萌え体験談

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調教

友達が使った媚薬のせいでセックス狂いになった母親

中学生の隆志は母との二人暮らし。

親子二人でつつましく暮らしていたが、隆志の友人である恒彦が家に遊びに来たことですべてが終わってしまう。

恒彦は通販で手に入れた媚薬を、美しい隆志の母に使ってしまったのだ――

隆志が買い物から家に戻ると、リビングから女の喘ぎ声が聞こえた。

まさか、と思いリビングをこっそり覗く。

そこでは母と恒彦が濃密に絡み合っていた。

ぐちゅ!ぐちゅ!ぐちゅ!

いやらしい音を立てながら、母の秘肉を出入りする恒彦のペニス。

隆志はその光景に釘付けになった。

「あっ、あふぅ、んんっ………??」

母から、上擦った声が漏れる。秘肉の隙間から、ぬらぬらとした愛液が溢れ出していた。

今までに見たことのない母の姿。母は間違いなく、友人の恒彦に欲情していた。

(なんで……母さん。嫌がるそぶりもなく!)

驚いたことに、母は自ら腰を振っていた。

まるで愛おしいの恋人を抱きしめるように、恒彦の肩に抱きついている。

「んああ!んひぃ?おばさんのオマンコ、気持ちいい?」

「気持ちいいよ、おばさん。まさか媚薬でこんな姿になるなんて、おばさんも変態だなあ」

「アアッ、変態なおばさんでごめんなさいぃ?ア、だめぇ、激しすぎる??」

(媚薬……?)

隆志は首をかしげた。

たしか恒彦が数日前、中学校で媚薬が手に入ったとか騒いでいた気がする。

あいつ、まさか本当に……!

「ふうん、この穴から隆志が出てきたんだ」

恒彦が自らのペニスを飲み込んでいる肉壺を、興味深げに見つめる。

「もうっ、隆志は関係ないでしょ?今の私は、あなたの性奴隷よ??」

「ホントに?」

恒彦はいたずらな笑みを浮かべて、肉棒を膣口から引き抜いた。

母の顔が、哀願するように歪む。

「そんなっ、いじわるぅ?私はっ…あなたの性奴隷です。

だから、おばさんの肉壺を思う存分使ってください。

いやらしい汁でだらだらな私の穴を、早くあなたのペニスで塞いでぇぇぇぇええ???」

「うん、分かったよ。おばさん、おもしろいね」

再び、ピストン運動が再開される。

猛烈な肉棒の快感に、

「アアっ、いい?しゅごぉい……??」

母の口から唾液が垂れ流しになる。快感に母は何度も嬌声を上げた。

「すごいな……媚薬の効果。おばさん、そろそろ中に出すよ」

「ああぁッ、え……? だ、駄目よっ。赤ちゃん出来ちゃう……!」

「俺の赤ちゃん、おばさんは欲しくないの?」

頬を赤らめ、母は恥ずかしげに身体をもじもじさせた。

「……欲しい、です。あなたの、赤ちゃんを産みたい。だから、中に出してぇ?」

隆志は耳を疑った。

「よし、じゃあ行くぞ。たっぷり受け取って、おばさん!」

恒彦は肉棒を最奥に捻り込み、欲望を思い切り注ぎ込んだ。

ぴん、と母の体がしなって痙攣する。母もまた、絶頂していた。

「んあっ……イイ、イイっ! ドクドク入ってくるぅぅぅうう?

恒彦くんの精子あったかぁい?

おばさん恒彦くんの赤ちゃん孕んじゃうよぉおおお???」

蕩けるように、母は吐息を漏らした。

膣口から精液がこぽりと流れる。

その瞬間、母は間違いなく“女”だった。

俺は力が抜けて、思わず買い物袋を落とした。

ドサリ、と大きな音が響いた。

「ひっ、隆志。見てたの……?」

俺の姿に気付き、さっと母の顔色が青ざめた。嫌々をする子供のように、首を振る。

自らの痴態を見られたことが、よほどショックだったのだろう。

「あ……隆志。これは違うの。んんっ?」

母と息子の気まずい空間も、束の間のことだった。

恒彦は再び母さんの膣口にめりめりと肉棒を突っ込んだ。

「あふっ……ああああッ………??」

「おう、隆志。もう帰ってきてたのか!」

いけしゃあしゃあと、恒彦が笑う。

その間にも、母の肉壺では激しいピストン運動が行われていた。

「ああっ、駄目よっ……息子の前で交尾しちゃうなんてぇぇ?

ハァ、す、すごい、奥まで、奥まで当たってってるぅぅぅ???」

「いまお前のカーチャンと子作りしてるところだからな。邪魔すんなよ」

突如、動きが小刻みなものに変わる。母さんは目を見開き、海老ぞりになった。

「んあっ激しい。

さっきイッたばっかりなのに、ま、またイク、イッちゃう。

息子の友達のおチンポでイッちゃううぅぅぅうう…………???」

「――――――ッッッッッ???」

長い絶頂。

白目を剥き、母はぐったりとソファに横になった。

荒い二人の吐息。

「母さん……」

俺がつぶやくと、母は満面の笑みで俺にピースした。

「んふっ。何度も犯されて、たぶん隆志の弟を孕んじゃったと思う。

見て見て、隆志。どくどくしてるぅぅぅう?

ママ、種付けされちゃったよぉぉぉお??」

自ら股を広げ、見せ付けるように痴態を晒す母。

そこには、優しく貞淑な母の面影は無かった。

隆志は耐え切れず、恒彦に掴みかかった。

「戻せよ……母さんを元に戻せ!」

「無理だよ。元に戻す方法なんて、媚薬の説明書に書いてなかったし」

「それじゃあ」

「隆志のカーチャンはずっとこのまま」

さあっ、と血の気が引くのが分かった。

「あふぅうぅうう??

膣から精液出ちゃってるぅぅぅううう?

