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目撃

オグシオの小椋離婚(不倫略奪婚の末路)

小椋久美子さん 9月に離婚していた「別々の道を歩んでいくのが最善の道」
ORICONSTYLE-10月30日14:20

 ラグビー神戸製鋼のCTB山本大介選手(29)と11月中にも離婚へと一部で報じられた、元バドミントンのアイドルペア“オグシオ”の小椋久美子さん(29)が30日、自身のブログで9月中に離婚していたことを明らかにした。「本日の別居及び離婚報道につきまして 既に二人の中での話し合いが済み、9月に離婚届を提出させていただきました」と公表した。

 今回の離婚は「私自身の未熟さを省みながら考え悩んだ末、お互い別々の道を歩んでいくのが最善の道だと考えて決断したもの」だといい、「たくさんの祝福のお言葉、応援してくださっていた方々へは大変申し訳ない気持ちです。この場をおかりしてお詫び申し上げます」と謝罪。発表を遅らせた理由を「山本氏のシーズン前半が終了となり、この度のご報告とさせていただいたことを重ねてお詫び申し上げます」とした。

 今後について「これまで以上にバドミントンを中心としたスポーツ普及・振興活動に力を注いでいこうと考えております」と意欲的に綴り、「今後ともどうか温かく見守っていただければと思います」と呼びかけている。

不倫略奪結婚だった!元オグシオの小椋久美子とラグビー山本大介

2011年2月24日、バドミントン元日本代表のアイドルペア「オグシオ」の小椋久美子(27)と、ラグビートップリーグの名門・神戸製鋼に所属する山本大介選手(28)の結婚が報じられた。
トップアスリート同士の結婚に、スポーツ紙やテレビは「爽やかスポーツ婚」などと祝福ムードだった。が、実はドロ沼の“不倫略奪婚”だったのだ

スポーツ紙の発表では「昨年1月に知り合い、交際に発展」とのことだった。だが…。
(以下引用)
「山本と小椋さんは3年ほど前に出会ってますよ。彼のほうが小椋さんにメロメロで猛アタックしたんです。ラグビー同様、果敢なアプローチでしたよ。少なくとも2年前からはつきあってるはずですCHINTAIpr」
実際、2009年夏ごろから、神戸市内の映画館や大阪市内の飲食店などで、ふたりのデートする姿が目撃されている。にもかかわらず、交際スタート時期をわざわざズラして報じられているのには、ある理由があった。前出のラグビー関係者が続ける。
「実は本当の交際スタート時には山本は結婚していたんです。子供もいました[PR]iosys
つまり山本と小椋さんは不倫だったんです。ですから、ふたりは本当の交際の時期を明らかにできないんでしょうね」
山本は大学時代から交際していた看護師のA子さんと2005年11月に“でき婚”。2006年7月には長女が誕生している。一家は神戸市内のマンションで幸せな家庭を築いていたはずだった。
しかし、2008年ごろに山本が小椋と出会うことで一家は一気に崩壊に向かう。2年ほど前、A子さんの実家周辺では、こんな姿が目撃されている。
「結婚して神戸で暮らしていたはずのA子ちゃんが子供だけ連れて実家に戻ってきて暮らしているんです。旦那さんはいなかったんで“ケンカでもしたかな”って思って、犬の散歩なんかでバッタリ会ったときに“どうしたの?なんで帰ってきてるの?”って聞いたら、“不景気だから仕事がなくって…”ってゲッソリした顔でいうんです。“結婚してるはずじゃ?”って一瞬思ったんですけど、あまりの悲愴感に、それ以上何も聞くことはできませんでした。とにかく何か思い詰めている様子でした」(近所の住民)
一方の山本は、小椋にのめりこむにつれ家庭を顧みないようになり、妻子とは距離を置くようになっていった
結局、山本とA子さんは離婚の道を選ぶこととなった。
(引用NEWSポストセブン)
まさかの不倫関係からの結婚だったんですね…。離婚が成立したのが1月。小椋の引退セレモニーが行われたのが4月だったので、離婚も成立して結婚へ向けての引退だったのかも…。
同誌によると、離婚成立からわずか1ヶ月後には、神戸市内の閑静な住宅街にある高級マンションで、小椋と山本は同棲を始め、同棲開始からちょうど1年で今度は結婚発表したという。
一方の元妻は現在は子供とふたり暮らし。実家を訪ねると、母親が、
(以下引用)
「…うちの孫の父親ということもあるので、悪くいいたくもないけど…」と前置きをしつつ、こう憤った。「もうあのかたが、この先どう生きようと、私たちにはもう関係ないんで!」
(引用「女性セブン」より)
母親の怒りからして、離婚は大きく揉めたのでしょうね…。

ジョギング


こんばんは、恭子と申します。

つい先日、日曜日に引っ越しをしました。

4月から東京へ転勤することになったのです。

2月の下旬に異動が内示されて、それからは大忙しの毎日でした。

ただでさえ年度末にむけて業務が繁忙な時期なのに。。。

3月に入ってからは、後任者への仕事の引き継ぎや、転居先探し、各種の手続きをしたり・・・

そして今週からは、東京支社で前任者からの引継ぎを受けています。

とにかく目の回るような慌しい日々を過ごしています。

そんな中で、引っ越し直前にまたいくつかチャレンジしたことがありますので、報告させていただきます。

『引っ越してこの町、このマンションから去る』

だからこそできることって、いろいろとあるものです。

『いつかやってみたいと思っていたのに、ずっとできずにいたこと』

引っ越し前の数日間でチャレンジしてしまいました。

私は、これまで何度か、他人に裸を見せたり覗かせたりした経験があります。

でもほとんどが屋内での体験です。

海外のヌーディストビーチのような特殊な状況や、露天風呂は別として、屋外で裸になった経験はほとんどありません。

高校時代に陸上部だった私は、今でもときどき、休みの日にジョギングを続けています。

半年ぐらい前に、そのジョギング中に一瞬だけ外で肌を露出した経験がありますが、考えてみればこれが私の唯一の屋外での露出行為でした。

そのときは、『人の目を盗んで屋外で肌を出すということの緊張感に興奮を味わった』という感覚でした。

何度か経験したことのある『他人に恥ずかしい姿を見られて快感を得る』のとは全く違いました。

(あの緊張感とドキドキを、もう一度味わってみたい)

前からずっと、そう思っていました。

でも、私は非常に慎重な性格です。

やはり万一のことを考えると、屋外で肌を出すことのリスクの大きさを考えずにはいられませんでした。

もしチラッとでもそんな姿を誰かに見られようものなら、それこそこの町には住めなくなってしまうに違いありません。

でも・・・、今回はもともと引っ越しすることが決まっているのです。

屋外で肌を露出するような非常識な行為を、もしも万が一に、誰かに目撃されるようなことがあったとしても、噂になったりする前にこの町を去っています。

いずれにしても、数日後には確実に引っ越しです。

今までチャレンジできなかったあのドキドキを体験できるチャンスなのです。

(またとないこのチャンスを逃す手はない)と思っていました。

もちろん、わざと誰かに目撃されるようなつもりは全然ありません。

あくまでも、誰にも見られることなくドキドキだけを味わうのです。

引っ越しを3日後に控えた祝日、私は早起きをしました。

まだ夜が明けたばかりの早朝です。

目を覚まして窓から外を見ると、すっかり雨模様でした。

(え?、どうしよう。。。)

少しだけ躊躇しましたが、土砂降りというほどではありません。

(これぐらいの雨なら、なんとかなる。。。)

(雨が強くなったら帰ってくればいいんだし。。。)

私はジョギング姿に着替えました。

上下ともウインドブレーカーを着ます。

このウインドブレーカーは雨天用のもので、防水加工が施されているものです。

『レインコートのような材質でできたジャージの上下のようなもの』とイメージしていただければと思います。

本来は、トレーニングウェアを着て、その上に着るべきものですが、この日は最初から目的が違います。

上半身のウインドブレーカーの中にはスポーツブラだけしか身につけていません。

本当は思い切ってノーブラにしたいところなのですが、経験上、スポーツブラだけはつけておかないと、胸が跳ねるようになって走りづらいのです。

下半身はインナーの下着すらはかず、ノーパン状態で直接はきました。

そして頭からキャップをかぶって、玄関から出ました。

自宅のマンションから、道路にでました。

小雨ですが、思っていた以上の降りです。

明け方の時間帯ということや、天気のせいもあるのでしょうが、どんよりとした薄暗さでした。

ここのところの数日は、すっかり春めいてきて暖かい日が続いていたのに、今日に限っては真冬に戻ったかのような寒さでした。

(うわっ、寒い。。。)

