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通学

コラム『おしりぺんぺん』

ぼくが子供のころに『おしりぺんぺん』が流行しました。
おかしな現象ですが、遊びの一環として流行ってしまったのです。
まだ10歳のぼくはその中心にいました。
もちろん怒る大人たちはもちろん真剣そのものでした。
家でいたずらをしたり食べ物を粗末にしたときは母親が。
小学校でけんかをしたり宿題を忘れたときは先生が。
してはいけない事をしたとき、いい子になれという願いをこめてぼくたちに『おしりぺんぺん』していました。
罰の程度は家によってまちまちでしたが、小学校ならば先生のあたりはずれで決まります。
ぼくたちの担任の『おしりぺんぺん』は痛いと評判になるほどで、実際やられてみると飛び上がるほど痛かったのです。
大人と子供の体格差があるとはいえ、小柄な女性で見た目はまったく怖くありません。
なのにどこにそんな力があるのか不思議なほど、パシン!パシン!と大きな音を教室に響かせていました。
クラスの大半はその罰をおそれてあまり目立った悪さはしなくなりました。
しかしぼくたち一部の男子がこの環境を遊びに変えてしまったのです。
それはわざと『おしりぺんぺん』を受け、自分は平気だったとアピールする遊びでした。
はじまりは、痛いのを強がって痛いと言わない程度の微笑ましいもので、その日に罰を受けることになった子同士の強がり合戦といったところです。
ぼくたちは打たれることを『修行』と呼び、痛みに耐えるほど強くなるという漫画のごっこ遊びに興じていたのです。
その遊びがエスカレートしていき、教室に変化が見られました。
『修行』のため、わざと『おしりぺんぺん』を受けようとする子まで出はじめたのです。
それが日に日に増えていったことで、担任も対策を取らざるをえないようでした。
家に連絡が入ったのです。
遊びで『おしりぺんぺん』を受けようとする子たちがいるから家でも注意してほしいと。
ぼくがその悪童たちの中心にいたことも母親にばれてしまいました。
そして母親は本気で怒ります。
声を荒らげることなく静かに怒っていたのです。
翌日になって、『おしりぺんぺん』が遊びでないことを思い知らされたのです。
まず朝。
小学校へ向かう前におしりをひん剥かれピシャピシャ30発ほどぶたれました。
ああこれが昨日の罰なのだとそのときは思い、おしりをひりひりさせながら通学路を歩きます。
教室に着くころには痛みはひいていましたが、椅子に座るとまだじんわり温かかったです。
ほかの子たちも家で怒られていたのか、もうわざと担任の罰を受けようとする子はいませんでした。
ですがぼくはまだ許されていなかったのです。
家に帰ると母親が正座して待っていました。
さぁ、『おしりぺんぺん』するわよ。
母親はそういって朝と同じようにぼくの下着に手をかけます。
朝受けたはずだと抵抗すると、朝夕晩の3回あると言われてしまいました。
母親は『おしりぺんぺん』が決して遊びでなく、罰であることを教えたかったのだと思います。
朝晩はどちらも30発ほど。
夕方は100発です。
本当ならすべて100発にすることも考えたといいます。
朝の学校と、晩の就寝に支障がでるといけないので30発にしてくれたそう。
それでも合計160発。
これが4日間も毎日おこなわれ、5日目の夕方にぼくが音をあげるまで母親は心を鬼にして叩いていたそうです。
本気だったからぼくにも伝わった。
それだけです。
愛情と虐待は紙一重といいますが、ぼくはこの母親を尊敬していますし間違っていたとも思いません。
もしも同じことをしたら、今度はすすんでおしりを差し出すでしょう。
それが愛情だとわかっているのですから。

お互いに性器を見せ合った思い出

私が幼かった頃は、近所に子供がたくさんいて、いつも大勢で遊んでいました。
特に仲が良かったのは、同じ年の女の子1人と男の子3人。
そのうちの男の子のお姉ちゃんとも、よく遊んでいました。
お姉ちゃんは私たちよりも4歳年上で、
あの頃の私達にとってはものすごく年上に感じていました。
私達は幼稚園から通園・通学もいつも一緒でした。
   
ある時、私達の母親全員が夜から町内会の集会に出席することになり
そのお姉ちゃんが私達を見ているように言われたことがありました。
その頃、私達は小学校2年生。
お姉ちゃんは6年生でした。
今でこそ4歳差なんて大した事がありませんが
あの頃の6年生はやはり早熟でした。
    
この夜に、お姉ちゃんは私達に男女の違いを教えてくれたんです。
当然、小学校に上がってからは少なからず意識をしていましたが
それはかなり衝撃的な事実でしたね(笑)
不思議なもので、幼稚園の頃はプールの時間なんかに
全員全裸で一緒に走り回っていたのに、
小学校に上がってからは恥じらいが出ていました。
    