早くおチンポで蓋をしてぇぇええええええ???」

くぱあ、と狂ったように両手で膣を押し広げてペニスをねだる母。

隆志はその姿を受け入れざるを得なかった。

数ヵ月後。

すっかりボテ腹になった母の姿があった。

恒彦の命令で、常に乳房と痴丘の部分を露出させた、エロい下着を身につけている。

すでに母乳の分泌も始まり、家の廊下には母の撒き散らした母乳が常に点々としている。

気付いたら拭くようにしていたのだが、母が動き回るたびに拭かなければいけないのでそれもやめた。

相変わらず、母はセックス狂いだ。

今日も恒彦を家に呼んで、寝室で濃密な雌雄の営みを繰り返している。

「もうすぐ、隆志の弟が産まれるわよ?」

恒彦と繋がったまま、母が隆志に話しかける。

悔しくて、涙があふれた。

「あらあら、隆志ったら。泣くほど喜ばなくてもいいのにぃ?あぁぁん??」

「そしたら俺が隆志の義父ちゃんかあ」

「うふふ。楽しみね、あなた?結婚できる年齢になったら、籍を入れましょ?」

すっかり二人は夫婦気取りだ。隆志の居場所は無い。

この家を何度も出て行こうと思ったが、それもやめた。

いつか、母さんが元に戻ってくれるはず。

それだけが隆志の希望だった。

兄の口車に乗せられ騙され続けた私

私は今年成人を迎えたがあの昔のことを思い出します
兄とは7つ違いで私が小1の時、兄が中2のときの事です

ある休みの日昼間から兄と2人っきりになり兄は遊びに行く約束を取り消し
私と遊んでくれることになりました
「お兄ちゃん何して遊ぶの?」
「今日はいい事しよな」
私は首を傾げました
兄に連れられ私の部屋に連れて行かれました
「知ってるか舞(私です)実はな・・・・」
「え~嘘~」
ここから簡単にいいます
兄は私に小学生になった女の子は兄のアソコを咥えておしっこを
飲まないといけないと言われました

私は訳が分からず兄に従うしかありません
兄は自分のズボンとパンツを脱ぎました
「ほらちょっと触ってみろよ」
私はお風呂で見たことがあったが実際に触ったことがありませんでした
恐る恐る触るとすごく硬くなってました
「ほら自分で口に咥えなさい」
私は口を子供ながら大きく開けて咥えました
そのまま兄に頭を持たれ前後に動かされました
私は兄が喜んでいたので私もうれしくなりました
そのまま「じゃあ頼むよ」
兄はそう言うと私の口の中におしっこか精液(このときの私は分かりませんでした)か分からないものを出しました
私は言われた通りに苦かったが全部飲みました
「言いか舞この事は他の人には言っちゃ駄目だよ」
「何で?」
「それがルールだから」
私は昔からルールという言葉に弱く守らないといけない思いが強かったので頷いてしまった
「舞これから毎日一回しないといけないからね」
「分かったよ」
それから何の疑問もなく毎日して時には2,3回するときもありました
他の女の子もお兄ちゃんがいる所では普通なのだと思っていました
私が6年になるときに兄は大学生になって1人暮らしをはじめたのをきっかけに
あまりしなくなりました
でもたまに家に帰って来たときはしました
その時は帰ってくるたびに2回はしました
私も兄も夏休みになると兄は帰ってくるのでその時にはしばらくうちでのんびりするので
毎日されるのには変わりませんでした
私が中学生になっても変わらずされ続けていました
私はすっかり兄の性奴隷になってました
私は高校に進学して学校からの帰り友達に勇気を出して話しました
「そんな決まりないわよ あんた騙されてるのよ」
と言われた時はショックだった
家に着くとトイレでずっと泣いていました
両親に話そうとしたが言えなかった
数日後兄が何食わぬ顔で帰ってきた
「舞今日もやるぞ」
「お兄ちゃんあのね・・・」私はすべて兄に言った
兄は唖然としながら床に座り土下座して謝って来た
「ごめん 本当のこと言おうとしたが言えなかったんだ」
「もう 良いわよ」
私がこれまで受けた心の傷は成人を迎えても癒える事はなかった

悪友から貰った薬で…

私には下系の相談が出来る悪友がいます。

“最近チンポの起ちが悪いし、途中で萎えちゃったり…参ってるよ。”

数年前にそんな話をしました。

“お勧めがあるよ。俺もたまに使ってるけど、起ちっ放しですごいぜぇ!”

ED薬もいまいち効かなくなってきた私は、藁にもすがる気持ちでその薬を分けてもらいました。


その薬とは液剤。海綿体に直接注射するというもので、ネットで調べてみると結構扱っている病院もあります。

細いシリンダーに液剤が入っており、インジェクターにセットして注射すれば一瞬で終わり。
痛みなんてほとんど感じません。
打った後に暫く揉んでいると、2~3分後には半起ち状態、10分も経つと10代を思い出すくらいにビンビン!

5年前から付き合っている33歳の女で早速試してみました。

その女が28歳の時に知り合い、奥手で腰の振り方も満足に出来なかった女だったのですが、
今では花(?)の30代、所謂やりたい盛りです。

純情で恥じらいを持った女を淫乱に調教していくのは面白いのですが、出来上がってしまえばただのヤリマン、
次第に飽きてきて、最近はあまり相手もしていませんでした。

女がシャワーを使っている間に内緒で素早く注射。
チンポを軽く揉んでいると次第に起ってきます。

女がベッドに戻ってきたころはすでにビンビン状態。

“わあ…すごいぃ・・・!”
と女。

随分前から飽きていた私は、女に前戯等することもなく、逆に女にチンポをしゃぶらせて、固くなったら騎乗位で跨らせ
腰を振らせてイカせる…まるで私のチンポでオナニーをさせている感じでした。

しゃぶらなくてもビンビンのチンポは女も久しぶりに見ます。
嬉々としてチンポをしゃぶる女…

恥じらいを無くした女もオマンコを濡らす事がなくなってきます。
最近ではローションが必需品になってしまいました。

始めのころの様にオマンコをヌルヌルに濡らしたのは、数年前に女の友人を入れて3Pをした時位。
この時は女も友人も呆れ返る位に糸引き状態でしたよ。


“ローション塗って跨れ!”

いつもの様に命令する私…。

女はパイパに脱毛したオマンコにピアスを3個入れています。
自分であてがいゆっくりと腰を沈める女…。

“はあぁ…固いっ、今日はいつもより大きいぃ・・・・”

私のチンポは若いころの様に少し勃起痛を感じるほど張り切っています。

私自身“これは凄い!”と実感しました。

最近では少し不感症気味で、チンポは起ってもカリがパンパンに張ることは有りませんでしたが、
今日は驚くほどにカリが膨れ上がっています。

女に腰を振らせ3回イカせた後、久しぶりに女を下にして屈曲位にすると自分のチンポをあてがいます。
カリは赤黒く大きく膨れて、いやらしく光っていました。

カリ首でオマンコ入口を擦りあげると、女はあっと言う間もなくイキ、立て続けに何度でもイキます。

いつもなら30分もすると萎えてくるチンポですが、今日は益々固くなっていきました。

飽きた女ですし、気分的には萎えているのですがチンポはビンビン。
疲れて抜いてもビンビン。

女は流石に不思議に思ったのか“どうかしたんですか?なんか今日は凄いんですけど…”と聞きます。

返事をするのも煩わしく、女の頭を掴むと“しゃぶれ!”と命令、そのまま四つん這いにさせチンポを奥まで突っ込みます。

浅くGスポを擦りたて、女がイキそうになると深く入れてゆっくりと…延々と繰り返します。
女はイカせてもらう事をせがみますが無視、やがて私も快感が募り、射精しそうになって来ました。