それでも私は、ときめくような気持ちになっていました。

『ついにこれからチャレンジするんだ』というわくわく感です。

あいにくの雨ですが、これも考えようによっては好都合です。

この雨のおかげで、こんなに早朝から出歩く人は少ないはずですから・・・

私のジョギングコースはいつも決まっています。

私のマンションのすぐ近くには、住宅街の中を通る細い川が流れています。

その川沿いがずっと遊歩道になっているのです。

住宅街の中だけあって、ちゃんと舗装されています。

ですから、ジョギングにはうってつけのコースなのです。

実際に、昼間はジョギングする人や散歩している人がたくさんいます。

その遊歩道に向かって、私は歩いていました。

まだ緊張感はありませんが、身にまとっているのはレインコートのように薄い生地のウインドブレーカーだけです。

透けたりとかいう心配はないのですが、なにしろスポーツブラ以外は中に何もつけていませんので、歩いていても異様な気分です。

(面倒くさいので、今後は、ウインドブレーカーの上を『パーカー』、そして下を『ボトムス』と書きますね。)

遊歩道に到着した私は、川の流れに逆らう方向へと、ゆっくりしたペースで走りだしました。

ボトムスのカシャカシャした生地が、肌に直接こすれます。

歩いているのと違って、キャップをかぶっていても雨粒がまともに顔にぶつかってきました。

雨はさっきより強くなってきたようです。

ときどき走っていて慣れ親しんでいる遊歩道ですから、コースの状況は熟知しています。

しばらく行ったところに、長い直線に続いてS字みたいなカーブになっている場所があります。

そのS字を駆け抜け、カーブの終わりの部分で、走るのをやめました。

カーブの出口のその先は、また長い直線になっています。

その直線の様子を見て、ずっと先まで人がいないことを確認しました。

またS字の真ん中まで戻ります。

これで、S字の前からも後ろからも、少なくとも1?2分は人が来ないと確信できました。

いよいよです。

(やるわよ。。。)

思わず深呼吸してしまいます。

どうしても躊躇があります。

でも自分次第で、ずっと体験してみたいと思っていた瞬間が訪れるのです。

(脱いじゃうわよ。。。)

心臓の鼓動がすごく早くなってきています。

なんとも言えないようなプレッシャーを感じます。

(少し、少しだけ肌を出すだけなんだから。。。)

私は、ボトムスを一気にひざ下まで降ろしました。

下半身が丸出しになります。

肌が直接外気に晒され、雨が降りかかります。

大丈夫だとわかっていても、無意識に前後を振り返って様子を窺っていました。

もちろん誰もいません。

そのままその場でそっと四つん這いになりました。

とうとうやりました。

私は、裸のお尻を出して四つん這いになったのです。

普通に人が行き交ってあたりまえの場所で、こんな行為をしているという事実に、ものすごく興奮してきます。

私はパーカーが汚れるのも構わずに、両腕を遊歩道のアスファルトにべったりとくっつけました。

背中を反らして、お尻を空に向けて突き出します。

(あっ、あん、ついに外でやっちゃった。。。)

ときどきジョギングしている遊歩道ですが、こうして四つん這いになってみると、目線の低さのせいで、いつもの景色と全然違って見えます。

雨が、私のお尻や太腿に直接当たっています。

背後からは、私の恥部がまる見え状態です。

(すごい、私ったら。。。)

まだ人が来ないことは確認済みでしたが、それでも、(いま誰か来たらどうしよう。。。)

という思いに、とにかくハラハラします。

すぐにプレッシャーに耐えられなくなりました。

立ち上がって、あわててボトムスをはき直します。

心臓が苦しいぐらいにドキドキしています。

雨に濡れた下半身に、ボトムスの生地が貼りつきます。

ボトムスの内側も雨で濡れてしまっていました。

私は気持ちを落ち着かせるために、S字カーブの出口までゆっくりと歩きました。

カーブの出口から先を見通しますが、相変わらず、その先に人の姿はありません。

さらに上流に向かってそのままその直線を歩いて行きました。

雨が強くなってきています。

キャップで頭は守られていますが、顔はもうびしょ濡れでした。

ボトムスが、太腿にぺったりくっついて不快です。

(ここまで雨に濡れてしまったら、もう同じね。。。)

私は、上半身に着ているパーカーのファスナーに手をかけました。

このパーカーは、ジップアップで前開きになるタイプのものです。

そのファスナーを一番下まで降ろして外しました。

スポーツブラにカバーされた胸と、何にも守られていないお腹が、あっという間にびしょ濡れになります。

私は捲り上げるようにスポーツブラを上のほうにずらしました。

おっぱいが露になります。

(私のおっぱいに雨がかかってる。。。)

視力の利く限り、前方の直線に人の姿はありません。

パーカーは羽織ったままですから、もしもはるか遠くに人の姿が現れたとしても、とっさに隠すことができます。

そういった意味では余裕がありますから、今度はそれほど緊張感はありませんでした。

私は、胸を晒け出したまま、前方に走りはじめました。

おっぱいが揺れます。

スポーツブラの下側のふちが胸の上部にかかっていて、おっぱいの跳ね上がりを強制的に押さえつけています。

その分、おっぱいは小刻みに『ぽよ、ぽよ、ぽよ・・・』と下に向かって弾みます。

なぜか、もうすぐお別れする職場の同僚たちの顔が浮かんできます。

彼らに私のこんな姿、想像がつくでしょうか・・・

私は、自宅の玄関の鍵をストラップに付けて、ネックレスのように首からかけていました。その鍵が跳ね回って、弾み続けるおっぱいにぶつかります。

雨の冷たさにも関わらず、肌色の乳首がピンと硬くなっていました。

どんどん興奮してきているのを、自分ではっきりと自覚できていました。

私は一体なにをしているのでしょうか・・・

(もういい年をした大人の女なのに。。。)

晒け出したおっぱいを震わせながら雨の中をジョギングしているのです。

(仕事を持ったれっきとした社会人なのに。。。)

馬鹿すぎます。

一瞬、いま走っている自分のことを、自分自身だと思えなくなる瞬間があります。

私がこんな馬鹿なことをするわけないのですから・・・

でも、このまぬけすぎるほどの馬鹿馬鹿しい行為に、私は我慢できないぐらいに高揚していました。

(もっと、お馬鹿なことをしてみたい。。。)

もう、抑えきれないほどウズウズした気持ちでした。Uターンします。

スポーツブラをずらしたまま、とりあえずパーカーのファスナーだけを戻しました。

さっきのS字カーブに戻ろうと思っていました。

もうすっかり全身ずぶ濡れです。

できるだけ早くさっきの場所に戻りたい一心で走っていました。

S字カーブの出口に戻りついたところで後ろを振り返りますが、やはり見える範囲の距離に人影はありません。

そのまま反対側までS字を走り抜けて、そちらの直線の様子を窺いました。

祝日の早朝でこの天気とはいえ、さすがにそろそろ誰か歩いて来ていても不思議ではありません。

でも眺める限り、まったく人の姿はありませんでした。

ラッキーとしか言いようがありません。

(よしっ、やっちゃえ。。。)

ほとんど勢いだったと言っていいと思います。

興奮が行動を後押ししていました。

私は、いま走り抜けてきたS字カーブの入口を背にして立っていました。

目の前に伸びている直線の先をみつめて、人が来ていないのを確認しながら、またパーカーのファスナーを降ろして外しました。

そして、今度はパーカーを脱いだのです。

アスファルトは雨でびちょびちょでしたが、構わずその場に置きます。

中途半端にずり上げられたスポーツブラに挟まれて、おっぱいがかわいそうな形に潰れてしまっていました。

そのスポーツブラにも手をかけます。

これを脱いだら、上半身は完全に裸になってしまいます。

とても冷静とは言えない、とんでもない判断です。

でも、私は迷うことなくこのブラを脱いでいました。

このブラはスポーツ用ですのでホック式ではありません。

頭をくぐらせて脱ぐタイプのものです。

頭をくぐらせるときに腕を高く上げて少し背中を反らせるような態勢になりました。

おっぱいを丸出しにしたまま胸を張るような感じになって、それが『脱いでいる』という行為をあらためて私に実感させました。

そして少しだけ恥ずかしくなりました。

もちろん誰にも見られているわけではありません。

でも、羞恥心は打ち消せません。

このときの私は、まさに異様な興奮状態でした。

再び、心臓がすごい勢いで鼓動しています。

地面に置いたパーカーの上に、脱いだスポーツブラを投げました。

ついに、上半身ヌードになっていました。

ブラを脱ぐときにぶつかってキャップが落ちてしまっていたようです。

拾い上げて、これもパーカーの所に投げます。

肌を出してドキドキを楽しむ、どころではありません。

上半身は完全にヌードになっているのです。

異様な興奮はますます高まり、気持ちを昂ぶらせます。

すっかり大胆な気分になっていました。

このボトムスは、シューズを履いたまま着脱できるように、ふくらはぎのあたりまで開くジッパーが裾の外側に付いています。

そのジッパーを上げて開きました。

躊躇はありませんでした。

ボトムスを一気にふくらはぎまで降ろします。

これでほとんど全裸です。

頭からひざの下まですべて、雨が濡らします。

冷たいだけのはずの雨なのに、寒さを忘れていました。

雨が裸を濡らすことが、『私は本当に屋外で服を脱いでいるんだ』ということの証明そのものでした。

(気持ちいい。。。)