そんな私達の下半身を裸にして、お姉ちゃんはお互いに見せ合いっこするように言いました。
    
もちろん私達は「え~!」「恥ずかしい!」と大ブーイング。
それでもお互いに好奇心があったのと、お姉ちゃんは絶対的な存在だったので
最終的には言うことを聞きました。
    
お互いに自分の性器がこんなにも違うということに、すごく不思議に感じていました。
男女入り乱れて5人の性器を見せ合いながら、触ってみたり引っ張ったりしました。
    
その頃は感じることなどあり得ず、きゃあきゃあと楽しんでいた記憶があります。
    
思い出すと、本当に微笑ましい光景で、性経験とは言えないのかもしれません。
それでも初めてじっくり男の子と女の子の性器を見たのはあの時でした。
    
幼馴染達は今では立派なお母さん、お父さんです。
     
例のお姉ちゃんは、今ではすっかり疎遠で、どうしているかは分かりません。
    
最後に話を聞いたのは、
中学生の頃にセックスしているところを親に見られて
大騒ぎになったりしていたなあという記憶があります。
やはり早熟だったんでしょうねえ。
   

おじさんとの経験 1 痴漢

こんにちはあやこといいます。私は某大学の大学生で、少し特殊な体質があります。
それは妊娠してもいないのにおっぱいから母乳が出ることです。高校二年のころからずっと出ていて、その前から胸はCカップほどあったのですが母乳が出始めてから大きくなり今ではGカップにまでなってしまいコンプレックスになっています。電車に乗る時とかはよく胸に視線を感じますし、混んでるときとかは胸が他の人の背中などにあたってしまって恥ずかしい思いをします。
六か月ほど前でしょうかその日も私は通学で電車に乗ろうとしていました。
その日は寝坊してしまい朝の搾乳の日課をしていなかったので不安だったのですが、大丈夫かななんて思ってました。しかし電車が来たとき嫌な予感は的中しました。どうやら人身事故の影響だったようですが、その日はいつも以上に電車が満員でした。学校に遅れるのも嫌でしたしぎゅうぎゅうの満員電車の中無理やり乗り込んだのですが、乗って少ししてからお尻に違和感を感じました。掌があたっているような感触で初めは気のせいかと思っていましたが、少ししてから揉まれる様な感触で痴漢だと気づきました。後ろをちらっと見ると50代くらいのはげたおじさんではあはあ言っていて気持ち悪い感じでした。抵抗してお尻を揉んでいる左手を掴んだのですがそのおじさんはなんと右手で服の上から私のおっぱいを揉んできたのです。
電車の中で胸が圧迫されることは前にもありましたが、その日の朝におっぱい搾っていなかったのがその時災いしてしまいました。おじさんに揉まれた衝撃で母乳があふれてきてしまいました。すぐにブラがびしょびしょになり、私は焦りました。その時抵抗が緩んでいたのでしょうか、おじさんは私のGカップのおっぱいを両手で揉んできました。少ししておじさんが「えっ?濡れてる?」と言い右手を舐めました。最悪でした。おじさんに母乳が出ていることを気づかれてしまったのです。なんか嫌な感じがしておじさんを見るとおじさんはにやっと笑っておっぱいに手を伸ばし、いままでとは比べ物にならないくらい強いちからでおっぱいを搾り始めました。当然母乳はいっぱい出ますし少しした後私の服は母乳に濡れて特有の母乳臭さを漂わせ始めました。その時おじさんが耳元で「おっぱいすごいね。でもこのままだと母乳漏れてるの周りの人にばれちゃうよ。次の駅で降りようよ。」と言いました。
私はその時動転してましたし素直に次の駅でおじさんに手を引かれ降りました。その駅は通学、通勤の時間帯でも割とすいていて電車が出るとホームには私とおじさんだけでした。そしておじさんは私を駅の個室のトイレに連れて行きました。正直その時はおっぱいを揉まれ感じてしまってましたしこの後どんなことをされるのかという期待もありました。
トイレに入りおじさんは私の服に手をかけ脱がし、ブラも取ってしまいました。
おじさん:デカいな。何カップ?それに母乳出るなんて妊娠してるの?その割にお腹出てないけど。
私:Gカップです。妊娠はしてないけど母乳が出る体質で・・・
おじさん:そうなんだ。おいしそうなおっぱいだ。
そういうとおじさんは左のおっぱいに吸いつき右手で搾ってきました。ものすごい吸引と搾乳でおかしくなりそうになっているとおじさんはアソコを触りはじめ
おじさん:してもいいよね?こんだけ濡れてるし
私:今日は危険日だからダメっ。
おじさん:じゃあ今度させてよ。携帯の番号とメルアド教えて

