪戯され尻穴までホジられたが、その後はおばさん達に、射精しないチ○ポを散々喰べられた。
 俺は中学生になった。それでも俺の身体を求める大人が残っていた。中学になると急に勉強が難しくなり、学校も終わる時間が遅くなった。俺の客は相変わらず8人だったが、小学校から続く6人と新規の2人と言う内容だった。俺は、新規の2人のうちで、今までで最年少の25歳の真美さんに恋をした。真美さんに買われるのが楽しみだった。客が俺を買うのは月に2回くらいだったので、俺は週3~4回SEXしていたことになる。小学生の時とは違ってスナックの二階だけでなくラブホテルやモーテルに連れ込まれることが多くなっていた。従ってシャワーを浴びた後のSEXになるのでクンニを覚えさせられた。
 客の素性は俺には一切知らされていなかったが、俺が恋に落ちた真美さんは知的で聡明な女性だった。真美さんは、一回り年下の俺にとても優しく、他の女性がするようなチ○ポ苛めはしなかった。

 中1の秋、俺は憧れの真美さんを抱いていた。他の女性は早く逝かせようと激しいSEXをしたが、真美さんとは少しでも長く交わっていたかったのであまり激しくしなかった。真美さんとするときは前戯のクンニで一度真美さんに逝ってもらっていた。それからゆっくり交わるのが恒例だった。しかしその日の俺は、とても気持ちが良くて自然と腰が動いた。真美さんも、
「あん、ああん、ステキよボクちゃん」
と俺にしがみついていた。すると俺の膝から内股にかけてザワーっと何かがうごめいた。そして脳天を突き抜けるような快感と共にチ○ポの辺りが痺れて、俺のチ○ポから何かが噴き出た。
「ええっ!ちょっと待って。ボクちゃん名に出たの?まさか精液出たの?」
「真美さん、何か出ました。」
「ボクちゃん射精したのよ。ちょっと、やだー。どうしよう。」
真美さんは泣きそうな顔をした。チ○ポを抜くと、ダラダラダラーっと大量の精液が真美さんの膣口から流れ出た。
 真美さんとのSEXはこれが最後だった。この4年後、母が亡くなる直前に俺に打ち明けた。実は真美さんは新婚さんで、旦那が15歳年上で欲求不満から逆に年下の俺とSEXしていたそうだ。俺の初めての射精が中出しとなってしまったため、真美さんは急遽旦那にも中出しをさせた結果妊娠に至ったが、俺と真美さんと生まれた子供の血液型が一緒なので父親がどっちかは不明だったそうだ。

 俺が射精した話を聞いた客の女性たちは、こぞって俺の射精を見たがって、毎日のように予約が入った。そして、何人かの女性に、目の前で自分で擦って射精する、いわゆるオナニーをさせられた。
「うわー。13歳の男の子のオナニーすごーい。子供のオチ○チ○から精液が出てるー。」
と言いながら、ビデオカメラに録画していた30歳の孝子さんは、一番スケベな女性だった。射精した後もう一度立たせて、スキンを被せてSEXするのだ。一度出しているので長持ちするのだ。
 射精を経験した俺は、SEXの仕方が明らかに変わった。それまでは女性を激しく突いて逝かす事だけで良かったが今度は違う。俺が逝かされることも考慮してSEXしなければならない。あまり激しくすると射精してしまうので、射精を我慢したり、女性の感じ方と射精したい欲望に折り合いをつけながらSEXするという大人の対応が求められた。
 女性が安全な日には生で挿れて外出しの練習をした。やっぱり生のほうが気持ち良い。40代のおばさん2人は、
「今日は大丈夫だから中にちょうだい。」
と言う日は中出ししていた。
 中学生も2年になると完全に思春期になる。俺は好きな女の子がいたが、生活費を稼ぐために大人の女性を相手にしなければならずとても恋愛どころではなかった。好きな女の子を思いながら大人の女性を相手にSEXしていた。現実問題、その女の子は裕福な家庭の娘さんなので、俺のような飲み屋の息子など相手にされようはずも無かった。結局、その女の子はサッカー部の主将と付き合った。悲しいかなそれが現実だった。