外で裸になったことは、期待していた以上の心地よさでした。

『感動』とまで言ったら大げさでしょうか・・・

私は、左足1本で立ったまま、まず右脚を持ち上げました。

左手でボトムスの右裾をつかみ、右手で右足首をつかみます。

片足で立ったまま脚を開いて、ひざを『く』の字に曲げ、すごい格好です。

そのままそっと、裾から右足を抜きました。

右足を地面に置いて、左脚を上げます

今度は左足からボトムスを抜くのです。

左ひざを抱き寄せるように胸に引き寄せて、すねのあたりにぐちゃぐちゃになっているボトムスに手を伸ばします。

再びすごいポーズになっています。

性器から、恥じらいのおつゆが溢れ出しています。

焦っていたために、裾がシューズに引っかかりました。

(落ち着いて、落ち着いて。。。)

片足立ちでぴょんぴょん跳ねるようにバランスをとりながら、強引に足首を引き抜いてしまいました。

私は遊歩道の真ん中に立っていました。

身につけているのは、ソックスとシューズ、そして首からぶら下げている鍵だけでした。

もう完全にオールヌードと言っていい姿です

言いようのない陶酔感に包まれます。

私は、23歳の普通の女です。

今さら信じていただけないのかもしれませんが、本当の私は、おとなしい性格で恥ずかしがり屋の女の子なのです。

そんな私が、いつ人が通ってもおかしくない遊歩道で、本当に全裸になったのです。

ここまでやってしまったことが自分でも信じられません。

クラクラするような感覚と同時に、心臓が破裂しそうなくらいにドキドキして、ものすごい緊張感に襲われていました。

ブラを捲り上げたり、ボトムスを降ろしたりして体の一部を露出するのと、完全に脱ぎ捨てて全裸になるのとでは、天と地ほどに緊迫感が違いました。

体の一部でも服に通ってさえいれば、いざというときは、引っ張ったり、ずり上げたりしてすぐに直すことができます。

でも全裸ですと、とっさにはどうにもできないという不安感がすごく強くて、精神的に負けそうになります。

立っていられずに、その場にしゃがみこんでしまいそうな気分です。

ほとんど勢いで全裸になってしまったものの、公の場で『真っ裸になっていることの頼りなさ』と『襲ってくる不安』は、上手く表現できないぐらいの重いものでした。

恐怖と言ってもいいくらいです。

それだけに、どこかこれまで感じたことのないほどの罪悪感がありました。

文章で説明するのが難しいのですが、そういった『負の気持ち』が、私に快感をもたらしていました。

性器から溢れてくる恥じらいのおつゆが、太腿を伝っています。

屋外で全裸にまでなったことで、達成感にも似た満足がありました。

マンションを出たときは、ここまでやるつもりは本当にありませんでした。

せいぜい、ボトムスを降ろしてお尻を出してみたり、パーカーを開いて胸をはだけてみたりとイメージしていただけだったのです。

それなのに、全裸になって、すべてを雨に晒している私・・・

(これで服を着てしまうのはもったいない。。。)

陶酔感に溺れる私と、冷静に状況を判断する私が頭の中で同居していました。

長い文章になってしまっていますが、パーカーを脱ぎ始めてからの実際の時間は、せいぜい30秒といったところです。

まだしばらく人は来ないはずですし、その点はまだ確信を持つことができていました。

私は、脱いだ服をまとめて右手でつかみました。

そしてさっきのS字中央に向かって走り出していました。

(わたし今、真っ裸で外を走っている。。。)

興奮の極致でした。

いつものジョギングコースをいつものように走っている私がいました。

オールヌードで走る快感・・・

私の胸は特別に大きいわけではありません。

それでも、スポーツブラで上半分を押さえつけられていたさっきとは違い、今度はおっぱいの跳ね方がまともではありません。

大勢の人が通るはずの遊歩道で、服も着ないで走っている女の子・・・

どうしても信じられないことに、それは他の誰でもない私なのです。

昨日だって会社で真面目に仕事をしていた私が・・・

降りしきる雨の中、あられもない姿です。

ものの10秒、それとも20秒・・・?

とにかくあっという間に、S字カーブの中央まで来ました。

さっきの四つん這いポイントです

日常生活では体験し得ない、異常な興奮に溺れていました。

アスファルトは水びたしでしたが、そんなことにも構わず、私は服を地面に投げるように置きました。

雨に打たれながらその場にひざまずきました。

もう止められません。

私は再びその場で四つん這いになりました。

オールヌードのまま、お尻を上に突き出します。

下半身を興奮が襲います。

今度は開脚を邪魔するボトムスをはいていません。

・・・全裸なのですから。

思い切って股を開きます。

興奮が意識を煽ります。

性器とお尻の穴が広がるように意識しての四つん這いでした。

(ああ、いやぁ。。。)

自分でもびっくりするくらいに性器からどんどんおつゆが垂れてきます。

激しく降る雨が、私のオールヌードの体に叩きつけます。

四つん這いで全身にシャワーを浴びているような感覚です。

(こんな遊歩道の真ん中でぇ。。。)

(いま後ろから人が来たら、もう私だめ。。。)

『まだ来るわけない』とわかっていても、焦燥感がつのります。

(ああん、この私よ、私なのに。。。)

お尻の穴に意識を集中させます。

ここは、誰でも自由に通る遊歩道です。

道路といっしょです。

(お尻の穴が見えちゃってるよぅ。。。)

誰もが自由に通る場所で、絶対に人に見せられないポーズ・・・

脳を溶かすような快感が押し寄せてきます。

(いやぁ、いやっ私ったら。。。)

(今、あのカーブの陰から人が現れたら。。。)

雨の中、全裸でアスファルトに這いつくばる女の子・・・

お尻の穴まで丸出しにしている私・・・

(絶対に来ちゃだめぇ。。。)

そんな私の姿を見たら、その人はどう思うでしょう・・・

私はどんな言い訳をすればいいというのでしょうか。

感極まって、その反面どこかみじめな気持ちにさえなってきました。

汚い水溜りについている自分の手が悲しすぎます。

私は誰にも借りはありません。

誰にもこんな姿を披露する筋合いはありません。

冷たい雨に全身を打たれながら、四つん這いの股を突き出している・・・

そんな姿を人に見せるわけにはいかないのです。

四つん這いになってから1分近く経っているはずです。

(もうだめ。。。、もうやめなきゃ。。。)

プレッシャーに限界を感じた私は、立ち上がって服に手を伸ばしました。

パーカーもボトムスも、雨でぐじゃぐじゃでした。

レインコートのような生地ですので搾ることもできません。

スポーツブラも、泥に汚れていました。

脱ぐときは簡単だったのに、着るのはもどかしいぐらいに手間取った気がします。

やっとの思いで、すべて元通り着ました。

張りつめた緊迫感から解放されて、どっと疲れました。

私は自分のマンションまで歩いて帰りました。

なんだか、もうとても走る体力がなかったのです。

パーカーもボトムスも、雨天にアウターとして普通に着る分には申し分ないのですが、内側が濡れてしまうと、着心地はもう最悪でした。

濡れた生地が、素肌にぺったりくっついて、ストレスそのものです。

大雨のおかげなのか、結局そのあともずっと最後まで誰にも会うことはありませんでした。

体力的には疲れきっていましたが、精神的には満足そのものでした。

(土曜日も、もう一度行こう。。。)

そう決めていました。

残念ながら翌日は平日で出勤でしたが、1日働けばまた休みだったのです。

マンションに帰ってきて、とにかくすぐに熱いシャワーを浴びました。

その日は、その後ずっと本来の引越しの準備に追われていました。

でも、ダンボールに荷物を詰めたりしながらも、明け方の行為のことが忘れられません。

荷造り作業をしながら、思い出してはドキドキしていました。

それはいつしか土曜日の早朝の自分の行為へのシュミレーションへと変化していました。

頭の中で何度も入念にシュミレーションします。

私は箱詰め作業の区切りのいいところで、外出の準備をしました。

すっかり遅くなってしまった昼食をコンビニまで買いに行くのです。

傘をさしてマンションを出ます。

コンビニへは、すっかり遠回りになってしまうのですが、自然と足は遊歩道に向かっていました。

もう一度あの場所の下見をしておきたかったのです。

このあたりは慎重を期す私の性格としか言いようがありません。

雨が降っていますが、昼間です。

少し歩いただけでも、何人もの人とすれ違いました。

やがてはるか彼方に例のS字カーブの入口が見えてきました。

今朝の感覚がよみがえってきて、妙にどきどきします。

私が知る限り、やはりこの場所以上のポイントは考えられません。

この遊歩道でいちばんのポイントです。

あたりまえですが、ごく普通に歩いてS字カーブに入りました。

私は、歩きながら細かいチェックをしていました。

直線のどのくらいの位置から人の姿が見えるのか・・・

安全を確認してから確実に自由になる時間はどれくらいあるのか・・・

万が一に人が近づいて来た場合、カーブのどれぐらいの距離からどれぐらいの角度で私の姿が視界に入ってくるのか・・・

慎重に確認しておきました。

もちろんS字の反対サイドの入口からも同様のチェックを欠かしません。

やがて私は、カーブを抜けてすぐのところにあるベンチの前に来ました。

この遊歩道は、所々にベンチも設置されているのです。

バッグの中からビニール袋を取り出しました。

ベンチの背後の民家の壁と、隣の家の壁との間に、ちょっとした隙間をみつけました。

その隙間に、ビニール袋を押し込んで隠しました。

これで準備は完璧でした・・・

(PS)