結局おじさんと連絡先を交換しその日は搾乳、授乳、フェラで勘弁してもらいましたが、その後おじさんとは数回会い普通のセックスから、変態行為までしてしまっています。いまでは私は淫乱になってしまったと確信してしまいますし、おじさんに会う日を楽しみにしている自分がいます。おじさんとの変態行為はまた今度書きたいなと思います。

2人の妹と朝立ち

うーん、今朝も朝立ちをしてしまった。早寝した2人の妹に見つけられてしまった。

「お兄ちゃん、今朝も立ってる」「ほんとだ、ねえ抜いてあげましょう。」「そうね」

という事でパジャマのズボンを下げられペニスを露出させられると妹がショーツだけ

脱いで俺の腰をまたぎおずおずとお尻を下げてきた。カチカチのペニスを片手にもって

自分の膣口に当てて、ずぶりと先端を飲むと根元まで腰を動かして結合角度を調節し

ペニスを入れてしまった。本当にズブリと言う感触で温かく柔らかい膣に包まれた。

妹は自分のクリトリスを俺の腹にこすりつける様にして腰を動かした。気持ち良い。

一発射精したが、まだ立っているのでもう1人の妹も同様に騎乗してきた。

同じ女子高生で似ている所の多い2人だが膣は味が全く違うのには驚いた。

しかし女子高生が自分の腰をまたいでペニスの上にしゃがみ込むのはエロい光景だ。

妹に結合部位を見せて欲しいというと膣にペニスが食い込んでいる所を見せてくれた。

気持ち良くなって我慢せず射精すると朝立ちは収まった。本当にピルで中出しは良い。

「お兄ちゃん、朝欲しくなったら言ってね」「私達ならいつでもOKよ」と言われた。

女子高生に犯して貰うのはエロくて本当に気持ち良いなと痛感した。

2人の自宅は埼玉県にある。学校まで1時間以上ラッシュと痴漢に耐えて通学だ。

俺の部屋は都心にある。学校まで20分。7時に出れば楽に座って通学できる。

そんなところも彼女達が俺の部屋に住み着いている理由の1つだ。

彼女達はスマホも持っているが言いつけ通り単語集を電車の中では覚えているらしい。

渡した単語例文集はかなり痛んでいて細いポストイットがいっぱいついている。

さて今日も妹達にセックスして貰って気分が良いので俺も一緒に早く通学しよう。

早朝の大学で自習しないと勉強が足りなくなる。うちの大学は学生に良く勉強させる。

〇〇線

友達とパンツ盗撮してます。コンビニ、本屋や電車の中なんかでやってます。
電車はいろんな路線がありますが、大学行くときとかに使う〇〇線でやってます。
今日は電車での話をします。〇〇線は、通学で使う人が結構いるので、小学生、中学生、高校生、
大学生、OLなど幅広くやってます。w立って乗ってるターゲットの後ろに立って撮ったりも
しますが、座ってて、ターゲット、登下校の中学生、高校生が電車に乗ってきそうな時間だと、
ビデオカメラ入れた袋やバッグを足の間に挟むようにして下に置いてターゲットを待ちます。
俺達の前に男が立ったり、ブスが立ったりハズレのときもありますが、前にターゲットが立ったら
下から盗撮します。俺達別に電車の中はオマケでやってるってノリなので、もし、電車の中で
撮れなくてもその分コンビニや本屋とかで撮ってます。w俺だけだと目の前の1人しか
撮れませんが、友達数人で座って乗ってたら友達と俺の人数分撮れます。つまり、俺達3人で座ってて、
目の前にターゲットが3人立ったら3人撮れるということ。俺達3人で目の前にターゲットが
4人立ったら、俺達の前の3人は撮れて、1人は撮ると不自然なかっこうになり撮れないので
そういうときはあぶれたターゲットは断念、ガマンします。w下からパンツのフロント部分を撮ると
チラチラ程度ですが、たまに並んで立ってたりして友達数人で立ってて、話してて体を揺らして笑ったり
すると、スカートがフワッとするのでそういうときはよく撮れます。wある日、俺達座って
電車乗ってたら、遠足帰りの小学生がドドッと乗ってきて俺達の前に小学生が。2人女の子が立ったので、
急いでバレないようにカメラ入のバッグを下に置いて盗撮。4年3組の子2人で、一生懸命吊革に
つかまってて、体を前後に揺らしてて、たまに電車が揺れて体がガクッってなってて2人のスカートが
フワッてなりっぱなし。w2人を交代で撮って長時間白とグレーのパンツが丸見えで撮れました。
グレーの子は、フロントの黒のリボンまで見えてました。w友達の女と電車で会って、俺達座ってて
女は俺達の前で立ってて、話してる間ずっとピンクのパンツが撮れたことも。w別のある日は、
朝のラッシュに、座ってる俺達の前に高校生が立って、そのときは事故かなんかで電車が遅れてて
超満員になって、高校生は後ろから押されて、高校生の足が俺の片足を挟むようになって俺の頭の上で
壁ドンみたいに手を壁に付いて耐えてました。回りを見たら誰もこっちを向いてなく、壁ドン高校生も
見えてなかったので、下に置いたバッグを取ってビデオカメラを取って、そのバッグともうひとつ
持ってたバッグでビデオカメラを見えないようにしてスカートめくってビデオカメラを
スカートの中に入れました。w数分撮ったら今度はみんなのスマフォをスカートの中に入れて
ムービーで撮りました。w水色で白のフロントのリボン、ハの字の白のフリルが入ったパンツが
丸見えで撮れました。wあと、数人で乗ってきて、囲むように立ってて俺達の前に立ってて、
回りの人が向いてなかったら俺達のほうに背を向けて立ってる子のスカートをめくってカメラを
取り出してカメラ持って、カメラ入ったバッグとかを持ってパンツのバックを撮ったりもします。w
車内が空いてても回りの人がこっちを向いてなかったらめくっちゃいます。wパンツ丸見えなのに
友達と楽しく話してます。wパンツの生地、色、柄、バックプリント丸見え。w数分撮ったら、
撮りながらパンツのそばでケツを触ってるふりしたりカンチョーするふりしたりピースしたり。w
たまにクリップやホチキスでめくったとこを留めてめくれてるのがどこで気づくかとか、回りの反応
見て楽しんだりします。w電車はターゲットがいたら数分パンツが撮れるのがいいですね。
俺達座っててパンツ撮れるので超楽です。余裕です。w