 しかし、驚く現実もあった。彼女が母親と一緒に買い物をしているところを見かけたが、その母親には見覚えがあった。俺が生活のために相手をしている40代の女性で何回か中出ししたことがある方だった。この方は俺が小6の頃から関係があった。母のスナックは俺の中学の学区外なので、彼女の母親もまさか娘のクラスメイトの男の子を自分の欲望の捌け口にしているとは思わなかったのだろうが、やはり幼い俺を買うような女性は、お金持ちなのだ。
 中学時代もやっぱり「きのこの子」として身体を売って暮らしていた。それでもいつかは立派な大人になるんだと歯を食いしばって勉強だけは頑張ったので、志望校の授業料の安い公立の進学校に進学できた。

「キノコの子」と呼ばれた俺の性の自叙伝~小学時代~

 俺は母子家庭だった。父親はどこかの中小企業の社長だったそうだ。つまり、母親は妾だ。バブル崩壊後に音信不通になったらしい。
 俺が高校2年の6月に母は43歳で亡くなった。それまでは小さなスナックをやっていたが、それだけでは性活は苦しく、常連客に身体を売っていた。スナックはメゾネット形式の部屋が棟割のようになった建物で、2階に6畳の和室があった。そこで客と寝ていた。
 僕の女性相手の初体験は10歳、小学4年生の時だった。相手はスナックの常連客の知り合いの30代半ばの女性だった。あえて女性相手と言ったのは、その少し前に男相手に性的な悪戯をされていたからだ。
 俺が小学生になった頃バブルが弾けた。当時30歳を過ぎた母親の体は商品価値が下がりつつあった。そして、俺が小4になってすぐ、母から、
「おじさんのいうとおりにしなさい。」
と言われ、40歳くらいのおじさんに悪戯された。おじさんにチ○ポを弄られると射精する能力はなかったが立った。ランドセルを背負ったまま下半身だけ裸にされ立たされたチ○ポを晒した写真を撮られた。公園でブランコに乗ったり、自転車に乗ったり、全てチ○ポを立たせたままの姿を撮られた。
 おじさんと一緒に風呂に入り、包茎チ○ポの皮を剥かれた。痛くて泣いた。おじさんは「小さいうちに剥いたほうが良いんだ。」と言って、恥垢を綺麗に洗い、
「お風呂で毎日剥いて洗いなさい。」
と言った。俺は言い付けを守って毎日剥いて洗ったので早い段階から包茎ではなかった。風呂から上がると、おじさんにチ○ポを舐められて気持ちが良くなった。まだSEXなど知らない俺は、ただ恥ずかしいのと気持ちが良いの区別さえも出来なかった。その後、おじさんのチ○ポを舐めさせられ、顔に精液をかけられてびっくりした。

 おじさんの悪戯はエスカレートし、下半身だけ裸の俺をM字開脚で椅子に拘束してチンポを紐で縛り、更にお尻の穴に魚肉ソーセージを突っ込んで写真を撮られた。傍らにいつもランドセルが写るようにしてあった。俺は、身動きを禁じられながらも快楽で女の子みたいな声を漏らしていたような記憶がある。
 小4の冬、そのおじさんが母親と同年代の30代半ばの女性を連れてきた。俺は、その女性に裸にされ、チ○ポを舐められ立たされた。そして、仰向けになった俺に跨りチ○ポを自分の膣に挿入し腰を振り始めた。俺はびっくりしたと同時に気持ちよくてされるがままだった。俺は、おじさんに教えられるまま、その女性に正常位や後背位で挿入して腰を振った。俺は、射精する能力はまだ無かったので、いつまでも生SEXをさせられた。これが俺の初体験だった。もちろん写真を撮られた。

 そのうち俺は、20代後半から40代半ばくらいの女性数人の相手をさせられていた。いつの間にか、母が身体を売る頻度は少なくなり、俺がスナックの2階で客を取るようになっていた。俺は「きのこの子」と呼ばれた。小学生の俺とのSEXは秘密裏に会員制で行われ、スナック開店前に俺はスナックの2階で客を待った。
 小5には、既に5人の女性と関係していた。女性は気持ち良いと、
「あはん、うふん」
と喘ぐものだと知った。
「この子包茎じゃないのね。」
とか、
「子供でこの大きさってすごいわね。」
とかいわれた。そういえば、あの悪戯オジサンと俺のチ○ポは色は違ったが大きさはそう変わらなかった。そして、女性の膣内のどこを刺激すれば悦ぶかを覚え、その位置が人により異なるが大抵上側にあることも経験で学習した。
 小6になるとSEXについて学習した。自分のしていることが生殖行為だと知った。でも、射精はまだ出来なかった。俺の女性経験は10人を超えた。引っ越した人や転勤した人もいるので、会員としては8人だが、小6の俺は彼女たちを逝かせることが出来ていた。皆、女のロリコンだ。彼女達の多くはSEXするだけでなく、俺のチ○ポを玩んで喜んでいる。
「ボクちゃんのチ○チ○、可愛いのねー」
と弄り、立ってくると
「アラアラ、生意気にでかいのねー」
と言ってフェラする。俺の鼻息が荒くなり腰が動くと、
「可哀相にねぇ。逝きたくてもまだ出ないのよねぇ。」
と言って仰向けになり、股を開く。俺は、チ○ポを挿入してとにかく早く逝かせることに集中した。気持ちは良かったが射精の快感はまだ味わっていなかったので、早く終わらせて遊びたいし、テレビも見たかった。何せまだ小6だった。
 俺は小学生で10人以上の女性とSEXし、女性を逝かせることが出来たが、それは機械的なものでしかなかった。