自分の痙攣が始まる前に女をイカせてやります。
連続して息が切れるくらいにイカせて…やがて私も思いっきり中に出しました。

驚いたことに射精感もいつもの数倍。
しかも全くチンポが萎えません。

いつもなら女の中で小さくなって行くのに…

薬効が切れる一時間半まで私のチンポは起ちっ放しでした。

2,3回休憩をしましたが、一時間半の間にイカされっ放しの女。

最後の方では“頭が痛くなって来ましたぁ・・・”
多分ドーパミン切れを起こしたのだと思います。


最近衰えを感じる方、絶対にお勧めですよ。
これを使いだして昔の女も虜にしています。

吐きそうになった経験(6)

吐きそうになった経験(6)

究極の調教方法を受けた兄と姉妹.しかし,3人の表情には愛と陶酔があったように思えた. 苦しみや悲しみを感じさせるものは,まったく無かった.姉妹は自ら服をゆっくりと脱ぎ,兄の左右に跪き,姉が兄に甘えるようにキスをはじめた.その表情には相手を思いやる愛が見えた.妹は兄の腹部を小さい手で撫でながら,足にキスをはじめた.私は2人の仕草を見ながら,またも不思議なことに気がついた.2人の胸,そして毛一本も無い恥丘が子供とは思えないほどふっくらしているのである.少なくとも5-7歳は上の身体,年齢不相応なふくらみなのである.また兄の男根も年齢不相応に大きい.Rの方を見て、何か聞こうとすると,Rはまたニヤリと笑い「気がつきました?」との目配せを送ってきた.そして、私が理由を聞こうとすると,「今は、ショーの時間です」と笑って何も語らなかった.


 ぞくっとするような寒気に襲われた.おそらくあの兄姉妹は牛と同じような成長促進性ホルモンを大量投与されたのだと直感した.子供でありながら半分以上強制的に成長させる悪魔のホルモン剤.しかし,副作用も激しく腫瘍発生や奇形腫を起こす確率が数十倍にも跳ね上がるだけでなく、精神疾患も引き起こすのだ.おそらく家畜用ホルモン剤を気が遠くなるほど、食事といっしょに与えられたのであろう.寒気と吐き気が私を襲った.
 KMの方をみると,日本から連れてきたアリスと呼ばれる少女がKMにキスを求めて,身体を預けるように甘えている.KMは私の視線に気がついたのか.「この子にはあまりハードなことはできなくてね.まあカネもかかっているし,,,,」と笑いながら杯の酒を自分で飲み,それをその少女に飲ませていた.少女はKMの前に跪き股間の愛撫を始めていた.その仕草を見ていると,年増女の技巧を凌ぐようなテクニックのように見えた.股間の皺に舌で唾液を丹念にまぶし,舌でゆっくりと広げ,口に含むと頭を回転させるようにピストンする.どう考えて10代前半の少女の技巧ではない.10年以上風俗をやっていた30-40代の年増女の技巧であった.70代を少し過ぎているKMの男根も次第に天を突くように膨張してきているが,少女はアゴが外れるのであろうか?根元まで飲み込みながら,手も巧みに動かし刺激を続けている.KMの視線は3人の兄姉妹に釘付けになっている.
.KMは上着のポケットから何か小さな瓶を取り出し,テーブルのグラスに数滴落とした.少女はそんな事を知ることもなく,KMの股間の愛撫を続けている.KMは少女の頭を撫で,口をはずさせ,そのグラスの液体を飲ませ,また愛撫を続けさせていた.

妻を母のような女に・・・2

私には妻を母のような淫乱な女にする歪んだ欲望がありました。
娘が家を出て二人暮しになった今、セックスのたびに妻に理解を求め説得し続けました。
妻(42歳・由美)はもともと生真面目な性格で貞操観念の強い性格で、私の求める行為など変態のすることと決め付ける始末です。
中学生の時に覗き見た母は、父の強引とも思う要望を受け入れ友人・知人を交えた淫靡な行為に歓喜の表情を浮かべていました。
母の歓喜の表情は美しく30年近くたった今でも忘れられないのです。

妻を自分で説得するのを諦めかけていた時期でした。
私は帰宅時に突然の雨に見舞われ最寄の駅近くの居酒屋に逃げ込んだのでした。
逃げ込んだ居酒屋で偶然に学生時代の友人を見つけ一緒に飲むことになったのです。
友人はもう一人の男と一緒で、私と彼ををお互いに紹介しました。
友人は『彼(松沢・40歳)は映像関係の仕事をしている』と教えてくれたのですが彼が笑いながら『いや、映像関係なんて格好のいいもんじゃないですよ。AVを撮って買ってもらう仕事ですよ。作品の出来次第で売りに行くところも変わりますけど・・・』と話してくれました。
彼の話しは面白く時の経つのも忘れるほどでした。
私が興味津々に質問するからでしょうか、彼が『一度、事務所に遊びに来ませんか?自宅兼の事務所ですが・・・』と誘ってくれたので名刺交換したのです。
3日後、妻に『残業で遅くなる』と連絡して彼の事務所に寄りました。
彼は暖かく迎えてくれ、書棚に並んだAVを見せてくれました。
AVはジャンルごとに整理されていました。
人妻物を見ていると彼が人妻の話しを聞かせてくれます。
ナンパや大手映像会社に面接にきた人妻を撮影するらしいです。
彼は編集前の映像を見せてくれました。
女性の顔も局部にもモザイクはありません。
私に新たな考えが浮かびました。
彼に妻を襲ってもらうのです。
妻はどんな表情で彼を受け入れるのでしょうか?
『それは犯罪ですよ。』と彼は笑います。
「・・・そうですか・・・」
「・・・ただ・・・書面で『今回の行為はあなたが同意している』と記入して正式に契約して下さるならやりますよ。私の報酬は奥様の映像で結構です。目線を入れて販売する事を約束します、いかがですか?それと、奥様のスタイルが分かる写真など見て決めさせていただく事になります。」
私は携帯に入れていた妻の写メを見せました。
写メの妻は胸の膨らみもよく分かるキャミソール&ミニスカート姿で私のお気に入りの一枚です。
「おお・・・十分,映像になる顔立ちとスタイルですね。早速、撮りましょう。2~3日後でどうですか?
最初、私が封筒に書類を入れてお宅にお邪魔します。翌日、署名・捺印された書類を昼間に取りに行くってストーリーで奥さんを撮ります。いかがですか?」
「・・・うまくいきますかねぇ・・・」
「当然、警察沙汰にならないように、フォローして下さいよ。お互いのために・・・」