続きは、またあらためて報告しますね。

長文に最後までお付き合いくださってありがとうございました。

養子に出した息子が養子先を乗っ取り

まとめサイトで
自分の子供を勝手に親戚の養子にとられる事になっていた、というのを読んだ。
私んちもそうだった。もう何十年も前の話だけど、寒々しい顛末を聞いておくれ。

うちは5人兄弟でサラリーマン家庭、家計はキツいが十分やっていけてた。
でも本家筋(本当に結構な資産家)が小梨で、どうしても養子が欲しいという。
書類上だけで良い、大人になってからで良いから、お願い出来ないかという話だった。
確かに跡継ぎがいないと困るだろうなという状況だったらしく、
関係も悪くなかったので
うちの両親は仕方なく了解。
まあ、今でも資産の関係で親戚の戸籍に入るってあるしね。
だが、一旦了解したら態度一変。とりあえず次男坊が行く予定になったのだが、
「あくまで書類上だけの話」って言ってる
(文書も取り交わしてる)のに上からアレコレ指図。
本家を継ぐんだからどーのこーの。爺婆もだが、
当の本家小梨夫婦がすっかりいい調子。

しかし、成長してくると三男が非常に優秀な事が判る。
うちと本家は新幹線の距離で普段は殆ど交流がなく、盆暮れ正月の付き合い。
でもその時にご近所が三男を褒め称えたらしい。
すると本家夫婦はターゲット変更。三男を寄越せと言ってきた。
猫の子じゃあるまいし、何考えてんだと両親と大喧嘩になったが、
色々あって三男が行く事でまとまった。(当時高校生だった三男が自薦した)

それから数年、今度は次女が眉目麗しくたおやかな良い子に成長。
盆暮れに目撃したご近所でまたも評判になる。案の定、本家夫婦は次女を寄越せと。
もうね、アホかと。そもそも男子が良いんでしょうよ。女の子貰ってどうすんのよ。
それに対しては、婿をとるとか女の子の方が将来介護に期待出来るとかモゴモゴ。
おまけにご近所に「三男と次女両方貰う事になった、実はあの二人はうちの子で預けてるだけ、
本人達の希望でもうすぐ帰ってくる、三男にはもう嫁候補がいる、
次女は嫁に行かせずに
うちの事や介護をしてもらう、金のある男がいれば入り婿に」
だの香ばしい事を言っていた。
当然ながら親戚巻き込んでの大騒動。
両親ぶち切れで、破談にすると。当たり前だけど。
本家は涙ながらに
「子供が欲しくて夢を見た、言い過ぎただけだ、可哀想な俺たちを虐めるのかそれでも人間か」
なスタンス。親戚は本家がおかしいと思いつつも関わりたくないって感じ。
両親が絶縁を言い渡そうとした所で、当時既に成人していた三男が
「俺が行くよ」と。
「元の予定通り、俺が籍に入るんでいいだろ。
農家はやらないけど、ここから会社に通って畑の状況なんかも管理するよ。
結婚もここでする。それで良い?」
そりゃもう本家大喜びで、こっちに向かってザマァという顔。
両親も兄弟もびっくり。
でも三男本人が大丈夫だから、と。

で。それから10年以上掛けて、優秀な三男は本家を崩壊させてこっちに戻ってきました。
元々農家的には壊滅状態で、土地やら何やら、本家夫婦や爺婆に適当言って全部処分。
本家には小さな家屋が残されたのみ。
財政は三男が完全に掌握してしまって本人達は判らなくなってる
年金なんかもやってないから近所のお手伝いみたいな仕事を本家全員でやっていて、
あとは三男が生活費だけを仕送り(といっても元々は本家の財産)して細々墓守生活している。
近所の膿仲間から無理矢理押し掛けてきた汚嫁とは、
子供は作らずに適当に日々流した結果
パチンコだのホストだのに入れあげ、それを理由にさくっと向こう有責で離婚。慰謝料貰った。

今は三男はこっちで再婚して本家をコントロールしながら暮らしている。
戸籍上は本家長男だから、色々奴らの世話をしているけど、
直接会ったりとかの交流は無い。
弁護士通してお金の指示をしているだけ。
冠婚葬祭も必要最低限しかやらない。冷ややか。
人道的に相当DQNな気がするけど、三男曰く
「ああいう奴らは誰かが飼わないと余計な事をする。
今後も俺達兄弟にちょっかい出すだろう」
ということで、生かさずころさずみたいな関係を続けるそうです。
当然ながらこちらの住所(兄弟両親全員)は本家や親戚筋は誰も知らない。
凸も無い。
三男的には最初からこの予定だったそうで、
結局本家の財産も管理できてウマーらしい。
腹黒いなー敵じゃなくてよかったなーと怖い反面、
人生掛けて家族を守ってくれたんだなと感謝の念に耐えない。
余談だが、本家が天使な次女を奴隷扱いしようとしていた事、
そして不出来な長男長女(私w)に
あんた達はいらない、最初の子なのに出がらし、ハイ不合格?!
と侮辱していたのに
子供ながらにキレていて、絶対に俺が将来目にもの見せてやる…!
と決意していたらしいw

膿家の人は敵に回してはいけない人に対する勘も鈍いよね。
天使な次女も実際はすごいきっつい執念深い、
泣き寝入りしないタイプの性格だしなあ。
という寒々しい顛末でした

社宅での体験談

私の小学生時代の思い出話を投稿します。

私はいい年になっても「胸チラ」が好きで、近所の奥さんや、通勤電車のOLさん達の胸元をさりげなく覗き込む度にときめきを感じております。私がそうなったのも、小学校3年位の時の体験が基になっているのです。

当時、私は父の会社の社宅に住んでおりました。良くある、4階建てのアパートが何棟かならんだ団地型式の社宅でした。
そこに住む子供たちの為に野球教室があり、若手社員の人達がコーチをしてくれておりました。その中の一人にYさんという20代半ばでまだ1歳にならないお子さんのいる方がいらっしゃいました。

Yさんの奥さんは、子供の目からみてもとても美人で、今の芸能人に例えると鈴〇〇樹さんに似たキリッした顔立ちの女性でした。
Yさんは面倒見がよく、しばしば私たち野球教室の子供たちを家に呼んで遊んでくれておりました。奥さんもとても優しく接してくれて、しかもとても頭がよく、宿題なんかも見てくれておりました。

最初の目撃は、ある夏休みの日でした。外から帰って来た私は、社宅の階段の下でYさんの奥さんに出会いました。奥さんはベビーカーの脇にしゃがみこんで子供の世話をしている様子です。「こんにちは」と挨拶しながらふと見ると、しゃがんだ奥さんの胸元がパックリと開き、軽いサマードレスの中が丸見えになっております。薄い水色のブラジャーも見えたのですが、それも完全に浮いており、奥さんの胸が露になっていました。

奥さんは、いわゆる貧乳、と言うか、胸の膨らみが殆どない事にその時気付きました。お陰で、両方の乳首が完全に見えております。清楚な奥さんに似合わず、乳首はぶっとく巨大で、私の親指ほどもある様に見えました。色は、薄茶色で、巨大な乳首に対して随分と小さな乳輪には、ポツポツした小突起が無数にちりばめられております。他人の、大人の女性の乳首を見るのは物心ついて以来初めてだった私は、苦しいほど胸を高鳴らせながら、視線を奥さんの乳首から外せずにおりました。やがて奥さんは立ち上がり、去って行きました。奥さんの乳首は残像となって私のまぶたに焼きつきました。

それからと言うもの、私は奥さんの乳首をみる事に異様な熱意を発揮するようになりました。Yさんの家に遊びに行くと、Yさんや友達の目を盗んでは、奥さんの姿を追っていました。相手が子供なので、奥さんも油断していたのでしょう、度々私にそのぶっとい乳首を拝ませてくれました。