昔のこと

もう自分は50を過ぎた。人生の半ばをとっくに過ぎている。
この場を借りて、懺悔をしたい。

もう20年以上の前のことなので、詳しいことは覚えていないし、
覚えていても多分記憶が美化されているだろう。
それでも、名前は仮名にして、ここに書く。

自分は高校まで地方都市で過ごしていたが、大学からは東京だった。
首都圏の満員通学になれず、毎日、ヘトヘトしていた。
ただ単位を取るためだけに、つまらない授業を受けていた。

ちょうどバブルがはじけた後だっただけに、親の仕送りだけに頼るわけにいかず、
夜はファミレスでバイトをしていた。
バイトには、高校生や大学生、主婦など、様々な人がいた。
当時、童貞であった自分は女性への接し方も分からず、
女性と話をしても、自分の気持ちや意図を伝えることはできなかった。
今でいうとコミュ障害であったと思う。

そういう中で、気が合う女性がいた。
9つ上の主婦の奈津子さんだった。
奈津子さんは、さすが、主婦というわけ合って、話がうまく、
コミュ障害の自分でも気軽にしゃべることができた。

奈津子さんの旦那さんは10以上も年の離れた銀行員であり、金目当てで結婚した。
旦那は出世のことばかり考えて仕事ばかりしていて、
全然、奈津子さんのことを構ってくれないみたいだった。
奈津子さんは30手前だったから、相当、溜まっていたのかもしれない。

いつしか、奈津子さんのマンションに行くようになり、
自然とSEXをするような仲になってしまった。
どういう経緯でマンションに行くようになり、
どういうきっかけで、SEXするようになったか、はっきりと覚えていない。

覚えていることは自分の初めての相手が奈津子さんであり、
生でしたけれども、外に発射したことだけである。
そして、SEXはこんなものかと思った。
あまり気持ち良くなかった。

後々、経験を積んで分かることなのだが、初めての相手とSEXはあまり気持ちが良くならない。
ただ、最初の頃は、SEXをしたという行為の達成感、女性に突き刺したという征服感、ぐらいしか感じない。
本当に気持ち良くなるのは、お互いに好きだという気落ちがあり、
何回もSEXを重ねて、好きな男のちんぽに合わせて膣の形が変わり、
お互いの腰の動きが合ってきて、男性と女性が一つに溶け合って、
女性を自分の所有物としてからだ。
こうなると、女性は中出しを許してくれる。

開き直った女性は怖い。

いつからか奈津子さんに必ず中出しするようになった。
子供ができそうなときは、必ず旦那さんと偽りのSEXをして、ばれないようにしていた。
旦那さんは淡泊だから、旦那さんの種では妊娠しないと確証していた。

何度も逢瀬を繰り返し、、年の瀬になると、奈津子さんから妊娠したと伝えられた。
間違いなく自分の子供だ。
旦那とはアリバイを作ってあるから、多分、ばれない。
だから、自分の子供を旦那の子供として産んで育てる。
自分に迷惑を掛けない。
だから、もう自分には合わない。別れて。
そのように伝えられた。