3日後、夜の8時に松沢はやってきました。
リビングに通された松沢は妻を舐めるように見ていました。
封筒に入った契約書を私に手渡した松沢はお茶を飲んだだけで帰っていきました。
私は妻に『翌日、松沢が朝の10時に書類を取りに来るのでお茶でもだすように』と言いました。
私は受け取った書類に目を通して署名・捺印をして封をすると机の上に置きました。
微かに手が震えています。
それは妻に対する欲望が実現する喜びか恐怖なのか分からなかったのです。


翌日、出社した私に松沢から電話がありました。
「これから、お宅に行きます。今夜は普段通りの時間に帰ってください。奥様が騒ぎ立てないようだったら翌日に事務所によってください。DVDに焼いておきますから・・・」
一方的に話すと電話は切れました。
長い一日になりました。
時計を見ると10時10分を指しています。
今頃、妻は松沢に襲われているのでしょうか?
着ている物を剥ぎ取られ全裸にされた妻はビデオで観た松沢の巨大な肉棒に犯されているのでしょうか?
母のように美しい表情を浮かべているのでしょか?
時間がいつもの倍近く遅く感じました。
2時過ぎに松沢からの電話がありました。
「・・・終りました・・・今、駅に向ってます。映像的にはいい物が撮れたと思ってます。」
「・・・そうですか?・・・由美は?」
「大丈夫だと思います?・・・すこし脅しておきました。」
「・・・脅す?・・・」
「ええ・・・普段通りにしていたら御主人にもバレない・・・訴えたら世間に知られてしまう・・・とね。」
「・・・そうですか・・・明日、うかがいます。」
私は電話を切りました。
帰宅した妻を見て私は驚きました。
いつもと変わらぬ笑顔で私を迎え会話を交わしてくるのです。
昼間に松沢に犯されビデオを撮られたなど感じさせないのです。
翌日、松沢の事務所を訪れた私を松沢も笑顔で迎えてくれました。
モニターにはバックに仕込んだ隠しカメラで撮影された妻が映し出されています。
編集されていないのでレイプ場面まで早送りされました。
「いや~やめて~」
松沢に押さえつけられた妻の暴れる姿と悲鳴が続きます。
ようやく、スカートを捲られショーツを脱がされた妻は松沢の指技におとなしくなりました。
悲鳴が嗚咽に変わってきたのです。
「奥さん・・・ビショビショじゃないか・・・」
「許して・・・もう止めて・・・」
「だめだ・・・もう、欲しいのじゃないの・・・」
「いや・・・それだけは止めて・・・」
「入れてやる!」
松沢は狙いを定めて腰を進めました。
「いやぁぁぁぁぁぁ」
松沢は妻を無視して腰を振ります。
沈黙の時間が流れていたのですがついに妻の口から喘ぎ声が漏れました。
「あん・・・あん・・・」
「奥さん、気持ちよくなってきたかい?」
「・・・あん・・・あん・・・ああっ・・・あん・・・あん・・・」
松沢は由美を全裸にして立ち上がらせて後ろから挿入しました。
繋がったまま、バックが置いてあるテーブルの前まで歩かせ、カメラを手持ちでもちました。
「そのまま、寝室に案内しろ」
妻は松沢に犯されたまま手を突いてヨチヨチとリビングをでて廊下を進みます。
妻に挿入したまま松沢が後ろから撮影しているのです。
ようやくベットに辿り着いた妻は松沢に脚を開いて正常位で繋がりました。
カメラは上下に揺れる妻を映し出しました。
ハメ撮りというものなのでしょう。
「あん・・・あん・・・いい・・・」
妻の表情が母の表情に近づいていきます。
妻が母に見えた時、妻は絶頂を迎えました。
「ああぁぁぁぁ・・・いくっ~~う~」
絶頂を迎えた妻を体位をかえ犯し続ける松沢・・・
私はビデオを止めるように言いました。
「続きは家で観ます。あの・・・妻を続けて撮ってもらえますか?」
「えっ・・・いいですけど・・・私とか男優とセックスしてると普通のセックスじゃ感じなくなりますよ。いいんですか?」
「ええ・・・結構です。」
「・・・そうですか?・・・分かりました。このビデオをネタに奥さんを呼び出して撮影します。奥さんをなんでもする女に調教しますけどいいですね?」
「お願いします。」
その後、妻は数本のAVに出演したのでした。
AVは裏物としてマニアに販売され好評だったようです。
今では、私の前で松沢や松沢の友人・男優とセックスするまでに調教されました。
妻と母がダブって見える私です。

俺の娼婦

俺は38歳独身です。
数か月前、同じ職場に派遣されてきた女(36歳)といい関係になった。
彼女は独身で、何だか暗い雰囲気を漂わせていて男性経験が無いように感じました。
顔は普通何でしょうけど、何故か陰気臭い雰囲気が漂い職場の男性達も一線置く様な
態度だったんです。
しかし、体付きがムチムチとして厭らしく、ポッチャリ好きな俺には気になる存在でした。

ある日、倉庫作業で一緒になった俺は彼女に話しかける事にしました。
話掛けてみると案外普通で、それがキッカケで彼女も俺には話をしてくるようになったんです。
いつしか、彼女もプライベートな話をしてくれる様になり独身で、男性経験もない事も知りました。
俺は彼女を飲みに誘う事を決め、仕事帰りに話をしてみると案外直ぐに”いいですよ”と言う事
になり居酒屋に向かったんです。
彼女は酒が弱いのか?直ぐに顔を赤らめフラフラし始めました。
店を出た俺は彼女の手を引き自分のアパートに連れ込んだんです。
彼女も特に嫌がる事も無く部屋の中に入って来たので、俺は彼女を押し倒しキスをしました。
彼女は一瞬驚きの表情を浮かべていましたが、直ぐに俺の舌を招き入れディープキスに発展
しました。彼女のブラウスのボタンを外すと、はち切れんばかりの巨乳が現れ、俺は巨乳に
吸い付いたんです。”あぁ~・・・気持ちいわ”と言う彼女のスカートに手を入れストッキングと
パンティの中に手を差し込むと、既にダラダラと愛汁を溢れさせていました。
指をマンコに差し込み出し入れを繰り返すと”クチャクチャ”と厭らしい音を立て始め、彼女も
”ダメ!凄い感じるぅ~こんなの初めて・・・”と俺にキスをせがんで来たんです。
キスをしながら、彼女は”うっ・・・逝くぅ”と小さく囁きブルブルと震えていました。
俺は我慢出来ず、大きくなったチンポを彼女の口に押し込み舐めさせたんです。
慣れない彼女は必死に舐めているんでしょうが、歯が当ったり舌使いが上手くなく初めて何だ
と思いました。
彼女の口からチンポを抜き、彼女のマンコに押し込んだんです。
処女では無かったんですが、締りは抜群で俺のチンポに何度も逝く彼女でした。
お互いハァハァ息を荒らしながら一緒に風呂に入る事にしたんですが、彼女の裸体はムチムチ
感が凄く、下半身は特に外人並です。しかも色白でムッチリの割には肌が綺麗でした。
彼女も恥ずかしそうにしていましたが、俺は強引に彼女のお尻に顔を近づけアナルまでしっかり
見てやりました。そんな行為に興奮したのか?彼女は益々汁を溢れさせ、太腿を伝って流れる
程でした。
それから毎日の様に俺は彼女を呼び出し、アパートで彼女の体を堪能し、彼女を調教したんです。
素人を調教するのは簡単でした。俺が言う事を何でも聞き、いつしか公園や映画館でも俺の
チンポを咥える淫乱な女になったんです。
彼女と知り合って3ヶ月が過ぎた時、俺は彼女と河川敷を散歩していました。
もちろん彼女は下着は付けていませんし、スカートの中はバイブとローターを付けた状態です。
そんな中、鉄橋の下に住んでいるホームレスを見つけ、彼の家に彼女を裸にして押し込んで
見ました。ホームレスも驚いた表情でしたが、彼女に飛びつき胸を舐め、マンコに汚れた舌を
這わせていました。俺の目の前で彼女はホームレスに体中を舐め回され、彼の汚れたチンポを
口で綺麗に舐めさせられていました。
やがてホームレスのチンポをマンコに入れられ、喘ぎ声を上げ悦んでいる彼女だったんです。