「キノコの子」と呼ばれた俺の性の自叙伝~高校時代~

 バブル崩壊と共に見捨てられた妾母子家庭の俺は、生活のため10歳から大人に身体を売っていた。
 俺は高校生になっても5人の客を抱えていた。下は36歳から一番上は50歳だった。俺は射精をコントロールするテクニックを身につけ、安全な日には生挿れ外出しが普通になっていた。
 高校生になると勉強がついていくのがやっとになってきた。土曜日などは夜遅くまで勉強しているところに母親が帰ってきていた。高校1年の年末、スナックは忘年会帰りの客で稼ぎ時だった。土曜の夜、珍しく母親が酔って帰ってきて、シャワーを浴びたあと素っ裸で俺の部屋に入ってきた。
「なにしてんだよ。ちゃんと着ろよ。」
「母さんを抱いてよ。最近男とやってなくてね。金は払うから。」
そう言って、俺に2万円を渡した。初めて知ったが、俺は1回2万円で売られていたのだ。俺は結構稼いでいたことになる。おれは、ヤケクソで母親を抱いた。生で挿れてガンガン突いた。母親は狂ったように喘ぎ、仰け反って、
「あがーいぐー」
と言ってあっけなく逝ってしまった。俺は虚しくて逝く気になれなかった。

 俺が高校2年になってすぐ、今度は歓送迎会シーズンでスナックは忙しかった。金曜の夜、アパートに警察官が訪ねてきた。客を送り出して外に出た母親が、飲酒運転の車に撥ねられたのだ。パトカーで病院に連れて行かれ、手術の同意書にサインさせられた。術後、母親は5日間は意識があって、色んなことを俺に打ち明け1週間後に43歳で亡くなった。加害者からかなり高額な賠償金が支払われたが、俺は天涯孤独になった。

 俺の後見人になったのは、最も年上の俺の客の51歳の和江さんだった。和江さんは駅前にビルを3棟持つ資産家の未亡人だった。跡継ぎの子供達は全員外国にいると言っていた。和江さんは俺が中1からの客だったがやはり金持ちだったのだ。
 和江さんは、母の店をたたんで賃貸借契約の解除までしてくれた。俺は、和江さん専属のセックスマシーンにされる覚悟をしていたが、和江さんとは週1~2回だった。

 和江さんは、俺のために人文社会系と理数系の2名の家庭教師を雇ってくれた。二人とも20代半ばの素敵なお姉さんだった。案の定、謝礼は身体で払わされた。彼女たちは二人とも30代の彼氏がいるが、若い男の子のエキスが自分を若返らせると言って、いつも俺の精液を飲んでいた。俺は、生挿れで出すときは彼女達の口に出していた。彼女たちは独身の20代なので、それまでの方々と較べてとても綺麗な身体をしていた。
 SEXと勉強だけは、出来が良かったが、でも、やはり高校時代も同年代の女の子との交際は叶わなかった。もっとも、男子校だったので好きな女の子も出来なかったが・・・

 俺は、月に3~4回客を取らされた。40~60代のとても上品そうな方々だったので、きっとお金持ちの奥様に違いなかった。
 普通にセックスだけの時もあったが、一緒に風呂に入って身体を洗ってあげたり、泡だらけの身体で抱き合って、全身を使ってヌルヌルマッサージをして、そのまま床にエアマットを敷いてセックスすることもあった。