以上が20数年前の話である。

最近のことである。
興信所か何か使ったのであろう、
数か月前に、奈津子さんから会社の電話にかかってきた。

20数年ぶりに奈津子さんと会った。
奈津子さんは60を超えたおばさんであったが、昔の面影は残していた。
右手の薬指に湿った感覚が甦るとともに、年甲斐もなく、勃起してしまった。

奈津子さんとの話は、このような話だ。
今は娘一人と暮らしている。
旦那とは既に死別しているが、たくさん遺産を残してくれたので、生活には困らない。
娘が今度結婚することになった。
一目で良いから、娘の晴れ姿を見に来てくれないかと言うことだった。

寒い季節に、都内の結婚式場に娘の晴れ姿を見に行った。
背筋がピンととおっていて、きれいな女性だった。

奈津子さんと眼が合った。
お互いに軽く会釈をした。

このとき、初めて、奈津子さんの旦那の存在を感じた。
奈津子さんの旦那さんは社会的には優秀であり、奈津子さんに多額のお金を残してくれた。
奈津子さんと自分と奈津子さんの娘のために、働いてくれた。
自分の娘は、これほどまで美しく、綺麗になった。
育てれくれて、ありがとうと心の中で思った。

托卵。
もしかしたら、日本では、こういうことは良くあるのかも知れない。
昔は盆踊りの後は無礼講乱交パーティーがあったと聞くし、
戦後の混乱期でも、こういうことは良くあったと聞く。

さらに思う。
自分も年の離れた若い嫁さんがいる。
とてもかわいい娘が二人いる。
娘たち、果たして、自分の娘か?と。

坂道高校

出展:カオスストーリー2


今日はとても目覚めの良い朝だった。
中学生時代、あまり内申点がよくなかった俺は、担任の勧めで今年から新設された坂道高校に進路を決め、そして合格した。
周りの友達が誰一人として同じ高校に通う奴がいない事を除けば、新たなスタートをずっと心待ちにしていた。
新しい制服に身を包み、慣れない通学路を自転車で走って行く。
正門をくぐり指定の場所へ自転車を止め、期待と不安を胸にまだ汚れ一つ付いていない校舎へと足を運んだ。

新設校という事もあり、入学前に届いた封筒の中に自分のクラス、さらには校舎内の地図などが送付されていたのでさほど迷う事なく自分のクラスへとたどり着いた。

「こういうのってやっぱ最初が肝心だよな……。元気に挨拶しながら入るとかした方がいいかな?」

俺は教室の入り口の前で立ち止まり、新学期特有の緊張感に襲われていた。

「あの、邪魔なんだけど」

ぶつぶつと独り言を言っている俺の後ろから声がする。

「あ、ご、ごめん」

俺は慌てて道を譲ると、俺に声をかけてきたその女の子は澄ました顔で教室に入って行った。

今の子を見ていると、変に悩んでいた自分が無性に恥ずかしい。
俺も平然を装って、何食わぬ顔で教室に入る。
まだほとんど人が来ておらず、先程の子と俺を含め6人しかいなかった。
この人数で挨拶しながら入っていたらと思うと怖い。怖すぎる。
とりあえず俺は黒板に張り出されている紙に目をやった。座席表である。

「えっと、俺の席は……1番後ろの窓際か。最高だな」

自分の席に向かう途中、先程声をかけてきた子が目にとまった。俺の右隣りだったからだ。

荷物を置き、さっきの子に声をかけてみる。

「あ、さっきはごめんね」

「別に」

チラッと俺の方を見たかと思えば吐き捨てるようにそう言うと、彼女は机に突っ伏した。

チクリと心が痛む。何故新学期そうそう嫌われなければいけないのだ。ましてや隣の席の子だ。
なんだか今日は嫌な予感がする。こういう時の予感に限って当たるのが世知辛い世の中である。

これ以上変に行動を起こしては先程の二の舞。
俺も彼女と同じように机に突っ伏し、目を閉じた。

なんだか騒がしい。そして何故だか頭が痛い。
そうか、寝てしまっていたのか。
ふと顔を上げるとスーツを着た女性がパンフレットの様な物を丸めて持っている。
俺はこれで頭を叩かれたのだ。まるで丸めた新聞でゴ◯ブリを叩くかのように。

「全く、新学期早々居眠りとはいい度胸ね2人共」

「あ、その、すいません……ん?2人?」

横を見てみるとあの子が頭を抑えている。きっと同じように叩かれたのだろう。

「じゃあ2人、私の名前言ってみ」

俺はチラッと横を見た。すると彼女も俺を見ていた。

「……わかりません」

2人口を揃えて同じ事を発する。
パーンッと2回心地の良い音が教室に響くと同時に頭部に痛みが走る。

「2人共今日は居残り決定。私は、あなた達の担任の新内眞衣です」


陸上部のJK..