それ以来、俺はアパートで彼女のマンコを楽しんだ後に、ホームレスの家に連れて行き
彼の性処理をさせる様になりました。ホームレスも2人・3人と増え、今では5人位が集まる様に
なりました。すっかり淫乱になった彼女は、今ではアナルも覚え3穴同時責めに悦んでいます。
そんな彼女と出会って、もう半年を迎えようとしています。
娼婦の様に扱われても俺に従う彼女が最近愛おしく思えて仕方ないんです。
ちなみに彼女は服装も若い感じになり、髪も茶髪に染め結構明るい女性に変わりました。
俺好みにしていたのかも知れませんが、職場でも男達が認める程です。

きっと彼女も俺のプロポーズを待っているんでしょうね・・・。

息子のコーチに性処理奴隷を誓わされた馬鹿な人妻 (詳細)

読んで下さった方の希望に答え、少しだけ詳細を書き加えたいと思います。

事の発端は、前に書いた内容の通りです。
息子を試合に出して欲しい、息子の喜ぶ顔が見たいその一心でコーチにお願いをしました。
それがコーチの性奴隷にされる何て考えもしませんでしたし、望んだ訳でもないんです。

コーチと連絡先を交換して2日後の事でした。
メール受信音が聞こえ中を見ると
 ”今から来れますか?この間の話の続きをしましょう。家で待ってます”
コーチから連絡をくれる何て・・・もしかして考えてくれたのかしら・・・
そんな甘い考えを思い浮かべながら着替えを済ませ、車でコーチの家に向かったんです。
郊外の住宅街に彼の家は建っていましたが、庭も広く大きな家で玄関先に彼は待っていました。
彼に案内され家の中に入ると、広い玄関に広いリビングと我が家と比較出来ない位の豪邸です。
リビングのソファーも高級感溢れる物ばかりで、思わず見入ってしまいました。
 「素敵な家ですね」
 「そんな事ありませんよ。安物です」
彼はそう言いながら、紅茶を出すとソファーに座り”じゃ、○○君の話をしましょうか?”と切り出して
来たんです。
メンバーの事、息子の事、コーチが言うには今のメンバーはほぼ同レベルと言うのです。
誰が出ても好成績を収められるし、誰を出してもいいと考えていると言う言葉に、変な希望を
持ってしまったんです。
 「息子を使って貰えませんか?お願いです」
 「どの親御さんもそう思っていますよ。贔屓はちょっと・・・」
 「それは分かっています。でも、誰が出ても変わらないんだったら、息子だっていいじゃないですか?」
 「そうですね!どうしようかなぁ?」
 「お願いします。私に協力出来る事は何でもしますから・・・」
口車に乗せられた感じもしますが、私は”もう少し私が頑張れば、コーチの気持ちが変わる”と思ったんです。
そんな心境の中出た言葉が”何でもします”でした。
その言葉を発した瞬間、コーチの目が変わった様に思えます。
 「何でも協力してくれるんですか?本当に?」
 「え・・・はい、私に出来ることでしたら・・・」
 「そうですか?そう言われて出さないとは言えませんね。じゃ次の試合から考えますか」
 「本当ですか?」
 「何でも言う事聞いてくれます?」
 「え~・・・」
 「じゃ、私の股間を触ってくれませんか?」
驚きました。彼の口から卑猥な言葉が出るなんて・・・そして私の隣に座って来たんです。
 「何言ってるんですか?出来ませんよ」
 「そうですか!じゃ、先程の話は無かった事で・・・」
 「そんな!ズルいわ」
 「そちらが何でも言う事を聞くと言ったんですよ。ズルいのはそちらでは?」
頭が真っ白に成りながら、私は無意識に彼の股間に手を伸ばしました。
ズボンの上からも分かる大きな肉棒は、私が手を当てるとムクムクと動き出し太く・長くなり始めたんです。
 「生でお願いできますか?」
そう言うと彼は、ベルトを外しファスナーを開けると一気に下半身を剥き出しにしたんです。
”出来ません!”そう言いかける私に彼は睨み付ける形相で”○○君の為ですから出来ますよね”と
言い私の手を自分の肉棒に押し当てて来たんです。
”私が我慢すれば、息子も試合に出れる”そんな一心で私は彼の肉棒を握り、上下に動かしたんです。
 「お母さん気持ちイイですよ。凄く上手だ」
 「そんな事言わないで・・・」
 「今日お母さんが頑張れば、次回息子は必ず試合にスタメンで出れますよ」
彼の言葉が麻薬の様に私の身体に染みつき、”もう後戻り出来ない”と言う心境に変わって行ったんです。
彼の肉棒はMAXに大きくなり太さも長さも、私が知る物を超えていて、いつしかハァハァと息を荒らし
てしまっていました。
 「じゃ、今度は咥えて貰えますかね」
 「そんな・・・」
 「○○君を試合に出させたいんでしょ」
 「分かりました」
”夫の肉棒ですら、余り咥えた事が無いのに”そう思いながら彼の膝元にしゃがみ込み股間に顔を
近づけ大きく怒り狂った肉棒に唇を這わせ口の中に受け入れたんです。
口いっぱいに入り込む肉棒をチュパチュパと舌を使い唇で締め付け、無我夢中で奉仕しました。
 「お母さん、凄く上手ですね!旦那さんに鍛えられたのかなぁ」
 「・・・」
顎が外れるんじゃないかと思った瞬間
 「じゃ、今度はお母さんの裸を見たいなぁ」
 「それは・・・」
 「出来ない事は無いでしょう!折角ここまで頑張ったのに水の泡ですよ」
コーチの言葉が何を言っているのか?直ぐに分かりました。もう逆らえないと知った私は、コーチの
後ろで着替えようとしました。
 「私の前で着替えて下さい!ストリップショーの様に」
従うしかなかった私は、彼の前で上着を脱ぎスカートを下ろすと下着姿になりました。
 「下着も全部ですよ」