ソファーに座っていると、冷たい飲み物を出してくれるのですが、その時に前かがみになって、Tシャツの首元から、奥を覗かせてくれたり。ブラはしていても防御能力はゼロで、いつも完全に浮いており、ペッタンコの胸にそそり立つ乳首が見えておりました。

また、寝かした赤ちゃんを世話している時に、私は傍については「かわいいな?」とか言いながら、目線は奥さんの胸元にロックオンしておりました。屈んだ状態の奥さんがあれやこれやと動くたびに乳首がプルンプルンと艶かしく震えるのは堪りませんでした。私も位置をかえつつ奥さんのすぐ傍らまで寄ると、至近距離で乳首を視姦しまくりました。奥さんの体からは何とも言えぬ良い香りが漂い、それがまた私を興奮させました。

また、ある朝に野球教室の回覧板を届けに行った時は、まだおき抜けのラフな格好のままだった奥さんは、白いTシャツを着ており、ノーブラだったため、両乳首が大きく突き出て浮き出ておりました。薄く色も透けております。真正面から奥さんの乳首を眺めるのは初めてだったので、これまた大いに興奮しました。

こうして、私は、奥さんの乳首に魅せられ、まるでそれが自分の所有物のような気持ちになっていたのですが、そうでもない事に気付いた出来事もありました。

ある日、近所の本屋さんに行った時、たまたまそこにYさんの奥さんがいました。旦那さんに預けているのか、ベビーカーは見当たりません。暑い日だったので、奥さんは随分がっぽりとしたノースリーブのシャツを身につけており、これまた胸元が緩く、乳首を視姦するには最適な服装です。しかも奥さんは前かがみになって平積みの本を物色中です。正面に回れば、100%乳首が見えている筈です。ドキドキしながらさりげなく奥さんに接近しようとすると、私が狙っていたポジションに3人の中学生男子が陣取ってしまいました。「あっ!?」様子を見ていた私は、中学生たちの挙動を見て驚きました。3人のいやらしい視線が奥さんの胸元に集中していたからです。「奥さんのおっぱい、見られてる!!」盗人たけだけしい話ですが、私はジェラシーを感じざるを得ませんでした。
そんな事も露知らず、奥さんは相変らず前かがみのままで、中学生たちにじっくりと乳首を見せてあげていて、彼らの性欲に応えております。その内、一人の中学生が、ポケットから何かを取り出し、そそくさと奥さんに向けるではありませんか。良く見るとそれは、超小型のカメラでした。当時、〇〇ックスなどの超小型カメラが流行っており、おこづかいに余裕のある子供等が持っていたものです。中学生は、何回かシャッターを切ったようです。奥さんがその場から移動すると、ぞろぞろと3人ともついて回り、奥さんがしゃがんだりした時に上からカメラで狙ったり、小柄な奥さんを取り囲むように周囲に立って、上から開いた胸元を撮影したりしておりました。その間、奥さんは本に夢中で、絶対に人目に触れさせたくない自分の乳首が中学生たちに盗撮されている事など全く気付いておりません。
奥さんの乳首を存分に鑑賞し、あまつさえ撮影まで行った中学生たちは本屋を出て行きました。私がその後をつけると、外で彼らは口々に、奥さんの乳首を品評し始めました。「すげかったな、あの人。すごい美人なのに、おっぱい丸見えだったな!!」「あの、ペッタンコのおっぱいが逆にやらしいな!!「乳首が馬鹿でかくて、思わず吸い付きたくなったぜ!!」「ああ、あの乳首、いじりてえ!!」「おい、写真、焼き増ししろよ!!クラスの奴らに売ったら、けっこうもうかるぜ!!」「おお、顔も撮ったから、こんな美人の奥さんの乳首の写真だったら、高く売れるぞ!!」云々。ああ、奥さんの乳首は、こいつらのいやらしい妄想のオカズになってしまった!!しかも、こいつらだけじゃなくて、こいつらの学校の男子全員に晒されるんだ…と思うと、自分だけのものだと思っていた奥さんの乳首を横取りされた悔しさと同時に、何故か異様な興奮を感じるのでした。
その後も、何度かその3人の中学生の姿を見た事があります。毎回必ず、奥さんがいる場所で目撃しているので、恐らく彼らは奥さんを付けねらっていたのでしょう。一体何回、奥さんの乳首は彼らに視姦され、撮影された事でしょうか。

奥さんを視姦するのは子供だけではありませんでした。
近所の八百屋で奥さんを見かけた時は、やはり前かがみになった時に八百屋のオヤジやお兄さんが目をギラつかせて、奥さんの胸元を覗き込んでいました。
社宅総出で行う草むしりの時にも、緩いシャツを着た奥さんが屈みこんで草をむしっていると、男たちが入れ替わり立ち替わりやってきては、奥さんの乳首に視線を投げていくのも見ました。
社宅でバザーを行った時にも、奥さんが売り子を勤めるブースでは、冷やかしに見せかけて大勢の男があつまり、「奥さん、あの服みせて」などと奥さんをわざと屈ませるようにしながら乳首が見えるように誘導し、その為同時に何人もの視線に奥さんの乳首は晒されておりました。
公園に散歩に来ていた奥さんに「あかちゃんかわいいですね、写真とってもいいですか」などと声をかけ、実は奥さんの開いた胸元ばかり撮っているおじさんもいました。

地区の運動会では役員を務めた奥さんですが、Tシャツにジャージ姿で頑張る姿を、大勢の父兄や色気づいた子供たちに視姦され、写真に撮影されておりました。汗ばんだ奥さんの巨大乳首は、ブラを一点で押し上げ、Tシャツ越しにもぷっくりとその存在を晒しており、まるでノーブラのような状態だったのです。その姿にあちこちでシャッターが鳴り、しゃがんだ時などは何人かの男たちが堂々と上からレンズを向け、隙間から丸見えの奥さんの乳首をフィルムに焼き付けている光景が見られました。奥さんが肉感的で形の良いお尻を突き出す格好になると、パンティーのラインがくっきりと浮かび上がり、またパシャパシャとシャッターがなるのでした。

清楚で優しく、真面目で賢い奥さんは、私だけでなく、社宅全体、いや、地区全体の老若の男たち共有の視姦対象となっていたのです。本人やYさんはそんな事になっているとは夢にも思っていないでしょうが…。

その後、私の一家は引越し、それ以降奥さんに会う事はなくなりましたが、今でもあのぶっとく茶色い巨大乳首が目に浮かびます。
あれだけ写真に撮られたのだから、今でも奥さんの乳首を盗撮した写真をお持ちの方がいるかもしれません。その写真を、是非見たいのですが、叶わぬ夢でしょうね…。

28歳女性教諭、中2男子生徒と性的関係


 北海道教育委員会は3日、教え子の中学2年の男子生徒と性的関係を持った網走管内の中学校の
女性教諭(28)を懲戒免職処分にしたと発表した。道教委によると、女性教諭は3月、ホテルで
男子生徒と性的関係を持った。生徒が所属する運動部の顧問をしており、昨年12月からメールを
したり、2人でカラオケに行ったりしていたという。

 女性教諭は「駄目だと思っていたが、ひかれてしまった」と話しているという。

ほほぉ・・・

うらやましい

生徒にしてみりゃ一生の思い出であり、一生のズリネタ

いい先生やないか

女教師sexスキャンダル事件では一番エロ小説に近いかもしれん

何が問題なのか三行で

え?何が悪いの?

目撃した生徒がチクったのかな

裏山

生徒は得したなあ

話だけでチンコたつ

ちくしょおおおおお!

うらやまけしからん

うらやま死刑

許してやれよ
男の夢でありロマンなんだから
夢がなくなるだろうが

頭をガラスで強打。鮮血飛び散る現場。しかし・・・

私は、市中心部のオフィスビルのエレベーター横のベンチに座っていました。仕事が終わって会社に戻る前にコーヒーを飲んで一息入れていたのです。廊下脇にある休憩室風のオープンな場所で、そこには私以外に数人見知らぬ人が座っていました。

年配男性= おそらく50代。平日だがラフでややお洒落な服装。
女性=   おそらく30代。割と美人。

この2人、仲良く話をしています・・・・。すると・・・

エレベーターから30代、スーツ姿の若い男性が降りてきて、ものすごい厳しい形相で女性の腕を「ガツッ」っと掴んだのです。女性は驚愕の表情で棒立ち・・・・。
男性Cは座っていた男性Aの前に立ちはだかり、にらみつけ
「ここで何をやっているんだ」
と叫んだのです。

私は目がテンになりました。凝視するわけにもいかず、何が起きたのかさっぱり・・・。缶コーヒーを握りしめる手。宙をさまよう目。耳だけは彼らの方を向いています。

若い男性 「ここで何をやっているのか聞いているんだ!答えろ」
年配男性  座って目を伏せたまま沈黙・・・(3分以上経過)
若い男性  顔を真っ赤にして、男性の胸ぐらをつかみ、男性を無理矢理立たせる。
      「何をしていたのか言えよ」と叫びながら男性をぐいぐい押す
年配男性  「何でもない」
若い男性  「何でも無いって何だよ。俺の嫁とこんなところで何してるか言えよ!」
年配男性  ・・・・・・。

ここは平日のオフィスビル。想像を絶する事態を前に私はただひたすら缶コーヒーを飲んでいました。
私は心の中で「これはきっと不倫を旦那が知り、不倫相手をここで突き止めたんだ!すげー!旦那ガンバレ-!」と考えていました。
もう缶コーヒーは空です。
会社に戻るべき時間でもあります。
し・しかし・・・・。ココで去る訳には・・・・(苦笑)。すると・・・

若い男性 「自分の会社の社員に手を出して、何考えてるんだ」

なんだと?この年配男性は社長で、女性は部下、若い男性は女性の旦那なのか???