その子をはじめて目にしたのは4月のとある日だった。
新入生目当ての変態っぽいのが正面から密着していた様だったが、
触られだした途端に、蹴りを入れて撃退していた。
そんな事をすると仲間呼ばれて囲まれるのではと心配した。
案の定翌日数人に囲まれて何かされそうになっていたが、
またもや暴れて何とか撃退していた。

ああいう手合いは結構横の繋がりがあるようで、もは彼女に手を出す奴はいなくなったようだった。
彼女は部活に入ったのか部名入りのジャージで通学するようになっていた。

5月の連休明け、私は車内で部活ジャージ姿の彼女の後ろに立っていた。
以前から疑問に思っていたことを試すときがきたのだ。
「この子は、ソフトに触れられたらどういう反応を示すのだろう?」

運動部らしく5月にして既に軽く日焼けしたうなじを見下ろしながら
ジャージの上からそっと尻に指の甲を当ててみた。
擦れた感覚でびくっとした彼女。しかし触れるか触れないか、ぎりぎりのラインで
混雑のせいか判断がつかず困った様子。
指の甲からもわかる、運動部にしては柔らく、垂れとは無縁の健康的な美尻。
パンツの線を辿ったり、手のひらで撫で回したりといったあからさまな行為はせず、
そのまま電車の揺れを利用しながら指の甲でそっと尻肉を軽く優しく擦り続けた。
彼女は少し俯き加減でドアに寄りかかり20分程お尻を擦られ続けた。
降りる際に振り返って後ろの私を見ていた。怒っている様ではなかったが・・・。

翌日からは1週毎に指を2本・・・3本、毎朝後ろについた上にここまで増えれば故意に触れているのも同然だが
彼女は迷ってるうちに拒絶するタイミングを逃し、ズルズルと引きずり込まれた感じだった。
もう一本遅い電車からは激込みであるため、変えにくいのが大きいのだろう。
私は彼女のフワフワな柔らかいお尻の感触に病み付きになっていた。もはや病気。

6月、衣替えの季節。それまでのスウェット地のジャージから、薄い夏のトレーナーに替わった。
下の名前が背中にローマ字で綴られていた。この子はマユちゃんというのか…。
そっと3本指を当てると、生地が薄くお尻のフニフニ感がダイレクトに伝わってくる。
おもわず手のひらを返して軽く下尻を撫でてしまったが無抵抗だった。彼女の境界線は少しずつ押し下げられ削り取られてしまっていた。

そしてすぐに中間テストの季節が来た。部活が休みで、制服で通学することになる。
チェック柄のスカート丈は膝が隠れるくらいで、他の子より長めだった。
その日は雨予報のせいかいつもより人が多く、遅れ気味だった。
彼女もいつもの電車から一本遅れた。彼女の真後ろに並ぶと
躊躇う様子を見せたが、もう一本遅いと遅刻しかねない。
そっと押して激込み電車に押し込んだ。
反対側のドアに押し付け、これまでと違う完全密着状態。周りから死角に
なっている片方の手で、手のひらでお尻を包み込む。
スカートの上から柔らかいお尻全体をソフトに、だがはっきりわかるように揉んだ。
いつもと違う強引な行為にビックリたのか、固まってたが、さすがに嫌がって体をそっと捩りだしたので、すこし間を取った。
残り時間は15分位…。

スカートのポケットの位置を確かめると中のファスナーをそっとゆっくり下ろして
そのままそっと左手を中に滑り込ませた。履きこみの深い綿パンツの感触。
今までに無かった異常事態に彼女から梅雨空のドアの窓越しの反射で抗議の視線がきたが、
左手でパンツの上から恥丘の膨らみをフニフニ、フニフニ…右手でスカートの上から
お尻をサワサワ…。彼女は手摺に手を絡め俯いている。
微妙ににパンツが湿ってきた。クリのあたりをフニフニ執拗に責めつづけると、
「んっ」と微妙な声ともに脚を震わせ腰が落ちた。
パンツのそのあたりはぐっしょり濡れてしまっている
右手を腰に回して抱き寄せ、左手の指をそっとパンツの裾から挿入。
彼女は手摺を何度も握り返し、周りを気にして恥かしそう。
第二関節まで沈めて強弱をつけながらクチュクチュしたり
出したり入れたり。
彼女は眉を八の字にして苦悶の表情。
そっと指を抜いて、栗を生ではじいてやると
また脚を震わせ、力が抜けちゃった。
耳まで赤くなって、ちょっと涙目で微かに顔を振って嫌々しだしたので、指を抜き
乱れたスカートを調えた。これじゃ強制猥褻だ。ちょっとやり過ぎた…。マユちゃんごめん。