恥ずかしい気持ちでいっぱいの中、ブラのホックを外しパンティを膝元へ引き下げたんです。
 「お母さん、色白のもち肌ですね!凄く色っぽい良い体だ。前からいい女だと思っていたんですよ」
 「もういいでしょ!」
 「何言ってるんですか?大人ですよ。ここまで来て終わりはないでしょう」
彼は私の身体の隅々まで近づいて見ると、クンクンと匂いまで嗅ぎ始めたんです。
”変態”そう思いながらも、こんな恥姿を曝け出し、彼に見られる事にアソコは反応を示していました。
 「お母さん!アソコから何か出て来てますよ。溜まっていたのかなぁ」
コーチはそう言うと、指をマンコに沿って這わせてきました。
”うっ”思わず声が出ると、”気持ちいいんですね”と彼は指を中に侵入させ、親指でクリトリスを擦り
始めました。”どうして?好きでもない相手に感じているの?”自分でも体が火照りマンコの神経が
過敏になるのを感じました。
 「そろそろ私と繋がりますか?」
 「嫌!お願いします。勘弁してください」
 「長い付き合いになるんですから、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか?」
私をソファーに寝転がすと、彼は正常位の体制で肉棒を差し込んできました。
肉襞が開かれ、中にドンドン入って来るんですが、今まで経験の無い太さに驚きと興奮が体中を
巡って来たんです。
 「どうですか?旦那と比べてどっちが大きいのかなぁ?締め付け具合から私ですね」
 「夫の事は言わないで下さい」
 「ん~じゃ、私の方が大きいんですね。きっと」
彼の肉棒を差し込まれただけで、異常な反応を示していた私の身体は、彼のピストン運動に
直ぐに絶頂を迎えてしまったんです。
 「あぁ~ダメ~逝っちゃう~」
 「もう逝くんですか?まだ駄目ですよ」
そう言うと、彼は肉棒を抜き逝きそうな私の身体を冷めさせるんです。
 「今度はバックから行くぞ!四つん這いになれ」
彼に言われるがまま体制を変えると、また彼の肉棒が膣内に入り込み体を火照させて来るんです。
 「あ~変になっちゃう~もう逝かせて~もうダメ」
 「逝かせませんよ!誓いを述べてくれるまでは」
 「そんな!逝かせて」
 「じゃ、私の性処理奴隷になる事誓って下さい!何でも私の言う事に従うと。何でも受け入れますと」
 「性処理奴隷何て・・・イヤ」
 「そうですか?じゃ逝かせません・・・ここまで頑張ったのに残念です」
 「そ・そんな・・・分かりました。言います・・・言いますから息子を・・・」
 「分かって貰えればいいんです。約束は守りますよ」
 「コーチの性処理奴隷になります。何でも言う事を聞きます」
この時、私はコーチの性処理奴隷となったんです。
コーチは、その後1時間も私を甚振り、何度も何度も逝かせられました。もちろんコーチも3度も私の
膣内や口内に精液を出し、汚されました。
 「じゃ、お母さん!私の呼び出しには絶対来て下さい」
 「はい!分かりました・・・息子は」
 「分かってますよ。約束ですから・・・でもお母さんが約束破れば、○○君は二度と試合に使いません」
 「・・・」

翌日も私はコーチに呼び出され、体を弄ばれました。そうして週に3回程度コーチの家を訪れ、彼の
性処理相手をさせられました。自営業と言う仕事柄、仕事の合間に呼び出され誰も居ない事務所で
裸を曝け出した事も度々です。彼の性癖が異常であることも薄々気づいてはいましたが、彼の言葉に
何も逆らう事も出来ません。私が恥ずかしがる姿に興奮を覚え、呼び出された時には下着は一切付けない
事や、服も露出が多い派手目の服を渡され着る様に命じられたんです。
そこまでは、何とか我慢も出来たんですが・・・。

コーチと肉体関係に陥って3週間が過ぎた時、他校との練習試合が組まれました。
息子も”今度こそは試合に出れそうだよ”と嬉しそうに語っていたんです。
心から喜んであげたかったんですが、何だか後ろめたい気持ちもあって複雑でした。
翌日、息子はスタメンで試合に参加!大活躍の末、余裕勝ち!
息子の喜ぶ姿は、中学以来でしょう。
試合も終わり、息子を始め他の選手が体育館に戻って練習をすると言う中、私はコーチに呼び出され
体育館2階にある放送室に入りました。そこからは体育館内が見渡せコーチが中で待っていたんです。
 「お母さん!今日○○君大活躍でしたね。約束は守りましたよ」
 「ありがとうございます。息子も大喜びで・・・」
 「所で、約束どうり下着は付けていないんですよね」
 「は・・・はい」
 「じゃスカート捲って見せて下さい」
 「ここでですか?息子達が直ぐ下に・・・」
 「ここでです」
私は、彼の指示に従い、スカートを捲り上げました。”確かに守っていますね”
彼が椅子に座ると、下半身を剥き出しにし”じゃお口奉仕よろしく”と言われ、私は彼の足元に膝間つき
彼の肉棒を咥え込んだんです。息子達が下で練習をしている中、私はコーチの肉棒を咥えている何て・・
そう思うと、母親失格では無いのか?と思ってしまいます。
コーチの精液を呑み込むと”今日は2階席で練習でも見ていて下さい。私が合図したらスカートを捲るん
ですよ”そう言ってコーチは1階に降りて行ったんです。
2階席の隅で、息子達の練習風景を見ていると、コーチが隙を見ては手を挙げ”見せて”と指示して
来るんですが、子供達は私の存在に気づいていない様で、彼らを確認しながらスカートを捲りました。
もう恥ずかしくて顔から火が出そうです。息子の目の前で、こんな恥姿を曝け出し濡らしているいる自分
が情けない気持ちでいっぱいです。
他にも体育館倉庫や建物の隅で、コーチの性処理をさせられました。