女性 「もう止めようよ。帰ろう。帰ってからちゃんと話するから」
若い男性 「何!ふざけるな!!」
若い男性 「前もそう言ったじゃないか!」
若い男性 「もうこの男とは付き合わないって約束しただろ!ここで何してるんだよ」

?は??2度目の不倫なのか?

女性 「もうしないから。ね?帰ろう。帰ろう」
年配男性 「もうしないって言ってるだろ」

!!この奥さんと年配男性=社長の態度は、ホントに反省しているのか?
この場をやり過ごしたいだけなんじゃないか?

若い男性 年配男性の態度にますますイラだっているのがわかる。顔が紅潮している。

若い男性 何も言わない男性にしびれをきらし、さらに男性を壁側に押しつける。
     実は壁は透明なガラス。
     「ガン!!」
年配男性 年配男性の頭がガラスに激突し、男性の頭から鮮血が吹き出す
女性   「キャー」
女性   「ちょっと止めてー」
女性   若い男性(=旦那)に向かって「もう帰ろう」「もうしないから」を連呼・・・。
年配男性 血が耳から垂れ、男性のシャツに血が滴り落ちるが、男性は身動きせず
若い男性 年配男性を押さえつけていた手をやっと離す。しかしにらみつけたまま・・・。
女性   慌ててハンカチを取り出し年配男性の頭を押さえて取り乱す。

頭から血が出ている。これは警察と救急車を呼ぶべきか?
同時に私が彼らに話かけ、仲裁する必要もあるのではないか?
混乱しつつ、まだ行動に移さない私。

自慢じゃありませんが、私はこれまで、札幌駅北口で、自転車に轢かれた事件を目撃し、周辺には100名以上も野次馬がいたのに誰よりも早く救急車を呼ぶ通報をしたことがあります。野次馬根性満載で何もしない人では無いはずでしたがこの場ではすぐに動きませんでした。私はきっと
不倫現場を発見するというのはなかなかできることではないし、決着が必要だと思った。
年配男性がいかにも不倫しそうないい加減な感じで、この期に及んでもしらを切ろうとしているのが内心許せなかった。
のだと思います。でもそろそろヤバイ、警察を呼ぼう・・・そう思った時でした。

廊下を1人の警備員が歩いて来るではないですか!
ナイス警備員!これはあなたの出番だ!

警備員 「ん?どうかしましたか?」
若い男性 「いえ。大丈夫です。何でもありません」
警備員 「でもこの方怪我をされているのでは?」

おぉー!気づいたな!偉いぞ警備員!
ビルの治安を一刻も早く守ってくれ!(私の心の叫びw)

女性「頭を切ってしまって・・・でも帰りますので大丈夫です」
警備員 「・・・・そうですか。では何かあったら言ってください」
   静かに背を向け立ち去る!

!!おい警備員!事件は現場で起きてるんだぞ!なぜ立ち去るんだwww
・・・・・・・・。

若い男性 女性に向かって「今も息子が家でファミコンしながら待ってるんだぞ!」
     「子どもほったらかして何やってるんだ。恥ずかしくないのか」
年配男性 「もうしないって言ってるだろ」
若い男性 「おい!不倫相手が会社の経営者でしかもこうやって密会してるんだぞ。どうすれば信用できるのか教えてくれよ!」
年配男性 「・・・・・」
女性   「血が止まらないからまず病院に行こう。ね。」
沈黙・・・・。
3人ともエレベーターに向かう・・・・。

実はこの騒動のさなか、少なくとも10名位はその場を通りしました。
まあ私も人のことは言えないけど、少々の暴力事件や騒ぎの声がオフィスビル内に響き渡っても通行人や警備員は気にしないんだな、ということが良くわかりましたw

会社に戻っても旦那の
「今も息子が家でファミコンしながら待ってるんだぞ!」
の声が脳内を駆け巡り、仕事になりませんでした・・・・。

実母に嫌がらせされて・・・

母親が盗み癖のある人だった。
母は専業主婦。
でも父は会社でそれなりの地位にいて金に困っていた記憶はないから
生活に困ってとかではなく本当に「盗み癖」としか言えない一種の病気だったんだと思う。

うちは二人兄弟で、兄は母にすごく可愛がられていた。
俺はあまり相手にされなくて、服も全部兄のおさがりで
兄はいつも長い時間母といっしょに風呂に入ってたのに
俺は「お湯が汚れるから入るな」と言われて、歯ブラシも俺のは買ってもらえなかった。
子供時代は「バイキンマン」と呼ばれ、クラス中に嫌われて過ごした。

母はよく万引きしたくなったら俺を遠くのスーパー等に連れて行き
万引きした品を俺のポケットや裾につっこんでいなくなった。
たまに目撃証言してくれる人もいたが
コギレイな奥様と髪ネバネバのきったないガキとでは奥様が信用されるに決まってる。
引き取りに来てくれるのはいつも父親だった。
父は母の言うことを真に受けて
俺を風呂嫌いで歯もみがかない盗み癖のある一種の発達障害児だと思っていた。
とあとで聞いた。

そんなある日、いつものように母が俺を買い物に連れだした。
兄じゃなく俺だけを連れていくときはたいてい盗み癖を出すとき。
だから俺はその店に着いて早々、買い物に夢中な母親から離れて店の外に逃げて隠れた。
母に見つからないよう、一定時間おきに隠れ場所を変えたり
いろいろ知恵をめぐらした記憶がおぼろげにある。

母は俺を探してた店の中をうろついていたが、なかなか見つからず
そのうち盗み癖のムラムラがおさまらなくて何かパクってしまったらしい。
いつもなら罪を押し付けられる俺もいないし
母はそのまま店員に見つかって御用。
身元引受人として呼ばれた父は、また俺かと思いきや犯人が母で仰天。
しかも俺はその時点でまだ行方不明。

その頃、俺は「暗くなったから家帰ろう」と思って道を歩いていた。
母親は先帰ったんだなーと普通に思っていた。
でも真っ暗な夜道を歩いて帰るガキに驚いた人が車で拾ってくれ
「こんなに不潔で痩せていて、夜道を一人で歩いているのはおかしい」と思ったみたいで
コンビニでおにぎりを買ってくれて、児童相談所かな?どこかの行政に電話してくれた。

なぜか施設じゃなくすぐ病院に行くことになって(このへんのいきさつはよくわからない)
2日くらい病院にいたら両親が迎えに来た。

復讐はこのとき。
医者も看護婦もやさしかったし話聞いてくれたし、今この場にいるのはみんな俺の味方!って
確証がなぜかあったせいか、
自分でもオーバーなくらい叫んで、泣きわめいて、母親を指さして
「この人怖い。この人ともう一緒に住みたくない。またドロボウを自分のせいにされる。
お風呂に入れてもらえない。ゴハンももらえない。毎日叩かれる。
この人のとこに返されるなら死ぬ」
ってギャンギャン騒いだ。
ちなみにゴハンもらえない&叩かれるは嘘。
めしは食わせてもらってた。ガリなのは体質。母親は俺に触らなかったから叩かれたこともない。

母親は「この子は嘘つきでバカでキチガイなんだー!」って反論してたが
その場で母親の言うことを信じてる人は一人もいなかった。
その場にいる全員が俺のことを信じていて、それが伝わってきてすっごく気持ちよかった。

俺はそのあと数日まだ病院にいて、帰宅したらもう母親はいなかった。
二年後くらいに正式に離婚したようだ。
(このへんの数年の記憶はあやふや)

兄とはしばらくぎくしゃくしたが、高校に上がるくらいの頃には普通の関係になった。

ひとつ残念だったのは、俺はあの母親をずっと「継母だった」と思い込んでたんだが
最近父に聞いてみたら実母だったっていうこと。
実の子なのになんで俺だけ差別されてたのかの理由は、いまだわからずじまい。