菜摘です。-弟の自由帳-

菜摘 15歳 都内の女子校に通う高校1年生です。
小学校から女子校なので、男性と知り合うチャンスはほとんどないんです。

そんな菜摘の身近にいる男子は、弟の悠斗、中学2年生です。
とっても成績優秀で、中学校から都内の進学校に通っています。

素直でお姉ちゃんのいうことを何でも聞いてくれる、優しい弟だったけど、小学校5年生くらいからあまり話しかけてくれなくなりました。
どうして、話しかけてくれないんだろう、嫌われちゃったのかなってすごく気にしていたけど、そうじゃないって分かったことがありました。

菜摘も悠くんも、「自由帳」って言うのを持っています。

子供のころは、親から言われて、毎日日記をつけていたけど、小学校高学年から日記の代わりに自由帳っていうのをつけるようになりました。それは、思っていることをなんでも書いていいんだけど、親とかは絶対に見ないって約束してくれているんです。
だから学校であった嫌なこととか、悩みとかをそこに書いています。

悠くんが小学校5年の時、菜摘に話しかけてくれなくなったので、嫌われちゃたのかな?
って思って、悠くんの部屋に入って、悠くんの自由帳をこっそり読んだことがあります。

すると、ページの片隅に「好きな女子 ○○菜摘」って書いてあるのを見つけました。

悠くんは地元の小学校に通っていたので、同級生の女の子もいるのに、好きな女子として菜摘を書いてくれたので、すごくうれしかったです。

悠くんが、菜摘に話しかけてこなくなったのは、中学生になったからかもしれないし、菜摘の体が成長してきたせいかもしれません。菜摘のことを異性として意識しはじめたのかな?って思います。

菜摘は中学生ぐらいから、胸が少しずつ大きくなってきました。

小学校までは、悠くんと一緒にお風呂に入っていたけど、そのころにお母さんから、「悠くん、なっちゃんと一緒じゃなくて、1人でお風呂に入りなさい。」って言われて、一緒にお風呂に入らないようになりました。

そのころから、悠くんは、あまり話しかけなくなりました。
そのかわり、時々エッチな目で菜摘のことを見るようになってきたんです。
ご飯を食べているときとか、テレビを見ているときとか、ふと悠くんを見ると、菜摘の胸やお尻をじっと見ているんです。

最初は、悠くんが菜摘の体を見ているのを知って、すごく恥ずかしかったし、ショックだったけど、そのうち悠くんの視線を感じてドキドキするようになったんです。
それに、そういう時に、悠くんのズボンのふくらみをみると、すごく盛り上がっちゃっているんです。
それを見て、菜摘もドキドキするようになりました。

悠くんは、お父さんやお母さんの期待に応えて、中学受験で、有名な進学校に合格しました。

菜摘は、悠くんと一緒に通学できるって楽しみにしていたけど、悠くんは一緒に行こうっていっても、「恥ずかしいからいやだ。」って言うんです。

しょうがないから、朝はお母さんに駅まで車で送ってもらって、同じ電車の別々の車両に乗って通学することになりました。

菜摘のことをどう思っているのか、気になって、悪いって分かっていたけど、悠くんの部屋にこっそり入って、また、自由帳を見ることにしました。

自由帳はなかなか見つからなかったけど、あまり読んでいない図鑑の間に、挟んでありました。

菜摘は、ドキドキしながら自由帳のページをめくると、びっくりするようなことが書いてありました。

「なっちゃんの大きなおっぱい」って書いてあったんです。

確かに菜摘は中2くらいから急に胸が成長していました。

今は胸のサイズはFカップになっていて、友達からも「なっちゃんの胸、すごいね。」とかって言われて、恥ずかしい思いをしています。
電車の中で、他の学校の男子に胸のあたりをジロジロ見られて、すごく恥ずかしい思いをしています。

さらに、ページをめくっていくと、もっとエッチなことが書いてありました。

「部活の時に、中村先輩に、『お前のお姉ちゃん、巨乳だな。』って言われた。」

って書いてありました。悠くんの学校の運動会に、お父さんやお母さんと一緒に行ったから、そのときに、誰かに見られたのかもしれません。

他のページには、
「電車の中で、なっちゃんのことを他の学校の高校生が、『あの○○○学園のやつ、乳でけぇな』って噂していた。大好きななっちゃんのことを、そんな風に言われて、恥ずかしくて悔しかった。」
とも、書いてありました。