 62歳の淑やかそうな方とは温泉旅行に付き合わされた。一応、俺は孫という設定だった。仲居さんに、
「おばあちゃん孝行ねえ」
と言われたが、その夜、俺は裸で卓上に座らされ、おばあさんは俺のチ○ポを弄りながらビールを飲んでいた。俺も2~3杯飲まされた。そして、ビールを立たせたチ○ポの亀頭に注ぎ、タマの下に置いたコップに溜めて、
「若い男のきのこ酒」
と言いながら飲んでいた。
 夜と翌朝は当然SEXさせられた。おっぱいは垂れていたが身体は意外に綺麗だった。62歳の女性器はキクラゲのようだった。クンニもさせられたが、62歳というのに、
「ぶほー、ぶほー」
と海獣の如く激しく喘いだ。チ○ポを入れたら物凄い乱れようで、確実に隣室まで声が届いていたに違いなかった。
「中に種をおくれ、蒔いておくれ」
と言うので、おばあさんの膣内にたっぷり射精した。翌朝も、朝風呂の後馬乗りになられて膣内に搾り取られた。翌日の布団には明らかに性交した痕跡が残り、くずかごは、激しい行為の後処理2回分のティッシュで埋まっていた。仲居さん達はこれを見て、どう思ったのだろう。
 俺の身体は和江さんに管理され、勝手なSEXどころかオナニーも禁止だった。和江さんを抱くときは、一緒に入浴してから和江さんのベッドで交わる。そして朝まで一緒に寝るのだ。
 俺は、和江さんの勧めで、この地方の中心となる政令市がある隣県の国立大学を受験して合格した。学費や生活費は、母の賠償金ではなく和江さんが出してくれた。 

中2の頃、住み込みで働いていた男にレイプされた

私は中2の頃、親の経営する工務店に住み込みで働いていた男にレイプされた。
その頃の私は小〇生と間違われるほど小柄で、体重が倍以上ある男に押し倒されたらどうしようもなかった。

この男は35歳くらいだったと思う。チビでデブでブサメン。
しかも髪がボサボサで不潔っぽい。
絶対女にモテないと思った。

父親の遠い親戚だと聞いたけど詳しいことはわからない。
誰もいない家の中でいきなり襲われ、私は男が立ち去るまでただ泣き叫んでいた。

男は体重で押さえつけて身動きできない私の唇を奪い舌を入れてきた。
少女らしく甘いファーストキスを夢見ていた私の想いは無残に打ち砕かれた。

抵抗すると腹を殴られ、一瞬気が遠くなって気づいたときは服と下着を剥ぎ取られたあとだった。
男は小さな乳房を舐め、全身を舐めまわす。私は屈辱と羞恥心でいっぱいだった。

「あの人には気をつけなさい」

男がいつから私を狙っていたのかわからないが、私にも落ち度があったと思う。
まだ幼かった私は、男に対して無防備すぎた。
母親は「あの人には気をつけなさい」と言ったが、その意味もわかっていなかった。

家にいるときはいつもノーブラ、ミニスカートにTシャツという私は、前かがみになると乳首まで丸見えになっていた。
男は私の小さな乳房を覗き見しては欲望を膨らませたのだろう。

硬いペニスが入ってきたときは体が裂けるかと思った。
いつまで続くかわからない責め苦に、このまま死んでしまいたいと思ったが、10分もたつと男は静かになりどこかへ去った。

立ち上がろうとしても立てなかった。
性器が裂けたような痛みとさらにその奥に鈍痛がある。
壁に手をついて立ち上がると右の太ももを何かが流れた。
精液だとすぐにわかった。
そしてそれが何を意味するかもわかって恐怖した。

ティッシュの箱を取って股間を拭いた。幸い出血はほとんどない。
太ももについた精液を拭って床も丁寧に拭き取る。
親に見つからないようにレイプの痕跡を消した。

シャワーを浴びるとお湯が当たるだけでヒリヒリした。その痛みは軟膏を塗るとすぐ治ったが奥の鈍痛はしばらく残った。
シャワーから出たら安全日かどうか調べなければならない。

母親の婦人雑誌を見ると、すぐにオギノ式はわかった。
計算すると安全日とわかったのでほっとしたが、それでも生理が来るまで気が気ではなかった。

この日からできるだけ男を避けるようにしたが、男は親のいない隙を狙って私との肉体関係を続けた。

最初にレイプしてから2度目までは半月以上間が開いた。
私が誰かにしゃべらないか見ていたのかもしれない。
誰にも言わないとわかるとふたたび襲われ、それからは頻繁に犯された。