慣れなんでしょうか?恥ずかしかった筈の出来事が、だんだん快感に感じてきて、コーチの呼び出し
だけで、濡れてしまう様になっていました。そんな生活も半年を過ぎた時、コーチと私が一緒にいる所を
他の親御さんに見られたんです。一時不倫何て噂も流れたんですが、コーチが息子の相談と親への
プレゼントを買うのに付き合って貰っただけですと説明し、その場は解決しました。
コーチは子供達の親御さんとの面談と称し、個人的に話し合いを設けてくれた影響で、私との不倫疑惑
は直ぐに無くなりました。
それでも私は、相変わらずコーチに呼び出され肉体の関係は続いたんです。
それどころか、コーチは試合が終わった後に居酒屋やカラオケボックスで打ち上げをしようと言いだしました。
もちろん居酒屋の個室やカラオケボックスで酒を飲んで終わる訳も無く、私はそんな場所で彼の肉棒を
咥えさせられ、マンコに差し込まれるんです。何度店員に見られそうになった事か分かりません。
不自然な体制で誤魔化していましたが、店員だって気づいていたかも知れないんです。

不倫疑惑が無くなり更に3ヶ月が過ぎた時だったと思います。
彼の趣味で私の陰毛は剃られ、色々な道具で責められる日々。
SMって言うプレーも強要され、縄や手錠を付けさせられる事もしばしばです。

長くなりましたが、彼の性処理奴隷を誓って1年以上がが過ぎようとしています。
息子はコーチのお蔭でスタメン(エース)として1年以上活躍して来ました。
バレーも強い某大学にコーチの推薦もあって入学出来そうです。

私は毎日アソコが疼いて仕方ありません。1年以上もコーチの肉棒に鍛えられ
すっかり淫乱になってしまい、コーチの呼び出しを待っている状態です。
家庭を崩す事はしませんが、これからもコーチの性処理奴隷として活躍すると思います。

息子のコーチに性処理奴隷を誓わされた馬鹿な人妻を投稿した方へのお願い

息子のコーチに性処理奴隷を誓わされた馬鹿な人妻を投稿した方へのお願い。読んで興奮いたしました。どのように狂わされたのか、詳しく聞きたいです。投稿をよろしくお願いいたします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

息子のコーチに性処理奴隷を誓わされた馬鹿な人妻

今考えれば、何て馬鹿な約束をしてしまったんだと後悔しています。

2年前、私は1人の男性に身体を捧げたんです。

息子は小学校からバレーを習い、中学ではエースとして活躍し3年の大会では
県大会3位の成績を収めました。
もちろん高校も地元で有名な強豪校に入り、バレーを続ける勢いでした。
母親としても、息子の活躍を祈り精一杯のバックアップをしてあげようと考えたんです。
毎日クタクタになって帰ってくる息子を見て続けて行けるんだろうか?と心配する事も
度々でした。
一度試合を見に行ったんですが、息子はユニホームすら貰えず応援席で必死に応援
していたんです。強豪校だけあって、エリート選手が集まり息子も直ぐにレギュラなど
成れる筈もありません。
そうして1年が過ぎたある日、息子が笑顔で帰って来たんです。
 「母さん!ユニホーム貰えたよ」
 「本当!良かったね!」
息子が広げたユニホーム背中には10の番号。
 「今度試合あるから見に来て、俺多分スタメンで出るから」
 「そうなの?凄いじゃない」
久々に見る息子の笑顔に、心の底から嬉しく思いました。

試合当日、会場に向かうと大勢の観客で賑わっていました。
客席に向かう頃には、既に息子達がコートで練習を始めていたんですが、息子に笑顔は
微塵も感じられません。やがてスタメンがコートに入って始めて息子が元気がない理由を
知ったんです。息子はスタメン処か、試合に一度も出される事はありませんでした。
確かに他のメンバーは上手かったんですが、息子も負けていないと感じた私は、駐車場で
車に乗ろうとしているコーチを見つけ話をする事を決めたんです。
コーチは40半ばの独身で、自営業を営んでいるそうです。
30半ばには髪が薄くなり、年齢異常に見えるかも知れません。
話をしてみると、ネチネチとした感じで印象は最悪でした。
でも、頑張っている息子の為と思い必死のお願いをしたんです。
するとコーチから”こんな所でも何ですから、今度家でゆっくり話しましょう”と言われ、コーチの
家を教えて貰い、連絡先を交換しました。
それが地獄への案内状だったんです。
数日後、私は昼間にコーチの自宅に向かいました。
独身と言う事でしたが、自宅は郊外の一軒家。実家で営む自営業を受け継いだだけあって
お金持ちって感じでした。両親は近くのマンションに暮らしているらしんです。
自宅リビングに案内されると、彼はお茶を入れてくれました。
息子の話を始めると、実力は他のメンバーと同等レベルでスタメンで出しても問題ないと言うのです。
後は・・・と言いコーチは私の身体を舐める様に見始めたんです。
「お母さん次第で、次回から試合に出す事を考えますよ」
「本当ですか?何をすれば・・・」
何となく彼の思惑は分かりました。”一度だけ!我慢すれば、息子は・・・”彼の元に膝間つき
頭を下げながら”何でも言う事を聞きますから・・・何とかお願いします”と哀願していました。
必死でした。喜ぶ息子の顔が見たくてコーチの言いなりになったんです。
コーチは私の目の前でズボンを下ろすと、肉棒を剥き出しにしてきました。
夫以外に、2人の男性の肉棒を目にしてきましたが、コーチの肉棒は私が知る中でも一番大きく
太かったんです。
彼に言われるまま、私は彼の肉棒を口に含んだんです。
コーチはその後、前から後ろから私のマンコに差し込み溜まった精液を私の口に入れて
”飲んでください”と強要されたんです。初めて味わう精液は濃くて痺れる感触でした。
そして彼の口から”今日から私の性処理奴隷になるって約束してください”そう言われ
私は彼の言葉の後に”コーチの性処理奴隷になる事を誓います”と約束していました。
その後、毎日の様に携帯に連絡が入り、彼の家や職場、時には体育館裏の倉庫で
私は彼の性処理をさせられたんです。
時には息子達が練習する近くで、差し込まれた事もあります。
彼の行動はエスカレートし、公共の場も構わず人目を盗んで差し込んできます。
だからスカートの中はいつもノーパンで受け入れ状態にしていました。
そんな努力の甲斐あって、息子はスタメンメンバーとして活躍する事が出来ました。
2階席から試合を見ながらもスカート中はノーパンなんです。
コーチに目で合図されると、私はスカートを捲り上げ彼に見せます。
息子達にばれない様に辺りに気を払い彼の指示に従います。
試合が終わると2人だけの打ち上げが開かれるんですが、居酒屋の個室や
カラオケボックスで私は淫らな姿にされ、彼の巨根を受け入れました。
何度か他の親御さんと会って、疑いの眼差しを向けられた事もありましたが、
コーチの話術で、バレる事はありませんでした。