きっと悠くんは、そういうこともあって、菜摘と一緒に学校に行くのが、いやだったのかなって思いました。

さらにノートを読んでいくと、菜摘のことをいっぱい書いてありました。

「巨乳女子高生 ○○菜摘」とか、「○○高校の不良が○○菜摘の巨乳を狙っている。」とか・・・いやらしい言葉がいっぱい書いてありました。

他のページは、「○○菜摘は15歳でFカップ」って書いてあって、菜摘のブラジャーのサイズが、いつ大きくなったか記録していました。
悠くんはお風呂に入るとき、洗濯かごに入っている菜摘のブラのサイズをチェックしていたみたいです。

また、他のページには、悠くんの妄想も書いてありました。

「淫乱巨乳 ○○菜摘」
「○○菜摘は、電車の中で痴漢されても抵抗しない。」
「担任の教師は、毎日○○菜摘の乳房を揉んでいる。」
「セックス大好き ○○菜摘」

あまりにいやらしいことが書いてあるので、菜摘も読んでいて興奮してきました。
最後のページには、「菜摘の巨乳を触りたい。」って書いてありました。

悠くんの自由帳を元にあった場所に隠して、自分の部屋に帰ってもまだ菜摘はドキドキしてました。
それで、菜摘も自分の自由帳に、エッチなことを書いてみました。

「○○菜摘はFカップ女子高生です。」
「菜摘は毎日担任の先生に、おっぱいを触られています。」

そして、「悠くん、なっちゃんのおっぱい、さわってください。」って書くとドキドキしてきて、最後に「○○菜摘は、○○悠斗のオチンチンが見たい。」って書いて、オナニーをしました。

今度は、悠くんの自由帳に「菜摘のおっぱい触ってください。」って書いてみようかな・・・?

また投稿します。

レイナ4

体育祭から二週間もすると彼女の脚は順調に回復したようだ。
腫れも引いたみたいで、自転車通学を再開した。
文化祭の後、すぐに中間テストが始まった。
それが終わると、
十月も既に半ばで数日後に学年旅行を控えていた。

俺達の通う学校は全ての学年に泊りがけの旅行がある。
受験がある為、
三年生の修学旅行だけは春先に予定されているが、
一、二年生の旅行は秋に計画されていた。

テストの前から周囲の話題は、
その旅行に関するものばかりになった。
皆、それぞれの思惑があるのだろう。
目的地は山で、その近くにある湖畔のホテルが宿泊先だった。
往復はバスで、二泊三日の予定だ。

当日は秋らしく、さっぱりとした天気だった。
目的地が近付くと空気がひんやりしてくる。
午後にはホテルに到着して部屋に入った。
今日は、そのまま食事、就寝となって、
明日は山、明後日は湖を散策する予定になっている。

部屋の規模は、まちまちで
各クラス四人から八人部屋を割り当てられ、
それぞれ決められた部屋に別れた。

俺は四人部屋に入れられる。
食事が終わり、各自大浴場で風呂を済ませると、
周りの男達は急激に色めきたってくる。
何とかして女子の部屋に行こうとしているのだ。
そのテンションは異常で、普段のクラスメイトからは
想像もつかないような別の顔を見せる者もいた。

ホテルの造りは、中心にフロントがあり、
その両側に広がるように部屋が配置されている。
ちょうど、上から飛行機の主翼部を見るような形で、
胴体がフロント、主翼の部分が客室という感じだ。
ホテルの入り口は北側にあって、
そこから入ると正面にフロントがある。
それに向かって左側、つまり東側が女子の泊まる客室。
反対に右側(西側)は男子の客室だった。

便宜上、女子の方を東棟、俺達の方を西棟と呼ぶ事にする。
生徒が泊まる部屋は二階にあって、
そこから東棟と西棟を直接行き来する事は出来なかった。
一度、一階に下りてフロントの前を通っていかなければならない。
当然、そこには教師がいる。
逆に言えば、そこさえ押さえておけば
反対の棟に行く事は出来ない、と教師達は考えているのだろう。
事実、その通りだった。
学校側が、このホテルを選ぶのも納得出来た。
監視する方は非常に楽だろう。
俺は東棟に行くのにあまり熱心ではなかったから、
行けないなら行けないで仕方ない。
男同士で遊べばいいか、と思っていた。

だけど、困難であればあるほど燃える者達もいて
何人かは女子の部屋に向かおうと果敢に挑戦しては
敢え無く撃沈して部屋に戻されたりしたようだ。
初日はバスに揺られていただけなので、
皆、体力は余っている。
遅くまでチャレンジしている人もいたようなのだが
俺は零時を過ぎる前に自分の部屋で寝てしまった。

翌朝、朝食の席で昨夜の話が出ると、
何人かは女子の部屋に行く事が出来たらしい。
詳しく聞くと、女子側の協力があっての結果らしく、
逆に言えば、そこまでしないと東棟に行くのは難しい、
という事だろう。


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