男は仕事の合い間に私の部屋に来て犯すことがあった。
時間がないときはフェラチオさせた。
咥えかたのコツを仕込み、私を自分専用の性処理道具に仕立てた。

男は口に出したら必ず飲ませた。
ティッシュに吐き出して証拠を残さないためか、射精したあと口を開けさせ、飲んだことを確認して仕事に戻った。

セックスも嫌だったが、フェラチオは別の意味でつらかった。
セックスのときは家に誰もいないからまだいいが、フェラチオは仕事の合間にさせられたから、近くに親がいることも多かった。
台所に母親がいたり近くに父親がいるのにフェラチオさせられるのは悲しかった。

「お前いやらしくなったなあ」

何度も抱かれるうちにイクことを覚えた。
こんな男にイカされるのは嫌だったけど、心とは裏腹に体が反応するのはどうしようもなかった。

初めてイッたのは男に抱かれて半年ほどたった頃だった。
一度イクと抱かれるたびにイクようになった。

「お前いやらしくなったなあ」

男は私をイカせたくて、さらにしつこく抱くようになった。
嫌いな男に抱かれてイってしまう自分の体がうらめしい。

クラスメートが彼氏とキスしたとかしないとか騒いでいる中で、私だけが知らない世界に迷い込んでいた。

しばらく抱かれない日が続くと、ほっとしながらも火照る体をもてあました。
抱かれても心が満足することはなかったが、体が欲してしまうのがつらかった。

男は私を上に乗せる体位を好んだ。
私をまたがらせて腰の振り方を教えた。
2、3度やるとコツを覚え、上手だと褒められた。
こんなことでも褒められるとうれしいものだ。

男は私をまたがらせ手を伸ばして胸を揉む。

「ちょっと大きくなったな」

成長期だから少しは大きくなる。
誰も私のことなど気にしなかったから、たとえこんなことでも見てくれる人がいるのはうれしかった。

男は気まぐれに下から突き上げた。
そのたびに小さな体が翻弄される。
まだイキそうになくても、これをやられると一気に絶頂を迎えてしまう。
男は私が腰を落とした瞬間に突き上げる。
ペニスが肉襞を擦り上げるスピードが倍加して私は絶叫する。

男は騎乗位から座位に変えてフィニッシュすることが多かった。
いちばん好きな体位だと言っていた。
結合が深く奥まで届くから私も嫌いではない。
コンドームをつけていれば問題ないが、ナマだと困った。
座位では外に出すことが難しいからだ。

ナマで挿入して座位に移ると安全日かどうか必死に計算した。
危険日だったら体位を変えてもらわなければならない。
言えば男はたいてい変えてくれたが、機嫌が悪いと変えてくれないこともあった。

待ちわびたはずの終わり

たいてい社長である父親に叱られたときだ。
男は欝憤ばらしをするみたいに娘である私に中出しして当たった。
私は父親が男を叱らないようにと心の中で祈っていた。

安全日でも座位のままイクつもりだとわかると私は落ち着かない。
男は腰を押さえつけ、性器を最大限に密着させて射精する。
男の長いペニスは確実に子宮口まで届いていた。

ドク、ドク、ドクッと子宮内部に精液を注がれるのを感じて、私は震えるほどのエクスタシーを感じた。
子宮の中に射精されるのがどれほど気持ちいいか。

私はそれを知ってから、暗に座位のナマ出しを求めるようになった。
中学生の子供が、妊娠の危険と引き換えに最高の快楽を味わっていた。

妊娠しなかったのは、ただ運がよかっただけだと思う。
座位のナマ出しのあとは身も心もクタクタで勉強どころではなかった。
というより、勉強などどうでもよかった。
私は性に関しては中学生のレベルをはるかに超えていた。

しかし、私にとって男の上にまたがる体位は屈辱でもあった。男に抵抗を奪われ犯されるならまだ納得できる。
非力な私はどうしようもないからだ。

だけど、またがれば私が動くことになる。
命じられたとはいえ、自分から腰を振るのは許せなかった。
しかしイクことを覚えると事情は違った。
挿入すれば勝手に腰が動いてしまうからだ。

いつしか私は男の誘いを待つようになり、会えば自分から上に乗ることを希望した。
男の休日に学校を休んで男の部屋で過ごしたりした。
異臭のする部屋で親が帰ってくる時間まで抱かれた。