コーチの奴隷となって1年以上が過ぎ、私はすっかり彼の女ペットになりました。
彼の攻めは激しく、私を狂わせるほどです。
夫は40半ばになって、もう私の身体を求めて来る事もありません。
もう何年も夫婦の関係は無いんです。
コーチの趣味で、今ではパイパンになっています。

先月息子が最後の引退試合をしました。これからは受験生。
コーチとの関係も・・・。

でも彼の肉棒に調教された私のマンコは、毎日疼いて我慢出来ないと思います。
息子の喜ぶ顔を見たかった。ただそれだけだった筈なのに、今は自分の欲求を満たされ
悦んでいる。息子がこんな事を知ったら・・・そう思うと心が痛みます。
今年41歳になった私は、コーチの性処理奴隷としてまだまだ活躍を続けると思います。
エースとして・・・。

息子のコーチに性処理奴隷を誓わされた馬鹿な人妻

今考えれば、何て馬鹿な約束をしてしまったんだと後悔しています。

2年前、私は1人の男性に身体を捧げたんです。

息子は小学校からバレーを習い、中学ではエースとして活躍し3年の大会では
県大会3位の成績を収めました。
もちろん高校も地元で有名な強豪校に入り、バレーを続ける勢いでした。
母親としても、息子の活躍を祈り精一杯のバックアップをしてあげようと考えたんです。
毎日クタクタになって帰ってくる息子を見て続けて行けるんだろうか?と心配する事も
度々でした。
一度試合を見に行ったんですが、息子はユニホームすら貰えず応援席で必死に応援
していたんです。強豪校だけあって、エリート選手が集まり息子も直ぐにレギュラなど
成れる筈もありません。
そうして1年が過ぎたある日、息子が笑顔で帰って来たんです。
 「母さん!ユニホーム貰えたよ」
 「本当!良かったね!」
息子が広げたユニホーム背中には10の番号。
 「今度試合あるから見に来て、俺多分スタメンで出るから」
 「そうなの?凄いじゃない」
久々に見る息子の笑顔に、心の底から嬉しく思いました。

試合当日、会場に向かうと大勢の観客で賑わっていました。
客席に向かう頃には、既に息子達がコートで練習を始めていたんですが、息子に笑顔は
微塵も感じられません。やがてスタメンがコートに入って始めて息子が元気がない理由を
知ったんです。息子はスタメン処か、試合に一度も出される事はありませんでした。
確かに他のメンバーは上手かったんですが、息子も負けていないと感じた私は、駐車場で
車に乗ろうとしているコーチを見つけ話をする事を決めたんです。
コーチは40半ばの独身で、自営業を営んでいるそうです。
30半ばには髪が薄くなり、年齢異常に見えるかも知れません。
話をしてみると、ネチネチとした感じで印象は最悪でした。
でも、頑張っている息子の為と思い必死のお願いをしたんです。
するとコーチから”こんな所でも何ですから、今度家でゆっくり話しましょう”と言われ、コーチの
家を教えて貰い、連絡先を交換しました。
それが地獄への案内状だったんです。
数日後、私は昼間にコーチの自宅に向かいました。
独身と言う事でしたが、自宅は郊外の一軒家。実家で営む自営業を受け継いだだけあって
お金持ちって感じでした。両親は近くのマンションに暮らしているらしんです。
自宅リビングに案内されると、彼はお茶を入れてくれました。
息子の話を始めると、実力は他のメンバーと同等レベルでスタメンで出しても問題ないと言うのです。
後は・・・と言いコーチは私の身体を舐める様に見始めたんです。
「お母さん次第で、次回から試合に出す事を考えますよ」
「本当ですか?何をすれば・・・」
何となく彼の思惑は分かりました。”一度だけ!我慢すれば、息子は・・・”彼の元に膝間つき
頭を下げながら”何でも言う事を聞きますから・・・何とかお願いします”と哀願していました。
必死でした。喜ぶ息子の顔が見たくてコーチの言いなりになったんです。
コーチは私の目の前でズボンを下ろすと、肉棒を剥き出しにしてきました。
夫以外に、2人の男性の肉棒を目にしてきましたが、コーチの肉棒は私が知る中でも一番大きく
太かったんです。
彼に言われるまま、私は彼の肉棒を口に含んだんです。
コーチはその後、前から後ろから私のマンコに差し込み溜まった精液を私の口に入れて
”飲んでください”と強要されたんです。初めて味わう精液は濃くて痺れる感触でした。
そして彼の口から”今日から私の性処理奴隷になるって約束してください”そう言われ
私は彼の言葉の後に”コーチの性処理奴隷になる事を誓います”と約束していました。
その後、毎日の様に携帯に連絡が入り、彼の家や職場、時には体育館裏の倉庫で
私は彼の性処理をさせられたんです。
時には息子達が練習する近くで、差し込まれた事もあります。
彼の行動はエスカレートし、公共の場も構わず人目を盗んで差し込んできます。
だからスカートの中はいつもノーパンで受け入れ状態にしていました。
そんな努力の甲斐あって、息子はスタメンメンバーとして活躍する事が出来ました。
2階席から試合を見ながらもスカート中はノーパンなんです。
コーチに目で合図されると、私はスカートを捲り上げ彼に見せます。
息子達にばれない様に辺りに気を払い彼の指示に従います。
試合が終わると2人だけの打ち上げが開かれるんですが、居酒屋の個室や
カラオケボックスで私は淫らな姿にされ、彼の巨根を受け入れました。
何度か他の親御さんと会って、疑いの眼差しを向けられた事もありましたが、
コーチの話術で、バレる事はありませんでした。

コーチの奴隷となって1年以上が過ぎ、私はすっかり彼の女ペットになりました。
彼の攻めは激しく、私を狂わせるほどです。
夫は40半ばになって、もう私の身体を求めて来る事もありません。
もう何年も夫婦の関係は無いんです。
コーチの趣味で、今ではパイパンになっています。

先月息子が最後の引退試合をしました。これからは受験生。
コーチとの関係も・・・。

でも彼の肉棒に調教された私のマンコは、毎日疼いて我慢出来ないと思います。
息子の喜ぶ顔を見たかった。ただそれだけだった筈なのに、今は自分の欲求を満たされ
悦んでいる。息子がこんな事を知ったら・・・そう思うと心が痛みます。
今年41歳になった私は、コーチの性処理奴隷としてまだまだ活躍を続けると思います。
エースとして・・・。



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