当時のことを思いだそうとすると脳が拒否するのか
あいまいな部分が多いんで、変なとこがあったらすまんね。

元後輩の生霊は恐ろしい

会社の先輩に横領の罪を擦り付けられて無実なのに退職させられた
その先輩は給料に対して不相応な金遣いの荒らさで、もともと何か変だなと思ってたんだけど
先輩の伝票処理がおかしい事に気付き、更に取り引き業者と陰でコソコソやってるところを目撃
調べたら本社に水増しして経費請求したり業者からリベートとってた

本社に告発しようとした矢先、私が役員一同が揃う会議に呼び出されて横領犯扱いされた
何でそんな話になってるのかわからなくて一瞬パニクになってたら先輩が登場
私の印鑑を勝手に使って捏造した伝票を証拠として出してきた
無実を訴えたけど先輩に丸め込まれた役員は聞く耳持たずで「自主退社しなければ解雇」の一点張り

因みに私の在籍していた支社は人が少ないので経理の手伝いもしていたけど、担当は専門技術職
その専門技術職は狭い世界なので、横領で解雇なんて噂になったら再就職は絶望的
つまり「自主退社したら今回は公にせずに処理してやる。再就職したいなら自主退社しか道はない」って暗に迫られた訳
腹は立ったけど「こんなクソ会社、誰がいてやるもんか」って気持ちもあり自主退社

でも、半径80km圏内の数十件の会社に面接に行っても、ことごとく不採用
不景気に左右されにくい業種なのに変だなとは思ったけど、仕方ないので全く別の業種に就職した

一年後、顔馴染みだった業者さんと街中で偶然に再会して色んな事を教えてもらった

私が退社した直後から、先輩は「あの子は横領してクビになった」とその業界の人達にふれまわって、私の再就職を潰していた事
先輩の金遣いの荒らさは直らなかったらしく、私が辞めた後にまた横領を再開してバレてクビになった事
でも先輩の件は内密に処理されて(私の時に噂を流した張本人の先輩が秘密にしてるからねw)同じ職種に再就職している事…等々

私から技術を使う仕事を奪ったくせに、先輩はのうのうと再就職してる事にブチギレた

で、復讐を決意

先輩があの業種から私を徹底的に締め出したのは、真実が露呈するのが怖かったんだんだろうと考え
「それなら先輩にとって、私の存在そのものが恐怖じゃない?」と気付いた

私は持病があって週1で通院しなきゃいけないんだけど、先輩の家の近所の病院に通う事にした
その病院は以前に先輩が「その病気ならこの病院に腕のいい先生がいる」と言っていたのでw
そして先輩の出勤時間と私の通院時間が 偶 然 重なるようにした
はじめて偶然遭遇した時に私は笑顔で挨拶したんだけど、先輩は悲鳴をあげて震えてたw
先輩からしたら人に知られたくない秘密を握ってる女と 家 の 前 で 遭 遇 するんだから恐怖だよね

しばらく通院してると先輩の旦那さんが犬の散歩に出るところや、子供さんが習い事に出るところに遭遇して会話する機会が増えた
前の職場に先輩の家族は頻繁に出入りしていて(それもどうかと思ってた)、もともと顔見知りだったので会話できるようになるのは楽勝だった
旦那さんは横領の件を知らないらしく、先輩が転職したのは条件の良い会社を見つけたからだと思ってた
私が先輩の家の前を通るのも「先輩に教えてもらった病院に通う為」と世間話のついでに旦那さんに言っておいた
なので私と旦那さんや子供さんが家の前でにこやかに世間話してるのを、先輩は邪魔したくても上手く邪魔できないでビクビクした顔で震えてたw

きっと先輩の頭の中は
「〇〇(私)さんの機嫌を損ねると、旦那や子供に横領でクビになった事をばらされるんじゃないか?」
「近所に聞こえるような大声で横領の話をされたらどうしよう?」
って事でいっぱいで怖かったと思うw

そんな日々が3ヶ月過ぎたあたりから、先輩が病んでいくのが目に見えてわかった
私とすれ違うと先輩はいきなり泣き出したり吐きそうになったり…

その後の旦那さんとの世間話で、先輩が部屋に籠って何もできなくなり、仕事も辞めて精神科に通院してると聞いた
最初は家にいてピンポンが鳴ると暴れてたのが、今では家の中で家族の足音がしただけでパニックになるらしい
「家に強盗が入ってきて殺される」「外に出ると通り魔に刺される」と怯えて、もう部屋の外に出られないんだって
主治医と旦那さんは更年期から神経症を併発したと思っているけどね
先輩の言っている強盗や通り魔は私の事なんだろうなぁと思う
横領の濡れ衣着せた次は強盗や通り魔扱いなんて、重ね重ね失礼な人だと思うけどw

でも、こんなの復讐って言えないかな?言えないよね?
私は先輩が名医と紹介した病院に通院しただけ
通院ルートに た ま た ま 先輩の家があっただけ
週1回の通院時間が 偶 然 先輩の出勤時間と重なっただけ
先輩の家族と常識的な世間話をしただけ
先輩は自分の疚しさから自滅しただけ

もし先輩の精神が病んだ原因が私のせいだと思うなら、警察に相談すればいいのにね^^
何で私から恨まれてると思うのか、その理由を言えば警察も動いてくれるかもしれないのに^^

パンチパーマのおばさん

カップルじゃないけど異性のストーカー話。
一人暮らしを始めたばっかの時の話を書き捨て。
当時俺は学生。

日当たり&家賃の安さで選んだアパートに入居してすぐ
近所に「自称・ゴミ捨て場管理人おばさん」がいることを知った。
毎朝ゴミ捨て場の前に仁王立ちで、みんなが差し出すゴミ袋をいちいちチェックしては
OKなら「ウム」みたいな感じでうなずき
ちょっとでも気に入らないと怒鳴りつけるということをしてたおばさんだった。

髪はおばさんパーマを通り越してパンチパーマに近く
顔はおばさんを通過しておじさんに果てしなく近づいている感じだった。

たとえば透明ゴミ袋の中に茶色い紙袋に包まれたゴミがあったりすると
「透明袋に入れる意味ないじゃない!」
「誰もアンタのプライバシーになんか興味ないのよ!」
「バカじゃないの、自意識過剰!」
と怒鳴りつけてくる。
男だってガビガビティッシュやその他恥ずかしいものは茶袋とは言わんまでも
コンビニ系の白い不透明な袋に入れたいもんだし
女性ならなおさらじゃないかと思うのだが、とにかくそのおばさんはそういうのを許さなかった。

古雑誌を出す日に快楽天なんか捨てようもんならさあ大変。
その場で怒鳴りつけるだけでは飽き足らず
アパートまでやって来てドアを叩きながら
「この人いやらしい雑誌買って、それを子どもの目につくところに捨てた変態ですー!!」
とわめくという羞恥プレイが待っていた。

同じアパートの住人がその羞恥プレイにまみれるのを目撃した俺は
恐れおののいて、なるべきそのおばさんの逆鱗にふれないよう細心の注意をはらってゴミだしするようになった。
快楽天は捨てずに友達にあげるようにした。

しばらくして、おばさんがゴミ出しのとき俺に話しかけてくるようになった。
話題は天気のこととか、ニュースの話とかで二言三言の会話だったが
キツいおばさんが生理的に苦手な俺は、彼女の機嫌をそこねるのが怖くて
そのたび愛想よく返事していた。
思えばそれがよくなかった。

さらにしばらくして、おばさんがゴミ捨て場で会うたび、やたらボディタッチしてくるようになった。
「一人暮らしって不便でしょう。今度おかず持っていったげる」
「あたしこう見えても料理うまいのよ」
などと言うようにもなった。
俺は「お断りします」の一言が言えず、そのたびヘラヘラ適当に笑っていた。

おばさんが本当におかずを持って俺ん家を訪ねてきたのは、その後ちょっとしてから。
タッパにカレーを詰めておばさんはやってきた。
ヘタレな俺は断りきれず、受け取ってしまった。
さらに数日後、タッパを返す時「おいしかったです」とお世辞まで言ってしまった。

おばさんはエスカレートした。
毎日のように俺の部屋のドアをノックし、俺の部屋に上がりこもうとしてきた。
名目は「掃除してあげる」とか「晩御飯作ってあげる」等々。
一度だけ押しに負けて中に入れてしまったことがあるのだが
断りもなくベッドの上に座る&冷蔵庫勝手にあける&ひきだし開けるのフルコンボで
しかも4時間ほど居座られて地獄だった。

おばさんは俺のベッドの上に
「きゃははは」と笑いながら仰向けに倒れこみ
腹チラ&パンチラしながら俺の方に流し眼をくれるという小技まで使ってきた。
ようやくおばさんを追い出した時俺は疲れきっていた。

そしておばさんはついに
「俺のいない間に雨が降ったら洗濯物をとりこんであげるから」と言って
合鍵まで要求してきた。
さすがの俺もそれは断った。
「おかずももう持って来てくれなくていいです、いままでありがとうございました」
と言った。