もし親がいたとしても部屋から出なければわからないし、まさか自分の娘が学校を休んで男の部屋で抱かれているとは考えもしなかったと思う。

私は少しずつ道をはずれ、人生が狂い始めていた。
すでに女子中学生の範疇を逸脱した部分もあったが、すべてこの男のせいだとわかっていても、自分ではどうにもならなかった。

いつまで続くかと思った関係はいきなり終わりを迎えた。
その日、私たちはセックスに夢中で予定より早く帰宅した母親に気づくのが遅れた。
玄関のドアが閉まる音で、男が私の上から飛びのいたが間に合わなかった。

リビングで母親が見たのは、ズボンのチャックを上げる上半身裸の男と、ミッキーのクッションで股間を隠してうづくまる全裸の娘だった。

翌日学校から帰ると男はいなかった。
あの日から今日まで、男がこの家に住み込んでいた事実などなかったかのように、父も母もいっさい口にしなかった。

堕とされた社内随一の美女(夏希視点)

は、恥ずかしい。。。

胸が小さいことは、長年、夏希のコンプレックスだった

「夏希って胸が小さいよね」

中学2年の時
クラスの男子から、突然、そう言われて
夏希は何も言い返せなかった

高校になれば、成長するだろうと密かな期待もしていた

しかし、その希望も脆くも崩れ去り、
思春期を過ぎたあたりからは

もはや夏希は胸の形が分かるような衣服は一切、着ないようになっていた

その徹底ぶりは凄まじく病院に掛かる際にも
異性に乳房を見られるのが、どうしても嫌で、女医の居る病院をわざわぜ選んだ

亡くなった夫にさえ、明るみでは絶対に見せたことはなかった

それ程まで徹底して、見せるのを嫌がった胸の形を
夏希は、下着姿になって
あろうことか職場の同僚達の目の前に、存分に晒していた

あまりにも恥ずかしくて、火照った顔を上げることができない

このくらいで恥ずかしがっていたら、ダメ!
そう自分に言い聞かせる

我慢しなきゃ。。。


こんなのまだ序の口なのだから
この後、この下着まで取って、全てを晒さなければならないのだから

嫌っ!

僅か先の未来がほんの少し頭を掠めただけで
夏希は目の前が真っ暗になり、グラッと周囲がゆがんだ

今にも倒れそうになった時

『優斗のこと頼むな』

亡くなる前の夫の声が、、
あの優しかった声が記憶に蘇った

夏希は川崎病という難病を抱える愛息子の顔を思い浮かべながら
なんとか、ふら付く足に力を入れて踏みとどまった

息子の病名を話した時、専務が言った言葉は、正しい
お金はいくらあっても足りはしない

他人の専務に言われるまでもなく
当然、夏希だって分かっている

息子に十分な治療を受けさせたい
急な手術が必要な時だってあり得る
そんな時には、借金をしてでも、高度医療を受けさせたい
そのためには、会社員というしっかりした身分が必要だ
また、今の会社には同族経営の中堅商社とはいえ、
社内融資制度があった

特に病気療養資金については、
驚くほどの低金利で借りることができるため、
夏希はすでにいくらか利用もしていた

会社を辞めれば、当然、それも返すことになる
何より、病気の子を抱えた30過ぎのシングルマザーに
正社員の働き口など見つかりはしない

いくつもの転職サイトや人材バンクに登録した
知り合いを頼りもした
それでも、全く相手にもされず、なしのつぶてだった

夏希だって馬鹿ではない
何も考えずに、頭の悪い賭けを受けたわけではなかった

本当にどうすることもできず、追い込まれていた
だから、
まさに藁にもすがる思いで、専務の賭け話に乗ったのだ

しかし、、、そんな思いさえも、最悪の形で打ち砕かれ
夏希の文字通り”全て”を賭けた賭けは、大敗北で終わってしまった。。

それでも、まだ諦めるわけには行かない

夏希は女であると同時に母親だ

既に賭けには敗れ、
男たちの玩具にされる身だったが
もはや自身のことなど、どうでも良かった

たった一つのものだけは、どうしても守りたい

あの子のためだったら

あの子との生活のためだったら
女の尊厳などズタズタにされても構わない

『どんなことをしてでも、あの子との生活だけは守って見せる!』

そう心に誓いながら

夏希は同僚達にヌードを披露するため
スカートのジッパーをゆっくり下ろしていった


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