次の日からおばさんの復讐がはじまった。

やり口は、まず俺の出したゴミ袋に徹底的にダメ出しして出させない。
無理やり置いていっても、帰宅するとアパートのドア前に中身がぶちまけられてる。
しかもハトの死体とか混ざってる。

そして知らないうちに俺はハト殺しの常習犯&下着泥棒ということにされていた。
噂をまいたのは誰かすぐわかる。でも証拠がなかった。

ゴミを捨てられないっていうのは、みみっちいけど正直かなり精神的にこたえる。
特に生ゴミが古くなってくると部屋の中にあるのがすごくつらい。
耐え切れずにおばさんが起きる前に捨てるようにもしてみたが無駄だった。

何回目かに部屋の前にゴミぶちまけられたとき、おまわりさん呼んだが
やる気なさそーに見に来ただけで、
「なんかあなたが恨みかうようなことしたんじゃないですかー」
と逆に責められただけだった。

俺はだんだんゴミ捨て恐怖症みたいになって
なるべく生活ゴミを出さないようちまちま暮らすようになった。
コンビニ弁当を買ったら店を出てすぐそこらで立って食って、コンビニのゴミ箱に捨てて帰るとか
ゴミがちょっとでも出たらカバンに入れて持ち歩いて
大学やスーパーのゴミ箱に捨てる等していた
今考えるとノイローゼ入ってたと思う。

生活ゴミを出さないとなると野菜くずなんかももちろん出せないわけで
自炊しなくなった俺はみるみる不健康な顔色になっていった。

見るにみかねた友達数人がある日、アパートに肉や野菜を持って訪ねてきてくれた。
ゴミおばさんのことはもう相談済みだったから
みんな「ゴミは俺たちが全部持ち帰るから、今日ぐらいは腹いっぱい食えよ」
とこころよく言ってくれた。俺は泣いた

ホットプレートを出して、肉や野菜ややきそばを焼いた。
特に同郷の子がジンギスカンを持ってきてくれたのが号泣ものだった。本州来てから食ってなかったから。
メンバーは男5:女3くらいだったと思う。

しかし夜8時くらいになった時、ドアをガンガン叩かれまくった。
おばさんだった。

「女が中にいるんでしょー!」
「女の声がしたわよー!聞こえたわよー!」
「浮気者ー!アタシをもてあそんだのかー!」
「殺してやるー!」
とえんえん叫んでいる。

恐ろしさに全員フリーズした。
なんていうか、説明しにくいけどマトモな人と怒鳴り声の質が違う。
普通の人だと怒鳴ったとしても最低限セーブする一線があるはずなんだけど
完全にそれを超えた感じ。
メンバーの中には屈強な男もいたんだが、そいつも青ざめてた。
とにかく女の子を守らないとって感じで
無意識に男たちで輪を作って女の子を輪の中に入れて囲った。

おばさんは1時間ぐらい怒鳴ってたが、急に静かになった。
帰ったのか?と思ったが怖くて外が見れずにいた。
ドアスコープなんていう気のきいたものはなかったから、ドア開けて見なくちゃいけないし。

20分くらいして
「宅急便です。開けてください」って声がした。
明らかにおばさんの声。
もちろん開けるわけない。

その後も
「郵便局です」
「警察です」
「大家です。開けてください」
って手を変え品を変えしてドアをトントンしてくる。

しまいに
「タカちゃん、おかあさんよ、開けて」
って言われたときは気が狂うかと思った。
そんなのが明け方まで続いて、もう俺だめかもしれない。と思いはじめた頃
唐突に声がやんだ。

時計を見たら午前5時だった。
おばさんがゴミ捨て場に立つ時間が来たのだ。

まわりを見たらほとんど全員が泣いてた。
恐怖と安堵の涙だった。
なぜかみんな抱き合って泣いた。

その後俺は即引っ越した。
今まで住んでたとこより不便で高い物件ばかりだったが
これ以上あそこに住むくらいならバイト増やした方がましだった。

おばさんのことはあとでちょっとだけ電話で大家さんに聞いた。
やっぱりおばさんのせいで退去した人が
過去にも何人かいるらしかった。
バツ2だかバツ3だそうで、俺にいやがらせしてた当時は独身だったそうだ。

夏に起こった事件じゃないが
夏場になると怪談チックなせいか、つい思いだす話。

終。

ハッピーバースデイ親父

スレ埋めついでにプチ修羅場でも。
今日は育ててくれた人の誕生日だからな。

俺……ごく平凡なリーマン。変わった所と言えば家族以外の女は苦手。
姉……小さい頃に、俺等を守ってひたすら虐待されてた姉。男性恐怖症な所がある
母……よく違う男を連れて歩いてた。お水。
双姉……今でも一緒に住んでる。両親のお陰で仲がいい。男嫌い
父……酒飲まなくても暴力に走る人。金をよく借りる。
男……見た目チャラい。チョコレートが好きなのかよくくれる。

俺が記憶にある頃、もう既に姉は俺等の妹弟を体を張って守っていた。
母は帰ってくると、父と大喧嘩の毎日。
母は母でよく違う男と歩いてるところを目撃してる。
ある日、また今までとは違った男と歩いてる所を目撃。
声をかけると怒られるのは知ってるから俺は双姉と一緒にスルーして帰った。
が、するとさっき母と一緒に居た男が俺等に声をかけてきた。
「可愛い子だなー、母さん!」
ホスト、というよりもヤーさんみたいな感じの人だった気がする。
「ほら、二人とも挨拶は?」言われた通りに挨拶をすると、男は嬉しそうに俺等の頭を撫でた。
それから、日曜日になると母は一緒じゃなくても男だけ来るようになった。
そして、遊園地やらいろいろな場所に連れて行ってくれたし、お菓子もいっぱいもらった。
姉を見る度に、暴力受けてるんじゃないのかと心配そうに話していた。

子供の頃は、母と結婚したいからしてるんだと身構えていた。
だけど、ある日母が事故にあって死んだ。
それから毎日借金取りが家に来るようになり、姉は真っ直ぐ家に帰ってきてくれなくなった。
日曜日、男が遊びに来る時も姉は居なかった。
男は俺等に何か変わった事がないかとしつこく聞いてくるので母が死んだ後の事を全て話した。
すると、男はその日遊園地ではなく自分の家らしき場所に連れて行ってくれた。
「ここでいい子にしてるんだぞ」
お菓子やらいっぱい用意してくれたけど、姉や男が来たら食べるんだと双姉が言うから仕方なくそれに従った。
双姉が一番男に懐いていたと思う。
そして、一時間して姉と男が帰ってきた。
姉は泣きながら、男は姉を慰めながら。
当時、小学生の俺は何があったかさっぱりだったのだが中学になった頃、やっと男が話してくれた。
母が死んだ後、姉は援交をさせられてたらしい。
男はホストだったらしく、金で俺等三人を買い取ったんだとか。
今では男はいい父親になってくれて普通の企業に入社してる。

そして、俺ら3人は就職した。
姉は男の知り合いらしい4歳上の男性と付き合っていて最近結婚する予定。
が、その結婚を何処から嗅ぎ付けたかは知らないが父が姉の所に来たらしい。
金を要求していて貸してほしいとの連絡が姉旦那からあった。
で、金は用意しないで父の元へ。
父に一発顔面ストレートを食らわせてた。
「これ以上関わるなら幼児虐待で訴えるからな」

父を殴ったのは昨日の出来事。
今現在男が事故処理をしているけど、上手くいってるらしい。

おまけなんだが、なんで俺等を買ったのが聞いた
・母が人生の先輩であり救ってくれた人らしい
・他にも色々世話になっていた(体の関係は一切ない、姉と弟のような関係だったらしい)
・なんで男をコロコロ変えたり浮気ばっかしまくるのか、そこらへんの精神はわかんなかった。
でも姉御肌な人、ああいう大きな男になりたい(母に言ったら確実に殴られてる)
・そんなこんなで恩返しのつもりで世話をしていたら、情が移った。
・だんだんと暴力を受けている姉を見ていて頭にきていた。最初はよく生きてるなとしか思わなかった。
・そんな時に双子(俺、双姉の事)が「ずっと一緒に居れたらいいのに」と言ってくれた。
当時俺は男をまだ信用してなかったけど、双姉が男に懐いていたので適当に合わせた。
俺が男を信用し始めたのは俺等を引き取ってくれて数日たった辺りだと思う。

よし、3人全員料理した事ほとんどないけどチーズケーキ作ってくる!
姉さんは乾燥わかめとひじきの区別がつかないみたいだけどどうにかなるんじゃね?
俺?この頃砂糖と塩の区別がつくようになった、後目玉焼きを焦がさずに作れるようになった。
双姉が作ってくれたチーズケーキはチーズが分離してたっけなぁ。

ハッピーバースデイ親父、今日こそは逃げずに手料理食ってもらおうじゃないか



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